第十一話「テンツユ行進」
朝からテンツユは大活躍だった。
いったいどうやってるのか手斧を持って、邪魔な草や蔓などを切って道を開いていた。
2Mで厚手の手袋を交換し、それらを迷宮前の広場に運び、フロンが燃やしている。一時間で十メートル程しか進まないが、それでも探索範囲が広がるのは嬉しい。
ある程度進めば、獣道のようなものも見つかったし。
「もともと、このあたりにも大型の魔物がいたのかもしれませんね」
フロンが狐火で草蔓などを燃やしながら言った。
「なんでそう思うんだ?」
「暫く使われていませんが、大型の魔物が海に向かうために通った道が、獣道として残っているのです」
「海に? なんのために?」
「海水を求めているのでしょう。大型の魔物の中には、時折海に赴いて海水を舐める習慣があるという記録があります」
海水を求めて?
普通の獣が海水を飲むとは思えないけれど、もしかしたらその魔物は体内の塩がなくなったときに海水を舐めに行くのかもしれないな。
「ご主人様、代わりましょうか?」
「いや、火の番はフロンにしかできないからな」
フロンが狐火で薪や草蔓などを燃やした時、暫くの間燃え移った火もまたフロンの支配下に入る。つまり、いま燃えている火もフロンが念じれば消えるのだ。火の粉が飛び散り、周りの森に延焼してしまったとき、フロンなら即座に火を消すことができる。
ただし、支配下に入れている間、継続的にMPを消費するので、こうして火を燃やし続けるのは午前中だけが精いっぱいだという。
一応、MPに余裕を持ってもらうため、MPが一割を切ったところで作業を終え、俺たちはキノコを焼いて食べた。
午後になり、切り開いた道から通じている獣道の探索に入る。
テンツユを先頭に歩き、何か怪しい物を見つけたら持ってくるように言った。
さっそく、テンツユが何かを持ってくる。
「獣の骨か……?」
「かなり大きな骨ですね。やはり大型の魔物がいたようです。他の骨は見当たりませんが、別の獣が運んできたのかもしれませんね」
願わくば、これが最後の一匹の骨であることを祈ろう。
「とりあえず、今は必要ないか」
俺は木に立てかけた。
骨は加工しやすそうなので、帰りに持って帰ろう。
さらに獣道は続く。
途中、新たなブルーツの群生地と沢を見つけた。沢には小さな蟹がいた。今度バケツを持って捕まえにきたい。沢で獣道は途切れていたので、今度は沢を上っていく。
ほとんどの時間、デスクワークで過ごした俺は、そろそろ疲労がピークに達しようかとしていた。その時だ。
洞窟が見えた。かなり間口の広い洞窟だ。
「また洞窟か……迷宮ってもう一個作れるのかな?」
迷宮を二個作ることができたら、入ってくるポイントも二倍になるかもしれない。
「ちょっと入口までいってみるか」
洞窟の入り口から少し中を覗いてみる。
フロンが狐火を生み出し、中を照らしてくれた。
かなり深い洞窟のようだ。
ただ、俺が最初に見つけた洞窟のように、蝙蝠が出てくることはなかった。
【迷宮候補地を発見しました。この場所に迷宮の基礎を作りますか?】
おっ! 表示された!
これで二カ所目の迷宮を手に入れることができる!
もちろん、作るさ。
島を探索するためにも拠点は多いほうがいい。
【脅威となる生物がいるため、迷宮の基礎作りに失敗しました】
「……え?」
「ご主人様、どうしたのですか?」
「中になにかいるみたいだ」
「私が見て参りましょうか?」
「いや、それは危険だろ……魔物なら、テンツユに任せてみるのはどうだ?」
「テンツユにですか?」
「相手が魔物だったとしたら、テンツユなら仲間だと思って襲わないかもしれない。そうでなくても凶暴なのは肉食の獣だ。そういう奴ならキノコのテンツユを食べようとは思わないだろう」
「なるほど――テンツユ、頼めますか?」
「キュー」
言っている内容はわからないけれど、たぶん了解ってことだろうな。
「よし、三十分経ってなにもなかったら帰ってくるんだぞ」
テンツユは任せろと言わんばかりにそう鳴いて、自分の胸――いや、柄を叩いた。
そして、テンツユは洞窟の中に入ってくる。
大丈夫だろうか?
灯りが無くても大丈夫なのだろうか?
……そろそろ帰ってこないかな?
「フロン、もう一時間経ったんじゃないか?」
「まだ二十分くらいだと思います」
「そうか……」
心配になってきた――そのときだった。
洞窟の奥から声が聞こえた。
「テンツユの声か?」
「響いてよくわかりませんね」
さらに待つと、
「キュー」
今度こそテンツユの声だと確信した。
そして、その姿が見えた。
やっぱりテンツユだ。俺たちはテンツユを出迎えようとし――それを見てしまった。
テンツユを追いかけてくる巨大生物の姿を。
俺とフロンはテンツユに背を向けて沢を下った。
振り返ると、テンツユが洞窟から飛び出し――その直後、洞窟から現れた巨大な恐竜のような魔物に食べられた。
「テンツユぅぅぅぅっ!」
俺の叫び声が森の中に木霊した。
「ご主人様、走ってください!」
「くっ」
俺はそれ以上振り返ることなく、一目散に沢を下りていった。
結局、あの謎の怪物が俺たちを追いかけてくることはなかった。
テンツユを――自らの縄張りを荒らした歩きキノコを食べたことで満足したようだ。
「フロン、あれはなんだったんだ?」
「あれはドラゴン……だと思います。見るのは初めてです」
「ドラゴン……そうか、あれがドラゴンか。姫様でも監禁されているのか」
「お姫様……ですか?」
「悪い、混乱して変なことを口走った」
しかし、なんだあの化け物。
ステータスをいくら強化してもあんな化け物に勝てる気がしない。
「ご主人様、帰りましょう。泥だらけですよ」
「そうだな……帰ろう」
こうして、俺はテンツユという大事な仲間を失い、得る物もないまま迷宮に戻った。
そして――
「キュー!」
テンツユは再召喚できた。
迷宮に帰ってから使い魔召喚と唱えてみたら、【再召喚可能まで残り23:12】となっていたのだ。そして、二十三分待ってから召喚してみたら、歩きキノコが現れた。
「お前の名前はテンツユか?」「俺の知っているテンツユか?」と二度質問したら、二度とも頷いたので、本人――いや、本キノコに間違いないらしい。
どうやら、使い魔は死亡後1時間で復活できるようだ。




