第十八話「できない質問」
「そうですか。お二人はもうドラゴン退治に向かわれたのですね」
フロンはそう言って、薪を所定の置き場に揃えた。
テンツユも、頭の上に乗せた箱を置く。中には山菜や木の実が入っていた。
テンツユは記憶力はいい。一度教えたことは忘れないのだ。
フロンが食べられる食材を教えると、同じ物を見つけて採取するのが得意だ。いまだに毒貝を間違えて採ってしまう俺より優秀かもしれない。
「ああ、夕食はドラゴンステーキだそうだ」
ドラゴンのステーキってゲームや漫画だとよくある設定だけど、実際はどうなんだろう?
部位によって味が変わったりするのだろうか?
そもそも、爬虫類の肉や両生類の肉って、味は鶏肉に似ていると聞くから、そっちをイメージしたほうがいいだろうか?
それなら、サンダーがさっき狩ってきた鳥の肉を分けてもらうだけでも十分だったんだけどな。さすがに落ちている内臓は食べる気にはならないが……捨てたってことは、食べるべきではない部位なのだろうし。
まぁ、魚肉以外の肉は食べてこなかったので楽しみといえば楽しみだ。
万が一にでも地球に戻ることがあるのなら、ドラゴンの肉を食べたなんて最高の思い出になる。
そう思ったのだが、フロンはドラゴンのステーキと聞いて首を横に振った。
「……恐らく、それは無理でしょう」
「無理って、あれだけ自信満々なんだし、きっと勝てるだろう」
秘策とかあるんじゃないか?
そうだ、菜食主義でもお酒は飲むだろうから、酒を飲ませて酔っぱらわせたところでぐさっと殺す、ヤマタノオロチ作戦とか考えているのかもしれない。それとも、洞窟の外から毒のある草を焼いて、煙でいぶって弱らせるとか。
うん、いろいろと倒す手段はありそうだ。
地球の人間だって石器時代の頃から知恵と勇気を使ってマンモスに勝っていたんだし、不可能じゃないだろう。
「……多分、いいえ、恐らく彼らは負けます」
多分とか恐らくと言っているけれど、フロンの目はサンダーが負けることを確信している目をしていた。
「……え?」
「私は戦力とはなりませんが、それでもだいたいの相手の強さはわかります。恐らく、私とご主人様、ふたりがかりで戦っても、サンダーさんはもちろん、トニトロスさんにも敵いません」
え……俺たち、トニトロスより弱いのか?
それはちょっとショックだった。猫の手を借りたいという諺があるけれど、猫の手よりも力がないのか。
「ですが、サンダーさんとドラゴンの戦力差はそれよりも遥かに大きいです。ドラゴンは知恵のある魔物と言われていますので、僅かな工夫で倒せるとは思えません」
「そんな……じゃあ、あいつらは」
俺は森の方を見て、駆けだそうとしたが、フロンに腕を掴まれる。
「ご主人様、どこに行かれるのですかっ!?」
「どこにって、あいつらのところに――」
「いまからいっても間に合いません。それに、彼らが死ぬとは言っていません。彼らも冒険者としては一流です。敵の気配を読み、その戦力差を目の当たりにすれば戦うことなく帰ってくるでしょう。私たちでも逃げられたのです。冒険者はいかに勝利するかではなく、いかに負けたときの損害を減らすか――と言われていますから」
フロンは俺を安心させるように、穏やかな口調で言った。
人間と戦う騎士ならば敵の将軍を打ち取って大怪我を負ったとしてもそれは名誉の負傷と言われ、出世に繋がる。
しかし、冒険者は魔物を打ち取っても自分が怪我をしたら意味がないと言われている。彼らは怪我をしてもすべては自己責任の世界にいるらしい。
「そうだよな……」
フロンの言葉を聞いて、俺も段々と冷静になってきた。
「じゃあ祝勝会はやめて残念会、いや、慰労会ってところで飯の準備でもしておくか。フロン、海に行くぞ」
「はい、お供します」
フロンはそう言って尻尾を振った。
まるで犬みたいだ……なんて言ったら、茶狐族の彼女は怒るだろうか?
「テンツユはここにいて、サンダーたちが帰ってきたら教えてくれ」
「キューっ!」
サンダーにバカにされた塩田を見てみる。
海水はかなり少なくなっていたが、これで塩分濃度が高くなっているのかはわからない
「新しい漂流物は……木くずばっかりだな」
「こちらも目新しいものはありませんね」
もう少し大きな木の板や流木でもあればいろいろと活用できそうなのだが。
やっぱり魔石と交換するべきだろうか?
いや、魔石の数は少ない。なにもせずに手に入るといっても、節約できるところは節約するべきだろう。
最終的には、いまは草を刈るために使っている石斧で木を伐採することも考慮しないと。
「それじゃ、干していた海草を持って帰るか」
これまで木の板の上に並べられた海草を取る。
うわ、これ海草が完全にくっついてるな。一枚だけ全然剥がれないぞ。これは無理やり剥がすのも無理そうだし、諦めるか。
と、俺はサンダーの乗ってきた船を見た。
中にはほとんど荷物が残っていないが、僅かに道具がある。
これは羅針盤……か?
見るのは初めてだけど。それに、これは地図だろうか?
二枚の地図があり、一枚は世界地図、二枚目はこの近海の海図だ。
世界地図を見てみる。
この世界は、北、東、南、西に大きな大陸が四つあるらしい。
俺たちがいるのは南大陸と東大陸の間だって言っていたけれど、この地図を見る限り、東大陸の港町から南南東、南大陸の港町からは東南東と確かに貿易をする点では意味のない場所にある。
航路みたいなものが書き込まれていた。
どうやら、サンダーはいくつかの島を辿ってこの島に来たらしい。
ん? この島は町がふたつあるのか。南北にそれぞれ町がある。
俺は建物の絵と南の町の名前らしきものをなぞった。
「そこはハバチの町ですね。東大陸と南大陸の間にある港町です」
「うわっ、フロン、見てたのか――」
「はい。そのホシア島は、北と南にそれぞれ町があり、南のハバチの町はクロワドラン王国の、北のシブト町はトドロス王国の所有となっています」
「島が分断されているのか。ええと、トドロス王国っていうのは東大陸の国でいいんだよな?」
「はい、そうです」
なるほど、正真正銘の交易拠点ってわけだ。
この島を中心に海洋交易が回っているのだろう。さぞ、立派な町があるんだろうな。
「……あの、ご主人様はこの島を出たいのですか?」
「いや、俺は迷宮の管理があるからな。金になる魔石が溜まるまでは出ないつもりだ。この島以外の場所で勝手に迷宮を作ってることがバレたら、どうなるかわからないし――」
ここで聞くべきだろうか?
フロンはどうなんだ? って。
彼女がこの島を出たいっていうのなら、俺は彼女を止める権利はない。
「……そうですか」
「あぁ……フロンはこの島から出たいのか?」
「私は――」
フロンがなにかを言いかけたときだった。
「キュキュキュキュー!」
テンツユがタイミング悪くやってきた。
どうやら、サンダーが帰って来たらしい。
思っていたよりも速かったが、何時間もの死闘とかはないのだろう。
「どうやら生きているようですね」
「だな――戻るか」
俺はテンツユの頭を撫でた。




