第十話「魔石の使い道」
魔石変換というスキルを覚えたのはいいけれど、迷宮の管理メニューにまったくの変化はなかった。一日当たりのポイント増加量が25ポイントと、これまでにない伸びを見せてくれたことは嬉しいが、それだけだ。
やっぱり、普通に使うスキルなのだろう。
「スキル発動、魔石変換!」
とりあえず叫んでみた。
【魔石がありません】
あぁ、はい――魔石を何かに変換するスキルってことですね。
ごめんなさい、魔石用意します。
財宝から魔石を取り出すには、一度広場に戻らないといけない。
俺はフロンにこの場を任せ、迷宮前の広場に戻った。
とりあえず、財宝確認から、180個まで数が膨れ上がっている魔石を20個程取り出す。
よし、今度こそ――
「魔石変換!」
そう言ったときだった。
なんかいろいろと交換できるものが表示された。
まるでゲームの買い物だ。
パンが1個で1Mか。
商品名と数字が表示されている。数字の単位はMか。マネーのM? いや、魔石のMか?
Mって単位、メガって読んで、パン1個100万とか思ってしまいそうになるからややこしいな。
魔石20個持っているのに、2Mのみだった。魔石の大きさのせいか、魔石10個で1Mという計算のようだ。
目で見ていたら一日がかりでも全部見るのは無理なリストだったが、脳が処理しているおかげかだいたいの物がわかった。
一番高いもので、
【使い魔(吸血鬼型):10000M】
【使い魔(狼人間型):10000M】
だった。吸血鬼に狼人間……なんか凄い戦力になりそうだが、そんな量の魔石を集めようと思えば1年あってもたりない。
他にも剣や道具、食料などもあった。
うーん、とりあえず必要なものは道具と食料だな。
俺はさらに魔石を取り出し、四つの物を交換した。
手斧+1が11M。パンがふたつで2Mか。
あと、雑貨ひとつが6Mだった。
合計魔石190個使った。
道具は通常の費用に加え、オプションで強化費用を投入することもできる。
手斧は元々10Mだったが、強化+1で11Mになった。
食べ物には強化項目はなかったので、とりあえず二人分出してみた。
手の中に現れる商品類。
手斧は石の斧だったが、俺が作ろうとしていたものよりも遥かに立派だ。
パンはロールパン、ブラシは木製だった。
「……魔石から作られたパン……食べれるのか?」
こういう場合、誰かに毒見をしてもらうのがセオリーなのかもしれないが、フロンにそんな危険なことをさせるわけにもいかない。
それに、手の中のホカホカなパンを食べずにいられるほど俺の腹は満たされていなかった。
「……いただきます!」
俺はそう言って、パンの端を齧って、匂いを嗅ぐ。
俺の知っている焼きたてのパンの香りと同じだ。
柔らかい――人間が作った料理の味がする。ただのロールパンじゃない、中に溶けたマーガリンが入ってやがる。これ、マーガリンロールパンだ。
サバイバル生活を強いられていてこのパンは嬉しい。
俺は直ぐに一個目のパンを食べ終え、さらにもう一個食べようとし――
「フロン……頑張ってるよな」
魔石は直ぐに増えるからと、全部使い切ってしまった。
ちょっと待てば直ぐに10個くらい集まるから、それからフロンに渡せばいいかと思ったが、俺はパンとブラシを持って、フロンのところに向かった。
「ご主人様、おかえりなさいませ――そのパンはどうなさったのですか?」
「ああ、迷宮師の力で、魔石からいろいろなものを作り出す能力が手に入ったんだ。二個作ったから、一個食べてくれないか?」
「え――いえ、私には必要ありません。今朝の食事だけで十分です」
「いいから、温かいうちに」
「そういうわけには――」
「毒見を頼む」
「……わかりました」
毒見と言われたら逆らえないのだろう。
「あ、一応聞いておくけど、小麦粉アレルギーとか、パンが嫌いだとかそういうことはないよな?」
「ありません。パンは東大陸では主食ですし、私も週に一度、下賜していただきました」
「週に一度? 主食なのに? ええと、それ以外は?」
「豆の塩スープです。提携している養鶏場から豆? 安く仕入れられると前のご主人様が仰っていました」
養鶏場から豆? それって、鶏の餌として買っていた大豆を分けて貰っていたってことじゃないか?
パンが主食ってことは、小麦栽培が主流な世界で、その地力を回復させるために大豆を育てていたが、大豆を食べるのは貧しい者と家畜だけってことか。味噌、醤油、納豆や豆腐などはさすがにないだろうし。それらがあったら大豆の需要も高まるだろうな。
ただ、今の話を聞くと、週に一度下賜されるパンっていうのも、消費期限ギリギリの廃棄するようなパンとかになりそうだ。
彼女を商品として扱っている以上、さすがに黴の生えたパンを渡すようなことはしなかっただろうが。
「では、毒見します」
「ああ、頼む」
フロンはパンの端を千切り、口に運んだ。
とたん、彼女の周りに花畑が現れた――ような錯覚を見た。
そのくらい彼女の顔が柔らかだ。
「ご主人様、こんなに美味しいパンは初めて食べました。欠片でもいただけて、勿体ない限りです」
「一応全部食べて確かめてくれ。俺の分は別にあるから」
嘘じゃない。俺の分は別に――お腹の中にある。
「し……しかし」
「たのむ、そうじゃないと安心できない」
「……かしこまりました」
彼女はそう言うと、真剣な表情で残りのパンを食べた。
「安心してください、毒はございません」
「そっちも毒はなかったか。よかったよかった」
「そっち……も?」
「ああ、俺がさっき食べたのも毒が入っていなかったからさ」
「ご主人様、それでは毒見の意味がありません!」
「え? そうなの?」
俺はそう嘯いて笑った。
「毒がないとわかっているのなら、テンツユにも一口分けてあげたかったです」
「テンツユってパンとか食べるのか?」
「わかりません」
人間にとっては美味しくても犬にとっては毒となるものがいっぱいある。ましてや相手がキノコならなおさらだ。
テンツユにパンを食べさせるとすれば、それこそ毒味になりそうだ。
しかし、フロンの奴、なんか全然納得していない顔をしているな。
「よし、じゃあフロンはパンを食べた分、働いてもらわないといけないな。今夜、俺のために大事な仕事をしてもらう」
「はい! ご主人様のために誠心誠意努力いたします! それで、その内容とは――」
俺が作った石鹸――なかなか固まらなかったが、試してみれば液体せっけんくらいの効果があることが判明。髪に使ってみたらゴワゴワになるどころか、サラサラになる思わぬ利点付きで、夕食前に俺たちは液体せっけんを使い(当然別々に)体を綺麗にした。
そして、これからが仕事の本番だ。
「これが仕事ですか?」
「勿論だ。俺の精神疲労回復、つまり癒し効果を得るにはこれしかない。フロンにしかできない大事な仕事だ」
「そう……なのですか?」
不安そうに、フロンは言った。
「ご……ご主人様、あの、そこは敏感なので優しくお願いします」
「そうなのか? こんなにふわふわなのに……」
思わず顔を埋めて吸いたくなる衝動にこらえながら、俺は丁寧に扱う。
「ご主人様……あの……本当にそこは――あっ」
「そうか、フロンはここが気持ちいいのか」
俺はそう言って、手に持っていたそれを弄った。
いやぁ、しかしまさかこんなに気持ちいいなんて。
フロンの尻尾をブラッシングするのが。
わざわざブラシを手に入れた甲斐があるってもんだ。
水で綺麗にしたあとはやせ細っていた分、乾いたらこんなにモフモフになるなんて。
液体せっけんのおかげで輝いて見えるし。
これは顔を埋めて吸いたくなるよ。
そう言えば、大学時代はよくネコカフェにいって、猫に顔を埋めて呼吸してたっけ。
「しかし、ご主人様――そのブラシを魔石と交換したのですよね? いったいどのくらい使ったのでしょうか?」
「ああ、これは安いんだ。パン三つ分――極少魔石三十個ってところだな」
「パン三つ分……高級品ですね」
「それをオプションで強化して6Mになったけど」
「……ご主人様」
フロンが残念そうな目で俺を視た。
ブラシに6Mも使うなら、パンを六個食べたかった――そんな顔をしている。
仕方ない、これは仕方のないことなんだ。
「次はドライヤーが欲しいな……さすがに電化製品は無理か……いや、そういえばリストの中に髪を乾かす魔道具ってのがあった。何千Mも必要だからな忘れていたが」
「……ご主人様、あの……ベッドなどはどのくらい必要なのですか?」
「ベッドなら、最低ランクで10M……魔石100個分か」
「それでしたら、まずはベッドなどを用意なさってください。ご主人様の健康のためにも」
そう言われたらその通りだった。




