第二十四話「フライドチキン」
第三部開始です!
……フライドチキンが食べたい。
サンダーが去ってから、俺はそんなことばかり考えていた。
いや、昨日、鳥肉なんてものを久しぶりに食べたせいで、俺は日本の味に飢えていた。日本の味というよりかは、アメリカのケンタッキー州の味かもしれないが。
しかし、ここは異世界。さらには無人島。
当然、白髭眼鏡おじさんのお店はない。
ないなら自分で作ればいいって言うのが無人島だ。
「フロン、そっちにいったぞ!」
「はいっ! 風刃っ!」
「テンツユ、枝が落ちてくる、逃げろ」
「キュキュキュキュー!」
「俺の出番だ!」
台詞だけなら、結構様になっていると思うが、実際のところ、一日がかりで獲れた鳥の数は〇羽。とことんサバイバル生活に向いていないと思う。
いや、フロンは風刃は二回目以降は使えないし、狐火は森の中で放つには危険だ。
テンツユは手が短いから鳥を探す専門だし、俺の飛び道具は手斧を投げるくらいしかできない。そんでもって投げて外した手斧を見つけるのに結構な時間を使った。
それなら、魔石で鶏肉と交換すればいいんじゃないか? と思うかもしれないが、そうはいかない。
食材は豊富にあるが、交換できるものはほとんどが野菜や穀物、調味料類ばかりで、肉や魚は存在しない。
しかも、調味料類は結構高い。料理に幅を持たせるために、胡椒を手に入れたが、小さな瓶入りの胡椒に20Mも使った。
「さすが砂金と同じ値段で取引されるという調味料だな」
と呟いたら、
「そんなに高くないですよ? 塩の三倍くらいの価格です」
とフロンに真面目に返された。実際、魔石での価格も塩の三倍くらいだったので、彼女の言っていることが正しいのだろう。貿易の夢がない。
いや、たまたまフロンの故郷がその値段というだけで、この広い世界にはきっと胡椒と砂金があるかもしれない――あったところで貿易するつもりはないけれど。
話を戻すが、どうも、動物の肉は交換できないようだ。唯一動物性たんぱく質として考えられるのは卵とミルクくらいだ。これらはまだ安いので、交換してもいいだろう。
生きている動物も使い魔しか交換できない。
その使い魔も、大量の魔石を必要とする。最低でも1000M――極少魔石1万個分も必要とするものだから、パーティを増やすこともできない。
魔石は、今後、道具を手に入れるためや、病気になったときに薬を手に入れるため、さらにお金に換えるのに必要だから、極力節約していきたいところだ。
「ご主人様の罠も不発でしたね」
「それを言うな」
落とし穴や松明など魔物に対する罠を作り上げてきた俺は、罠作りに燃えた。
俺の罠――それは日本の良き伝統を利用した罠だ。
用意するのは、普段いろいろと活用させてもらっている木箱と木の枝と紐、そして朝ごはんに食べていたパンの屑。
パン屑を紐と木の枝に括りつけ、その木の枝で木箱を支える。
あとは、鳥や獣がそのパン屑を食べようとすれば、自動的に木箱が倒れ、獲物がGETできるというものだ。木箱の大きさから、鳥が手に入れば万々歳、ウサギなどの小型の動物でもラッキーと思って仕掛けた。
そして、帰ってきたら、見事に木箱が倒れていた。
……誰が想像できただろうか?
群れた蟻がパン屑を運ぶ光景を――いや、想像できるわ。
もちろん、もっと手の込んだ罠ができないわけではない。
ロープを利用して、ウサギの巣穴などを見つければそこそこ成功率の高い罠を作れる可能性もある。
だが、俺はいま、今日、今夜にフライドチキンを食べたいのだ。
手の込んだ罠を作っている時間が惜しかった。
時間を惜しんで失敗していては意味がないという話だが。
「はぁ、今夜もキノコと海草か」
「キュキュキュキュー」
「『キノコのなにがダメなのか』だって? キノコが嫌いなわけじゃないけど、こう毎日だとな」
「ご主人様、テンツユの言っていることがだいぶわかるようになってきましたね」
そういえば、最近はなにを言おうとしているのか、だいたいわかるようになってきた。難しいことはわからないけれど、簡単な思いくらいなら理解できる。
んー、慣れるってすごいな。
「それなら、亀の肉はどうでしょうか?」
「亀の肉? そういえばそんなのもあったな」
スロータートルを倒すと、必ず魔石を落とす。さらに、亀の甲羅と亀肉をどちらも五割くらいの確率で落とすのだ。
いまのところ四匹しか倒していないから、確率は変わるかもしれないけれど、とりあえず全部財宝一覧の中に保存してある。
ただ、亀を食べるという習慣がないし、ミドリガメなどを食べた人が腹を壊したって話を聞いたことがあるので、食べ物だという認識があまりなかった。
あ、でも有名な水平思考問題に、“ウミガメのスープ問題”って呼ばれるものがあるくらいだし、亀を食べるのは世界では普通のことなのだろう。
「亀の肉ってどんな味なんだ?」
「食べたことがないので伝聞になりますが、爬虫類の動物の味は、鳥の肉に近いと言われています。亀もそうかと」
「鳥の肉に近いのか」
そう言われたら食べたくなってきた。
よし、じゃあフライドチキンならぬフライドタートルといくか!
ええと、足りない材料の中で必要な材料は、薄力粉、ミルク、卵か。
幸い、全部魔石で交換できそうだ。
あと、油も交換できるが、これは以前のように自力で作るとしよう。
前に石鹸をつくるときに舐めてみたけど、結構上質な油だった。
「テンツユとフロンはブルーツの種から搾油を頼みたいんだが、いいか?」
「はい、お任せください」
「キュー!」
よし、じゃあ俺はその間に準備とするか。
まず、綺麗にした木の板の上に、亀肉を取り出す。
……へぇ、これが亀肉か。手足が付いているなんてことはなく、完全に肉になっている。脂身の少ない牛のモモ肉みたいだ。
亀の甲羅を取り出した。亀の甲羅を上下二つに割ってみる。
本来は骨や肉、内臓などがあるはずなんだけど、どうも本当に甲羅だけしかないらしい。これなら、ボウル代わりに使えそうだ。
亀の甲羅の中に牛乳と卵を混ぜたものを浸す。そして、甲羅の下側の部分には小麦粉と塩、胡椒を混ぜたものを――なんて調理番組みたいだな。
とりあえず、全てが揃った環境ではないが、それなりにうまくできたはずだ。
「ご主人様、油が取れました」
「ああ、ありがと……ちょっと少ないな」
「どうしましょう? これからブルーツを採って来ましょうか?」
「いや、これでやってみよう」
むしろ、都合がいいかもしれない。独り暮らしをしていると、どうしても油ものを作りたくなくなる。そのため、フライパンを使い、少ない油でいかに揚げ物を作るか! という方法を考えていた。
「揚げ料理には大量の油が必要になると聞いたことがありますが」
「大丈夫だ――」
焚火の周りにある石の上に鍋を置き、油を入れる。
二本の枝で作った何度も煮沸消毒してある菜箸もどきを使い、亀肉を投入。
表面を何度も焼き、蓋をして蒸し焼きにした。
「よし、できた!」
水で洗った亀の甲羅に盛り付けて出来上がり!
迷宮キッチン、今日の一品、「フライドタートル」の完成だ。
「とてもいい香りがしますね。胡椒をふんだんに使われたのですね」
「ああ――本当はコンソメとか使いたかったけど、今回は節約したから、代わりに既に交換してある胡椒を使った。まずは俺が味見をさせてもらう」
俺は手掴みでフライドタートルを取る。
決して主人だからというわけではない。
中まで火が通っているか少し不安だったからだ。蒸し焼きにしたのもそのためである。
だが、それは杞憂だった。
うまい。フライドチキン――とはちょっと違う気がする。スロータートルの肉って、鶏肉より、むしろ馬の肉に近いんじゃないだろうか?
それでも、十分に満足できる味だった。
蒸し焼きしたけれど、衣もカリっと仕上がっている。
「よし、フロンも食べてみろ」
「はい!」
フロンもまた亀の甲羅の肉を手掴みで取って口に運んだ。
彼女は一口食べて目を見開く。
「ん……っ!」
「どうだ?」
「一口食べたら肉の濃厚な味が口の中に広がりました。塩と胡椒が、タンパクな味の亀の肉から味を引き出しています。とても美味しいです」
「よかった」
フロンに喜んでもらえて一安心した俺は、水を飲みながら食事を続けた。
なんだかんだいっても、この生活ももう一週間以上続いている。
無限に湧き出る水のお陰と手作り液体せっけんのお陰で体も清潔に保てているし、着替えも魔石と交換できる。
案外、この生活も悪くないもんだ。
「――ハァ……ハックション! うぅ、少し冷えて来たな」
夕食を終え、亀の甲羅は洗ってベッドの下に収納。
そして、太陽が沈んだときには外気温も随分と下がってきた。
ここまで寒くなるのは初めてのことだ。
テンツユは今日は地上で寝るそうだ。木の根っこで体を半分埋めて寝るのが気持ちいいらしい。まるでキノコのようなやつだ……本物のキノコだったな。
俺たちは地下のベッドのある部屋に向かった。
「ここも寒いな……外よりはマシだが」
綿の入った服が欲しくなる寒さだ。
そろそろ冬が近づいているのだろうか?
「そうですね。そろそろベッドで休まれますか」
「そうだな――あぁ、帳簿だけつけるから、先に布団の中に入っていていいぞ」
「ご主人様が働いているのにそんなことはできません」
「じゃあ、俺の布団を温めておいてくれ」
「……はい、かしこまりました」
フロンは結局同じことなのではないかと思ったようだが、何もせずに立っているより、布団に入って仕事終わりの俺のために寝床を温めるほうが俺のためになると判断したらしい。
俺はささっと帳簿を終わらせて、フロンと交代で自分の布団の中に入った。
布団に入った途端、少し良い匂いがした……ような気がした。それにこの温かさ……最高だ。今度から毎日フロンに布団を温めてもらいたくなる。
そう思ったら、少し身震いした。
暖かい布団に入っても寒いのは寒い。
俺はそのまま寝ることにした。
そして、翌朝、俺は思いもよらぬ経験をすることになる。
というのも、朝起きたら――まつ毛が凍っていた。
某小説で、『料理が下手な美少女ヒロインがフライドチキンを作ったら、フライドチキン=飛ぶ鶏肉 と勘違いし、空を飛ぶ鶏となって凶暴化。フライドチキンが主人公や敵の軍隊を襲った』という小説がありましたが、そんな奇想天外な展開にはならないですね――すみません、そんな小説、やっぱり無かったことにしてください。
ウミガメの肉は日本でも昔は食べられていたそうですが、池などにいるカメを食べればサルモネラ症になってお腹を壊す可能性が高いです。素人が調理をするには危険なので、気軽に考えないでください。スッポンはよく食べられるから大丈夫だよね? と考えるかもしれませんが、こちらも素人が調理すれば同じくサルモネラ食中毒を起こすことがあり、年間1人くらいの割合で発生しています。
この物語はフィクションであり、実際の調理法、食中毒防止マニュアルとは一切関係ありません。
主人公と同じようにカメを調理して、「美味しくなかった!」「お腹を壊した」というクレームは一切受け付けません。




