第二十六話「迷宮に風呂を作る方法」
日本人にとって切っても切り離せないもの、それは入浴だ。
この世界に来てから俺とフロンは、交代で水飲み場を利用して体を綺麗にしてきた。しかし、こう寒いと水飲み場の水で体を綺麗にしようなんて思わない。
それなら、風呂を作るしかないだろう。
なに、条件さえそろえば風呂を作るのは簡単だ。
俺とフロンは手ごろなサイズの岩を持っていく。
寝室の奥の部屋には、採ってきた海草や着ていない服、その他集めてきた漂流物の小物などを置いている。その奥の部屋はいまのところ使っていない。
その部屋の一番奥の角を中心とし、そこから弧を描くように岩をならべていく。
財宝一覧からスライム粘液を取り出し、それを使って隙間を塞ぐ。これで風呂の土台は完成した。ここまでで筋肉痛で結構ヤバイことになっている。
岩って重すぎる。テンツユの奴、こういうときに働いてくれよ。
それが終わったら、排水溝の周りに追加で岩を並べ、こちらもスライム粘液で隙間を塞ぐ。そして、排水溝を着ることができない子供服で塞ぐ――
「うぅ、冷たいっ!」
排水溝に子供服を詰めている作業中、容赦なく手に水がかかる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、これで風呂に入れると思ったら屁でもない」
排水溝が詰まったせいで、水が溢れ、外側の――つまり風呂の中に溢れていく。
暫く待つ。
「ご主人様、待っている間どうしましょう?」
「手が冷たいんだ。フロンの尻尾で温めていいか?」
「はい、ご主人様なら――キャッ」
「悪い、冷たかったか」
「いえ、驚いただけで……はぅ」
と、いちゃいちゃ時間を潰す。
ある程度水が溜まったら、消えない松明を水の中に入れる。
その名に恥じぬように、消えない松明は水の中に入れても燃えている。本当にどういう原理だ? 燃やすのに酸素が必要ないこと、二酸化炭素が発生しないことはわかっていたし、これまでいろいろ試して、水の中でも燃えることもわかっていたが。
とにかく、これで、風呂を温めることはできる。
風呂の部分に水が溜まったら、子供服に括りつけて置いた紐を引っ張り、これ以上水が溢れないようにする。
まだ溜まった水は冷たい。
消えない松明を追加で数本投入する。
暫くすると、湯気が出てきたので、松明を使ってかき混ぜる。
こうして、迷宮風呂は完成した!
……ここまで昼飯を挟んで半日かかった。
もうすぐ夕方だ。
「できたな――」
「はい、できましたね」
湯気が出ている風呂場は少し暖かい。
俺はジャージの上を脱いで言った。
「じゃあ、フロンが先に入ってくれ。俺は夕食の準備でもしてるよ」
「それはいけません。夕食の準備は私が――」
それじゃ、一緒に入るか? と言えない自分が少し情けない。
いや、でも隣で寝ているし、裸を見たことも一度や二度じゃない。
あ、いや、二度だけか。
それを考えたら、一緒に入ることも――いや、でも――
「ご主人様、ご主人様!」
フロンが俺のことを呼ぶ。
考えすぎて、いろいろと悩んでいたようだ。
「ああ、すまん、ちょっと考え込んでいた。なんて言ったんだ?」
「一緒に入るというのはどうでしょうか? と尋ねました。十分な広さもありますし」
「え? いい……のか?」
「はい、ご主人様の背中をお流しする者も必要ですから」
あれ……あれ? これって夢……?
「そうだな、それがいいと思う」
俺は同意した。ナイスだ俺!
もう、これはハッピーエンドの予感しかない。
「はい、テンツユもきっと喜ぶと思います」
「そうだな――え? テンツユ?」
「はい。テンツユと一緒に入るのはどうでしょうか? と提案しました。この部屋は十分な温度と湿度がありますから、テンツユにとっては快適な場所でしょうし」
……テンツユと一緒に……。
また重要な言葉を聞き逃していた。
きっと、フロンは俺が考え込んでいる間に、「あ、この場所、テンツユにちょうどいいのではないでしょうか? ならば、テンツユを召喚してお風呂の管理を任せられますね。それで、ご主人様と一緒に入るのはどうでしょうか?」みたいに話していたんだろう。
泣きそうだ……ていうか、本当に泣きたい。
「ご主人様、どうなさったのですか?」
「いや、悪い。てっきりフロンと一緒に入るのかと勘違いして――」
「え?」
あ……ショックのあまり口に出してしまった。
ヤバイ、変態だと思われたかっ!?
これは訂正しないと――ちょっと苦しいが、「というのは冗談で――」と言えば、フロンも納得して――
「ご主人様の許可がいただけるのでしたら、私も一緒に入りたいです」
……はい?
※※※
湯煙、裸の美人とくれば、一昔前の二時間ドラマでは殺人事件が必要不可欠になってくるだろうが、嬉しいことにここは旅館でもなければ、敏腕刑事や探偵が泊まっているわけでもない。つまり、殺人事件は起きないわけで――
普通に目のやり場に困る。
「気持ちがいいですね――ご主人様」
「あ……あぁ。最初は少し熱かったが、水を足したらちょうどよくなったな」
横に並んで座っているとき、俺はいったいどこを見たらいいのだろうか?
体の芯から温まっているが、この顔に帯びた熱は風呂の効果とはまた別のものであることは確信している。
ところで、知っているだろうか?
人間の視野というのは左右合わせて二百度もあることを。つまり、隣にいるフロンは俺の視野に入っている。しかし、情報として入手できる視野というのは左右併せて百二十度くらいしかない。
つまり、今の俺の状況は、見えているのに見れていない、という状態である。横を見ればいいだけと思うが、しかし、女性は男性の視線に敏感という話を聞いたことがあるし。それなら、あえて興味ありませんよー、やましい気持ちはありませんよー、見ませんよーという感じで顔を反対に向けるべきだろうか?
あぁ、でも、まったくやらしい目で見ないのは、それはそれで女性に失礼だって聞いたこともある。
くそっ、どうすれば――
なんて、男の虚しい内情を吐露したところで悲しくなるだけだ。
「そうだ、テンツユも呼んでやるか」
結局、ふたりきりの空間に耐えられなくなった俺は、正面を向いたままそう提案した。
「はい、きっと喜ぶと思いますよ」
フロンが俺の提案に喜んで賛成した。
「よし――使い魔召喚、歩きキノコ!」
【使い魔:歩きキノコアビリティを設定しますか?】
……ん?




