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第3話 怖いもの

 秋雨が振っていた。

 新也はその日、外回りでN地区を周っていた。マズいなとは思っていた。

 そしてそれが現れた。

 雨はしとしとと降っていた。夕暮れが近く、空は厚い雲に覆われてどんよりとした薄暗い空気を放っていた。

「僕は悪い子じゃないのに……」

 黄色いレインコートが揺れていた。

 コートのフードを被った少年は、透明な目隠しの部分からこちらをじっとりと見つめていた。目が漆黒の闇だった。白目が極端に少ない。ぎょろりと眼球が動いた。

「……悪い子じゃない、のに」

 黄色いおそろいの傘と、長靴を少年は身につけていた。

 そのコートの裾がめくれ上がっている。節を持つ、巨大な蜘蛛の足がもぞりと少年の背後から現れる。

「ひっ……!」

 新也は一歩退いた。少年は反対にじりっと一歩迫ってくる。

「僕は悪い子じゃないのに、どうして……」

 少年は繰り返す。傘を差し上げて、新也を傘の中へ招き入れようとするかのように小首を傾げた。新也はその場に尻もちをついた。ひやりと尻から濡れていく感触が気持ち悪い。足元には大きな水たまりがあった。ぱしゃ、と少年が近づいてくる。

 むき出しの眼球で、新也を見下ろし傘に入れた。

「どうして、怖いの?」

 ざわっと、少年の背後の8本の足がうごめく。今にも新也を掴み、切り裂こうとする。

「どうして……」

 少年の声は無慈悲に、そしてとても弱々しかった。

 震える声で、新也は答えた。

「違う、からだ」

「どうして?」

「僕らとは、違うからだ。君たちが。分かろうとすればするほど、僕には分からない」

 少年の背後の足が止まった。

 ふうっと大きく少年が息を吐いた。

「そう、なの」

 少年はふらっと体を揺らし、うつむいた。気づけば、少年は足元から、ぐずぐずと溶けていっていた。

 ゆらゆらと揺れるたびに、背後の足も静かに引いていく。目に光が戻り、体のほとんどすべてを水たまりへと溶かしながら少年が最後に囁いた。

「どうして、僕は悪くないのに……?」

 ごぼっと、血の泡を吐いて少年は消えた。

「……ごめんな」

 新也は1人取り残されて、その場で小さく呟いた。


「それで、どうした」

 藤崎は驚いて、新也を問いただした。

 藤崎邸での、2人での飲み会だった。同行取材はお流れとなったが、酒はあるからと藤崎が誘ってくれたのだった。雨はまだ、先日から降り続いていた。

「どうもしませんよ。少年は消えました」

「どうして」

 藤崎はどうしても合点がいかないようで、食い下がる。

 新也は藤崎にむかい、酒を差し出した。そっと盃に注ぐ。

「答えは何でも良かったんです。答えさえすれば、あの少年は消えます……。何か、答えてさえやれれば、ね」

 新也は独りごちた。自分だって、彼等の何が怖いのか、どうして見えるのかなど分かりはしない。

 おそらく彼もそうなのだろう。そういうものなのだと思うしかない。

「言ってるでしょ。僕には分からない。ただ100回見たって、怖いものは怖いって」

 新也はそれだけ言って、自分の盃を空にした。



【end】


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