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クズと天才

 東洋の島国から渡って来たと伝えられている、淡いピンクの花を満開咲かせる樹が脇に並び立つ道路。そこを歩く、同じ制服を身に纏った少年や少女。彼等は皆、とある建物を目指して歩いていた。きちんと制服を着こなしている者もいれば、少し着崩して我流の着こなしをしてる者もいて、同じ制服でもそれぞれの個性が既に滲み出ている。ただ、皆揃って赤いネクタイもしくはリボンを着けている。これが新入生である証になる。ちなみに2年は青、3年は黄色と言う仕組みだ。その中に混ざって歩いている、黒髪の少年。周囲にいる同級生となりうるであろう少年少女と共に、学院の門を潜る。

「ソロモンの悪魔研究会、試しに来てみない?」

「魔法の中で1番強いのは、やっぱり火属性!火属性魔法研究会、新入生大募集!」

「1番扱いが難しいとされる氷属性!君も一緒に、氷属性魔法を極めよう!」

 校舎へと続く通路には、所狭しと簡易テントが立ち並ぶ。新入生達を、自分達の研究会へと勧誘する上級生が通行を阻む。ある程度入りたい研究会が決まっている新入生は別として、何も決まっていない新入生達への勧誘は凄まじいの一言に尽きる。既に両手いっぱいに、勧誘チラシを抱えている者も少なくない。

「あ、そこの黒髪の新入生!俺達と一緒に、水属性の新たな可能性について研究しないかい!?」

「具体的には?」

「え?」

「具体的にはどのような研究をしているのか、と聞いているんだが聞こえなかったか?水属性魔法には、既に氷属性への応用という研究が進められている。無論、それを超える研究をしているんだろう?」

 琥珀色の双眸が、声を掛けて来た上級生に向けられる。ただ見つめられているだけなのだが、上級生にとってはそうではなかったようだ。正に、蛇に睨まれた蛙。

「す、すみませんでした~!!」

 脱兎の如く、逃げ出してしまった。

「この程度で逃げ出すとはな…。この国の将来が不安だ」

「ふふっ、まさか上級生をあそこまで言い負かすとはね。随分な大物だ」

「誰だ」

 先程の上級生に呆れているアーヴィンに掛けられた一つの声。声だけでは男か女か判断出来ない程、中性的な声だ。

「初めまして、僕はキット・ヒューイット。王族歴史研究会のリーダーを務めている。よろしく」

 黄色のネクタイ。という事は3年だ。

「王族歴史研究会?」

「そう。と言っても、個々の研究テーマはそれぞれさ。王族の習わしについて研究している生徒もいれば、1人の王族に絞って研究している生徒もいるからね。王族の歴史についての研究であれば、何を研究しても良い。それこそ、遥か昔に王族が禁止した禁忌魔法の研究でもね」

「!!」

 何故、この男が禁忌魔法の事を知っている。禁忌魔法はその名の通り、王族によって歴史に葬られた使用禁止の魔法だ。この情報は、王宮内の資料室にしか存在しない。その資料室に入れるのも王族を含めた極僅かな者達のみ。

「僕がこの情報を知っている理由は話せない。興味があるなら1度見学においで。研究室は東棟の3階1番奥の部屋だ。僕は君を心から歓迎するよ、アーヴィン・ルーカス」

 それだけ言って、校舎の方へ戻って行く。

 キットと名乗った謎に包まれた3年。しかも、アーヴィンの名を知っていた。名乗った訳では無い。名札が付いている訳でもない。名を知っていると言う事は、恐らくアーヴィンの本性も知っていると思って間違いないだろう。キットの素性を探りがてら、暇つぶしにでもなればと、アーヴィンは王族歴史研究会に行ってみようと決意した。


「新入生の諸君、入学おめでとうございます。難関と言われる我が校の入学試験を突破し、入学を許された諸君等は、このドランク王国の中でも、有能な召喚士や魔法士の卵と認められたのです。その事を誇りに思い、これからの学院生活の中で、その秘めたる力を存分に伸ばして下さい。そして、この学院から十二星座の守護者(シュテルンビルト)が誕生する事を、教員一同願っています」

 入学式。大きな講堂に集められた新入生は、学院長の挨拶に真剣に耳を傾けていた。中には興味がないのか、寝ている者や、周囲を見回している者などもいるが、その目は一様に期待に満ち溢れている。

 ただ1人を除いて。

(くっそ、こんな面倒な事になるなら断れば良かったか…)

 学院長の話し中に欠伸をし、そのまま睡魔に抗うことなく夢の世界へと意識を飛ばす。

 入学式が始まって2時間程経過した頃。ようやく式は終わり、新入生はそれぞれの教室へと移動を始める。ぐっすりと夢の世界にいたアーヴィンは、新入生達が椅子から立ち上った音を目覚ましに起き、彼等の後に付いていく。もちろん、学院長の話はおろか、新入生代表や生徒会長の話すら聞いていなかった。

 自分のクラスを確認し、何度目か分からない欠伸をしながら教室へ入る。座席はどうやら既に決められているらしい。教師が使用する教卓に座席表が貼られているのが確認出来た。各々それを確認し、決められていた自分の席に座って行く。アーヴィンの席は窓側から2列目の1番後ろ。カバンを持ち直し、自席へと向かい腰を下ろす。アーヴィンを見た他の生徒は生徒達が、何やらヒソヒソと話し出す。

「おい、今の奴のネクタイ見たか?」

「あぁ、ノーマークだろ?本当にいるんだな」

(ネクタイに何かあるのか?確かに、生徒によって入っているラインの本数は違うようだが)

 疑問には思うものの、 特に興味がある訳では無い為、考えることはやめる。

 周りでは、早速友達作りが行われている。席が近い者同士、自己紹介をし合い親交を深めている。この学院で友人を作る気がないアーヴィンは、着席するや否やカバンから1冊の本を取り出し読み始める。

「あの…」

「ん?」

 本に集中し始めた頃、その集中力を遮る様に掛けられた声。

「私、隣の席になったリリアーナ・フローレン。よろしくね」

「あぁ」

 元々仲良くする気のないアーヴィンは、一言だけ返事をして再び本の世界へと入り込む。声を掛けたリリアーナという少女は、彼の態度に戸惑いを隠せない。初対面で話題も全くない為、リリアーナはアーヴィンと話す事を諦め、自分の席へと座った。

「おいおい、ノーマークのクズの隣に5(カトル)ラインの天才かよ…!」

「しかもあのクズ、天才からの挨拶に素っ気なさすぎだろ!」

(なるほど。ネクタイもしくはリボンに入っているラインの本数が多い程、この学園では優秀って訳か。まあ、入試であれだけ手を抜けばノーマークも妥当な評価だな)


 遡ることおよそ1ヶ月前。

 国立プロスクリスィ学院では、新入生選抜入試が実施されていた。国内外から魔法士や召喚士を目指す若者が多く集う。

 そして、彼もその中に混ざっていた。

「受験番号1~200番の者はA、201~400番の者はB、401~600番の者はC、601~800番の者はE、801~1000番の者はF、1001〜1200番の者はG、1201〜1400番の者はH、1401〜1600番の者はI、1601〜1800番の者はJ、1801〜2000番の者はKの部屋へ移動して下さい。2001番以降の受験者はこの場で待機して下さい」

 学院の教師の使い魔だろうか。1体のウルフが受験者を誘導している。

 アーヴィンの受験番号は8625。一体何人の受験者がいるんだと辟易する。待機通達に従いその場で待っていると、突然頭の中に思念伝達魔法(テレパシー)が飛んできた。周りを見ると、他の受験者も同様に思念伝達魔法が飛ばされているらしい。

(ほぅ…。これだけの人数に思念伝達魔法を飛ばせるのか。教師のレベルは低くない様だな)

《これより、新入生選抜入試を実施致します。これから皆さんには一問一答の問題を出題致します。解答を頭に思い浮かべて下さい。解答時間は一問につき1分。この時間を超えての解答は無効です。尚、答えを声に出したり、他の受験者の思念を読み取る事は禁止です。発覚次第、受験資格を剥奪し、お帰りいただきます。それでは第一問》

(思念伝達魔法での試験だと?では、先程別室に移動させられた奴等は…)

《第一問。ドランク王国初代国王の名前をフルネームで答えなさい》

(初代国王か。確か、アルファード・イヴァン・ソロモン・フォン・ドランク)

《第二問。初代国王が1番初めに契約したソロモンの悪魔を答えなさい》

(序列1位バアル)

《第三問。先のウェルズ大戦争で戦死した第四王女の名前を答えなさい》

(…………………)

《第四問。雷属性の上級魔法、雷神の槍(ライジング・ランス)の詠唱を答えなさい》

(万物を貫く槍となれ。全てを貫き、我が矛となれ。それは神の怒りなり。神の怒りが降り注がん。その怒りを我が遣おう)

《第五問。第四王女が使役していた悪魔を全て答えなさい》

(…………………)

《第四王女と親しいとされている、庶民出身の第五王子の名前を答えなさい》

(…………………)

《第六問。上級魔法よりも扱いが難しいとされる魔法の総称を答えなさい》

(複合魔法、天災級魔法、宇宙級魔法)

《第七問。ソロモンの悪魔が持つ階級を全て答えなさい》

(王、君主、公爵、侯爵、伯爵、騎士、総裁)

《第八問。召喚士として必要な才能を答えなさい》

(悪魔を服従させる精神力、召喚魔法陣を読み解く理解力と展開する魔力操作》

着々と問題に答えていくアーヴィン。しかし、王族、特に自分と第四王女に関する問題だけは一切答えなかった。100問近くあっただろうか。全ての問題を解き終え、思念伝達魔法(テレパシー)が途絶える。内容の比率として、王族や国の歴史についてが5割、魔法の知識についてが3割、召喚士としての知識が1割、使い魔についてが1割と言ったところだろうか。



 少しすると教室のドアが開き、1人の男性が入って来た。この男がこのクラスの担任なのだろう。さすがに彼の話は聞いておくべきだろうと、読んでいた本を閉じ、彼の声に耳を傾ける。

「初めまして、俺はケルト・シュライズ。今日から君達Aクラスの担任になる。よろしく。まずは、 難関の入学試験突破おめでとう。それに慢心すること無く、卒業までの3年間を過ごして欲しい。早速だが、全員の顔と名前を一致させたいから自己紹介をしてくれ。名前と契約している悪魔や使い魔の数、得意な魔法属性を言ってくれ。じゃあ、廊下側の一番前の奴から」

 また面倒なことを…。そう思いながら、自分の番まで間があると判断したアーヴィンは、先程途中で止めた本を開く。当然の如く、クラスメイトの自己紹介は聞いていない。

「次、アーヴィン・ルーカス」

 名前を呼ばれた為、本を閉じ、その場で席を立つ。

「名前はアーヴィン・ルーカス。契約している悪魔はいないし、使い魔もいない。得意な魔法属性も特にない。以上」

 それだけ言って着席、そのまま本を読み始める。しかし、アーヴィンの発言にクラスは騒然とする。契約している悪魔や使い魔は0、得意な魔法属性もない。こんな凡人、よりも劣っている劣等生が、どうしてこの学院に入学できたのか。今まで自己紹介をしてきた者で、使い魔を持っていない生徒はいなかった。使い魔のランクが低い生徒は、魔法士としての資質で己の有能さをアピールしていた。アーヴィンのように、全く何も出来ない無能と言われてもおかしくない生徒はいなかった。

 しかし、周りの生徒にどれだけ陰口を叩かれても、アーヴィンは気にした様子はない。我関せずを貫いて、ひたすらに本の世界に入り込む。教室の悪い空気をさすがにやばいと感じたのか、ケルトが次の生徒へ自己紹介を促す。そこで返事をしたのが、アーヴィンの隣の席にいるリリアーナだ。

「えっと…、リリアーナ・フローレンと言います。気軽にリリィって呼んで貰えると嬉しいです。ソロモンの悪魔3柱と契約していて、他の使い魔はいません。魔法の得意属性は風と水です。これからよろしくお願いします」

 リリアーナの自己紹介が終わった瞬間、アーヴィンとは別の意味でクラスが騒然とした。無能(だと思われている)アーヴィンとは対照的に、3柱の悪魔と契約済みに加え、2属性の魔法を得意とする天才とも言える才能。少し照れた様に自己紹介を終え、着席する。その後、残りの生徒の自己紹介も終え、今日はオリエンテーションのみとなった。

 この学校で何を学ぶか。誰が教えるか。学生寮での過ごし方。

 それらを全て聞き流し、ようやく下校時刻となった。結局、どの教師も口を揃えて言う言葉。「我が校から十二星座の守護者(シュテルンビルト)を出したい」。ここは十二星座の守護者の宗教組織かと疑ってもおかしくない程、同じワードが様々な教師の口から出て来る。

 今日1日だけこれだけでうんざりしたのに、この学院生活が3年間も続くのかと想像しただけで絶望に近い感情がアーヴィンを襲う。しかし、入学してしまった以上、原則として途中退学は認められない。3年間適当に過ごす事を改めて決意し、読んでいた本をカバンにしまい、さっさと教室を後にする。

 その道中で聞いた、別のクラスの生徒の会話。


「Aクラスに何もできないクズと、才能に恵まれた天才が揃っているらしい。天才が卒業後、十二星座の守護者の3つの空席の1つを担うかもしれないって話だ」



 学生寮の割り当てられた自室へと戻って来たアーヴィンは、先程の軽く耳にした生徒達の会話が未だに頭から離れない。

 "クズと天才"。

 果たしてどちらが本当のクズで、どちらが本当の天才なのか。深く考えるのも時間の無駄だと頭を切り替え、今まで着ていた制服を脱ぎ捨て、別の服に着替える。見た目は軍服だろうか。漆黒のそれを身に纏い、襟元がキツイのは嫌がるのか、閉めずに開けている。その上からこれまた漆黒のマントを羽織る。しかし、その襟元に光る小さな銅のバッジ。王国軍に所属する者達だけが付ける事を許される、英雄の証である。

 これが十二星座の守護者(シュテルンビルト)の一翼になると、このバッジではなく、自分が座する星座を模した色とバッジが与えられる。彼等直轄の部下は100人。その部下達には、それぞれの指揮官の色のバッジを身に付ける。それにより、誰が誰の指揮下にいるのかを判別しやすくなるのだ。ちなみに、先程アーヴィンが付けていた銅のバッジは、どの守護者の指揮下にも入っていない一般召喚士や魔法士を意味する。

 正門から出ようとすると人目につく。服装の事も含めて詮索されると面倒だと思ったアーヴィンは、自室の窓から飛び出す。学生寮の隣に建っている訓練場の屋根に一度降り立ち、空中に手を翳す。すると、何も言葉を発していないにも関わらず、彼の手の平の前には魔法陣が形成されていく。

「来い、(かなで)

 アーヴィンの呼びかけに、魔法陣が一際強い光を放ち、数秒の後に収まる。

「お呼びでしょうか、主様」

 現れたのは、アーヴィンが契約する悪魔の1体、ストラス。ソロモン72柱、序列36位で君主の階級を持つ、ダンタリオンよりも少し力の強い悪魔だ。白銀の髪を腰の辺りまで伸ばし、ガタイの良い(ひろ)と違い、体の線は細い。顔も男女の判断が付きにくい中性的な顔立ちをしている。

「クソ親父からの呼び出しでな」

 それだけの言葉で、何故自分が召喚されたのかを理解する奏。アーヴィンの背中に手を翳し、魔方陣を展開していく。すると、アーヴィンの背中から天使を想像させる様な羽が生えてきた。これが、ストラスの能力の1つである。

 羽の形成が終わり、ストラスは奏の魂へと憑依する。万が一、羽が消えてしまった時の保険として奏が身体強化を施しているのだ。もちろん、憑依しているので、再度羽を生やす事もできる。奏を信頼しているアーヴィンとしては過保護だと思っているのだが、奏としては、数千年以来の気に入った主を自分の失敗で失いたくないと言う理由があっての行動だと言い張るので、アーヴィンとしても感謝はしても文句は言えない。

 羽が正常に動く事を確認したアーヴィンは、そのまま訓練場の屋根を軽く蹴って文字通り空へと羽ばたいて行った。


 ドランク王国の王宮がそびえ立っているのは、国の中央に位置する首都であるセイレン。一方、アーヴィンが通うことになった国立プロスクリスィ学院は国の東側に位置する。本来なら馬車で5日、馬をとばして3日、魔法で身体強化を施したとしても2日はかかる道のり。

 しかし、数時間前に学院を飛び立ったアーヴィンは既に王宮の前に降り立っていた。(かなで)の力を使えば、王国の東西を端から端まで移動するなどと言う時以外は、基本的に数時間で行ける距離になるのだ。だからこそ、アーヴィンは奏のこの力を重宝している。尤も、アーヴィンがこの移動方法を気に入ってるだけで、他の召喚士や魔法士が長距離移動する時は、瞬間移動魔法(テレポート)を使用するのが普通である。

 いくつかの転移魔方陣(テレポータル)を経由する必要はあるが、学園から王都へ転移する事自体は不可能ではない。魔方陣同士が干渉しないように距離をあけて設置してある為、多少の徒歩移動はあるがそれでも1時間程度の道のりになる。

「何者だ。王宮への立ち入り許可証は持っているのか?」

 門の前に立っていた2人の見張りの兵士に止められる。つくづく優秀で忠誠心の強い騎士を育成するのが上手い人だと、関心を隠さない。

「アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランク。クソ親父に呼ばれて来たんだが、それだけでは証拠にならないか?」

 騎士達に名乗ると、みるみる内にアーヴィンの容姿が変わっていく。黒髪だった髪の毛は美しい金髪へ、琥珀色だった瞳は空色と闇色のオッドアイへ、165センチ程しかなかった身長は175センチ程に伸びた。

 そう、これがアーヴィンの本来の姿なのだ。学院では、なるべく目立たない為に先程のような地味目な人間として過ごすと決めていた。先程の姿と全く変わったアーヴィンの姿を見た騎士達は、顔を青褪めさせた。当然だ。姿が違っていて気付かなかったとは言え、王子であるアーヴィンに無礼な態度を取ったのだ。すぐに低頭し、謝罪をする。

「これは俺の責任がある。お前達が謝る事じゃない、気にするな。引き続き、門前の警戒にあたるように」

 それだけ言って、堂々と門を潜る。顔面蒼白を体現していた2人の騎士は、再度謝罪の言葉と感謝の意を述べ、敬礼をしながら彼を見送った。

 王宮のドアに辿り着くまでの長い道をゆっくりと歩き、庭師が丁寧に剪定している広大な庭に咲いている草木を久々に堪能する。

 ようやくドアの前までやって来たアーヴィンは、気だるげな表情を隠さずに両開きのそれをゆっくりと開ける。

「お帰りなさいませ、アーヴィン・ルーカス殿下。王の間で国王陛下や、他の方々がお待ちです」

「あぁ。今回、呼ばれた用件を聞かされていないのだが、何か知っているか?」

「いえ、私は何も」

「そうか」

 それだけの簡単な会話をしながら、王の間へと足を進める。廊下の至る所には有名な画家の絵や、彫刻家の彫刻、陶芸家の壺などが均等な間隔で置かれている。訪れる者達を圧倒させるような威厳はあれど、アーヴィンは全くそう言った物に興味がない。置物が増えていようが減っていようが、至極どうでも良いのだ。

(こんなガラクタに金を使うなら、いつ来るかも分からない戦争の為の戦費として、貯めておけば良いものを)

 そう毒づいている間に、王の間へ辿り付いていた。ドアの前にいた見張りの騎士達が、扉を開ける。

「アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランク。参上が遅くなり、申し訳ない」

 それだけ発して、王の左側に並んでいる者達の最後尾へと立つ。

 どうやら招集された者達は、アーヴィンで最後だったようだ。玉座に腰かけていた国王が立ち上がる。ケルティウス・アンリ・オルトロス・フォン・ドランク。ドランク王国第32代国王。歳は60を越えているのに、この若さと纏う覇者としての威厳。それが同じ空間にいる者達に畏敬の念を抱かせる。

「皆に集まって貰ったのは他でも無い。十二星座の守護者(シュテルンビルト)の空席の3つを、早急に決めなければいけない。そこのバカのせいで、本当は2つで良い悩みの種を1つ増やされた事だ。皆の意見を聞かせて欲しい」

 国を守る十二星座の守護者は空席が出たら、基本的にはすぐに後任を決めなければならない。しかし、今回は亡くなった前任達の力が偉大すぎて、故人に劣らない実力を持つ召喚士を見付けられていなかった。そこに、アーヴィンが守護者の席を辞すると言う異常事態まで起きている。アルバート王の悩みの種は尽きない。

「俺は戻る気はない。だから、学院に通うって言う条件を呑んだんだろ。俺の代役は、フレン・リスター殿下にでも譲るさ」

 そう言ったアーヴィンが視線を向けた先には、美しい青年の姿があった。

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