第十四話「明るい夜空」
俺はテンツユにこの場所での作業を任せた。
広場までの直線ルートは、木の伐採や整備はされていないものの草や茂みなどは取り除いているので進むことができる。
当初よりかなり楽に広場に戻れるようになっていた。
「……ご主人様、よろしいのですか?」
「まぁ、俺もいろいろと事情を知りたいんだ。サンダーならこの島のこともいろいろと知っていそうだしな」
サンダーは起きがけに言っていた。
この島を目指していた、この島は無人島のはずだと言っていた。
つまり、彼はこの島のことを俺たちよりも詳しく知っているはずだ。
広場にやってきたら、サンダーが俺たちの迷宮に真っ先に興味を示した。
「これは迷宮か?」
「はい――といっても危険はありません。水は中ですよ」
俺はそう言ってふたりを案内する。
サンダーは意気揚々とついてくるが、トニトロスはどこか不安げだ。
「お、水が湧き出てるのか。こいつはありがてぇ」
「サンダー、まずは毒の有無を確かめるニャ。あと、生水はいけにゃいにゃ」
「そんな心配ねぇだろ――ぷはぁ、うめぇっ! こいつはいい水だ!」
トニトロスはサンダーの様子を見て飲めると思ったらしい。
湧き出る水に口を近づけて飲んだ。
「……確かに新鮮にゃ水は久しぶりニャ」
俺はふたりが水を飲んでいる間に、財宝一覧から食用キノコを取り出し、木箱に入れた。
「これが食用キノコです。焼くなら広場でお願いします」
「おう、こんなに貰って悪いな! 助かる」
「いえ、本当に余っているので。島を出るときにも干したものをお渡ししますよ」
「そいつはありがてぇ――にしても変な迷宮だな。魔物の気配が全然しないし、そもそもこれは本当に迷宮なのか?」
「壁が光ってるから迷宮にゃ」
「それはそうなんだがよ――迷宮っていうのはこう、なんか重い空気みたいなもんがあるけど、ここにはそれがない。そもそも、迷宮は教会が女神像を設置して初めて成立する場所だろ? 冒険者ギルドが把握していない迷宮なんてあるのか?」
「そう言われたら、この島に迷宮があるにゃんて話、聞いたことにゃいにゃ……怪しいにゃ」
こういうときってどうしたらいいんだろ?
俺が迷宮を作ったって素直に言っていいのだろうか?
それとも、偶然見つけたことにした方がいいのだろうか?
「まぁ、そんなことはどうでもいいや。俺は俺のやるべきことをするだけだ」
サンダーは直ぐに迷宮に興味を無くしたようだ。
俺たちは階段を上り、広場で焚火をする。
消えない松明を見て驚くかと思ったけれど、実はこれはあまり珍しいものではないらしい。迷宮のある町ではかなり見かけるそうだ。そういえば、フロンも何も言わなかったっけ?
ただ、迷宮の近くでしか使えないので、価値はあまり高くないそうだ。
「サンダーさんに聞きたいことがあるんですが」
「サンダーでいいよ。ていうか、その丁寧な口調やめてくれ、背中が痒くなるんだ」
サンダーは身震いするような仕草で言った。
「サンダーに聞きたいことがあるんだが、この島のことは詳しいのか?」
「ん? それを言ったらこの島に住んでるお前たちのほうが詳しいだろ」
「俺たちはこの島に住んでまだ一週間なんだ。しかも、偶然流れ着いたみたいなもんで、島がどの場所にあるのかもわからない」
「なるほどね……この島はちょうど東大陸と南大陸の中間にある大きな島で、どの国にも所属していない」
「どの国にも?」
「島を自国の領土とする場合の取り決めってのがあって、そのためには結構な費用が必要になる。ここは大陸の中間といっても直線ルートからは大分離れていて交易の拠点にするには不便な場所にあるし、厄介な場所にあるから開発も難しい。結果、どの国も所有していないんだ。だから、お前たちが勝手にこの島に住んでも文句を言う奴は誰もいねぇぞ」
そうか、つまりここに勝手に住むのは不法占拠というわけじゃないのか。
それを聞いて安心した。
「あの、それでサンダーさんがこの島に来た目的はなんなのですか?」
「俺が来た目的か……」
サンダーはそう言うと、木箱を持って立ち上がり、
「とりあえず、飯を食べてからでいいか?」
そう言ったのだった。
広場で、食用キノコを干していた海草に巻いて食べた。
海草は干すと中に塩が残り、包んで焼くことで塩味がキノコにも染みわたる。
煮込んだときはあんなに灰汁が出ていたのに、数日干しただけでこんなにも味が変わるのか――と感動した。
ふたりの正体がわからないので、魔石とパンの交換は控えておく。
「ふたりはなんでこの島に来たんだ?」
「ふたりか――ケット・シーをひとりと数えるんだな、お前は」
「いや、まぁこうして普通に話してるしな。わざわざ一匹とか言うのも変な感じだし……あ、もしかして失礼だったのか?」
偉大なる猫様を下等な人間と同じ扱いにするとは何事だ!
みたいな思想でもあったのだろうか。
「いいや、そんなことはないさ。最初はお前のことを獣人差別主義の人間だと思っていたから少し意外だったんだよ。そういう連中はケット・シーへの差別は少ないが、人間と同列に扱うことはしないからな」
「獣人差別主義って、なんでそんなこと思うんだよ」
俺は寧ろ獣人至上主義と言っても過言じゃないぞ。
尻尾のモフモフ舐めるなよ。
「フロンの嬢ちゃんに首輪を付けてるだろ? その首輪、大陸ごとに微妙に柄が違う。それは東大陸のものだからな」
あぁ、なるほど。
東大陸は獣人への差別が激しいから、俺のこともそういう思想の持ち主かと思ったのか。
「ご主人様は私にとてもよくなさってくださっています」
「そのようだな――お前さんの飯の量を見たらわかる。同じ飯を同じ量食べる――それがパートナーってもんだ」
「僕にはサンダーの飯の量は多すぎるにゃ。少し加減してほしいにゃ」
「お前に飯の量を合わせていたら俺が餓死しちまうだろ」
サンダーとトニトロスは飯の量で揉めはじめた。体の大きさが五倍以上違うから、飯の量は違って当然だと思うが、同じ量の食事を用意するのがサンダーなりの対等な仲間の条件らしい。
「そろそろ俺の質問に答えてほしいんだが」
「ん? あぁ、俺がこの島に来た理由だったな。それはある魔物を倒すためだ」
「ある魔物?」
「そう――この島に来て一週間なら知らないかもしれないが、この島にはドラゴンが住んでいるんだ」
「知ってるよ。ちょっと前に遭遇した――死ぬかと思ったよ……あれ、倒せるのか?」
「倒したって人間なら何人もいるよ。もっとも、そういう奴は英雄と呼ばれるようなやつばかりだし、俺も倒したことがある」
おぉ、さすがファンタジーの世界だ。
「まぁ、俺が倒したのは、ドラゴンといっても、ワイバーンだから、ドラゴンスレイヤーの称号は貰えないよ」
「ワイバーンとドラゴンって違うのか?」
「ワイバーンも地方によってはウィンドドラゴンなどと呼ばれていますが、魔物学において、ドラゴンとはまったく別の種族だと言われています」
フロンが言った。
「鳥に近いって言う学者もいたし、中には鳥の先祖はワイバーンなんて言う奴もいるが、結局のところ全然違う種族らしい」
なんとなく、プテラノドンみたいな存在なのだろうかと思った。
プテラノドンって、鳥の先祖の恐竜だって思っている人が多いけれど、鳥の先祖でもなければ、恐竜ですらないそうだし。
「俺たちが洞窟で見たのはドラゴンだよな?」
「私はドラゴンを見たことがないのでわかりませんが――」
「ドラゴンだよ。この島でドラゴンと間違えるような大きな魔物は他にいないからな」
サンダーが不敵な笑みを浮かべ、荷物から一本の大剣を取り出した。
サンダーが剣を抜くと、フロンが咄嗟に俺の前に出る――が、サンダーは振り返ると、剣を振った。
広場の脇にあった大岩が砕けた。
斬るというよりかは叩く感じだ。
「調子はいい。剣も出来得る限り俺にあったものを用意した。なにより、星が綺麗だ」
サンダーが夜空を見上げて言った。
星空か……そういえば、この世界に来て空を眺めることはなかったな。
無人島において、夜と闇というのは恐怖でしかなく、夜は迷宮の中で寝るのが普通だった。
しかし、こうして夜空を見上げたら、光は手の届きそうなところに溢れていた。
「確かに綺麗な星空だ」
俺はそう言って夜空に手を伸ばした。
いま、拳を握ればその中に星がいくつか入っているんじゃないか? なんて思えてくる。
「でも、星とドラゴン退治に関係はあるのか?」
ドラゴンは綺麗な星に弱いとか? そんなはずはないよな。
「気持ちの問題だよ。明日、ドラゴンを倒しに行く。安心しろ、迷惑はかけないつもりだ。ここにテントを張らせてもらってもいいか?」
「明日、大事な決戦なんだろ? 迷宮の中で寝てもいいぞ」
「悪いな。俺は明るい場所じゃ眠れないんだ」
サンダーはそう言って笑った。
満天の星は相変わらず夜空を照らしていた。




