第十六話「空翔ぶキノコ」
「ご主人様、この声はっ!」
テンツユの声とともに、フロンがベッドから起き上がった。
「わからない――テンツユになにかあったみたいだ」
俺は手斧を持った。
「フロンはなにかあったらいつでも狐火を使える準備をしていてくれ」
「かしこまりました」
警戒しながらも水飲み場の前に出ると、テンツユが俺たちが寝ている方向とは反対の部屋を指さして何か叫んでいる。
「キュキュキュキュ!」
全然わからん。
あっちは、キノコと落とし穴のあるCの部屋がある方向だ。
まさか、あっちにサンダーたちがいったのだろうか?
そう思ったときだ。
「おい、なにがあったんだ?」
「朝っぱらから騒々しいにゃ」
階段の上からサンダーとトニトロスが降りてきた。
トニトロスの寝ぐせはひどい。
ってことは、テンツユが反応したのはふたりじゃないのか。
「悪い、テンツユがなにか異変を感じ取ったらしいんだ」
「魔物でも出たのか?」
魔物……そうだろうか?
ここ数日は落とし穴を越える歩きキノコはいなかった。
まさか、穴を越えてきたのか?
あ、そうだ、地図をすっかり忘れていた。
「(管理メニュー、オープン)」
俺は小さな声で呟き、管理メニューから地図を選択。
入口にある五つの点、青い点は俺、黄色い点はテンツユ、三つの緑の点がフロン、サンダー、トニトロスだろう。たぶん、本人、使い魔、ゲストと区別しているんだと思う。
そして、Cの部屋には七つの赤い点があった。すべて歩きキノコだ。
最後にCの部屋と廊下の間に一匹。
やはり落とし穴を越えて来たのか。
ってあれ?
【1-D:飛びキノコ】
歩きキノコじゃない?
「おい、どうしたんだ? 急に黙って」
「ああ、悪い。なぁ、フロン。飛びキノコって知ってるか?」
「すみません、私は聞いたことがないです」
「嬢ちゃんが知らないのも無理はねぇ。飛びキノコは歩きキノコのエピック種だ」
「エピック種? なんだそれ?」
「まぁ、年中迷宮に潜ってるようなやつくらいしか聞いたことないから無理はないが、魔物には、通常の魔物の他に、レア種って呼ばれる珍しい魔物がいる。それは知っているだろ?」
すみません、わかりません。
「レア種の中でも珍しいのがエピック種って呼ばれていてな。さらに珍しいのがレジェンド種なんだが、まぁ、こいつは百年に一度、発見報告があるかどうかっていうくらい数少ない魔物だ」
なるほど、エピック種は珍しい魔物なのか。
「まぁ、飛びキノコは空を飛ぶってだけで、それ以外は歩きキノコと変わらない雑魚だよ。なんだ? そいつが出たのか?」
「ああ、そうみたいなんだ。ついてないよ」
普通の歩きキノコだったら穴を越えられることはなかったのに。
「バカ。エピック種を倒すと珍しいアイテムを落とすんだぞ。それに経験値も大量に手に――」
「フロンっ! 直ぐに倒しに行くぞっ! あっちの部屋だ」
「わかりました!」
俺とフロンはサンダーに負けじと飛びキノコを倒そうとするが……あれ?
「サンダー、お前は狙わないのか?」
てっきり魔物の取り合いに発展するかと思ったが、サンダーもトニトロスも動こうとしない。
「最初に見つけたのはお前の従魔だろ? 獲物を横取りするようなことはしねぇよ。それより俺たちは二度寝だ。行くぞ、トニトロス」
「サンダー、もういい加減に起きろニャ。早起きは三センスの徳ニャ」
「三センスやるからあと一時間寝させてくれ」
ふたりはそう言って、階段を上がっていく。
魔物の横取りはマナー違反ということか。
「ご主人様――」
「ああ、行こう。飛びキノコはこの先だ」
俺たちは飛びキノコがいる場所へと向かった。
「これが飛びキノコか……」
てっきり、柄の部分に翼が生えていて、パタパタとジャンプするようなキノコだと思っていたが、これは思っていたのとは違う。
傘の部分がたんぽぽの綿毛になっていて、ふわふわ浮かんでいた。無駄に足をバタバタさせながら。
知能が低いどころの話ではない――ただ風に揺られて自分の行きたいところにも行けていないではないか。
「フロン、狐火だ!」
「はいっ!」
フロンが狐火を放った――その時だ。
飛びキノコは急に高度を上げてその攻撃を躱したのだ。
「――避けたっ!?」
フロンが驚き言った。
絶対命中すると思ったのに、あの動き。
さすがはエピック種……侮れない。
いや、待てよ?
逃げる様子はないし、あの動き、避けたというよりかはむしろ――
俺は手袋をはめ、飛びキノコの真下にいき、ゆっくりと手を伸ばした。
天井付近で足をバタバタさせている飛びキノコの足を掴んだ。
「やっぱり、避けたんじゃなくて狐火によって生み出された気流に乗っただけみたいだ」
火の玉によって空気が熱せられたからな。これが火の玉じゃなくて、石を投げていたら命中していただろう。
「フロン、頼んでいいか?」
俺は左手で飛びキノコを捕まえたまま、手斧をフロンに渡した。
フロンは手斧を受け取り、俺に尋ねた。
「私が退治してもよろしいのですか?」
「ああ。魔物って退治した人しか経験値が入らないんだろ? 俺の場合、落とし穴で経験値が入ってくるけど、フロンはこういうときじゃないとレベルを上げられないからな」
「――ありがとうございます。では」
フロンは飛びキノコを俺から受け取り、その柄を真っ二つに切った。
その場に、見たことがないキノコ、魔石、そしてメダルのようなものが残った。
俺はそれを拾っていく。
そして、全部拾い終わったとき、それらは煙のように消えてしまった。
「え?」
「どういうことでしょうか?」
「……あ、もしかして――」
財宝一覧をチェックする。
……………………………………………………
▶極上キノコ×1
▶レアメダル×4
▶魔石(小)×1
……………………………………………………
追加で三つ増えていた。
どうやら、最初に俺がアイテムを拾った場合、倒したのがフロンであっても財宝に追加されるらしい。
「大丈夫、ちゃんと手に入れているよ。極上キノコとかうまそうなキノコが手に入った」
俺はそう言いながら、極上キノコを調べる。
【極上キノコ:最高級の茸。薬用として重宝され、高値で取引される。味は微妙】
「あぁ……味は良くないらしい。となると、あとはレアメダル四枚と魔石……レアメダルってなんだ?」
「レアメダルは魔物に与えると、強くなると言われているアイテムです。一枚一万センスで取引される貴重なアイテムですね」
「一万センス?」
そういえば、さっきトニトロスが早起きは三センスの徳って言っていたな。
日本とほとんど同じことわざがあることにも驚いたが、「センス」っていうのはどこかの国の通貨なのだろう。
「金貨一枚ですね。東大陸においては、農家の平均年収、中隊長クラスの兵士の月収分だと言われています。四万センスあれば、城郭都市の中に小さな家を買うこともできると思います」
そりゃ凄い。将来、この島を出て人里で過ごすにも、この島に町を作るにも、お金はなにかと必要だからな。
こういう金目の物があったら助かる。
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――
なんだ? さっきから視線を感じる。
気配のする方を見ると、テンツユがじっと俺のことを見ていた。
「ご主人様――テンツユはレアメダルが欲しいのではないでしょうか?」
「いや、でも……一枚一万センスだろ? そうおいそれと――」
じいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――
なんという圧力だ。
まさか、俺がテンツユに屈するときがくるというのか?
いや、まだだ、この程度では――
「フロン、これは置いておくべきだろ?」
「……はい」
フロンの返事が遅い。
「フロンはテンツユに上げるべきだと思うのか?」
「いえ、そのようなことは。ただ、最初に飛びキノコを見つけたのはテンツユですから――」
くっ、そうだ。最初に見つけたのはテンツユだ。
それに、テンツユが見つけたのに奥の部屋に飛びキノコがいたのは、テンツユが騒いだことにより飛びキノコが風に乗って奥の部屋に戻ってしまった可能性が高い。
もしもテンツユがあの場にいなかったら、飛びキノコは風に乗って地上に出てしまった可能性もある。そうなったら、サンダーに倒されていたか、遠い空の彼方に消えていただろう。
「……テンツユ、一枚だけだぞ」
俺はレアメダルを取り出し、テンツユに与えた。
テンツユはそれを受け取り、
「キュキュキュキュー♪」
とてもうれしそうにしていた。
「よかったですね、テンツユ」
「はぁ……で、これってどう使うんだ? 胸にでもつけるのか?」
そう言ったとき、テンツユはレアメダルを食べた。
というか飲み込んだ。
「はぁっ!?」
「レアメダルは食べて使うんです」
「え? そうなのか……ちなみに、人間が食べたらどうなるんだ?」
「そういう実験はありましたが……聞きますか?」
「いや、聞かないでおく」
まぁ、いいか。テンツユも喜んでいるし。
でも、本当に強くなったのか?
見た目、全然変わらないけれど。
まさか、金貨一枚、テンツユのご機嫌取りのためだけに消えたってことは――
【従魔「歩きキノコ」のランクが2になりました。アビリティの設定が可能です】
と思ったら違ったようだ。
また新システムか……
そろそろ小出しにされる新しい力にワクワクするより、どちらかといえば疲れてきた。
管理しないといけない項目がまた増えるな。




