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第十七話「一度忘れよう」

 なんか、次から次に新しいシステムが解放されていくな。

 ゲームでも、こういうシステム解放イベントが序盤に出てくるのはよくある話だけど、ついていけないぞ。

 アビリティ設定と言ったり、迷宮管理メニューを見たり、テンツユにアビリティを設定するように言ったりしたけれど、なんの反応もない。

 というのも、アビリティの設定がどうやったらできるのか、まったくわからないのだ。

 ゲームみたいな世界であっても、ゲームの世界ではないから解説書もなければ攻略本もないのだ。

 フロンとテンツユは森の中に薪になる枝を拾いに行ってくれているので、いまは俺ひとりだ。

 とりあえず、サンダーの様子を見るために地上に出た。


 サンダーとトニトロスが、焚火で肉を焼いている。

 鳥の肉だろうか? 表面が焦げている。明らかに焼き過ぎだ。


「よう、エピックモンスターは狩れたのか?」

「お陰様で――それが朝食か?」

「ああ、トニトロスが寝かせてくれないからな。ちょっと寝起きの運動で狩ってきたんだ」


 そう言って、サンダーは肉に塩を振って食べた。

 朝から豪快な奴だ。

 周囲に茶色い鳥の羽根が落ちていることから、ここで調理したのだろう。

 羽根の近くに内臓も落ちていて、そこにハエがたかっていた。

 朝から嫌な物を見てしまった。


「焼き過ぎじゃないか?」

「そうにゃんだけど、こんな島だからにゃ。食中毒対策はしておいたほうがいいのにゃ」


 トニトロスはそう言って鳥肉にかぶりつき、すぐに口を離した。どうやら熱かったらしく、ふーふーと息をかけている。ケット・シーも猫舌らしい。


「わざとだったのか――あぁ、そんなに食べてるなら、これは必要なかったな」

「ん? そりゃパンか。もらっていいのか?」

「まぁ、あんたたちはお客様だからな」

「これ、お前が焼いたのか?」

「詮索はしないでおいてくれるんだろ?」


 俺がそう言って不敵な笑みを浮かべると、サンダーは面白そうに笑った。


「ああ、真実よりパンだ。もらうぞ」


 サンダーはそう言って、パンを受け取ると焼かずに食べた。


「――なんだこりゃ」

「まずかったか?」

「その逆だ! こんなうめぇパン、食ったことねぇ――というかこれ、本当にパンなのか? 俺が知っているパンと全然違うぞ」

「にゃかにはいっているのはバターかにゃ?」

「いや、バターとは少し違う気がするぞ。臭みもない」


 バターに臭みなんてあっただろうか?


「これはバターじゃなくマーガリン……植物性の油脂を使ってるんだ」

「なるほど――この島にあるものを使ったのか。気付いたらここにいるって言っていたのに、小麦粉を持っていた――あぁ、詮索は無しだったな……しかし、これは本家で食ったパンよりも立派だ。宮廷パン職人になれるんじゃねぇか?」

「宮廷パン職人って、そんなのになれねぇよ。確かにうまいが、これが普通じゃないのか?」

「いや、俺がよく食べてた白パンでもこんなにうまくねぇよ」

「そもそも、クロワドラン王国では庶民は白パンは食べられにゃいからにゃ」


 トニトロスはパンを少し炙って食べているようだ。猫舌なのにそこはちゃんとしているんだな。


「そうなのか?」

「まぁな。うちの国では、少し裕福な家では大麦パンで、一般的には蕎麦かライ麦のパンだからな」


 蕎麦をパンにするのが普通なのか。ちょっと意外だった。

 あれ? でもちょっと待てよ?


「サンダー、白パンを良く食べてたって言ったよな? お前、金持ちなのか?」

「ああ、実家はそれなりに裕福だったな。はぁ、うまかった。ちょっと用を足してくらぁ」


 サンダーはそう言うと、立ち上がり、森の奥に行った。


「サンダーもいろいろとあるのにゃ。知られたくにゃいことも多い」


 トニトロスはそう言って、少し焦げたパンを食べた。

 もしかして、本当にあいつ、王族の分家なのだろうか?


「あ、トニトロス。パンの中のマーガリン、熱したら溶けて火傷しやすくなるから気を付け――って遅かったか」


 トニトロスは溶けたマーガリンを口の中に入れてしまったらしく、その熱さに飛びあがっていた。



 戻ってきたサンダーは、迷宮で水を飲むと、大剣を背負った。


「よし、じゃあ行ってくるか」

「気楽に言うなぁ……危なくないのか?」

「さぁな――死ぬかもしれんが、そのときはそのときだ。運命として受け入れるさ」


 死ぬかもしれんって、さすがに冗談だよな?

 いや、ドラゴンがとんでもない化け物なのはわかっているけれど、でもそんな緊張感のない声で言われても。


「そんな最悪なこと言って俺を驚かせるなよ」

「ドラゴンに殺されるのは俺にとって最悪じゃねぇよ」


 サンダーが鋭い目で言った。

 なんだ、この圧力――怖いんだが。

 と思ったら、いつものサンダーの目に戻った。


「そうだ、ジョージも来るか?」

「行かないよ、危ないだろ」

「危なくないさ。あのドラゴンは自分が襲われたとき以外は襲ってくることはないからな」

「そんなことないぞ。テンツユなんて一度食われたくらいだ」

「テンツユ? あの歩きキノコ……あぁ、それは仕方ないな」


 仕方ないって、どういうことだ?


「あのドラゴンは草食ニャ。人の肉は食べにゃいけど、キノコは大好きにゃ」


 まさかの菜食主義竜ベジタリアンドラゴンだった。

 テンツユじゃなく、俺やフロンが調査していたら襲われることはなかったのか。


「あれ? でも、それじゃわざわざドラゴンを狩らなくてもいいんじゃないか?」

「ドラゴンの鱗、血、肉、爪に骨、全部高値で取引される最高級素材だ」

「あぁ、金が目的か」


 まぁ、冒険者って魔物を倒してお金を稼ぐ仕事みたいだからな。

 納得した。


「まぁ、それもあるが、ドラゴンを倒したことで得られる竜殺し(ドラゴンスレイヤー)という名誉は、金では買えないぞ」

「なるほど、ドラゴンを倒したら有名人になるんだもんな。じゃあ、いまのうちにサインをもらっておかないと」

「サイン? なんだ、冒険者の専属契約を結びたいのか? 言っておくがいまでも高いぞ。もうすぐB級冒険者になるからな」

「そうじゃなくて……あぁ、とにかく頑張ってくれ。無事に生きて帰ってきたら、パンとキノコで祝勝会をしよう」

「そこにドラゴンステーキも追加するから、期待して待っていてくれ」


 そう言って、サンダーとトニトロスは森の中に消えていった。

 ドラゴンはできれば倒してほしいな。

 いくら草食とはいえ、あんな化け物が傍にいるとわかっていたら落ち着かないからな。

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