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天才の過去

初めまして、(みかど)と申します!


初作品で緊張していますが、時間がある時は、どんどん更新していきたいと思っているので、あんまり期待せずに読んで頂けると嬉しいです。


よろしくお願い致します。

 街全体に夜の帳が下り、街を彩っていた温かな光が次々とその姿を消す時刻。寝静まる準備をしている街にも、少なからず例外というものは存在する。

「おっさん、もう一杯!」

「こっちにも!」

「あいよ!」

 顔は紅潮し、既に酔っ払っているであろう男達が、次々と酒を飲み干していく。酒場や娼館は街が眠ろうと、自分達はまだまだ眠らないとばかりに己の存在を主張する。色鮮やかな電飾や、店に来ている客達の声は収まる気配はない。

 こんな光景が日常風景なここは、現状地球上で最も大きな領土を持つドランク王国の西部に位置する小さな農村。名をウエルシア村と言い、王都から西部で最も栄えている第3王都、デュシスに続く交易路の中間に存在していた。その為、陽がある内にデュシスへ辿り着けなかった商人や旅人が、好んで滞在する村でもある。小さな村ではあるが、農業と宿場経営でそれなりに栄えており、村人は何不自由なく生活を送っていた。

 そのウエルシア村の、片隅にある小さな家。木造でかなり古く見えるが、幾度となく天災から住民を守ってきた風格が漂っている。

 この家の住人は、たった1人。5歳の小さな少年だった。

 彼の両親はとても王国軍に所属する優秀な魔法士であり、長きに渡って続いていた戦争に招集され、その尊い命を散らした。まだ少年が、生後間もない頃の話である。それからは、両親と仲が良かった酒場の主人夫婦に育てられ、今日まで成長してきた。主人夫婦の事は本当の親の様に慕っているし、育てて貰っている恩もある。本当の両親の顔は写真でしか知らないが、誠実で正義感が強く、自分達を犠牲にしても他人を救おうとする心優しい人達だったと、酒屋の主人夫婦は語る。少年もその言葉を信じ、両親の様に立派な人間になろうと日々努力を重ね続けた。

 そして、ある時、この小さな少年に大きな転機が訪れた。

 6歳の誕生日の日だった。

 いつもの様に、朝から主人夫婦の手伝いをしていた。主人に頼まれ、倉庫に食材を干し肉を取りに来た時の事だ。肉が吊るしてある方へ迷うこと無く歩いて行くと、何か固いものが爪先に当たった。いつもであれば、床に置いてある木箱を蹴ったのだろうと気にも留めないが、今日だけは何かが気になった。

 もう1度、足で探ってみると今度は当たった足が、それを僅かにずらした。少年の軽い力で動くのであれば、あまり重くない物だろう。そう考えると木箱という線は消える。この倉庫内にある木箱の中には、常に食材が箱一杯に詰まっている。小さな少年が軽く足で押したくらいで動く代物ではない。

 気になった少年は足元に落ちている物を拾い上げる。

「本?」

 それは、大量のチリやホコリを被った見るからに古い漆黒の本であった。表紙に書かれているであろう題名は、掠れていて読む事が出来ない。不気味な事に変わりはないが、何故かその本に惹かれた少年は、主人に許可を取り、それを貰った。

 そして、夜。

 本を開いて中を読んでいると、気になるページを見つけた。そこには複雑怪奇な魔法陣が描かれ、その横には奇妙な詠唱文が書かれている。一目で悪魔の召喚魔法陣だと理解した少年は、何かに取り憑かれたように部屋の床に魔法陣を描き始めた。両親が優秀な魔法士だった事もあり、魔力のコントロールは既に独学で身に付けている。魔法陣の発動条件を間違えないように、気が遠くなる程複雑な魔法式を読み解きながら魔法陣を構築していく。だが、あれだけ複雑だった魔法陣はこの少年によってものの10分程で組み上げられた。一般的な召喚士が行った場合、全員がこの魔法陣の組み上げに失敗するだろう。このレベルの魔法陣を組み上げられるのは、この世界に12人しかいない十二星座の守護者(シュテルンビルト)と呼ばれる者達のみ。その彼等でさえ、30分以上はかかると断言するだろう。

 それ程までに難解な魔法陣を、この少年はいとも簡単に完成させてしまったのだ。

 魔法陣を組み上げる為に必要な素質は多い。しかし、その大半を占めているのはたったの2点。

 まずは、組み上げる魔法陣が何を表しているのかを理解する能力。召喚の為なのか、魔法を行使する為なのか。どのレベルの従魔を使役する為の魔法陣なのか、どの属性でどのレベルの魔法を行使する為の魔法陣なのか。これを見抜くだけも、相当な才能がある。次に、その魔法陣を発動させるだけの十分な魔力量。どれだけ魔法陣の意味を理解しても、魔法陣を発動する魔力が足りなければ全く意味が無い。当然、高レベルになるほど、必要魔力量も多くなる。

 しかし召喚士には、何よりも召喚士に値するだけのセンスが必要なのだ。そしてこの少年は、召喚士として必要な全ての素質を兼ね備えていた。

 完成した魔法陣を前にする。後はこれに魔力を通して、召喚呪文を唱えるだけとなった。だが、さすがに魔法陣に魔力を流すのは少し躊躇いが見える。それも無理はない。あれ程の高度な魔法陣を使用して、召喚するモノは一つしかない。それをハッキリと理解している少年だからこそ、最後の一歩が中々踏み出せない。

「・・・・・・汝、我が声に応え、我が魂に宿れ。来い、ダンタリオン」

 ようやく。だが、たったそれだけ。

 魔法陣に流れた魔力に反応する様に、描かれた魔法陣が淡い光を放ち始める。数秒の発光の後、魔法陣は魔力を通しても反応しなくなった。

 失敗だろうか。いや、成功だ。

 魔法陣の中央には、1人の男が立っていた。髪は太陽の様に紅く、瞳も同じく美しい深紅。身長は少年よりも遥かに高く、細身だが適度に付いている筋肉が決して彼を儚げには見せない。襟足のみを伸ばしている髪を後ろで括り、少し長めの前髪からはつり目がちな双眼が少年を射抜く。

「貴様が俺を呼んだのか?ソロモン72柱、序列71位である公爵の俺を?」

「そうだ、何か問題でもあるか?」

「"問題"だと?笑わせるな!魔界の公爵であるこの俺を呼び出したんだから、どんな有能な召喚士かと思えば、ただのガキじゃねぇか!テメェみてぇなガキに従うつもりはねぇな。さっさと魔界に帰らせて貰うぜ」

 そう言って自分で魔法陣を描き、魔界に帰ろうとするダンタリオン。

「そんな勝手、この俺が許すと思うか?」

 狭い室内に響く、低く冷たい声。それが、この幼い少年から発せられると一体誰が想像できるだろうか。その姿からは予想も出来ない程の魔力を纏い、彼が発する声は全てを従えさせてしまう様な威厳を持つ。少年がダンタリオンの描いた魔法陣に干渉し、消滅させる。他人の描いた魔法陣を打ち消す術は、当然ある。だが、成功させるには、自分の魔力量が術者の魔力量よりも多いことが必須条件である。ソロモンの悪魔の一柱であるダンタリオンが描いた魔法陣を打ち消す為に、相当の魔力量が必要とされるのは分かりきっている事だ。

「・・・貴様、何者だ?」

 背中に流れる冷や汗を、気のせいだと無理矢理自分を納得させ、少年に問う。震える手は握り締める事で誤魔化し、笑う膝は公爵であるという己の意地が崩れ落ちることを許さない。

 見た目の年齢は5歳かそこらの少年に、自分が恐怖を抱いている事を認められない。何とか発した問いは、乾く喉のせいで酷く掠れていた。

「何者でもないさ。俺は"ただの"召喚士。少し力が強いだけのね」

「(こんな力を持つ奴が、"ただの召喚士"だと?それこそ笑わせるな。ソロモンの奴が死んでから、つまらねぇ人間界に飽きて魔界に帰ったが、少しは楽しめそうじゃねぇか)」

 未だに自分を圧し潰そうとしている少年の魔力に何とか耐え、契約の魔法陣を展開する。

「良いだろう。貴様と契約を結んでやる。但し、俺を退屈させるなよ?」

「もちろんだ。退屈なんてさせない」

 先程まで放っていた魔力を一瞬にして消す。この魔力制御も、簡単にできる事ではない。指の皮膚を歯で噛み切り、血を1滴浮かばせる。差し出されたダンタリオンの魔法陣に己の血を垂らすと、小さかった魔法陣が大きくなり、2人を包んだ。

 これで契約は完了だ。

「改めて、俺の名はアーヴィン。アーヴィン・ルーカスだ。契約した悪魔は君が初めてだよ。よろしく、(ひろ)

「ひろ?」

「君の名さ。ダンタリオンは、悪魔としての名前だろう?俺は契約した悪魔達には、友人の証として名を与える様にしたいんだ。君は太陽の様に紅い綺麗な髪だから、陽」

 先程までとんでもない量の魔力を纏い、プレッシャーを放っていたアーヴィンが、ようやく見せた少年らしいあどけない笑顔。年相応な笑顔を見せたアーヴィンの頭を、グシャグシャと撫でる陽。この小さな主を守ると誓った瞬間だった。

「それで?お前は俺にどんな力を望む?」

 穏やかな空気を一変させて真剣に問う。

 悪魔と契約した者だけが使用を許される力。それが、契約した悪魔の力の行使。人間同様、悪魔にもそれぞれ個性がある。

 ・主が所持する武器に宿り、武器を強化するのを得意とするタイプ。

 ・主本人に憑依し、体を強化するのを得意とするタイプ。

 ・悪魔として顕現し、治癒魔術などで後方支援を得意とするタイプ。

 ・どれにも当てはまらず、主の思うがままに力を使えるタイプ。

 基本的に悪魔の能力はこの4タイプに分けられるが、悪魔としての階級によって能力も変わってくる。 もちろん、階級が高ければ高い程、力も強い。

「全てだ。俺の武器に宿り、俺の魂に憑依し、俺を癒し、俺の思うままにその力を貸せ」

 横暴としか言いようがない。

 しかし、公爵の地位を得ているダンタリオンが、この望みを全て叶えられると知っているアーヴィン。知っているのに、遠慮する必要はない。

「はっ、良いぜ。テメェの思うがままに力を貸してやる」


 これが、後に天才召喚士と呼ばれる少年と、彼と初めて契約を交わした公爵の出会いだった。




 この世界で最も大きな国土を持つ、ドランク王国。その首都はセイレン呼ばれ、街の中央には王宮レーギアがそびえ立っている。荘厳な王宮内に並ぶ無数の部屋。その中の一室、王の間では、とある式典が行われていた。

「アーヴィン・ルーカス。初代国王陛下であるアルフィード・イヴァン・ソロモン・フォン・ドランクの遺言により、ソロモン72柱の序列1位であるバアルと契約した貴殿を、我がドランク王家に第五王子として迎え入れる。これからは、アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランクと名乗るように」

 厳かな空間に響き渡る、威厳を含んだ声。この場で国王から唯一発言を許されている白髪混じりの男。ドランク王国の宰相である、ガラディ・アルベス・フォン・フランチェスト。この国で4家しか存在しない、公爵の地位を持つフランチェスト家の現当主だ。若い頃に召集された戦争で左目を失って尚、光の強さは弱くなることを知らない。この男の実力があったからこそ、フランチェスト家は公爵家に成り上がれたも同然なのだ。そして、ガラディ宰相が名前を読み上げた少年こそ、ウエルシア村にいた小さな少年である。

「謹んでお受け致します」

 未だに幼さの抜けない、声変わり前の少年が応える。

その返答を皮切りに、王の間には盛大な拍手の音に包まれた。

「続いて、アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランク、並びに、ラルア・ミーシャ・マリアランス・フォン・ドランク、前へ」

 拍手の音が止み、再びガラディが少年の名ともう1人の少女の名を読み上げる。既に玉座の前にいたアーヴィンの横に、もう1人の少女が膝を付く。美しい天色(あまいろ)の髪に琥珀色の瞳。アーヴィン同様、幼さが抜け切っていないが、今後の成長が楽しみな程、均整の取れた顔立ち。正に、美少女を体現して生まれて来た少女だった。

 10人に聞けば、10人全員が綺麗もしくは可愛いと口を揃えて言うだろう。

「アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランクには進歩の(プログレ・)水瓶座(アクエリアス)の座を、ラルア・ミーシャ・マリアランス・フォン・ドランクには暗闇の(テネーブル・)魚座(ピスケス)の座を与える。十二星座の守護者(シュテルンビルト)の一翼としての自覚と誇りを持ち、行動するように。尚、両名には100名の直属部隊を預ける。我が国でも優秀な騎士達だ。指揮官として、今後の任務に当たる事を命ずる」

 十二星座の守護者(シュテルンビルト)

 ドランク王国軍に所属する、およそ800万人の召喚士や魔法士の中から選ばれる12人の精鋭。ある者は最高位の悪魔達を思うがままに使役し、ある者は難易度の高い魔法を自由自在に行使する事が出来る。正真正銘の天才達のみが名乗る事を許される特別な称号である。

「「謹んでお受け致します」」

 2人のこの言葉で、再度王の間に拍手の音が響き渡る。しかし、全員が本気で賞讃している訳ではない。中には、未だ成人もしていない子供が十二星座の守護者の座に着く事を心良く思わない者もいるだろう。しかし、これは国王の命令だ。何を言った所で聞き入れて貰える事はない。最悪、不敬罪で自分の首が飛ぶ可能性すらある。そんなリスクを冒してまで、国王の決定に異論を唱える愚か者は存在しない。

「これにて就任式を閉式とする」

 ガラディの宣言により、就任式が幕を下ろす。参加者は次々に、王の間から退室していく。この後開催されるパーティの準備をする為だ。

 アーヴィンも今後、自分の部下となる騎士達に会う為、静かに王の間を辞した。



 就任式の後、第11騎士隊練兵場。アーヴィンは今後の自分の部下となる騎士達、ドランク王国十二星座の守護者(シュテルンビルト)直轄第11騎士隊の面々と顔を合わせていた。

「改めて、アーヴィン・ルーカス・レオン・フォン・ドランクだ。まぁ、今はヴェルソ・フォン・ドランクだが呼び方は任せる。君達の呼びやすい様に呼ぶと良い。早速だが、全員の実力を把握したい。今から俺と試合をしてもらう。100人も1対1をするのは正直面倒だから、10人づつだ。他の者は、観察でも準備運動でも自由にしていて良い。時間がないから、さっさと始めるぞ」

 いきなり試合を行うと言われただけでも驚くのに、1対10とはあまりにも無謀すぎる。アーヴィンの前に整列している騎士全員が思った。いくら十二星座の守護者に選ばれたとは言え、ここにいる騎士達も実力者揃い。当然、彼らにはその自負もある。

 アーヴィンの実力を知らないのだから、その感想は当然とも言えるだろう。それぞれ互いに顔を見合わせて、中々動こうとはしない。本当に大丈夫なのかと心配する者、子供なんかに従えるかと反感を持つ者。抱える感情は様々だが、目の前の子供は一応王族の1人だ。下手に逆らったら、自分の身の保証はないと思う者がほとんどだった。

「俺に不信感を持つのは分かるが、それを払拭させる為の試合だ。早くしろ。もしこの試合で、俺に従う価値がないと判断した者は、この場を去れば良い。退団による処分は免除になるように進言もする」

 あまりにも動かない騎士達に痺れを切らし、威圧をするように少しだけ魔力を放ってやる。それに反応した騎士達はすぐ様動き出し、適当に10人がその場に残った。それ以外の90人は、全員観戦する為に後方に下がった。

 王国騎士達の中でも、特に優秀と言われている自分達を従える程の実力が彼にはあるのだろうか。騎士達のそんな戸惑いを気にした様子もなく、アーヴィンは位置につく。

 5メートル程離れて、10人の騎士が構える。召喚士が3人と近接魔法士が3人と遠距離魔法士が4人。魔法士の中でも、身体強化や武器への付与魔法が得意な近接タイプと、遠距離からの攻撃魔法や後方支援が得意な遠距離タイプに分けられる事が多い。残りの召喚士は、()()()には遠距離魔法士に分類される。

「好きな様に攻めて来て良い」

「では、遠慮なく行きます!万物を貫く槍となれ。全てを貫き、我が矛となれ。それは神の怒りなり。神の怒りが降り注がん。その怒りを我が遣おう 雷神の槍(ライジング・ランス)!」

 1人の遠距離魔法士が、雷の上級魔法である雷神の槍を構築する。しかし、その展開速度は遅く、座標指定もいまいち定まっていない。その証拠に、放たれた雷神の槍はアーヴィンとは離れた場所に着弾し、爆発した。

「万物を穿つ炎の矢。全てを焼き払うまで、消えることのない地獄の業火。火炎の矢(フレイム・アロー)!」

「全てを飲み込む母なる潤い。自然に逆らう全てを罰する。水の蛇(ヴォダ・サーペント)!」

 他の遠距離魔法士達も絶え間無く魔法を放って来る。だが、どれも中級魔法に分類されるものばかりだ。不恰好とは言え、上級魔法が当たらないのに、中級魔法がアーヴィンに当たることはない。

「「やあ!!」」

 2人の近接魔法士が、それぞれの得物(えもの)である剣と短剣を振り上げながら突っ込んで来る。身体強化の魔法を使用している為、そのスピードは各段に早くなっている。だが、アーヴィンは簡単に見切って最低限の動きで回避する。だが、避けきったと思った彼の後ろから、残りの近接魔法士が接近していた。最初の2人の特効は、この為の布石だったのだ。誰もが勝ったと思ったが、地面に倒れているのは斬りかかった魔法士の方だった。常に自分の周囲に探知魔法を広げているアーヴィンにとって、探知魔法に引っ掛かっている者の行動は奇襲になりはしない。いとも簡単に攻撃が避けられていく。

「「「汝、我が声に応え、姿を見せよ」」」

 遠距離魔法士の更に後ろにいる3人の召喚士達が、己の従える使い魔を召喚する。しかし、使い魔は全てウルフ。そこまで戦闘力が高い訳でもない、召喚士としての素質があれば誰でも契約できる使い魔だ。敵が一般人であれば、ウルフでも問題なく戦える。しかし、相手が少しでも魔法を使えた場合、あまり頼れなくなる使い魔でもある。

 それに加えて、今の相手は十二星座の守護者(シュテルンビルト)の一翼であるアーヴィンだ。適うはずが無い。スピードでの撹乱も無意味である。飛びかかる3体のウルフは、いとも簡単にアーヴィンによってねじ伏せられた。魔物とは言え、ここまで圧倒的な力の差を見せつけられれば本能的に恐怖を覚える。主の命令に反して、1歩づつ後退している。

 様子見は終わったとばかりに、アーヴィンはゆっくりと口を開いた。

「魔法陣の展開が遅い、中級魔法に完全詠唱などするな、座標指定が甘い、座標指定が難しいなら追尾の魔法式を組み込め、接近の仕方が雑すぎる、武器への付与魔法が偏りすぎだ、10人もいるのに誰も連携が出来ていない」

 彼らへの指摘事項は、留まることを知らないかのように紡がれる。戦闘を行いながら、これ程的確に見定められるのはアーヴィンだけだろう。相手が展開している魔法陣を解読するなど、本来なら出来る芸当ではないのだ。

 一通り言いたいことを言い終えたアーヴィンは、これが見本だとばかりに上級魔法を構築し始める。当然、そんなものを食らったらひとたまりもない。10人は慌てて魔法障壁を展開する。だが、アーヴィンは構わずに魔法を行使した。

水柱(ヴォダ・ゾイレ)

 水属性の上級魔法。一見地味な魔法だが、指定範囲に巨大な水柱(みずばしら)を出現させ、範囲内にいる標的を水圧で圧死させる事が出来る。運良く水の流れに乗れたとしても、待っているのは大量の水の中での溺死。どちらにせよ、この魔法から逃れられる術は無いに等しい。見かけによらず、殺傷能力の高い魔法だ。

 広範囲座標指定が必要になる魔法だが、アーヴィンは見事に10人がギリギリ入る大きさで魔法発動の座標指定を簡単にやってのける。上級魔法を直に受けて、無傷でいられる者はいない。今回は彼等を傷付けるのが目的ではない為、威力をかなり落としているし、魔法式を組み換えて柱の中は空洞にしている。10人の周囲を水の膜で覆っただけなので、全身ずぶ濡れになる程度で済むだろう。

「次の10人」

 あくまでも部下達の力量確認。必要以上に時間をかけず、テキパキと進めていく。次の10人も、その次の10人も、その次の次の10人も。彼等の力量は大体似通っていた。十二星座の守護者(シュテルンビルト)直轄部隊に選ばれるだけの力量は確かにある。まだまだ問題点は多いが、数人は上級魔法が使える。これだけでも大分違う。一般の魔法士や召喚士は上級魔法を使えない為、精鋭と言う意味では間違ってはいないのだ。

「最後の10人」

 遂に、1対10の無謀だと思われた試合にラストが訪れた。後方に下がった10人と入れ替わりで、最後の10人が前に出て来る。召喚士が2人、近接魔法士が3人、遠距離魔法士が5人だ。

「いつでも良いぞ」

「行きます!」

 そこで真っ先に魔法を構築させ始めた1人の遠距離魔法士。上級魔法を無詠唱で展開する。

「ほう・・・」

 魔法陣を読み解く限り、威力も座標指定も上手く組み込めている。他の遠距離魔法士から、頭1つ抜けている実力がありそうだと感心する。

氷神の槍(フリージング・ランス)!」

 空中に現れた5本の氷槍(ひょうそう)が、アーヴィンに向けて勢いよく放たれる。

 無詠唱で上級魔法を5つ同時に展開。同時に5本の氷槍を生み出した事には、素直に驚くアーヴィン。しかし、それでも彼を傷付ける事は叶わない。

「素晴らしい腕前だが、最後の詰めが甘いな。追尾機能を組み込むか、発射速度を上げろ。避けられたら何の意味も無い」

 襲い来る氷神の槍を、魔力を纏った右手でいとも簡単に打ち払う。軌道を変えられた氷槍は、そのまま見当違いの方向へ飛んで行き、そのまま魔力として霧散していった。

「「雷神の矢(ライジング・アロー)!!」」

 今度は雷の矢が、アーヴィンの足元に着弾。爆発を起こす。土煙でアーヴィンの視界を奪ったつもりだろうが、探知魔法を展開している彼にはあまり効果がない。それは、第一戦目で誰もが理解した事だった。だが、いつまでたっても探知魔法に反応がない。しかし、次の瞬間。

「!!」

 間一髪で回避したものの、アーヴィンの目の前を何かが通り過ぎた。探知魔法に引っ掛からないはずがない。風魔法で土煙を払うと、飛んできたものはすぐに分かった。

「矢・・・」

 一本の()()の矢だった。しかしよく見ると、僅かに魔力を帯びている。少ない情報だが、アーヴィンにはこれだけあれば十分すぎる。すぐに解析を終え、目の前に立つ騎士達の中から目当ての人物を探していく。だが、そんな暇は与えないとばかりに近接魔法士が切り掛かってくる。他の試合と違い、この10人はもの凄く連携を取るのが上手い。近接魔法士が好き勝手動いている様に見えるが、遠距離魔法士と召喚士が援護の攻撃魔法を撃ちやすいように動いている。そして、遠距離魔法士と召喚士達もここぞとばかりに上級魔法と中級魔法を絶え間なく撃ち込んで来る。再びアーヴィンの足元に雷神の矢が着弾し、土煙により視界が奪われる。アーヴィンも同じ手は食わないと、すぐさま風魔法を使う。土煙が晴れ、目の前には弓矢を構える遠距離魔法士が1人と、彼が構える矢に魔法を付与している2人の()()()

「なるほど」

 先程の魔力残滓では確認出来なかった付与魔法。それが、隠蔽(ヴェルベル)。必要魔力によって効果は変わるが、対象物の魔力だけを隠すものから、存在そのものを隠す事も可能だ。希少な闇属性の魔法で、人間に行使出来ない属性の魔法だ。しかし、それを行使出来るモノは存在する。常に人間達の傍に存在するが、認識するのはとても困難な存在。

「お前達2人の使い魔は、闇属性の精霊だった訳か。ただでさえ契約が難しい精霊と契約しているだけでなく、更に認識が難しく存在が希少な闇属性の精霊と契約している召喚士がいるとはな・・・」

 あっさりと見破られてしまい、苦し紛れに放った矢は簡単に弾かれてしまった。そこまで完璧に見破られてしまえば、もう彼等になす術は無い。降参の意を示す様に、全員が戦闘態勢を解いた。

「よし、そこまでだ。全員集合しろ」

 それを察したアーヴィンの一言で、後方で観戦していた騎士達が並ぶ。ざっと全員の顔を見て、今後の訓練の課題を淡々と述べていく。

「まずは、上級魔法を無詠唱で完全な座標指定も含めて、展開できるようになって貰う。これは最低ラインだ。その先としては、複合魔法や天災級の魔法も素質のある者には教えていく」

 アーヴィンの指示に、全員が乱れのない返事を返す。どうやら、自分は優れた部下に恵まれたようだと一安心する。

「それと、第11騎士隊の隊長だがニコラ・フェレス・ラ・センドール。俺の右腕として、その力を貸してくれ」

 アーヴィンが名を挙げた人物こそ、先程の試合で氷神の槍(フリージング・ランス)を無詠唱で放った魔法士だった。

 ニコラ・フェレス・ラ・センドール。

 センドール侯爵家の三男で、アーヴィンより5歳上の青年である。生家は侯爵家ではあるが、次期当主には長男が継ぐことが決定しているので、自分は軍に入り、自由な生活を送っている。そして昔、父親に付いて王宮を訪れた際に、たまたま覗いた窓から幼い少年と少女を見た。王宮で噂になっている2人だとすぐに理解出来た。新しく王家に迎え入れられるかもしれないと言う少年と、その彼と行動を共にする物好きな王女。金髪に空色と闇色の眼(オッドアイ)の少年と、天色(あまいろ)の髪に琥珀色の瞳を持つ少女。普通なら、真っ先に少女に目が行くだろう。だが、ニコラは少年の方に目を奪われた。

 その美しい容姿に、その美しい剣術に、その美しい魔法に。その瞬間から、少年がニコラの全てになった。

 その日から、二コラは今までよりも鍛錬に力を入れ始めた。彼に仕える為に。彼の為に戦い死ぬ為に。そして、遂にアーヴィンが十二星座の守護者(シュテルンビルト)の一翼に選ばれた際、同時に二コラも十二星座の守護者(シュテルンビルト)直轄部隊の一員に選ばれた。

 そして今、自分の全てであるアーヴィン本人から直々に部隊長に任命された。

「はい、御身の仰せのままに」

 一歩前に出て、跪く。

 大袈裟だとアーヴィンは苦笑いをするが、ニコラは微笑んでその苦笑を流した。

「ニコラ、俺の眷属になる気はあるか?」

 “眷属”。

 ソロモン72柱の悪魔と契約している者と主従契約をする事で、主が契約している悪魔の力を半分受け取る事が出来る。しかし、主への忠誠心が少しでも揺らぐと、悪魔に魂を喰われてしまうと言う大きなデメリットも存在する。たかが自分への忠誠心の薄れで、その者の命を簡単に奪ってしまう。さすがに、アーヴィンにも躊躇いという感情が顔を覗かせる。

「勿論です。私の全てを、貴方様に捧げます」

 だが、ニコラは即答した。何の逡巡も、躊躇いもなく是とした。彼の覚悟を見たアーヴィンは、ようやく自分も覚悟を決める。心の底からアーヴィンに心酔しているニコラ相手には、無用な心配だった。

「汝、我が眷属となりて、我が剣となれ。我が力の一端である、バアルの力を与える」

 さすがのアーヴィンでも、この魔法陣の構築には多少慎重になる。通常の魔法用や召喚用の魔法陣と違い、構築の難易度が数倍に跳ね上がる。魔法陣の展開に失敗すれば、眷属となる者の命は一瞬で消えるからだ。眷属契約の魔法陣を展開し、詠唱と同時に魔力を通す。淡く銀色に発光するそれがニコラを覆い、そのまま消えた。

 終わった。眷属の契約が成立した証拠として、彼の右手の甲に契約紋が刻まれたのを確信し、一息つく。

 その後、副官には希少な闇の精霊と契約している召喚士の1人であるレナード・ヴァーグを選抜。アーヴィンが不在時にはニコラ、ニコラも不在時にはレナードに指示を仰ぐ様に徹底させた。

「それじゃ、今日はこれで解散とする。この後のパーティでは、君達のお披露目もある。しっかり準備をしてくれ」

「「「はい!」」」

 アーヴィンの解散の号令で、騎士達はゾロゾロと訓練場から撤退していく。だが、アーヴィンはその場を動こうとしない。空虚な瞳で、何処かも分からない場所を見つめている。

「ヴェルソ様?」

 心配になったニコラが声を掛けるも、アーヴィンは反応を見せない。彼を訓練場に残して、場を去る選択肢も当然あったが、ニコラは何故かそれを選べなかった。このまま放っておいたら、アーヴィンが何処かに消えてしまう気がしたから。

「殿下!アーヴィン・ルーカス殿下!」

「・・・ああ、ニコラか。まだいたのか。お前もパーティの支度があるだろう。行かないのか?」

 何回目の呼び掛けで、ようやく反応した。

 疑問形ではあるが、アーヴィンの言葉からは、早くここから去れと言っている様に聞こえる。だがニコラは、アーヴィンの瞳を見つめたまま動かない。

「申し訳ございません、ヴェルソ様。訓練場を去れと言うのがご命令かもしれませんが、今回だけはそれを聞き入れる事は出来かねます」

「何故だ?」

「このまま貴方をここにおいて行ったら、貴方が消えてしまう様な気が致しました。私は昔、今よりも幼い貴方とペイシェス様を見かけた事があります。その時に見た、貴方の全てに惹かれました。私の全てを貴方に捧げると決めました。貴方が消えると言うのなら、私も共に消えましょう」

 ニコラの美しい桔梗色の瞳が、アーヴィンを見据える。軍人ではあるが、やはり貴族としての凛とした姿勢は、アーヴィンを圧倒する。しかし、1年前の自分を知っているのは驚きだ。だが、王宮に招かれたばかりの頃は、自分の身を守る事に精一杯だった為、周りの事を気にしている余裕は全くなかった。

「どうやら俺は、お前を信じ切れていなかった様だ。悪かった。だが、お前が後ろにいれば、俺はどんな伏魔殿(パンデモニウム)でも潜り抜けていける気がするよ」

 それだけ言って、ニコラを伴い、訓練場を後にする。誰もいなくなったその場に、爽やかな風が吹いた。それはまるで、アーヴィンの今の心境を表しているかようだった。


 その夜。王宮のホールではパーティが開かれていた。

 たくさんの貴族達が、煌びやかな衣装を纏い、様々な料理や酒を堪能している。美味い酒と美味い料理を楽しみながら、友人達との談笑。この光景だけを見れば、誰もが羨む空間だと言えるだろう。しかし、彼等の話題は専ら自分達の権力自慢と腹の探り合い。何処の貴族が没落しそうだ、何処の貴族が力を付けてきている。王宮の実態は、華やかで明るい空間とは正反対のどす黒い伏魔殿(パンデモニウム)である。

「今回、王家に迎え入れられたアーヴィン・ルーカス殿下は、元は平民の出身らしいじゃないか。両親も、数年前の戦争で死んだと聞いているぞ」

「いくら平民出身だからと言って、一応は王家の人間。外面だけでも敬意を払った方が安全だ。それに、あいつにはソロモン72柱の序列第1位であるバアルが宿っている。下手な事をして、主を傷付ければ私達の命はない」

「そうね。仮にもこの王国の王子。平民だろうが、生きてる間は従いましょう。何か綻びがあれば、すぐにつついて落とせば良いですわ」

 至る所でこんな会話が交わされる。従うとは言っているが、素直に話を聞き入れる気は毛頭ないだろう。何かと条件を付けて、自分達の都合が良くなる様にしたいと言う魂胆が丸見えだ。

 そんな時、会場に荘厳な音楽が響き渡る。新設された第11小隊と第12小隊の騎士達が、堂々とパーティ会場に姿を見せる。十二星座の守護者(シュテルンビルト)直轄部隊専用に仕立てられた、真新しい軍服を纏っている精悍な男達。そしてもちろん、彼等を率いる2人の少年少女はその先頭を歩く。2人共、未だ成人していないが、纏うオーラは大人顔負けの迫力がある。幼いながらにして十二星座の守護者になるまでの実力は嘘ではないと知らしめている。

「本日より、十二星座の守護者の一翼を担う若き才能だ。進歩の(プログレ・)水瓶座(アクエリアス) アーヴィン・ルーカス・ヴェルソ・フォン・ドランク。そして、暗闇の(テネーブル・)魚座(ピスケス) ラルア・ミーシャ・ペイシェス・フォン・ドランク」

 ドランク王国第32代国王、ケルティウス・アンリ・オルトロス・フォン・ドランクから名を呼ばれる。2人は軽く会釈をしてから、1歩前に出る。

「「十二星座の守護者の名に恥じぬ様、精進する所存です」」

「第11騎士隊小隊長 ニコラ・フェレス・ラ・センドール、副官 レナード・ヴァーグ」

「第12騎士隊小隊長 レギナルト・ベレンキ・フォン・フォーベック、副官 ルディ・クロイツァー」

 アーヴィンとラルアに呼ばれた4人の騎士が、2人のすぐ後ろに立つ。小隊長であるニコラとレギナルドは貴族出身、副官であるレナードとルディは平民出身。その格差を思い知らされる様に、副官の2人を批判する声が周りから聞こえ始める。わざと本人に聞かせる様に話すのだから、余計にタチが悪い。2人共気にしていない様に装っているが、本当はかなりしんどいだろう。平民出身が十二星座の守護者直轄部隊のメンバーに選ばれただけでも、相当な反感を持たれたと聞く。

「小隊長並びに副官は、俺達自身が彼等の実力を認めて任命した」

「その彼等を批判する事は、私達への侮辱と捉える。不用意な発言は控える事をすすめるわ」

 十二星座の守護者の一翼であり、王族に名を連ねる2人の発言に会場は静まり返る。こんな些細な事で、この化け物達からの恨みを買いたくない。魔力を持たないほとんどの貴族からすれば、子供だろうと化け物は化け物。都合よく操りたい反面、怒りの矛先を向けられる事を何よりも嫌がっている。

 だから、生き残るために狡猾さを身に付けた。それで今までやってきた。今回も同じだ。この少年少女(ばけもの)に気に入られれば良い。どれだけ心の中で罵倒しようと、表面上だけ()(へつら)っていれば良い。もちろん、本心でアーヴィンの王家入りを祝い、挨拶に来る者も少数だがいる。しかし、彼等は貴族というにはあまりにも力を持たない。複数の子爵や男爵の後援を受けても、正直何の意味も無い。それならば、ニコラの生家であるセンドール侯爵の後援を受けた方が何倍も良い。だが、センドール家は既に第三王子の後援に付いている。今更第五王子であるアーヴィンに乗り換える事は許されない。尤も、第三王子がこの世から去れば話は別だが、特にそう言った話に興味の無いアーヴィンは貴族からの後援を受けないつもりでいる。

「アーヴィン・ルーカス殿下、王家入りと守護者就任おめでとうございます。私、アルテマ・ローヴェル・フォン・サエルと申します。子爵の位を頂いております」

「あぁ、ありがとう」

 建前上の挨拶の波が終わり、休憩とばかりに壁に寄りかかっていたアーヴィンに声が掛けられた。先程から変わらない会話にうんざりしていたアーヴィンだが、一応返事だけはしている。しかし、その返事もかなり素っ気ない。今後、関わる気の無い貴族達と仲良くしても意味が無いという考えからだ。とことん権力に興味がないアーヴィンである。

「殿下には、後援の貴族がまだいらっしゃらないとお聞きしました。是非とも、我がサエル家が後援に付かせて頂きたいのですが。子爵と言えども、サエル家はそれなりの資産を有しております。その辺の子爵や男爵が複数付くよりも手厚くお支え出来ます」

 ニコニコしているアルテマだが、見る人が見れば分かる。その瞳の奥には、隠しきれない野望が見え隠れしている。一体、その笑顔の仮面に何人の人間が騙されただろうか。そんな事を考えてしまうくらいには、このアルテマと言う男は胡散臭い人間だった。

「いえ、遠慮しておきます。俺は、あなた方の悪事の盾にも隠れ蓑にもなるつもりはないので」

「!? 一体何の事でしょうか・・・?」

 一瞬動揺したように見えるが、それもすぐに引っ込める。それに気付いたのはアーヴィンしかいないだろう。その仮面の厚さは、子爵と言えどさすが貴族と言ったところか。普通の人から見れば、動揺したことすら気付かないだろう。

「この国で、違法薬物をばら撒いているのはお前達だろう?他にも、戦時に必要な物資の横領や税金にも手を付けているようだが?」

 推測をしながら話している訳ではない。カマをかけている訳でもない。実際、アーヴィンには分かって言っている。このアルテマと言う男が、ドランク王国に仇なしている事を。

 2人の会話に聞き耳をたてていた、周囲の貴族達がザワつき始める。

「・・・殿下、私には殿下が何を仰っているのか分かりかねます。詳しく説明願えますかな?」

 この状況でも尚、毅然と振る舞い続ける。王族入りをしたばかりの子供如きに、自分達の悪事はバレないと思っているか。本当に無実なのか。

 この騒ぎはパーティ会場全体に広がり、瞬く間に国王の耳に届く。

「アーヴィン・ルーカス。アルテマが、我が国に仇なしているという証拠はあるのか?」

 国王であるケルティウスが、自らアーヴィンに説明を求めた。それ程までに、今回の話は重要なのだ。戦時に必要な物資の横領など、一歩間違えればこの国を滅ぼしかねない。先代の国王達が築き上げてきたこの国が、滅びるかもしれない。それは許されざる所業である。どの代の国王も、自分の代で国を滅ぼす訳にはいかないと必死に国を守ってきた。その結果が、現在の地球最大の国面積を誇る大国への成長だ。

 この国の先行きなど興味はないが、他人の悪事の盾や隠れ蓑になるつもりのないアーヴィンは、素直に説明を始める。

「言葉で言っても意味ないと思うので、こいつに証明してもらいましょうか」

 そう言って、魔法陣を展開する。ソロモンの悪魔を召喚する為の魔法陣だ。実際に間近で悪魔が召喚されるのを見るのが初めてな者が多いだろうこの場で、何の躊躇いもなく最上級のレベルを簡単に上回る悪魔の召喚を行うアーヴィン。

「来い、(ゆき)

 アーヴィンの召喚に応じて姿を現したのは、ソロモン72柱序列35位で侯爵の地位を持つマルコシアス。欺瞞(ぎまん)を嫌う悪魔として知られており、アーヴィンは雪の名を与えている。細身の長身で、白銀の長髪、深い蒼い瞳。透き通るような白い肌も相まって、その姿はとても幻想的である。彼の前で嘘をつくなど、主であるアーヴィンですら不可能だ。

「お呼びですか?我が主よ」

「そこの男が、悪事を働いている様でな。お前の力、見せてみろ」

 かしこまりました、と1度だけ頷く雪。そのまま唖然としているアルテマに近付き、彼の額の前に手を翳す。その手の平を中心に、魔力が集まっていく。アルテマの記憶を読み取っているのだ。雪本人が直接記憶と思考を読み取る為、嘘を貫く事は不可能。どれだけ思考回路で嘘を流していても、記憶の引き出しを見られてしまえば意味はない。

「頼む」

「はい」

 ものの数秒で終わり、雪はアーヴィンの後ろに控える。そのまま、今しがた読み取ったアルテマの記憶をスラスラと話し出した。

「まず、この男は国中に違法薬物を流通させているのは確かです。と言っても、流しているのは主にスラム街の住人達。例え薬物で死んだとしても、事件にならない地域ですね。薬の種類によっては、人間としての理性を失う程の物もある様ですね」

 雪の発言に、その場から一切の音が消える。ソロモン72柱の悪魔達は、この国では初代国王の眷属として今でも国民達に強く信仰されている。誰も悪魔達の言う事に対して、否定などしない。いや、出来ないのだ。

「次に軍事物資の横領、これも間違いないですね。一気に盗むとバレますから、少しづつ横領しています。隠し場所は、サエル子爵家屋敷の地下迷路の最奥にある宝物庫の様です。武器や防具の類はもちろん、金品や糧食も中にはあるようです。戦時用の糧食は、比較的保存がきく為ですね。ごく稀にですが、盗賊や野盗に荷車を襲わせていた様です。頻発すると軍が派遣されるので、頻度が低いです。襲わせる時は、金品が荷物の大半を占めている時のみ」

 ここまで詳細に話され、アルテマの顔色は真っ青になっている。どう頑張っても、この状況は打破出来ない。既に悟っているのか、何も言おうとはしない。

「最後に、税金の横領ですか。これも事実です。確か、彼の治める土地の税収は年間で金貨10枚程度。その中から金貨2枚を国に納めている。領民の人数で計算しても、1人あたり銅貨1~2枚が平均のはず。それを、この男は銅貨5~7枚を納めさせています。この土地の民の平均収入は銅貨7枚〜10枚。恐らくかなりきつい生活を強いられているはずです」

「雪、よくやった」

 全ての説明を終えた雪は、綺麗に一礼をして魔界に帰って行った。その場には、パーティに参加していた貴族達が、呆然とアルテマを見つめている。

「これで分かったか?そこの男の悪行の数々が。確か、お前が毎年国に提出している報告書には税収は金貨10枚と記載されていたな。それだけ領民から搾取していれば、金貨10枚以上の税収があるだろうな」

「そんな・・・」

 床に膝を付いたアルテマが、悔しそうに唇を噛み締める。今までバレてこなかった事が、こんなにも簡単に且つ王族に名を連ねたばかりの子供に簡単に暴かれるなど、想像も想定もしなかった。

 この子供を盾にして、もっと手広く事業を行うつもりだった。万が一バレても、王子に命令されて仕方なくと演じるつもりだった。その計画が、こんな序盤で崩されるとは夢にも思わないだろう。たかが7歳の子供に、振り回されるなどあってはならなかった。アルテマ自身のプライドが許さなかった。

「くそっ!お前のせいで!!計画が台無しだぁ!!!」

 そう叫んで魔法陣を構築し始める。周りの貴族達が悲鳴をあげ、国王専属の護衛騎士達が国王の盾になり、一般魔法士と召喚士が結界を張る準備をし、十二星座の守護者(シュテルンビルト)直轄部隊の面々はそれぞれの指揮官の元へと集う。

「その程度の魔法で、この俺を倒せると思っているのか?」

 見たところ、超初級魔法。魔力を持っている者が、少し練習すれば簡単に習得出来るレベルだ。そう発したアーヴィンの左手には、一振りの剣が握られている。刃がアルテマの首筋に当てられ、いつでも首を刎ねられる状況である。

「アーヴィン・ルーカス。そいつは殺すな」

 ケルティウスの言葉を聞き、首筋に剣を当てたまま魔法を使う。

雷撃(トゥルエノ)

 アーヴィンが生み出した小さな雷はアルテマの首に直撃し、彼は簡単に意識を飛ばした。あと数時間もすれば目が覚めるだろう。狭く冷たい牢獄の中で、だが。

 アルテマの件で、少し騒動は起きたものの、すぐにパーティは再開された。貴族達が表面上、楽しそうに話しているこのパーティの主役は小さな少年少女。

 だが、アーヴィンは元々平民出身でこの様な派手な場には慣れていない。それ故に、気疲れして今はバルコニーに出て、外の空気に当たっている。昼間は天気が良かったから、星が見えるかと思ったが何も見えない。王宮や周辺の貴族の屋敷から漏れる光が星の輝きを邪魔しているのだ。故郷であるウエルシア村は、夜になるととてもよく星が見えた。それが大好きだったアーヴィンは、残念に思いながら溜息をつく。室内からは影になる場所を選んだ為、すぐに気付かれることはないだろう。

「レオ」

 一方のラルアは、王女として子供の頃からパーティに参加する機会が多かった。しかし、本人はあまりパーティを好まず、基本的に壁の華と化している。今まで何人もの大貴族が、彼女に見合いの話を持って来た。だが、ラルアはそれらを(ことごと)く断って来た。いまだかつて、顔合わせすら実現していない。父親である国王も周囲の大臣達も、手を焼いているのがよく分かる。だが、ラルアの美貌を外交に利用しようと言う魂胆が丸見えなのだ。ラルアとしては、政略結婚よりも、自分らしさを認めてくれるアーヴィンの隣が一番落ち着くらしい。

「マリンか。君まで抜けて来たら、さすがにマズイだろう。早く中に戻った方が良いんじゃないか?」

「平気よ。どうせ、みんな話題は同じだもの。私達がいなくても、勝手に貴族同士で会話は始まるわ。彼等が興味を示すのは私達って言う一個人じゃなくて、私達の持ってる肩書きなんだから。そんな奴等の相手をしてたら、気が滅入って仕方ないわ」

「ご尤もな意見だね」

 ラルアの言葉に肩を竦めて頷く。王女らしからぬ発言だが、彼女のこの素直さをアーヴィンは気に入っていた。幾ら初代国王の遺言とは言え、平民のアーヴィンを王家に迎えるのを嫌がる者は当然多かった。アーヴィンが王家に入ってから、陰湿な嫌がらせは日常茶飯事。私物を隠されたり、捨てられたり、盗まれたり。酷い時は、アーヴィンの私物を自分の子供の私物だと言い張り、アーヴィンを盗っ人だと騒ぎ立てた貴族もいた。食事に毒を混ぜられた事もある。王家には専属の料理人がいるが、彼等を買収し、アーヴィンの食事にだけ毒を盛らせた。幸いにして、契約していた悪魔達が毒入りだと気付いたので、それを口にする事はなかった。そんな状況で幼い彼が、そんな大人達の醜い罵り合いに耐えられたのは、ラルアがいたからだった。彼女は、アーヴィンの出自を知って尚、普通の友人の様に接してくれた。多くの悪魔と契約を交わしているのに、喰われない“化け物”ではなく、アーヴィン・ルーカスとして自分を見てくれた。事実上は義兄弟にあたる2人だが、彼等の感覚としては幼馴染に近い。一緒に剣や魔法の稽古もしたし、王宮の者達に内緒で城下で遊んだりもした。そんな、子供なら当たり前の時間がとても楽しかった。

 その幸せな時間が、すぐに壊れる事になるとは、この時はまだ誰も知らなかった。



 数年間に渡り続いている大戦争期。

 その中で、歴史上最も規模の大きな戦争が勃発しようとしていた。相手はドランク王国の西側に隣接する軍事国家であるブレイズ皇国、戦場はドランク王国領のウェルズ草原。視界を遮る障害物は無く、戦略よりも戦力の差が顕著に出やすい場所だ。

 ドランク王国の戦力は20万。その内、召喚士が2万、魔法士が5万。十二星座の守護者(シュテルンビルト)の面々は1人残らず、戦場に立っている。対するブレイズ皇国の戦力は約10万。召喚士と魔法士の数を合計しても、2万もいないと推測されている。

 ドランク王国側の野営地には、至る所に天幕が張られ、戦争に召集された騎士達が準備の為に走り回っている。そこそこ大きめに陣取ったはずだが、かなりの混雑で思う様に動けない。その野営地の中でも、一際大きな天幕が存在した。そこは、ドランク王国の指令本部であり、現在は十二星座の守護者(シュテルンビルト)の10人と、数人の参謀が集まり、軍議を行っていた。参謀がいると言っても、守護者達は軍略にも長けている者が多い。その為、参謀達は主に記録員に近い存在と化している。手分けをして必死で記録用の羊皮紙に、軍議の記録を記している。

「戦力差は歴然です。ここは、一般騎士達を複数の部隊に分け、連続的に攻撃を仕掛けて敵を休ませない方が得策だと思います。騎士達が交代する際に、召喚士と魔法士が魔法で援護射撃。背中から刺されない様に牽制します。守護者の直轄部隊は、左右に2部隊づつと中央に5部隊を配置。残りの1部隊は本陣の守護。本陣の守護には、一般騎士、召喚士、魔法士をそれぞれ500人配置すれば問題無いレベルで守り切れるでしょう。敵戦力の半分も削れば、降伏宣言をして来るはずです」

「攻めるより、守った方が良いのではないか?相手の疲労がピークになった時点で、一気に攻め込む。こちら側の被害も、かなり軽微になるはずだ」

「もういっそ、私達が終わらせちゃった方が早くない?」

「それは無理ですね。これ以上、守護者を喪うわけにはいきません」

 長らく平行線の話し合いが続く。全員が自分意見を曲げるつもりはないらしい。しかし、何処からか自分達を探す騎士の声と足音が聞こえてきた。

「至急報告です!十二星座の守護者様方は、何処におられますか!?」

 敵陣営の調査に行っていた、調査役の騎士だ。その証拠となる、赤い布を腕に巻き付けている。本人が至急だと言うのだから、本当に急いでいるのだろう。しかし、陣内は他の騎士達も慌ただしく動いているので、思う様に進めない。

「ここだ」

 代表してアーヴィンが天幕から出て、自分達の居場所を彼に知らせる。それを確認した伝令役の騎士は、急いで駆け寄り、膝をつく。

「報告です!ブレイズ皇国陣営に動きがありました。戦力差で不利を悟り、防衛に回る様です。陣営を囲む様に柵を立て始め、柵の内側に堀を作り始めました!7割近い魔法士と召喚士を1ヵ所に集めている為、魔法結界の準備もしていると思われます!」

 彼の報告で、作戦は決まったも同然だろう。伝令役の騎士を労い、彼に水と休息を与える様に護衛の騎士に命じる。

「作戦が決定した!至急、各部隊長と副官を呼べ!お前達はここに残り、集まった部隊長達に作戦を伝えろ。尚、今回の作戦の総指揮官に光の獅子座(ルーメン・レオ)のリオン、中央部隊の指揮官に夜明けの牡羊座(オーブ・アリエス)のベリエ、右翼部隊の指揮官に分割の(ディヴィダー・)双子座(ジェミニ)のジェモー、左翼部隊の指揮官に知恵の(ヴァイスハイト・)乙女座(ヴァルゴ)のヴィエルジェを据える!」

 アーヴィンの鋭い声が、天幕の中に響く。命令を受けた伝令役の騎士が、天幕を飛び出して行く。陣営内に散っている、部隊長や副官を集めるのは時間がかかる。だが、少しでも早く集めて作戦を伝達しなければならない。

「作戦が決まりました!各部隊長と副官の皆さんは、至急指令本部にお集まり下さい!繰り返します!作戦が決まりました!各部隊長と副官の皆さんは、至急指令本部にお集まり下さい!」

 陣営内を駆け回り、召集を掛けていく。

 十二星座の守護者の面々も、自分達の直轄部隊の元に急ぐ。小競り合い程度の戦争であれば、直轄部隊長に任せるが、ここまで大規模な戦争では自ら前線に立ち、騎士達の士気を上げなければならない。更に、守護者達が指示する事で、直属の部下である部隊の人間に、その場での細かい指示変更も可能となる。

「二コラ」

「はっ、ここに」

 アーヴィンも他に守護者同様に、天幕を出て、自分の副官の名を呼ぶ。天幕の入り口付近で待機していたのだろう。すぐに反応がある。ニコラが付いてきている事を気配のみで確認すると、淡々と作戦を告げていく。

「出るぞ、中央部隊だ。一般騎士達を複数の部隊に分けて、連続的に攻撃を仕掛ける。俺達は、彼等の後退時の援護。最前線ではないが、危険な事に変わりはない。決して無理はするな。致命傷になる前に退け。誰1人として死ぬ事は許さない」

「かしこまりました」

 アーヴィンからの指示を、一言一句聞き漏らす事のないニコラ。

 全てを伝え終えたアーヴィンは、それからは何も話さない。自分がやらなくても、後はニコラが全てやってくれるからだ。作戦の伝達に関しては、自分が出しゃばるよりも、ニコラが伝えた方が何倍も分かりやすい。采配も同様だ。非常事態が起きた時だけ、自分が対応すれば良い。自分が率いる部隊だが、ここまで自由に出来る指揮官は他にはいないだろう。つくづく、ニコラが優秀だと思い知らされる。

 第11騎士隊は、陣営の端に待機していた。陣営の中心に設置されている軍議用の本部からは少々距離がある為、この辺で待機している騎士はほとんどいない。それ故か、騎士隊の面々は待機時間を各々好きなように過ごしていた。と言っても、剣の手入れや魔法陣に関する議論など。雰囲気は穏やかだが、誰一人として戦争前だと言う事を忘れてはいない。すぐにでも動ける様に、常に気を張っている。

「作戦が決まった。すぐに用意をして、持ち場に向かう。急げ」

 そこに、軍議に赴いていたアーヴィンとニコラが戻って来た。

 決して張り上げた訳ではないアーヴィンの声は、喧騒の中でもよく響いた。指示が出ると、全員が一斉に行動を開始する。顔合わせ時に決めた小隊ごとに、小隊長の指示に従って準備を進める。小隊長の指示が無くても、自分で判断出来る事はしていく。自分で判断出来かねる事だけ、小隊長やニコラにあげる。出立前の準備の指揮は全てニコラに一任している為、アーヴィンまで話があがって来る事はない。

 自分専用の天幕に入り、支度を始める。軍議の最中は堅苦しいからと着ていなかった軍服に袖を通し、ボタンを一番上まで閉める。そして、脇に立て掛けている愛剣を鞘から抜き、手入れを始める。毎日の様に手入れをしている為、切れ味が鈍っているという事はあり得ない。

 しかし、彼が持つ剣は普通の剣とは異なるオーラを放ち、刃の部分は漆黒に染まっている。

 魔剣 ダーインスレイヴ。血を好む殺戮の魔剣。

 魔剣にはそれぞれが意思があり、使用者を選ぶと言われている。その中でも、ダーインスレイヴはかなりの偏屈屋で、誕生してから使用者と認めた者はアーヴィン以外には存在しないらしい。過去の文献を漁っても、ダーインスレイヴが人間に振るわれたという記録は一切残っていないのだ。文献が残っている理由としては、過去に何人もの人間がダーインスレイヴを握ろうとしたから。だが所有者だと認められず、全員がダーインスレイヴに呑まれた。そしてようやく、アーヴィンの手の中に収まったのだ。その為、偏屈だからと手入れを怠ってダーインスレイヴから見放されてしまっては、笑って済まされる話ではなくなる。いつもより丁寧に磨き、鞘に収める。

 全ての身支度が終わると、地面に座り、目を瞑る。

「(作戦は決まった。俺はどう動けば良い。部隊は二コラに任せても問題はない。どう動けば、最小限の被害で勝てる?これ以上、人的被害は出したくない。考えろ、考えろ、考えろ)」

 思考の海に沈んでいく。藻掻けば藻掻くほど、深く深く沈んで行きそうになる。

 今更、軍全体の作戦を内容を微調整する事は不可能だ。作戦を変える場合、まずは総指揮官である光の獅子座(ルーメン・レオ)に話を通す必要がある。逼迫しているこの状況下で、そんなまどろっこしい事はしていられない。何より、話が通ったとして、末端の騎士まで伝達されるのにどのくらい時間がかかるか。

 部隊を他の十二星座の守護者(シュテルンビルト)に預け、自分だけが別行動をすると言う選択肢もある。だが、守護者達の指揮の執り方は、正に十人十色。下手に預けると、部下達が大混乱を起こすだろう。ニコラが上手く訳して伝達するだろうが、そんな手間を戦時中に毎回かけるなど、それこそ愚の骨頂である。唯一例外があるとすれば、アーヴィンとラルアの部隊だろう。アーヴィン率いる第11部隊と、ラルアが率いていた第12部隊は交流が深かった。指揮官同士の仲が良かった事もあり、週に1回は2部隊合同訓練を行っていた。だからだろうか。アーヴィンとラルアの指揮の執り方は何処か似通っていた。お互いの部下達も、アーヴィンとラルアであれば、どちらが指揮を執っても混乱する事なく動ける。

 これでアーヴィンの単独行動の選択肢は消えた。さあ、どうする。

「ヴェルソ様、準備が整いました。いつでも行けます」

「分かった。すぐに出る」

 しかしそこで、天幕の外から二コラが声を掛ける。

 今更深く考えた所で、全部隊に指示を通すのは不可能に近い。とりあえずは考えるのを辞め、立ち上がる。

 軍服の上からマントを羽織り、ダーインスレイヴを腰に差す。

 天幕を出ると、直轄部隊の騎士達が整列していた。他の部隊が30分かかる出陣準備を、ものの10分で完了してみせたのだ。他の守護者達の部隊の騎士も精鋭で連携は上手いが、アーヴィンの部隊は連携を取るのがずば抜けて上手い。誰が何処でどんな作業をしているのかを即座に判断して、自分のするべき事を決める能力が高い。

 ひとえにアーヴィンのカリスマ性と、二コラの指導の賜物である。

 用意されていた愛馬に跨り、鞘から抜き放ったダ―インスレイヴを頭上へと掲げる。漆黒の剣は、禍々しいオーラを放つが、不思議と悪意や殺気は感じられない。

 綺麗に整列した騎士達に視線をやり、アーヴィンは静かに宣言をする。

「これから配置につく。この戦争で俺は誰も死なせるつもりはない。決して目の前に敵に怯えるな、決して怯むな。お前等の前には俺がいる。この戦いに勝利し、平和をその手に収める為に」

 張り上げたわけでもないアーヴィンの声は、しかし確実に騎士達の耳に届いた。

 彼の宣言に応える様に、騎士達が雄叫びをあげる。

 全ては、自分達の指揮官を勝たせる為に。

 全ては、故郷で待つ家族の元へ帰る為に。

 アーヴィン・ルーカス・ヴェルソ・フォン・ドランク率いる第11騎士隊は、戦地へと足を進めた。


 王国歴994年、遂に後世にウェルズ大戦争の名で語り継がれる戦いが幕を開けた。

 最前線で戦う一般騎士達を3万弱づつの5部隊に分け、頻繁に最前線戦闘部隊を入れ替える事で、騎士達の体力温存を図る。彼等の入れ替わりのタイミングで援護するのが、召喚士と魔法士の役目だ。撤退時、敵に背中から刺されない様に、魔法を行使して敵国兵士を足止めしつつ、確実に仕留めていく。

「万物を貫く槍となれ。全てを貫き、我が矛となれ。それは神の怒りなり。神の怒りが降り注がん。その怒りを我が遣おう 雷神の槍(ライジング・ランス)!」

「万物を貫く槍となれ。全てを貫き、我が矛となれ。地獄の業火で全てを貫け。汝を迎える準備はある。裁きを享受しろ 炎神の槍(フレイム・ランス)!」

 炎と雷の上級魔法である、雷神の槍と炎神の槍が、敵陣営に容赦なく降り注ぐ。至る所で爆発が起き、周囲にいる敵国兵士も纏めて薙ぎ払う。

 味方騎士達に当たらない様に、絶妙にコントロールをして上級魔法を放つ第11騎士隊の面々。この上級魔法を完璧にコントロールするのに最低でも5年はかかると言われている。しかし、彼等は全員そのコントロールを1年で習得した。中には、複合魔法を使えるようになるまで成長した者もいる。今回の作戦では、より強い威力の魔法が最優先だ。故に、無詠唱でも放てる上級魔法に完全詠唱をしている。詠唱と魔法発動のタイミングを上手くズラしている為、詠唱中に無防備になると言う欠点を部隊内で補いあっている。

 しかし、ブレイズ皇国は完全に防衛に徹している。

 想像以上に戦果が出ていないのも、また事実だった。

「邪魔な結界だな…」

「気にするな!構わず撃ってれば、その内綻ぶ!相手の魔法士や召喚士だって、無尽蔵の魔力を持っている訳じゃない。数的には俺達の方が有利なんだ。その内、魔力欠乏で結界も消える!」

 正面と左右から結界に魔法を放っても、その結界はびくともしない。通常の結界は風属性。炎属性の魔法をぶつければ、多少なりとも綻びは出る。

 規模にもよるが、これ程の戦力差があって、綻びが出ない風属性単体の結界は存在しない。であるとすれば、残る可能性は1つ。

「複合魔法か…」

 ニコラが気付く。

 複合魔法とはその名の通り、複数の属性の魔法を組み合わせて展開する魔法の事だ。目の前の結界には、炎属性の魔法でびくともしないことから、水属性魔法との複合魔法とみて間違いないだろう。

不可侵の(ミラージュ・)聖結界(リフレクター)だな」

「ヴェルソ様」

 今まで後ろで戦況を見ていたアーヴィンが、前線で指揮をしていたニコラの横に来ていた。

 不可侵の聖結界。

 風属性と水属性の超上級複合魔法だ。結界外からの介入を許さず、逆にそれをはね返してしまう。単独で展開するにはかなりの魔力を有するが、大人数で展開すればそこまで難しくない魔法である。しかし、結界を張っている間は何も出来ない為、大人数が非戦闘要員に成り下がる。かなり使い所が難しい魔法でもあるのだ。

「ニコラ、指揮官は見えるか?」

 アーヴィンが、隣に立つニコラに問う。

「もちろんです」

 二コラは元来、他人よりも視力がずば抜けて良い。そこに、眷族として契約しているバアルの身体強化により視力をあげる事で、半径5kmであれば正確に自分の視界にとらえる事が出来る。

「結界を壊す。指揮官だけを討て」

「御意」

 ニコラの返事を聞き、アーヴィンはゆっくりと右腕を上げる。その手の平を中心として、2重の魔法陣がもの凄い速度で構成されていく。

「大地を燃やし尽くす地獄の業火 全てを呑み込み、その熱で溶かせ 何物もその業火に耐えることは出来ない 抗う術なく呑み込まれるのみ その息吹は全てを凍らせる 溶けることのない永久氷結 その息吹に呑み込まれた全てはその命を散らす 生物の存在すらも許さぬ世界 絶対零度の(アブゾリュート・)焦熱地獄(インフェルノ)

 1つは氷の上級魔法である絶対零度の咆哮(アブソリュートブレス)、1つは炎の上級魔法である焦熱地獄(インフェルノ)

 全てを一瞬にして凍らせる絶対零度の領域と、全てを燃やし尽くすまで消える事のない地獄の業火。

 この2つの魔法を掛け合わせると、炎属性と氷属性の天災級複合魔法になる。全てを凍らせる真っ白い地獄の業火が不可侵の(ミラージュ・)聖結界(リフレクター)を少しづつ凍てつかせる。

 こうなってしまえば、後は氷を割るだけ。

 アーヴィンの指示で、騎士達が一斉に魔法を放つ。

 天災級魔法は大人数の魔法士や召喚士を以てしても展開する事は不可能。開発した本人と、魔法陣の仕組みを理解できる規格外な魔力を保持する人間でないと、身体がもたないのだ。

 ドランク王国で天災級魔法が使えるのは、十二星座の守護者(シュテルンビルト)ではアーヴィン、マリンに加えて3人のみ。ドランク王国第二王子も使えるとの噂だが、使用しているのを目にした事がある者はいない。

「行け」

「はっ!」

 遂に、結界が割れた。

 アーヴィンの声で、ニコラが瞬時にブレイズ皇国陣営で突っ込む。あまりの早さに、誰も彼には追い付けない。

「(あいつだ)」

「(えぇ!)」

 眷族として、魂に宿らせているバアルの半身と会話をしながら、的確に標的を見極めていく。指揮官以外は眼中にない。後ろにいる一般騎士や、残っているアーヴィン達が一掃してくれるだろう。自分はアーヴィンの命令通り、指揮官の首のみを狙えば良い。

「っ!」

 左手に握っていた槍を構え、そのまま横に一閃。

「がっ!?」

 それだけだった。

 ニコラの接近に気付かず、誰にやられたかも分からないまま1人、また1人と指揮官の命が絶たれていく。指揮官を失った軍隊で統率など取れる筈もなく、烏合の衆と化す。それを、後ろから迫るドランク王国軍の騎士達が追い詰める。最早、一方的な殺戮。投降した者だけは殺さずに捕虜として捕らえ、抵抗した者達は容赦なく殺していく。

 どの部隊も守護者達の指示が上手く通っている様で、綺麗に連携が取れている。一般魔法士や召喚士達が絶え間なく初級魔法や中級魔法を撃ち続け、要所で十二星座直轄部隊の魔法士と召喚士が上級魔法を撃つ。

 アーヴィンの考案した作戦が見事にハマった。


 ブレイズ皇国の戦力を3分の1程削った頃だろうか。

 部隊指揮官は既に全滅、残るのは総指揮官と周りの参謀達となっていた。もちろん指揮官の大半を殺したのは、ニコラである。その彼もある程度の所でアーヴィンの元へ戻って来ていた。あまり深追いすると、今度は自分がブレイズ皇国陣営から抜け出せなくなるからである。

「ヴェルソ様!ブレイズ皇国から降伏宣言が届きました。本陣の総司令部までお越し下さい!」

「そうか。ニコラ」

「はい。総員攻撃を止めろ!敵が降伏した!これ以上の攻撃は規律違反として、処罰の対象とする!」

 ここから先の指示は全てニコラに任せ、アーヴィンは本陣へと移動する。

 漸く終わったのだ。不利益しか生まない戦争の時代が。

 最後の戦いが、こんなにもあっけなく。1日足らずで終わってしまった。ウェルズ戦争よりも小規模の戦争が、1週間続いた事だってあった。3日3晩寝ずに戦った事だってある。

 たくさんの犠牲を出し、終幕はこんなにもすぐだった。


 そして、たくさんの騎士達の犠牲と、2人の偉大な12星座の守護者(シュテルンビルト)の犠牲、1人の美しい王女の犠牲によって、世界は大戦争時代を終えた。




 戦争が終わり、王都に凱旋した騎士達は、王宮に集まっていた。今回の戦争の論功を受ける為だ。

 参列者は、王族、貴族、十二星座の守護者と錚々たる面々だ。1人づつ名前を呼ばれ、それぞれの活躍に合わせた報酬が渡されていく。

「最後に、二コラ・フェレス・ラ・センドール。今回の貴君の活躍は大した物だ。その活躍を称え、金貨3000枚を与える。そして、空席の十二星座の守護者(シュテルンビルト)の座を与える。後日、正式な任命式を執り行う」

「!?」

 ケルティウス・アンリ・オルトロス・フォン・ドランク。第32代ドランク王国国王の口から、とんでもない言葉が出て来た。さすがのニコラも驚いて顔を上げる。

 自分が十二星座の守護者になったら、アーヴィンに仕える事が出来なくなる。今までアーヴィンに仕える為だけに、努力をしてきた。彼の為に戦って、彼の為に死ぬ事を生きがいとしてきた。今更、自分のその生きがいを捻じ曲げたくはない。そもそも、自分は召喚士ではない。今からソロモンの悪魔を従えるなんて、到底無理な話だ。

 ちらりとアーヴィンを見ると、何も言わずに首を縦に振るだけだった。

 果たして、それが何を意味するのか。ニコラの混乱した頭では、その時は理解する事ができなかった。


 その場はすぐに解散となり、王宮の外へと出て行く。

 戦後処理という最後の面倒がありはするが、これでようやく平和な時代が来るのだ。ゆくゆくは、十二星座の守護者などという絶対的な戦力など必要にならないくらい平和になれば良い。それが、彼女の望んでいた世界だから。

「ヴェルソ様」

 王宮の庭で空を見上げていたアーヴィンに、ニコラが声を掛ける。先程の、首肯の意味を聞く為だろう。

「ニコラ、お前と眷族の契約を解消する」

「え…?」

「用済みだ」

 光の宿っていない冷たい目で、ニコラを見つめる。ニコラが動揺している間に、バアルの眷族契約を破棄する。これでニコラは、バアルの力を使えなくなった。彼が何も言わないのを良い事に、アーヴィンも何も言わずにその場を立ち去る。

「マリン、やっと終わったよ。これからは、君の望んでいた平和な時代が始まるんだ…」

 懐から彼女が愛用していた髪飾りを取り出し、それを見つめる。

 東方の島国から渡ってきた花の象った髪飾りだ。平和の象徴とされているその花を、彼女はひどく気に入っていた。そして、彼女の天色(あまいろ)の髪に、この花の美しい淡いピンクは良く映えた。



 "アーヴィン・ルーカス・ヴェルソ・フォン・ドランクは、12星座の守護者(シュテルンビルト)の座の1つである、進歩の(プログレ・)水瓶座(アクエリアス)の座を返還する事をここに表明する―――"。

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