第三話「美しき漂流者」
昨日は薪になりそうな枝などを集め、水飲み場の前で眠ったが、夜明け前には空腹で目を覚ました。枝と一緒に大量にみかんサイズの木の実を拾ったのだけれども、空のような青色で食欲がそそらない。表面だけでなく中まで真っ青で、むしろ警戒色な気がする。毒があったら困るのでいまは放置している。
本当に空腹で困ったときに食べることにした。
寝起きに水を飲むが、そろそろまともな食事をとらないときつい。
このまま森の中を進むと迷宮に戻って来られなさそうだ。迷宮一階層を追加したら財宝や魔物を呼べるそうだ。
魔物がどんなものかはわからないけれど、食べられる生物を呼ぶことができるのなら、食生活が一気に豊かになるし、愛玩動物を呼ぶことができれば寂しさも紛らわせる。
財宝として、鍋とか食器とか箸とか薬とかも作れるかもしれない。宝箱の中に薬草やポーションが入っているのはゲームではお約束だからな。
ただ、現在のポイントは94ポイント(いつの間にか増えていた)。
一日9ポイント増えるとすると、明日には一階層を追加できるはずなんだが――しかし、一階層を作ったら残り3ポイントになってしまう。そもそも一階層が追加できたからといって、食べ物が手に入る保障はどこにもない。
そういうわけで、俺は太陽が昇るのを待って海に戻った。
そこで気付いたのは、昨日との変化だった。何かいろいろと海辺に流れ着いていたのだ。
最初に気付いたのは、大量の木の板だった。
もしかして、これは船の側面部分? どこかで船が沈没でもして、昨夜のうちに流れ着いたのだろうか?
使えそうなものを探していくことにした。
「お、これいいじゃん」
そう言って拾い上げたのは釣り竿だった。リールもついていないシンプルなものだが、素潜りで魚を捕まえるよりは良さそうだ。
他にも空の瓶がある。これは水筒替わりになる。
「こりゃラッキーだな」
思わずそう呟き、地球にいたときならゴミとしか思わないようなものから使えそうなものを探す。
流れ着いてきた物の中に、服の入った木の箱があった。
よく無事に流れ着いてきたものだと思う。
木箱はかなり密閉度が高かったらしく、中に水が入っていなかった。しかし、女物の服や小物ばかりで、俺が着られそうなものはほとんどない。ドロワーズの下着なんて履きたくない。
――いや、トランクスより暖かいかもしれないな。
寒くなったら履くことも検討しよう。どうせ誰かに見せるわけでもないんだし。
でも、できることなら食べ物でもあればいいんだが――ん?
なにか大きな物を見つけた。
「女の子……?」
ボロボロな服を着た茶色い髪の俺より二歳くらい年下、恐らく十八歳くらいの女の子が倒れていた。
「大丈夫かっ!?」
俺は駆け寄って、少女の上半身を抱き起す。
そこで気付いた。
少女の耳があるべき場所にないことに。
そして、頭の上に犬や猫のような耳が生えていることに。
――もしかして、人間じゃないのか?
サキュバスのような悪魔? いや、これは獣人か。
「み……水……」
彼女はそう言って、目を閉じた。
喋れないくらいに疲弊しているらしい。
「わかった、水だな!」
言葉が通じた。
さっき拾ったガラス瓶に入れてもいいが、彼女の体は海の水で冷え切っている。俺は彼女を背負ってゆっくり歩いて行った。
見た目以上にかなり重い。重心が安定しない。
そういえば、意識を失っている人を運ぶのは、意識がある人を運ぶときよりも遥かに重く感じるって聞いたことがある。
「ファイトぉぉぉぉっ!」
俺はそう叫び、少女を背負って迷宮へと戻った。
なんとか迷宮の入り口に辿り着いた俺は、少女を松明の前に寝かせ、彼女の前に焚火を用意する。昨日、枝を集めておいてよかった。
そして、急ぎ浜辺に戻り、木箱の中から服を何枚か持ち、空き瓶を持って迷宮に戻る。
濡れている彼女を着替えさせないといけない。
女の子を無理やり脱がせるのってどうかと思うが、命に係わることだ。人命第一、そういうことは言っていられない。
これはあれだ、心臓マッサージをするときに胸を触れてしまったり、人工呼吸をするためにキスをするのと同じことだ。
俺はできるだけ彼女を凝視しないように――うわ、女の子の体をこんなに触るのって初めてだ――顔を背けながら――体温は冷え切ってるけど女の子の体ってこんなに柔らかいんだな――服を脱がせていく。
脱がせて気付いたのは、お尻のあたりから尻尾が生えていることだ。
獣人の尻尾はお約束だよな。ちょっと触りたい気持ちになるが、ぐっと堪える。これが、吸水しすぎたせいでやせ細った状態ではなくトリミングしてふわふわした尻尾だったら危なかったかもしれない。
脱がせた服を見る。本当にボロボロの服だ。それと、さっきから気になっているのは彼女の首だ。
彼女の首にある黒いチョーカー。
鍵穴のようなものが見えるが、逆に言えば鍵が無ければ開けられそうにない。
変わったデザインだなと思う。
大丈夫か? 目を覚ました途端に襲われたりしないだろうか?
そう思いながらも、服を着せていく。
俺は空き瓶を持って迷宮の階段を下りていき、空き瓶を二度、三度とゆすいでから水で満たし、彼女のもとに戻った。
「おい、起きてくれ。水だ」
意識を失っている人に水を飲ませてはいけないって聞いたことがある俺は、何度か彼女を起こそうと試みた。
だが、目を覚まさない。
無理やり水を飲ませる? 口移しで水を飲ませる?
そうした方がいい気がするし、そうしたらダメな気もする。
そうだ、救急車だ。
俺はスマホを取り出した。
「救急車って何番だっけ、一一九だ! ……って圏外かよ」
慌て過ぎだ。
圏外なのは当たり前だ、ここは異世界なんだから。
そして、電話が通じたところで異世界に救急車はやってこない。そもそも、俺自身、ここがどこだかわからないのだから。
「ん……」
俺が困ってそう叫ぶと、少女が目を覚ました。
「……ですか?」
寝ぼけているのだろうか?
しかし、意識を取り戻したのなら好都合だ。
「事情は後で話す。まずはこの水を飲んでくれ」
俺はそう言って、彼女に水の入った瓶を手渡す。
彼女は頷き、水を口に含んだ。
ゴクゴクと一気に水を飲んでいく。昨日、俺がやったことと同じなのだが、逆に一気に水分補給するのは危険な気もする。
そろそろ止めようかと思ったところで、彼女は水を飲むのを止め、そのまま充電が切れた玩具のように動かなくなった。
俺は医者じゃないのでわからないが、たぶん大丈夫だと思う。
それより、彼女が目を覚ましたときのために、食べられそうなものを集めないといけないな。きっと俺以上にお腹が空いているはずだ。
釣りに挑戦したが、釣果は無し。のんびり過ごす時間は嫌いじゃないが、食料のことを考えるとのんびりもしていられない。
岩場についている貝もほとんどが頑丈にこびりつき過ぎていて、数匹しか手に入らず、海辺に流れ着いていたワカメのような海草と一緒に、同じく流れ着いていた鍋に入れて持って帰った。
焚火の火が消えかかっていたので、残りの枝を全部投入し、周囲を岩で囲む。
そのうえに水洗いした鍋を置き、中に水と海草、貝を入れて、木の枝でかき回す。
暫く煮込んだところで、海草が大量に発生――物凄い悪臭を放ったので、食べる気にはならず、海草はその場に捨てた。
結果、残ったのは数個の貝だけ。
情けないサバイバルだ。
「ん……あれ? ここは?」
「気付いたか? こんなものしかないけど食べるか?」
彼女は俺が差し出した貝を見る。
「アンブス貝……致死率三パーセントの毒貝です」
「えっ!?」
貝ってキノコなどに比べて比較的安全な食べ物だと思ったのに――。
致死率三パーセントって、学校のクラス全員で食べたら一人は死ぬ確率じゃないか。病院がないこんな場所じゃ致死率はさらに跳ね上がるだろう。
「悪い、知らなくて。じゃあ、あの灰汁の強い海草くらいしか食べ物がないぞ」
「あの木の実はどうなさるのですか?」
彼女が興味を示したのは青い木の実だ。
「ああ、拾ったのはいいが、毒がないか心配で――」
なにしろ、真っ青な食べ物だ。スロットのプラムやブルーハワイを思い出す青さ。
「あれはブルーツ――栄養価の高い果物です」
「え? これ食べれるの?」
不安に思った俺は、彼女に一個差し出した。
「食べてもよろしいのですか?」
「あ、あぁ」
俺が頷くと、彼女は皮のままブルーツにかぶりついた。薄青い果汁が少し飛ぶ。どうやら本当に食べられるようだ。
もっとも、彼女の顔を見ると、あまり美味しそうには見えないが。
俺もブルーツを食べる。
酸味と渋味が強い……がなんとか食べられる。結局、空腹に負け、二個目に手を出した。すると、二個目は渋味は少な目で、逆に甘味が強く、グレープフルーツのような味だった。当たり外れが大きい果物なんだな。
そう思って食べていたら、彼女がじっと俺のことを見ていることに気付いた。
一個じゃ足らなかったのか?
「いっぱいあるから好きなだけ食べていよ」
「よろしいのですか?」
「あぁ……まぁ、こんな状況だし助け合わないとね」
見た感じ、悪い子じゃなさそうだ。
彼女が二個目のブルーツを食べたとき、少し微笑んだ気がした。どうやら、彼女も二個目は当たりを引いたようだ。
言葉が通じるのはなおいい。
俺は四個、彼女は三個のブルーツを食べた。当たりと外れがは半分半分という感じで、その見た目の違いは全然わからない。
まだ五個程残っているので、夜にでも食べよう。
「そうだ、俺の名前は城治っていうんだ」
「ジョージ様ですか」
やはりイントネーションが違う。
まぁ、ステータスでもジョージってなっているし、この世界ではジョージと名乗ることにするか。
「様はいらないよ。えっと、君の名前は?」
「私には名前はありません」
彼女は自分の首輪を撫でた。
「名前はないって、そんなことはないだろ? 普通、生まれた時に親が名前を付けてくれるんじゃないのか?」
もしかして、この世界は違うのか?
だとしたら文化の違いが激しすぎる。
そう思ったのだが、彼女は顔色を変えずに俺に告げた。
「いえ、親が子供に名前を付けることはありません。私は人間族ではありませんから」
ヒロイン登場です
この小説はハーレムではないので、彼女以外のメインヒロインはいません。