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第二十八話「精霊の音」

 寒さが少しマシになった気がする。

 あの異常なまでの冷気の原因は、このウサギだったのか。

 額のところに青い宝石のようなものが埋め込まれているから、普通のウサギじゃないのはわかるが、これが精霊なのか。

 いや、あの寒さ、そして喋っていることを考えると、普通のウサギじゃないのは確かだが。なにより飛んでるし。


「ご主人様、これはいったい――氷の精霊がこの場所にいるのに寒くないなんて」


 フロンは寒さのせいで氷の精霊の声を聞こえなかったのだろうか。


「力を弱めてくれたみたいだ。本人――本ウサギ? がそれっぽいことを言っていたからな」

「え? 言っていた? ウサギ……ですか?」

「まぁ、空飛ぶウサギっていうのも変か――氷の精霊が――」

『僕の声は君にしか届かないと思うよ?』


 俺が説明しようとしたところで、氷の精霊が言った。


『精霊の声っていうのは、普通の人間には聞こえないから。たぶん、その子には僕はまだ青い玉にしか見えていないと思う』

「――声は俺にしか聞こえないらしい。ええと、名前は?」

『僕に名前はないよ。好きに呼んで』


 またこのパターンか。

 フロンの名前を付けるにも一日がかり。それが嫌でテンツユの名前はフロンに考えてもらったというのに。

 でも、今回はフロンにはこいつの姿は青い玉にしか見えていないみたいだし、会話できるのも俺だけ。

 フロンに決めて貰うのは無理か。


『なんでもいいよ? 最悪、こいつでもおまえでもいい』

「……じゃあ、ナンテンで」


 意味? 雪ウサギに使われている赤い目変わりの木の実だ。


『うん、いいよ』

「ということで、この精霊の名前はナンテンって言って、俺に探してほしいものがあるらしいんだが……温めることができるか? このまま出たら、正直風邪を引きそうなんだが」

『それは無理。温め過ぎると僕が溶けるし、火を増やすのもやめてほしいな』

「だよな――ちょっと風呂を温めて、体を温もらせるから、外の広場で待っていてくれないか?」

『どのくらい?』

「一時間もあれば準備ができる」

『うん、わかった――じゃあできるだけ影響が出ないように上空で待ってるから、準備ができたら迷宮の入り口の前の広場に来てよ』


 そう言うと、ナンテンは青い丸の姿になり、ふわふわと部屋から出ていったのだった。

 とはいえ、このまま風呂に入って水がぬくもるのは時間がかかる。

 仕方がないので、水の中にいれていた消えない松明を外に出し、部屋全体を温めてから外に出ることにした。


「ご主人様、足下が滑りやすくなっていますので気を付けてくださいね」

「ああ……くそ、まだ冬だな」


 俺とフロンはタオルで体の水気をふき取り、できる限り松明で暖を取った。

 風呂に入って体の芯まで冷え切ることになるとは思わなかった。

 フロンと背中の洗いっこは延期だな。


 氷の精霊がいる場所はとても寒いので、魔石をケチったり言っている状況ではない。

 俺は魔石を可能な限り使って、冬服を整えた。


 毛糸の猫耳帽子はフロンの耳を覆うのにはちょうどよかったが、逆に意味のないアイテムもあった。

 防寒用のイヤーマフは、逆にフロンには必要なかったのだ。これ、人間用だし。

 そのことに気付いたのは、魔石交換したあとだったので、俺が猫の手の形のイヤーマフをすることにした。さらにマフラー二つ、追加で手袋も用意する。

 ここで魔石が尽きたため、フロンには、スカートの下に俺のジャージを履いてもらった。部活帰りの中学生みたいな服装だが、かなり丈が余ってしまって、だぼだぼになっている。

「話を聞くのは俺だけでいいんだぞ?」

「いえ、私もお供します。私はご主人様の従者ですから」

「従者って――」


 俺はパートナーだって思っているんだけどな。

 残念ながら、まだ仕事的な意味でだが。

 でも、ゆくゆくは公私ともにパートナーとなりたいと思っている。

 命令口調になっているけれど、それは彼女が望むからで、本当なら普通に会話したい。

 ただ、俺は精霊と会話できるが、この世界の常識についての知識がない。

 知らないことがらが出てきたとき、いちいちフロンに確認をしに戻るのはよくないだろう。

 さっき話した限りでは確率は低いだろうが、精霊を怒らせでもしたら、俺はカチカチに凍り付いてしまう。もしも怒らしても問題ないと思っているのなら、あと三十分風呂にいて洗いっこしていたはずだ。


「じゃあ、行くか――」

「はい!」


 俺とフロンは階段を上っていく。

 半分くらい登ると雪が積もっている。岩を運ぶために何度も往復したのだが、その時にできた足跡はすでに消えていた。


「間違えて春が訪れる前に外に出てしまった熊のようだ」

「冬眠明けのグリズリーは大変に危険だって聞いたことがあります。この寒さなら気が荒くなるのも仕方がないと思います」

「そうか? 俺が熊なら、いますぐ引き返して眠りたいよ」


 春眠暁を覚えずというけれど、一番寝てしまうのは冬の朝だ。あの布団の温もりは悪魔が憑りついていると思う。特に一人暮らしだと起こしてくれるひとは誰もいないから猶更だ。

 力を抑えてくれているはずなのに、こんなに寒いのか。

 ――っ!?

 広場で気付いたのだが、消えない松明の火が凍っていた!?

 火が凍るってそんなファンタジーみたいなことが?

 いや、違う! 火が氷に閉じ込められているんだ!

 火を氷で囲うナンテンの力に驚くべきか、氷に覆われても消えない松明に驚くべきか。


『ごめん。さすがに火の傍で待っているのは辛いから、氷で隔離させてもらったよ』

「器用なんだな」

『これでも精霊の中では力があるほうなんだよ』


 こんな精霊がポンポンいたら異世界に温暖化問題は存在しないことになってしまう。


『目的の物が見つかったら出て行くからさ、それまで我慢してね』


 ああ、そう願いたい。

 魔石で交換できるものでよかったら、魔石と交換――あ、いや、魔石はもう尽きたか。


「――それで、目的の物ってなんなんだ?」

『うん、僕が探してほしいのは――』


 頼む、簡単な物であってほしい。

 俺はそう願い、心の中で手を合わせた。


『春の音だよ』


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