クズの真価
「レン、俺はこの学院で自分の実力を発揮するつもりはない。お陰で、周囲からは無能のクズ扱いだ。だが、それで良い。お前も周囲と同じ様に、俺を扱え。それと、―――――」
「!! ありがたき幸せ。謹んでお受け致します。この魂、御身に捧げます」
大袈裟だと、アーヴィンは苦笑するが、レンの忠誠心は今後揺らぐことはないだろう。揺らげば、"喰われる"のだから。
このまま何もせずに箱から出るのは怪しまれるので、とりあえず炎球で的の中心に穴を開けておく。しかし、これは彼の遊びであって、評価はしない様にレンにきつく言いつけた。
さも何事もなかったかの様に、箱から出る2人。これで1年全員の実力テストが終わった事になる。実力順に、A~Eのランク分けがされていく。アーヴィンはもちろんE判定。グループは5人5組に分けられ、グループ内でランクが偏らない様に、均等に分けられるシステムになっている。アーヴィンのグループは、綺麗にA~Eランクの生徒で組まれた。
Aランク リリアーナ・フローレン。
Bランク セナドール・ジルべ。
Cランク アラン・バジェシスト。
Dランク ウェンジット・キース。
Eランク アーヴィン・ルーカス。
「それじゃ、各グループに上級生のグループも合流してくれ。早速だが、炎属性の中級魔法である炎の矢の実技に入る。中級魔法は、2年になってから本格的に学ぶが、1年の段階でも得意属性だったら中級魔法が使えるようになってもらう。今日は炎属性だ。炎属性を得意としている者は、使えるようになるように」
この講義、1年と2年は魔法を使える様になる事が、自身の評価に繋がる。しかし、3年になると後輩への指導も評価対象になる。その為、教師であるレンは、魔法について最低限の説明しかしない。後は、3年の指導力に任せるのだ。
2限の講義も終盤に差し掛かった頃、訓練場にけたたましい程の非常ベルの音が鳴り響いた。それに続いて、学院内に魔物の出現を知らせる放送が流れる。全校生徒は速やかに訓練場への避難を誘導され、教員達は魔物の討伐の為に動き出す。この国立プロスクリスィ学院は、優秀な召喚士や魔法士を育成する場。学生にしては力があっても、所詮学生の域を出ない。その為、万が一、戦争が起こっても生徒達が戦場に招集されない様に、ドランク王国領に存在すれど、治外法権になっている。つまり、実質この地のトップは学院長なのである。その為、いくら非常事態とは言え、12星座の守護者でも容易には立ち入れない。だからこそ、基本的に教員のみで対処出来るように、教員も実力者を揃えた。
(魔物のランクにもよるが、ここは治外法権。王都から援軍を寄越すにしても、それなりに時間がかかるはずだ)
「俺、さっき教室の窓からチラッと見えたんだけど、この学院の裏にある湖に魔物がいたぞ…」
「私も見た…!湖から現れる魔物って…」
訓練場に集められた、他の生徒達の会話が耳に入る。制服からして2年生だ。魔物の出現を知らされてから、既に30分は経っている。低ランクの魔物であれば、この学院の教員なら5分もかからずに仕留められるはずだ。
彼等の話を聞いた瞬間、アーヴィンの頭の中でパズルのピースが綺麗にハマる。
そして、訓練場からアーヴィンの姿が消えた。その瞬間を見た者はいない。
「やはり、ウロボロスだったか」
訓練場から姿を消したアーヴィンは、学院の裏にある湖を囲んでいる森の木の上にいた。水属性の超上級魔物であるウロボロス。しかも、普通は1つしかない頭が3つに分かれている。これでは、さすがの教員達も苦戦する。むしろ、ほぼ勝ち目はないのに、よくここまで耐えている。
冷静に戦況を分析し、堂々とその姿を見せる。
「アーヴィン・ルーカス!?何をしている!すぐに訓練場に戻りなさい!」
近くにいた教員が訓練場に戻る様に怒鳴るが、アーヴィンは聞き入れない。どんどんウロボロスに近付いて行く。ゆっくりと、武器すら構えず、隙すら見せ付ける様に進む。
「こんな魔物相手によく持ち堪えたな。後は、俺がやろう」
戦っていた教員達は、彼の言葉が理解出来なかった。無能のクズだと言われているアーヴィンに、一体何が出来る?実力者揃いの教員が束になってかかっても、戦線を維持するのが精一杯なのに。しかし、アーヴィンがそれを出来る事を知っている男が1人。
「お力添えは?」
「不要だ」
レン・マーシェル。
アーヴィンがここに姿を見せてから、すぐさま倒れている教員達を後ろへ運び、アーヴィンが戦いやすい様に場を整えていた。念の為、援護が必要かも聞いたが、答えは分かっていた。瞬時にその場から姿を消し、彼の邪魔にならない場所に姿を隠す。
「ウロボロスは腐る程見てきたが、ここまでデカイのは初めてだ。ましてや、三つ首のウロボロスなど前代未聞だな。さて、あいつ等が来る前に片付けるか」
そう言ったアーヴィンの背中には、羽が生えていた。もちろん奏の能力だ。ここまで大きくては、飛ばないと戦いづらい。陸に立ったまま勝てない訳でもないが、最近彼等からの召喚申請が頻繁になってきた。さすがに、そろそろ遊ばせてやらないと、いつ暴れ出すか分からない。当然、アーヴィンなら抑え込む事も可能だが、自分自身も少し暴れたいと最近思い始めた所だ。タイミングとしては、ちょうど良い。教員達にはバラす事になるが、後で記憶を操作すれば問題ないだろう。若干どころか、かなり危ない思考を纏め、ウロボロスとほぼ同じ位置まで飛ぶ。
「我が魂に宿りし悪魔よ 全てを切り裂く疾風の鎌となりて、我が剣となれ。来い、天」
空中に手を翳した所に、魔法陣が浮かび上がり、それは1振りの美しい鎌を呼び出した。それを掴み、手に馴染ませる様に、数回振る。それだけでも、もの凄い風を起こし、湖面は勢いよく波打ち、周囲の木々は薙ぎ倒されていく。レンが咄嗟に障壁を張った事で、倒れている教員達と彼等が隠れている木々が飛ばされる事態だけは避けられた。
「少しは落ち着け、天。今、思いきり暴れさせてやる」
アーヴィンの声に応える様に、カタカタと震える鎌。その柄を軽く叩く事で、それを落ち着かせる。彼が全力でやったら、この学院は一瞬にして粉々に破壊できるだろう。それ所か、ドランク王国の東側を更地にする事だって可能だ。
「全てを斬り裂け、千牙風刃」
鎌を軽く一振り。先程の手慣らしと似た様な軽さだが、無数の風の刃が三つ首のウロボロスを襲う。身体が水で出来ているウロボロスに物理攻撃は効かない。ならば、魔法で消し飛ばせば良い。実体を持たない魔物と戦う時の定石だ。もちろん、教員達もやっていたが、ウロボロスの再生能力の方が上回っていた事で、倒すどころか、大きなダメージも与えられていなかった。
しかし、学院でクズ扱いされているアーヴィンが、たった一振りで片付けてしまった。しかも、アーヴィンが振っていたのは、ただの鎌ではない。契約している悪魔本体を武器化させた物だ。これが使える召喚士は、現時点で12星座の守護者以外に確認されていない。だが、元12星座の守護者のアーヴィンなら、使えて当然。むしろ使えなければ、そこに待つのは死だった。
「もう良いぞ。戻れ、天」
鎌にしていた天を元の姿に戻して、顕現させる。そこに現れたのは、空色の髪と瞳を持つ美しい女性。ソロモン72柱、序列12位で君主の階級を持つシトリー。アーヴィンが天の名を授ける悪魔だ。
「最近あまりにも暇すぎて、ついついやりすぎてしまいました。レオン様が抑えて下さらなければ、この辺りを更地にしていた所です」
「悪かったよ、天。いい加減機嫌を直してくれ」
「まぁ、良いです。他の者もたまには遊ばせないと、本当に暴れますよ?」
陽がそろそろ限界だって、騒いでましたよ。それだけ言って、天は姿を消す。普段大人しい天でさえ、あの暴れようだったのだ。好戦的な陽は、本当に限界なのだろう。近々暴れさせてやることを決意し、地面に降り立つ。
「お怪我は?」
「あると思うか?」
「いえ、愚問でしたね。後処理は私にお任せ下さい」
「あぁ、頼んだ。記憶操作も忘れるな」
「御意」
レンと数回言葉を交わし、姿を消す。しかし、アーヴィンが姿を現したのは訓練場の中ではなく、訓練場の屋根。そこには当然、アーヴィン以外の誰もいない。
「随分と早い到着だったな」
誰もいない、はずだった。
アーヴィンが声を掛けると、屋上に1人の女性が姿を見せた。ピンクの髪を肩の辺りで切り揃えた美しい女性。12星座の守護者の一翼、知恵の乙女座のリアン・ヴィエルジェ・ラ・ファルク。
「久し振りですね、アーヴィン・ルーカス殿下」
「この学院は治外法権のはずだが、随分簡単に許可が下りたもんだな」
にこやかなリアンに対し、アーヴィンは険しい表情を崩さない。今にでも斬り掛かりそうなくらい、殺気立つ。このままリアンと対峙していても、己の理性が崩れるのが先だと判断したアーヴィンは、さっさと訓練場の中に入ろうとする。実際、ウロボロスは彼が倒した為、リアンはもうこの学院にいる必要性はない。さっさと王宮に帰って、仕事をした方が部下達も喜ぶだろう。
リアンを無視して、寮の自室へ瞬間移動する。今は誰にも会いたくなかった。
(マリン、俺の選択は間違っていたのかな…?)