天才への絶望
2限の講義は、魔法実技。訓練場を使用して行う為、Aクラスの生徒はそのまま訓練場で待機になる。すると、訓練場に設置してある瞬間移動装置が光り始め、それが治まる頃には、訓練場に上級生と思われる生徒達が姿を見せた。
「お、揃ってるな。事前に聞いていると思うが、魔法実技は3学年合同で行う。1年が複数人同時に魔法を暴走させたら、俺だけじゃ対処出来ないからな!んじゃ、改めて自己紹介だ。俺は魔法実技を教えている、レン・マーシェルだ」
レン・マーシェル。今でこそ、この学院で教員をしているが、かつては12星座の守護者の直轄部隊に所属していた実力者だ。召喚士としての腕はイマイチだが、魔法士としての腕は抜群で、王国軍所属時には、魔法士の中で1,2を争う実力の持ち主だと言われている。
アーヴィンが12星座の守護者の座に着いた当時、確かにそう呼ばれていた男がいる事を微かに思い出した。だが、自分の部下ではないし、今は容姿も変えているので気付かれる事は無いだろう。
「早速だが、今から1年の実力テストを行う。この結果でグループを分け、上級生のどのグループと組むか決めるぞ。他人に見られてると気が散るだろうから、試験は4人同時にこの箱の中で行って貰う。もちろん、中に入る4人もお互いは見えないから安心してくれ。それじゃ、やりたい奴から順に入ってくれ」
そう言われ、1年生達は戸惑いながらも箱の中に入って行く。かく言うこの箱も、先程のテスト説明中にレンが魔法で作り出した物だ。中からはもちろん、外からも完全に隔離されている空間が出来上がっていた。
箱の中の構造は至ってシンプル。魔法で狙う用の的が約10メートル先にあり、地面に赤いラインが引いてある。このラインから魔法を撃ち、このラインからは出て撃つなと言うマーカーだ。各自得意属性の魔法陣を構成し、それを的に向けて放つ。そこは優秀な卵達の学園、7割の生徒が的に当てていた。中央を貫通させた者もいれば、枠ギリギリに掠らせた者もいる。
「これで最後か。えっと、アーヴィン・ルーカス。悪いが、人数の関係で1人だ」
「別に構いませんよ。元々中でも1人なのは変わらない。箱の中に同じタイミングで入る人がいるかいないかの些細な違いです」
そう言って、アーヴィンはレンの用意した箱の中に入って行く。続いてレンも箱の中に入る。
「お久し振りに御座います、アーヴィン・ルーカス・ヴェルソ・フォン・ドランク殿下」
箱の中に入った瞬間、片膝を付き、臣下の礼を取る。さすがにそれにはアーヴィンも驚きを隠せない。確かに、名前は考えるのが面倒だった為、上の2つを取っただけだが、容姿は全く違う。契約している悪魔達の気配も、極限まで消していた。
ここは知らばっくれても意味が無いと判断したアーヴィンは、素直に諦めた。アーヴィンが座していた頃の名まで知っているのだ。人違いだと言っても、無駄というもの。
「何故、分かった?容姿は完全に変えていた。陽達の気配も極限まで消していた筈だが」
単純な疑問だった。
「史上最年少で12星座の守護者の進歩の水瓶座の座に就任した天才、アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランク殿下。いくら私が殿下直属の騎士ではなかったとは言え、殿下独特の覇気に気付けない程、落ちぶれてはいませんよ」
なるほど。王国軍を離れてから少し経っているが、そこまで腕は鈍っていないらしい。むしろ、現役であれば、今頃は12星座の守護者直轄部隊長になっていただろう。昔から、上からも下からも評価の高かった男だ。騎士を辞すると宣言した時に、彼の上司直々に引き止められていたのを見た事がある。
「それで、噂には聞いていましたが何故、12星座の守護者の座を降りたのですか?」
「ラルア・ミーシャ・ペイシェス・フォン・ドランクが、死んだ」
たった一言。それだけで、レンはアーヴィンの言いたい事を理解した。
「そうですか…。ラルア・ミーシャ殿下は12星座の守護者の中でも、アーヴィン・ルーカス殿下に次ぐ若さでその座に至ったそうですね。アーヴィン・ルーカス殿下同様、天才と言われ、将来を期待されていたお方でした…」
ラルア・ミーシャ・ペイシェス・フォン・ドランク。ドランク王国の第四王女であった人物だ。そして、大戦争時代により、ドランク王国が喪った12星座の守護者の1人でもある。10歳で進歩の水瓶座の座に着いたアーヴィンと同時に、暗闇の魚座の座に着いた12歳の王女だった。整った顔立ちで、誰に対しても平等に接することで多くの騎士達から人気の高い王女だった。少し勝気な性格だったが、そのまま王女として成長していれば、多くの男性を魅了したに違いない。
悪魔に愛されてしまわなければ。
ドランク王家の人間は、必ずソロモン72柱の悪魔1柱と契約を交わさなければならなかった。もちろん王女であるラルアも例外ではなく、10歳の誕生日に契約をした。それが間違いだったのだ。ラルアは、階級が1番下であるソロモン72柱、序列31位で総裁のフォラスを召喚しようとした。しかし、魔法陣の構成を間違えてしまった。それにより、序列32位で王の階級を持つアスモデウスを召喚してしまったのだ。まさか、こんな事になるとは思わなかったが、アスモデウスがラルアを気に入った為、そのまま契約をしてしまった。そんな調子で、ラルアは侯爵であるオリアスとも契約を結んでしまう。
そして、2年後。彼女はアーヴィンと同時に12星座の守護者の座に着いた。
しかし、彼女は何も悲しんではいなかった。むしろ、民を守れる力が手に入ったのだと喜んでいたのだ。そんな彼女の笑顔を見れば、誰もがその座を降りろとは言えなくなった。
アーヴィンさえも。
その後、立て続けに勃発する戦争に駆り出される日々。
この日は、珍しく12人いる守護者からアーヴィンとラルアの2人が出陣していた。通常であれば、1人だが、敵国の軍勢が予想以上に大きく、2人が選出されたと言う訳だ。他の守護者達も、各地で指揮官として戦場にいるだろう。
「それで?相手の軍編成はどうなっているの?」
「やはり15万と言う人数を動かすのは、そう簡単でもないようです。未だに陣形は整っておらず、指揮官からの伝達も上手くいっていないみたいです」
「それなら、こちらから仕掛けましょう。第一陣に1万、第二陣に1万、第三陣に2万、本陣には5千、残りの1万5千を半分に分けて回り込んで挟撃。第三陣は敵に気付かれないように、焦熱地獄の魔法陣を構成しなさい。第一陣の指揮は私が取るわ。魔法陣完成次第、すぐに撤退できるようにあまり深く追い掛けないこと。レオは本陣に残って、ここを守ってちょうだい」
「本気か?それなら、俺が第一陣を指揮する。マリンが本陣を守るんだ」
「断るわ。ここは総指揮官の私が出た方が、騎士達の士気も上がる。それに、もし私に何かあれば、絶対にレオが助けに来てくれるでしょ?」
"レオ"。アーヴィンのことをそう呼ぶのは、ラルアだけだった。アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランクだから、レオ。進歩の水瓶座の座に着いた時から、周囲の人間はアーヴィンを"ヴェルソ"と呼ぶようになった。事実、12星座の守護者着任後、名前はアーヴィン・ルーカス・ヴェルソ・フォン・ドランクと変わった。しかし、ラルアだけは、変わらず"レオ"と呼んでくれるのだ。アーヴィンの存在を、しっかりと認めてくれる唯一の存在だった。そんな彼女が、作戦は決まったとさっさと軍議を締め括り、自身の出陣の支度をする為に天幕を出て行く。そこに残されたのは、理由は分からないが危険だと警鐘を鳴らす頭を押さえるアーヴィンのみになった。
有能な部下は仕事も早い。既に、第一陣から挟撃を仕掛ける部隊の編成まで終えていた。愛馬に跨り、第一陣の中央にいるのは、今回の総指揮官である12星座の守護者の一翼、暗闇の魚座のラルア・ミーシャ・ペイシェス・フォン・ドランク。紫地に魚座の星が描かれた旗が掲げられ、ラルアは腰に差している剣を抜き放つ。
「恐れることはない、怯えることはない。後ろを向くから人は死ぬ。恐れ、怯え、絶望したら顔を上げなさい。そこには、共に戦う仲間がいる。そして、この私がいる!全軍、突撃!」
ラルアの合図で、第一陣が敵軍勢に突っ込んでいく。雄叫びをあげながら、逃げ惑う敵兵士を斬り、突き、射殺していく。その最前線で戦っているのは、剣にアスモデウスを憑依させたラルアだ。戦場だと言うのに、戦う姿はまるで踊っているかの様に美しい。
第一陣に続き、第二陣が敵陣営に噛み付き、挟撃の為に分けていた1万5千も加わり、まさに蹂躙が始まる。しかし、敵も黙ってやられる訳にはいかない。少しでもドランク王国の騎士達を道連れにしようと、奮闘する。
「殿下、魔法陣の構成が終わりました!2分後には発動します!」
「ご苦労様。総員に撤退命令を出しなさい。私が殿を務めるわ」
たった2分、たった120秒。だが、あれ程の大魔法の発動を2分も抑えられるとは想像していなかった。1分程度が限度だと思っていたが、やはり自国の魔法士達はかなり優秀らしい。2分もあれば、魔法発動範囲から抜け出せる。ドランク王国の騎士達が、みるみる内に撤退して行く。
「限界です!」
「焦熱地獄、発動!」
ぴったり2分。ドランク王国の騎士達が、範囲中から退避するには十分な時間を抑え込んでくれた。敵陣営の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がり、それは突如として火柱を発生させる。魔法陣の中にあるモノを、焼き尽くすまで消えることは無い、正に地獄の炎。敵国の兵士達は、灰すら残さない炎に包まれてその命を散らしていく。
「君の作戦は成功したみたいだね、マリン」
「当然でしょ!これで、この戦争時代も少しは収まると良い…!?」
ラルアの言葉の続きが、彼女の口から紡がれることはなかった。
「マリン!!」
未だ燃えている火柱の中から、一本の矢が彼女の心臓を貫いたのだ。一体誰が。この火柱の中で生き、しかも矢を放てるなんて、普通の人間ではない。倒れたラルアを傍にいた騎士に預け、アーヴィンは腰にある刀に手を掛ける。そして飛んで来る矢を弾き返す。やはり、相手はただ者ではない。
「1人しか殺せなかったか。まぁ、良い。お前もどうせ、ここで殺す」
未だ燃え盛る火柱の中から現れた1人の男。禍々しい程のオーラを纏い、地獄の炎をものともせずに出て来る。
「"喰われた"か…」
元は普通の人間だったのだろう。しかし、その瞳は紅く、白目は黒く染まり、口は人間とは思えないほど裂けている。
「俺はソロモン72柱、序列62位のウァラク様だ」
「悪いが、貴様程度の雑魚に構ってる暇はないんだ。貴様はマリンを殺した。その仇はとらせてもらう。死ね」
アーヴィンは陽を宿らせた刀を、横に一振りした。それで終わりだった。ウァラクに喰われた人間の首と体は、繋がっていなかった。陽の炎で死体を燃やし、それが完全に灰になるまで見届ける。いや、見届けるという言葉は違うかもしれない。炎を見つめていたアーヴィンの瞳には、光など一切宿っていなかった。ただただ冷酷に炎を見下ろすだけ。
「マリン…」
「一撃で心臓を貫かれており、処置の仕様がありませんでした」
つまり、即死だ。
彼女には、まだたくさんの未来があった。いつか兄達を超えて、自分が王になると夢を語っていた。そんな彼女が何故、死ななければならない。軍議の段階で嫌な予感はしていたはずだ。自分の脳みそは警鐘を鳴らしていたはずだ。何故、そこでその理由を付き止めなかった。何故、何故、何故。今更考えてももう遅い。今更後悔してももう遅い。
王国に持ち替えられたラルアの遺体は、丁寧に王家の墓へ埋葬された。しかし、国民には報せず、その情報は王族と12星座の守護者達のみで止められた。
ラルア・ミーシャ・ペイシェス・フォン・ドランク。本名、ラルア・ミーシャ・マリアランス・フォン・ドランク。14年と言う、あまりにも短すぎる人生だった。