第十三話「南大陸からの訪問者」
第二部開始
100ポイントは超えているんだよな。
現在、迷宮のポイントは122。二階層の追加が可能になっている。
それでも、俺がなかなか二階層を追加しないのにはわけがあった。
というのも、レベルがなかなか上がらないのだ。
現在のレベルは9にまで上がったが、あれから新しいスキルを覚えないのだ。
せめて、迷宮管理Ⅱを迷宮管理Ⅲに上げたい。
迷宮というのは、深ければ深いほど強い魔物が出てくるというのは、俺のゲームの常識でもフロンの知識でも確からしい。
歩きキノコなら、落とし穴に落とすだけで倒せたが、空を飛ぶ魔物や壁にへばりつくことができる魔物が現れた場合、落とし穴だけでは防げなくなる。
せめて別の罠を設置できるようにするか、もしくは俺自身が強くならないといけないと思うのだ。そのため、レベル10になるまで二階層の追加を控えている。
レベル10までといっても、ただ待つだけなんだけどな。
「フロン、この貝は食べられるんだよな?」
「はい。その二枚貝は毒を持っていません」
磯にいる貝を集める。
最近はフロンのお陰で、毒貝とそうでない貝の違いもわかってきた。
それでも、似ている貝が多いのでたまに間違えるのだが。
「フロンは詳しいな。元々海に近い町に住んでいたのか?」
「はい――幼いころ、罰として食事を抜かれたときは海でよく母が貝を拾ってきてくれました。その時に毒のある貝とそうでない貝の違いも教えていただきました」
「そうか、優しいお母さんだったんだな」
「……母はいつも私に謝っていました。満足に御飯が食べられないこと、主人の罰で怪我をさせてしまったこと、身分の低い種族として生きなければいけない運命を背負わせてしまったこと……自分はなにも悪くないのに、私に謝っていました。とても優しい母です」
フロンが遠い目で言った。
彼女の母がどこでなにをしているのか――尋ねていいのかどうかはわからない。
俺がわかることは、彼女に幸せになってほしいということだ。
そのためにも、いまは現場の改善だよな。
いまは水と液体せっけんで体を綺麗にしているけれど、そろそろ本物のシャンプーリンスが欲しい。彼女の尻尾のふわふわを保つためにも。
魔石と交換するべきだろうか?
でも、昨日、フロン用に手鏡をプレゼントしたら怒られたんだよな。
「ご主人様! 私に手鏡など必要ありません! そのような物と交換するのであれば、まずは自分のために使ってください!」
でも、俺が寝た後は嬉しそうに鏡を見て、自分でブラシを使って髪を整えていた。
喜んでいたのだろうけれど、でも魔石をフロンのために使いすぎたら怒られる。
線引きが難し過ぎるのだ。
はぁ、せめてキノコと魔石と交換できたら、もっと贅沢できるのにな。
「ん? フロン、ちょっと来てくれ」
「ご主人様、どうなさりました?」
「あれ、見えるか?」
「……小船、のようですね」
「いや、それはわかるけど、誰も乗っていないような気がするんだが」
まさか幽霊船っ!?
いや、ただの漂流船だろうか?
ってあれ?
よく見たら、誰かが船を漕いでいる?
「小人族でしょうか?」
「小人族? あぁ、そういえばそんな種族がいるんだったよな」
「はい……あ、でも違うようですね……」
だんだんと船が大きくなってきて、その影がはっきりと見えるようになってきた。。
船を漕いでいるその影には、頭に耳がある。
獣人族?
いや、というよりかはまんま獣――猫のように見える。
胸に大きな白い稲妻のような模様のある、三歳児くらいの大きさの黒猫だ。
二本足で立っている茶色い帽子の猫が船を漕いでいて、しかも長靴を履いている。
「あれは、長靴を履いた猫?」
「ご主人様、あれはケット・シーです」
「ケット・シー?」
「はい。数は少ない種族ですが、間違いないと思います」
「そうか……ちなみに、どういう種族か教えてくれないか?」
「人里離れた山や森に村を作って住む種族で、ケット・シーの王の下十匹以上の集落を作っています。時折人里に出て働いている者もいますが、そういうケット・シーははぐれと呼ばれていますね」
「人間から差別されていたり、逆に獣人を差別したりすることは?」
「差別……ということはないですね。大昔は愛玩種族として捕獲され、貴族のペットとされたことがありますが、いまは教会の法律により禁止されています。ケット・シーはそのような過去を気にせず、いまでも人間が村を訪れたときは歓迎してくれるそうです。また、ケット・シーにとっては人間族も獣人族も変わらず人だそうで、差別どころか区別すらしていないそうです」
「なんともわかりやすいというか、大雑把な種族なんだな」
フロンの話によると、あのケット・シーははぐれということになるのか。
「ちなみに、ケット・シーには猫神官なる職業の者がいて、他者の職業を『猫使い』という幻の職業に強制変更できるという噂もあります」
「そりゃ怖い……」
警察官から職質を受けて、「私は猫使いです」なんて言ったら荷物検査は免れないだろう。免許証を確認されたうえ、犯罪履歴を調べられ、そのまま連行されるかもしれない。
しばらくして、そのケット・シーが乗っていた船は俺たちがいる浜辺に上陸した。
そして、気付いたのは、その船に乗っていたのはケット・シーだけではなかった。
「目的の島についたにゃ! とっとと起きるにゃ」
そう、船には一人の男が寝ていた。
三十歳くらいの無精ひげ、散切り頭の男だ。
「ふわぁ、もうついたのか……あれ? 俺たちが目指していたのは無人島のはずだろ? なんで人がいるんだ?」
「わからにゃいニャ」
男は大きな欠伸をしながら荷物を持って船から降りた。
「あの――」
「あぁ、待ってろ。まずは船を引き上げる。この船が流されたらちょっと困るからな」
俺が声をかけると、男はそう言って船の先端にロープを括りつけて船を岸へと上げようとし、
「おい、何をぼさっとしてる。こういうときは手伝うもんだろ」
「あ、はい、わかりました!」
「私も手伝います」
俺たちは言われるがまま、一緒に船を岸へと引っ張っていった。
思ったより軽く船は動き、岸に上がった。
ロープはそのまま海岸近くに生えている木に括りつける。
これなら、大雨や台風が来ても、船が流されることはないだろう。
「さて、話の前に飯にするか。なぁ、あんたたち、この島に住んでいるのか? こりゃ塩田のつもりか?」
男は俺たちが――というか主にテンツユが作った塩田を見てため息をつく。
「これじゃ雨が降ったらアウトだろ。というか、なんで砂の上でやってるんだ。効率が悪いどころの話じゃないぞ」
「……素人なもんで」
「素人って……まぁいい。なにか食べ物はないのか? あと水もあったら助かる」
「歩きキノコから取れた食用キノコなら食べきれないくらいありますよ。水もあります」
「歩きキノコってあれのことか?」
男がテンツユを見て言った。テンツユは食べられると思ったのか、流木の陰に隠れて怯えている。
「変わった歩きキノコだな――レア種なら味も期待できそうだ」
「あれは俺の使い魔です。普通の歩きキノコのドロップアイテムですよ」
「なんだ……いや、それで十分か。あれは塩を振って食べれば酒ともよく合うんだよな」
男は快活に笑った。その間に、ケット・シーが荷物を卸す。
「サンダー、先に自己紹介をするにゃ」
「おっと、そうだったな。俺の名前は、サンドロフ・フォン・クロワ。南大陸の東端、ツァオバール王国の東にあるクロワドラン王国って小国の冒険者だ。サンダーと呼んでくれ」
南大陸?
東大陸じゃないのか。ツァオバール王国とクロワドラン王国……当然聞いたことがない国だ。
王制がこの世界では普通なのかな?
「こいつは相棒のトニトロスだ」
「おいらはトニトロス、冒険者だにゃ。よろしくにゃ」
「俺はさくらぎ……じゃなくてただのジョージです。彼女はフロン」
「フロンです」
俺の紹介に合わせて、フロンが頭を下げた。
「ジョージにフロンか。よし、覚えた。それよりまずは飯だ飯! ジョージ、塩を一瓶やるから、その食用キノコを分けてくれ。腐るほどあるんだろ?」
「腐ることはありませんけど――わかりました。いろいろと話も聞きたいですし、拠点に案内します」
初めての客だ……いろいろと隠すところは隠して、もてなすところはもてなさないとな。




