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苦悩

「フレン・リスターか…」

 そう呟いたアルバートの視線が、彼へと向かう。もちろん、周囲にいる者達の視線も向く。しかし、それらの視線の中心にいる本人は動じた様子もなく、堂々とその場に立っている。ドランク王国第二王子であるフレン・リスター・トフリル・フォン・ドランク。金髪のアーヴィンと真反対の白銀の髪を首の横で括り、その瞳は琥珀色に輝いている。

 フレンは王子達の中でも特に強い力を持つが、12星座の守護者(シュテルンビルト)の地位にも、ましてや玉座にも興味を示さない、アーヴィンと似た様な思考の持ち主だった。

「お断りします。僕は12星座の守護者の座に興味が無いと、何度も言ったはずです。自分の面倒事を他人に押し付けるのは止めた方が良いよ、アーヴィン」

「はいはい、すみませんね。フレンお義兄(にい)様。でも、別に面倒事を押し付けたつもりはないんですよ、これは本当です。俺の感覚としては、義弟(おとうと)義兄(あに)の能力に負けを認めて、その有能な義兄を12星座の守護者であった自分の後任に推薦したって所なんですがね」

「へぇ、自分の力が僕より劣ってる事を認めるんだ?」

「まさか。言葉の綾ってやつですよ。俺があんたに負けた事が、過去に1度でもあったか?」

 和やかに笑って言葉を交わす2人の王子。だが、その間に流れる空気は和やかどころか一触即発。どちらかの言葉がお互いの琴線に触れた時点で、この王の間は戦場に変わり果てるだろう。それ程までに緊張感に満たされた空間に耐え切れなくなったのか、何人かの見張りの騎士達が気を失っている。

「そこまでだ。神聖なるこの王の間を、血で汚す気か?第二王子と第五王子としての自覚を持たんか、バカ共が」

「申し訳御座いません、国王陛下」

「そもそも俺は、入りたくて王家に入った訳じゃない。初代国王の遺言だか何だが知らねえが、天才と呼ばれた俺が、他国に流れるのを危惧しただけだろ。他所者の俺には、この空間の神聖さも、国王陛下の偉大さも、関係無いし興味も無い。今日の招集が12星座の守護者(シュテルンビルト)の後任決定の審議だけなら、親父と大臣と貴族共で勝手にやっておけ。俺は、自分に面倒事が回って来なきゃ文句はねぇ。それじゃ、俺は学院に帰るぜ。あまりにも留守にしてると、さすがに怪しまれるしな」

 素直にアルバートに謝罪を述べたフレンに対し、アーヴィンは暴言とも取れる言葉を言いたいだけ言って、王の間をを去って行く。現国王のみならず、初代国王であるソロモン王すらも冒涜したと取られてもおかしくない。もちろん、勇気ある騎士達が止めようとしたが、アーヴィンの放つ圧によって呆気なく失敗に終わる。結局、扉が閉まるまでアルバートとフレンに殺気を放ち続けたアーヴィン。それだけでは怒りは治まらない様で、廊下ですれ違う巡回中の騎士達が怯える程、殺気を放ち続けていた。


 王宮から帰るのに再び(かなで)の能力で、学院まで飛んで戻って来たアーヴィン。飛んでる間にやっと少しだけ頭が冷えたのか、王宮で放っていたような威圧感はなくなっていた。出発した時と同じ様に、寮に隣接している訓練場の屋根に降り立ち、羽を消す。時刻は既に深夜0時。校舎の明かりは全て消え、寮の部屋も数部屋を除いて殆ど消えていた。

 窓から自室に戻り、さっさとマントと軍服を脱ぐ。そのまま着替えを持って、シャワー室へと入って行く。お湯ではなく水を頭から浴び、残りの熱を強制的に冷ます。そうでもしないと、明日、時刻的には既に今日からの本格的な学院生活に、支障を及ぼす可能性があったからだ。


(俺はあのクソ親父の言いなりになんかならない。俺は、俺だ)


 そう鏡の前で自分に言い聞かせた"アーヴィン"の姿は、金髪空色と闇色の眼(オッドアイ)の"アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランク"から、黒髪琥珀眼の"アーヴィン・ルーカス"に戻っていた。


 翌日。やはり昨日寝たのが遅かったせいか、寝不足気味のアーヴィン。欠伸を隠さずに、昨日と同じ通学路を歩く。周囲には、寮から一緒に出て来たのか、それとも途中で偶然会ったのか、入学式を終えてからまだ1日しか経っていないのに、既に友人と登校している生徒も少なくない。1人で登校している生徒ももちろんいるが、彼等は決してアーヴィンの様に、友人を作る気がないタイプではないだろう。教室に行けば、恐らく友人と呼べる生徒はいるだろう。

 教室に着けば、既に登校していた生徒達がいくつかのグループになって会話を弾ませている。彼等をチラリとも見ずに、自席へ座り、昨日読んでいた本を読み始める。

「お、おはよう…」

「あぁ」

 また隣から声を掛けられた。学院内で"クズ"の評価を受けているアーヴィンとは対照的に、"天才"の評価を受けているリリアーナ・フローレンだ。昨日あれだけ冷たい態度を取られたのに、めげずに今日も声を掛けてきた。この際だ。彼女にはっきり言っておいた方が、自分の為にもなると判断したアーヴィンは読んでいた本を閉じ、リリアーナの方へ顔を向ける。

「なぁ」

「え!?あ、な、何!?」

 アーヴィンから声を掛けられるとは思ってもいなかったのだろう。ワタワタと、カバンから出していた魔術書やらを盛大に床にばら撒く。それを慌てて拾い上げて、ようやくアーヴィンの話に聞ける体勢になった。

「俺は、この学院で友人を作る気は一切無い。だから、話し掛けられても迷惑だ。"無能のクズ"呼ばわりされている俺に話し掛けるより、もっと周りの奴等と話した方がお前の為になる。周りもお前と話したそうにしてる事だ。お前を見ている視線が、関係無い俺にも感じられる程で正直鬱陶しい。分かったら、今後俺には話し掛けるな」

 今の言葉で、彼はこの教室にいる全ての生徒を敵に回しただろう。アーヴィンに、クラスメイトからの鋭い視線が突き刺さる。それを完全に無視し、リリアーナと話す為に、一度閉じた本を再び開き、その世界へと入って行った。

 「お早う、今日の1限の講義は、俺の召喚魔術だぞ~。全員、訓練場に集合しろよ~」

 生徒の1人がアーヴィンに殴り掛かろうとした1歩手前、まるでタイミングを見計らった様に、担任であるケルトが入って来た。この若さで国立学院で教員を勤めるくらいだ、それなりにやるとは思っていたが、これは相当面倒な奴かもしれないと、自身の要注意人物欄に記憶する。

 講義が行われる訓練場に集まったAクラスの生徒達。その中でも特に浮いているアーヴィン。昨日の段階でも既に少し浮いていたのに、今朝の発言で、完全に他の生徒達との壁と溝が出来てしまった。

「よし、全員揃ってるな。んじゃ、講義を始めるぞ。まず、俺が教える"召喚魔術"についてだが、これを説明出来る奴はいるか?」

「は、はい」

「お!じゃあ、リリィにしてもらうか!」

「えっと…、"召喚魔術"とはその名の通り、契約している悪魔や使い魔を呼び出す魔法です。契約が簡単な順に、エルフなどの妖精やウルフなどの魔獣、ケルベロスやペガサスなどの聖獣、ドラゴン、ソロモンの悪魔。1番難しいソロモンの悪魔と契約するには、彼等を自分の魂に宿らせる為、かなりの修練が必要になる…です」

「正解だ、さすがだな」

 一通り説明を述べたリリアーナは、ケルトに褒められ、嬉しそうに微笑む。その場で座るが、他の生徒達から盛大に褒められ、照れたように笑う。そして、それをつまらなそうに聞き流すアーヴィン。天才と言われ、12星座の守護者(シュテルンビルト)として数年前まで王国軍の最前線で戦って来た彼には、この学院の講義内容は今更すぎるものなのだ。

「まだ使役する悪魔がいない生徒は、この1年間で契約出来る様に頑張ってくれ。俺も出来る限りのフォローはするからな!」

 ケルトの言葉にアーヴィンは、表情には一切出さずに心の中だけで嘲笑する。

(悪魔との契約には、契約者の資質が問われる。この段階で悪魔と契約できてない奴は、資質がなかったんだろうよ。今更努力しても無駄だ。"努力"は決して"才能"には勝てない)

 ケルトの励ましで、悪魔との契約に意欲を出している他のクラスメイト達に同情すら覚えるアーヴィン。当然、彼もその"頑張る組"の人間ではあるが、それはこの学院の中だけの話だ。当初の予定通り、適当にやり過ごすつもりでいた。「この機会に、契約する悪魔をもう1柱増やすのも一興か」と考えられる程に、余裕だった。

「それじゃ、今日は初めてだし実際に俺の契約している悪魔を見せよう。よく見ておくように」

 その言葉に反応するアーヴィン。この男の、ケルトの契約する悪魔を見られるチャンス。後ろの方に立っているが、魔法で視力を強化し、真正面で見ている様にする。更に、上と左右からの視点も作る。これを、他の生徒に気付かせずにアーヴィンは、やはり"天才"と呼ぶにふさわしいのだろう。

「我が魂に宿りし悪魔よ、我が声に応え姿を見せよ、フルカス」

 フルカス。ソロモン72柱、序列50位で騎士の階級を得る悪魔だ。ソロモン72柱の悪魔を従えるだけでも相当のものだが、君主であるストラスや公爵であるダンタリオンを従えているアーヴィンからすれば大した事はない。この程度で驚いている生徒達のレベルの低さに驚いている程だ。

「こいつが俺の従えている悪魔だ。こいつは武器に宿って武器強化が得意なタイプだ。そうだ、リリィ!君の悪魔も見せてくれないか?生徒の実力を知っておきたいんだ」

「は、はい!我が魂に宿りし悪魔よ、我が声に応え姿を見せよ、マルバス!」

 リリアーナが召喚したのは、ソロモン72柱、序列5位で総裁の階級のマルバス。総裁は、ソロモン72柱の中で最も低い階級だ。しかし、それを知ってか知らずか、クラスメイト達はリリアーナを羨望の眼差しで見つめる。こんな低レベルの講義に、3年も耐えられるだろうか。改めて、この学院のレベルの低さに愕然としたアーヴィンだった。

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