第二十一話「スライムイーター」
そういえば、アリクイって、英語だとアントイーターって言うそうだし、スライムイーターはスライムを専門に食べる魔物だろう。
んー、だとしたらスライムより強いってことだよな。
「フロン、追加でスライムイーターってのが現れたんだけど、これって」
「スライムイーターっ!? どの部屋ですかっ!?」
「スライムがいる部屋の隣の部屋だけど……危険な魔物なのか?」
「今は危険な魔物ではありませんが、これから危険になります。ご主人様、スライムイーターがいる部屋に案内してください」
「わ、わかった!」
俺は地図を確認しながら階段を下りていく。
あれ? 赤い点が動き出した……これはスライム?
ゆっくりとだけど、スライムイーターの方に向かってる。
スライムを食べる魔物だとするのなら、スライムイーターの方からスライムに行くのはわかるが、何故逆なんだ?
「うわっ」
地図に集中しすぎているせいで、階段を踏み外しそうになった。
「ご主人様っ!」
「大丈夫だ――それより、スライムイーターってなんなんだ?」
「スライムを食べる食粘植物です」
「食粘植物?」
「はい――スライムを甘い匂いでおびき寄せて、スライムを食べるんです」
「それっていい魔物じゃないのか?」
魔物を食べる魔物は悪いようには思えない。
むしろ、魔物を食べて育つ植物なら、枕元に置いておきたいくらいだ。
「それが、そうとも言えません。スライムイーターはスライムを食べると三日間だけ蔓を増やすんです。一匹食べれば、一本、二匹食べると二本、最大八本まで蔓を生み出し、歩き回っては枯草や腐葉土などを集め、さらには人を襲うこともあるんです」
訂正――そんな化け物みたいな植物、枕元に置いてたまるか。下手したら睡眠が永眠になりかねない。
「しかも蔓が増えるごとにその強さは増していきます。蔓のない状態のスライムイーターの討伐難易度は無し。誰でも倒せる魔物です。ですが、蔓が八本になれば、討伐難易度Cまで上がるほどです」
「討伐難易度Cってどのくらい強いんだ?」
俺は走りながら尋ねた。
「ランクCの冒険者が対処するほどの魔物です。サンダーさんとトニトロスさんなら倒せるレベルです。私たちはまず勝てないでしょう」
「――っ!?」
それってかなりヤバイってことか。
「ちなみに、二匹のスライムが食べられたときは?」
「討伐難易度はFランクでしょうか……そうなったときはご主人様のことは私が守ります」
フロンはそう言って鉄扇を強く握る。
勝てるとは言わないんだな。
彼女は戦う力はないが、強さの比較はできると言った。
それが正しい戦力差なのだろう。
だとしたら、いまはスライムを倒すことが優先だ。
「こっちだっ!」
俺は二階層に続く階段を降り、スライムがいる部屋へと向かった。
まずい、スライムはすでにEの部屋に入っている。
俺は地図を脳内から消し、覚えた道を進んだ。
「あそこだっ!」
そこにいたのは、二匹の青いゼリーのような物質――そして、大きな口(?)を開ける赤い花だった。
この距離では狐火を放っても間に合わない。
よしんば間に合ったとしても、彼女は一度狐火を放つとクールタイムを必要とする。
そうだ――落とし穴! 奴の足下に落とし穴を作れば簡単に倒せるんじゃ――
【障害物があるため、落とし穴を設置できません】
やっぱりそんな卑怯なことはできないか。
なら――
「フロン、スライムじゃなく、直接スライムイーターを狙うんだ!」
「お任せくださいっ!」
フロンが言った。なんて頼もしい――彼女は火の玉を生み出し、鉄扇を振るった。
鉄扇は風を生み出し、狐火を加速させる。
火の玉は加速し、スライムイーター目掛けて飛んでいく。
命中するはずのコース、間に合うはずの攻撃、それを見て、俺は確信するかのように、
「やったかっ!?」
と叫んでしまった。それが失敗フラグであることは知っているのに。
フロンの火の玉がスライムイーターにぶつかろうとするその時、一匹のスライムが飛んだ。スライムイーターの口の中に飛び込もうとしたのだろう。
そして、フロンの狐火がスライムに命中してしまった。
「なっ!?」
小さな爆発がおき、スライムが魔石と粘液のようなものに変わった。
その間に、残り一匹のスライムがスライムイーターの中にはいってしまったのだ。
「しまった」
いや、待て、さすがにスライムを一瞬で消化することはできないだろう。よしんば消化できたとしても、一瞬で蔓が生えてくることなんてあるはずが――
目の前のスライムイーターからにょきにょきと蔓が生えてきた。
「これだからファンタジー生物は嫌いだ!」
「ご主人様、下がってください」
蔓がこっちに向かって伸びてきた。
って速い――こんなの避けられ――
「風刃っ!」
フロンが鉄扇を振るうと、風の刃が生まれて蔓を切り裂いた。まるで刀のような切れ味だ。
「レベルアップして覚えたスキルです。扇がないと使えませんが――どうやら役立ったようですね」
「凄いな……これならスライムイーターも倒せるんじゃ――」
「いえ、風刃は距離が短く、MPの消費も多いので――再度狐火で倒します」
フロンがそう言って、狐火を放った。
今度こそスライムイーターに命中する――はずだった。
突然、狐火が消えた。
「……くっ……すみません。不慣れなスキルだったせいで、思った以上に風刃でMPを消費してしまったようです」
「――MP切れ!?」
まさか――こんなところで。
そうだ、逃げないと――と思ったときだった。
伸びてきた蔓がフロンの体に巻き付き、彼女を引っ張っていった。
「フロンっ!」
「ご主人様、いますぐサンダーさんを呼んできてください!」
お前――それって俺に逃げろって言っているのと同じじゃないか。
逃げるように言ったら、俺が助けようとするかもしれないから言ってるんだろ。
でも、俺に勝てるのか、あの蔓に?
いや、いまだからこそ勝てる。蔓は一本、フロンを捕まえているのなら攻撃手段はない。
「フロン、待ってろ!」
俺はそう言うと、石斧とウッドシールドを持って駆けだした。
一本しかない蔓が使えないなら、こいつはもうただの植物だ!
俺にだって勝てる!
「覚悟しろっ!」
俺はそう言って斧を持って走った。
しかし、思わぬ事態が起きた。
スライムイーターはあろうことか、フロンを振り回して投げてきたのだ。
俺は咄嗟に盾で受け止めようとし――それはダメだと盾を捨てた。
フロンの体が俺に激突する。
「がはっ」「くふっ」
投げたといっても速度は出ていないので吹き飛ばされることはない。それでも、俺はフロンを抱えたまま後ろに倒れてしまった。
「だ、大丈夫か、フロン」
「はい……申し訳ありません」
しかし、これはヤバイ。
体が痛くて動かない。
こんな状況で、フロンを担いで逃げることは無理だ。
終わりだ――二度目の人生がこんなところで終わるなんてイヤだ。
こんなことなら、迷宮師になんてならずに、凄腕の剣士とか魔術師とかに生まれ変わるんだった。迷宮師にどうやって戦えっていうんだ。
「すみません……ごしゅじん……様」
「謝るなっ!」
俺はフロンに言う。
「ごしゅじん……まにいただいたい……無駄にしてしまって」
お前、俺にいただいた命って、まだ死んだわけじゃないだろ。
くそっ、考えろ、俺。
戦う力がないなら考えるんだ。剣士だったらとか魔術師だったらとか、無いものねだりはやめろ。
あるもの――そうだ、迷宮師には迷宮師の力があるじゃないか!
「ここは俺の迷宮だ! 三下が好き勝手するんじゃねぇっ!」
俺はそう言って立ち上がる。
落とし穴は障害物があるから作れない――それなら障害物の無い場所に設置すればいい。
――設置、消えない松明っ!
俺はそう言うと、消えない松明をスライムイーターの周囲に設置した。
さらに、消えない松明を俺の両脇に設置。それを俺はスライムイーターに投げつけた。
しかし、所詮は松明の火――燃え上がる炎と違い、スライムイーターは蔓を使って飛ぶ。
本来なら、俺の方向に飛び掛かってくるだろう――しかし、奴は違った。
なぜなら、俺は消えない松明を設置すると同時に、もうひとつ――水飲み場を設置したからだ。
フロンと俺、双方とも火を使うことをスライムイーターは見ていた。
これは賭けでもあったが、歩きキノコ以上の知能を持つらしいスライムイーターは、火に対抗するため、水飲み場の近くへと跳んだ。まるで棒高跳びの選手みたいに。
俺は駆け出すと同時に、最後の設置をする。
設置するのは落とし穴。
そして、その場所はもちろん――スライムイーターの着地地点だ!
途端に、スライムイーターの着地地点に大きな穴が現れ、スライムイーターはその中に落下しそうになる。咄嗟に蔓を延ばし、水が出るライオンのような顔の彫像に巻き付けて難を逃れた。
だが――
「もうお前は詰んでるんだよ」
その行動は読んでいた。
俺は手斧を握ると、その蔓を叩き切ったのだった。
【ジョージのレベルが上がった】
【迷宮師(神)スキル:迷宮管理Ⅱが迷宮管理Ⅲにスキルアップした】
レベルアップのメッセージが、俺にとっての勝鬨の歓声だった。
とにかく疲れた……しばらく休みたいよ。
後日談
「ええっ!? スライムイーターって、人間は食べないのかっ!?」
「はい、スライムイーターですから。スライムが主食ですから」
「なら、なんで人間を襲うんだ?」
「スライムイーターはスライムを十分に食べて満腹になると、今度はスライムを自分で育てて増やすようになります。スライムにとっての食事は枯草や人間の衣服なので、人間を捕えては上手に服を剥ごうとするんです。人間を食べることはありません」
「でも、俺にいただいた命を無駄にしてしまってって」
「……? いえ、私はご主人様にいただいた衣服を無駄にしてしまってすみませんって申したのです」
「そうだったのか……低階層で危ない魔物が出ると思ったら、そんな理由があったのか」
なんてことがあったとか。




