第1話 いつもの店で日中に
「この中から選んでくれ」
いつものコメダ珈琲で、藤崎柊輔は谷本新也に5枚のカードを見せた。
トランプのババ抜きの要領だ。1枚引けと顎で促す。
「……嫌です」
新也は暫くカードを見つめた上で、彼にしては珍しくきっぱりと告げた。
「よりすぐりだぞ、どれか……」
「嫌です」
カードには近隣のホラースポットが書かれている。
藤崎は新也の高校時代の先輩にして、新進気鋭の作家だった。
彼は今回新作ホラーの取材に際し、後輩の特別体質を持つ新也に同行してほしいと、頼んできたのだった。
藤崎自身は文芸の恋愛物を得意とする作家なのだが、最近はホラーの仕事が増えていた。
去年出したホラー本が予想以上に売れ、シリーズものとして話が進んだのだ。今は次回作の草稿を練っている段階だった。
そこで、以前も取材に同行させていた新也を誘ったのだが……。
「絶対嫌です」
この断固とした拒否である。
2人は正面から向かい合った。コメダでまさかの正面対決である。
藤崎が口火を切った。
「幻の、関東ではなかなか手に入らない日本酒があると言ったら……?」
「うっ」
新也が呻いた。酒は弱くない程度の新也だが、飲むの自体は大好きだった。過去にもそれで藤崎に釣られた過去がある。
「いや、でも……」
「フグのひれ酒も最近良いの貰ってなあ」
「……」
珈琲を口に運びつつ、ちらりと藤崎が新也を見る。新也はぐぐっと拳を握り、声も出ない。最後のひと押しと藤崎が告げた。
「親父が家に残してる、秘蔵のウィスキーをつけよう」
「……っ」
ふと、震えていた新也がすっと指を伸ばした。
その指先はまだ震えている。
くくっと藤崎は笑ってカードを改めて5枚差し出す。
新也は迷うことなく、左から2枚目を抜いた。
これで、行き先は決定した……かに見えた。