第一話「死からのプロローグ」
新連載です
人間、一度しか死ぬことはできない。命は神さまからの借りものだ。
――ウィリアム・シェイクスピア
気が付けば、この世界とは思えない真っ白い空間にいた。
結局のところ、俺は死んでしまったらしい。
どうして死んだのかなんて、今更思い出しても意味はないのだろう。簡単に言えば、過労死に入るのだろう。高卒後入った企業の理念が「趣味が仕事と呼べるようになってようやく一人前」――つまり余暇があれば仕事しろっていう会社だった。
転職すればいいと思ったけれど、同じ高卒組の友達と比べてそこそこいい給料をもらえていたこともあり、結局はその決意もできず、だらだらと仕事を続け、気付けば死んでいた。死因がなにかはわからない。
赤信号の横断歩道を渡ったのか、駅のホームから落ちたのか、それとも自殺でもしたのか。
ジャージを着ているということは、家で寝ているときに死んだのだろうか? 会社で泊まっているときかもしれない。そもそも、死ぬ前の服と幽霊の服が同じとは限らないからな。
ただ、死ぬ直前のことはやはり全然思い出せなかった。
まぁ、そのお陰で、死の恐怖は最低限に済んだし、死の痛みも覚えていない。
俺の感想としては、幽霊の衣装って白装束だけじゃないんだなんていうおかしなものだった。
生まれ変わるとすれば、今度はモグラがいい。地面の中でのんびりと過ごしたいものだ。本当のモグラが地面の中でのんびり過ごしているかどうかは、動物学を学んでいない俺にとっては不明であるが。
心残りがあるとすれば、明日の打ち合わせ、俺がいなくても大丈夫なのだろうか? ということと、会議の資料まだ作成途中だったということだ。課長、定年間近でいまだにパソコン音痴だから、作りかけのファイルを見つけられるだろうか? こんなことなら引継ぎ用のマニュアルをちゃんと用意しておくんだったな。いや、そんな時間はなかったけど。
なにはともあれ、俺は死んだ。
この命を神様に返すときがきた。
そう思っていたのに。
「え?」
目の前にあったのは、マトリョーシカだった。いや、正確にはマトリョーシカらしき人形と言ったほうがいいだろう。なぜなら、俺はその人形をまだ開けていない。二つに開けて、小さな同じ人形が入っていたらマトリョーシカと呼んでもいいだろうが、そうでなければただの入れ物だ。
周囲を見ても、まるで霧の中にいるかのような真っ白い空間。
目の前にはマトリョーシカらしき人形。
俺は試されているのだろうか?
不安になる。
これを開けていいのか、開けたらダメなのか。
結局、俺は開けることにした――が開けられなかった。
『テステス――これで聞こえるか?』
「え?」
聞こえます――とでも言った方がいいのだろうか?
『あぁ、これは録音だから妾は返事はできん。質問しても返答しても独り言になる。喋るだけ無駄だから黙って聞くように』
どうやら返事は不要のようだ。
『改めて、妾は女神トレールール――其方のような若くして死んだ者を異世界アザワルドに導く高貴な存在――なのじゃが、正直めんどい。なので、ド〇クエの世界にボーナス特典付きで飛んでいけると思ってくれ』
「雑っ!?」
しかもゲームのタイトルで説明するのか――俺がそのゲーム未体験だったらどうすればいいんだよ。いや、俺がやったことがあるのは女神様の不思議な力でわかっていたのだろうか。
『ボーナス特典は、この人形の中にいろいろと入れておく。好きなものをひとつ選んで破ればいい。それだけでお主は異世界に行くことができる』
そう言うやいなや、人形は二つに割れた。
その人形はマトリョーシカではなかったらしい。中から――いったいどうやって収まっていたのか知らないが五百枚以上の紙があふれ出たのだ。
説明の続きがないかと思って待ってみたけれど、その後、人形はうんともすんとも言わなかった。
俺はその紙を一枚手に取る。
『レベルアップに必要な経験値取得1/20になる』
本当にゲームのような設定だと思った。
他にも、
『解放された職業の数に応じて運がアップ』
『すべての魔法書の作り方がわかる』
『周辺の地図を自動的に読み込む』
『好きな調味料を毎日一定量生み出すことができる』
『水の上を歩くことができる』
『魔石を経験値に変換することができる』
等、多種多様なボーナスがあった。
『大道芸人になることができる』などという意味不明なボーナスもあったが。
人生において一度きりの選択だ。
本当に一番良さそうなものを選ばないといけない。
これがゲームだとするのなら、俺は勇者として異世界に行くのだろうか?
だとしたら、強くなるのは論外だ。そんなことしたら、王様の配下として魔物と戦わされたり、下手すれば戦争に駆り出される。そんなの社畜となにも変わらない。
できることなら、俺はのんびりと異世界でスローライフを過ごしたいのだ。
好きな調味料を一定量生み出す――これは少し魅力的になった。これなら働かずに生活できるんじゃないか? と思ったが、
「ん……あれ?」
俺はふとさっきの人形を見た。
なにかがおかしい。
「もしかして」
俺はその人形の淵を凝視した。
そして、気付いた。
この人形、二つの僅かな大きさしか違いのない人形がくっついていることに気付いたのだ。
俺はその人形の内側と外側に、逆方向の力を加えた。
すると、音もなく人形が分離する。
さっきマトリョーシカではないと言ったが、これはやはりマトリョーシカだった(ふたつに分かれるだけで、そう断定していいかはわからないが)。
そして、内側の人形の底に、一枚の紙がくっついていた。
『オリジナルの迷宮都市を創り出して管理することができる』
迷宮?
迷宮って、地下にあるあれだよな?
自分の都市を作って住む……つまり都市の中で俺が都市長?
会社で言えばワンマン社長だ。そんな社長が無理やり働かされることはないだろう。
これだ!
俺は自分の都市を作ってそこで一日八時間労働くらいのスローライフを過ごす!
……あれ? 一日八時間労働ってスローライフって呼べるのか?
いやいや、一日の三分の一しか働かなくていいってやっぱり素晴らしいことだよな。
【ジョージの職業が迷宮師(神専用)に設定されました。職業の変更はできません】
え?
なにか妙な言葉が聞こえた――と思ったその時、俺の意識は光から闇へと吸い込まれていった。
こうして、俺は神様に返すはずだった命を延長して借りることになった。
すべてはスローライフを過ごすために。
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