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93 ルドガーの探し人


 盲人のルドガー・オルセン・パーカーは杖を突きつつ戦場を駆けていた。齢七十を越える盲目の老人だが混乱した戦さ場をさまよい歩いているわけではない。

 明確な意思を持ち、脇目も振らず颯爽と歩みを進めている。その様は盲た老人には見えない。


 伝説的な暗殺者。死の道ルドガー・オルセン・パーカー、盲人ではあるが居合の達人である。見えないが故に死角が無い。何故ならその妙技は視覚に頼ったものではないからである。聴覚、嗅覚、触覚それらを使い相対する者を察知する。それだけでは無い、気配を読むのだ。相手が動いた時に起こる微かな空気の流れ、起こす風、さらには殺気、それらの兆しを読んでルドガーは動く。

 気配を気取られないよう動きを止め息を殺しても無駄な事である。ルドガー自分が発する音で相対する者の位置を測る事も出来る。自身の持つ杖で地面を突いた時に出る音。その反響音で周囲の大まかな状況を知る事が出来る。何処に壁があり、家が建っており、人がいるのかを察知する。果ては自分の発する声や吐息の揺らぎで相手との距離を測れる。轟音とどろく戦場であれば多少は精度が落ちるが、敵からすると脅威である事に微塵も翳りが無い。


 ルドガーは見えている者よりも視界が明るいのだ。そのルドガーが道々襲いくるオーク共を薙ぎ倒しながら向かう先は激しい剣戟の音のする場所である。剣と剣がぶつかり合う高い反響音。そして片方の剣が折れる音。一拍置いて再び金属のぶつかる剣の響き。

 ルドガーはそこでピンときた。剣を折りながら強敵と戦う者。それはトマス・クルス・メイポーサ。冒険者ギルドのマスター上級上位の戦士トムであると。それであれば自分の出番であると確信したのである。


 オーク共を斬りつけ両断しながら辿り着いた先には果たしてトムとレンミンカイネンがいた。今まさに裂帛の気合いを入れてトムが大上段からレンミンカイネンの頭上に剣を振り下ろしさんとしている最中である。


 しかしトムの振り下ろした剣はレンミンカイネンに辛くも防がれ弾かれる。競り負けたのはトムの剣であった。レンミンカイネンの剣に弾かれその刀身は真ん中から真っ二つに折れてしまう。


 それもその筈、トムの振り下ろした剣は魔鋼の剣である。相対してレンミンカイネンが攻撃を受け止めた剣は白剣トゥオネラである。その魔剣は神秘の鍛治師と称されたイルマリネンが星鉄である月銀を鍛えて作られたとされており無類の強度を誇る。この天から降ってきたとされる月銀を鍛え作られたトゥオネラは自己修復する性質を持っており、その強度と相まって絶対に折れないと言われている。


 トムは折れた剣をその場に落とし即座に後ろへ飛びすさりレンミンカイネンと距離をおく。当のレンミンカイネンは変わらず冷徹な目でトムを見据えているが、その表情はやや憐憫をたたえた物憂げなものとなっている。


 そこにやにわに飛び込んで来たのはルドガーであった。音も無く二人の間に割って入ったと思うや白刃を翻しレンミンカイネンに斬り結ぶ。


 嵐の様に推参し、竜巻の様に刃を繰り出すルドガーの攻撃をレンミンカイネンは驚く様子もなく冷静に受け流そうとするが、それは最初の二手三手だけであった。

 レンミンカイネンはこの無粋な闖入者を即座に斬り捨てるつもりでいたが、レンミンカイネンの反撃を許さぬこの闖入者の間断無い連撃に防戦一方となる。十合ほど斬り結んだところでレンミンカイネンは思わず後ろに飛び退る。


 追撃を警戒し大きく距離を取り構えなおすレンミンカイネンの眼前にいるのは小兵の老人である。さらに驚くべき事にこの老人は目が見えない様である。この老人があの苛烈な連撃を放ったのかと思うとレンミンカイネンは驚きに一瞬目を見開く。が、すぐに冷静さを取り戻すと腰を落とし追撃を牽制するかの如く鋭く深く構えなおす。


 レンミンカイネンの鋭い殺気を感じたかルドガーは更なる追撃の手を止める。


「おっと、こりゃいけないね。何て隙の無さだ。不用意に飛び込んだら斬られちまうね。」


 そう言ってルドガーは手に持つ白刃を鞘に納めて杖に戻す。その飄々とした態度をみてレンミンカイネンは軽く感歎の息をもらす。


「ご老人。先程の剣技、驚嘆に値するが真剣勝負に割って入るのは些か無粋ではないか? それとも何か、そこのトマスと代わって貴方が私の相手をするのか? 」


 そう言ってレンミンカイネンはルドガーの持っている杖を一瞥する。それはルドガーの持つ暗器である仕込み杖だ。その杖の中にはエルフの秘宝である日緋合金の刃が納められている。

 その視線は暗にトムには後が無いと言っていることは明白であった。いくら武器を持ち替えてもトムの攻撃はレンミンカイネンに通用しなかった。武器が壊れる度にトムには新たな武器を選ばせる時間を与えていたが、如何様にしてもレンミンカイネンの攻勢は揺るがなかった。

 これ以上は幾ら戦っても先は知れていると思い、レンミンカイネンはそろそろトムに引導を渡そうかと思案していたところであった。

 ここは戦場であり、己の使命は人間の抹殺である。いつまでも遊んではいられない。目の前の男は武器に恵まれていなかった。白剣トゥオネラに匹敵する武器を持っていれば互角に戦えたかも知れないが、ここは戦場であり運命は厳しく残酷である。レンミンカイネンはトムの強さと才能を惜しむ気持ちがあったが、強者との別れもまた己の運命として受け入れねばならないとも思っていた。ルドガーが代わりに戦うのかと問うたのもその様な複雑な感情が入り混じっての事である。


「いえいえ、私じゃあなたに敵いませんよ。今何号か刃を交わして痛感しました、私じゃもう勝てませんねぇ。まったく歳は取りたくないものです。」


 そう言ってルドガーはあっさりと負けを認めてしまった。それを聞いて眉根を寄せて怪訝な顔をするのはレンミンカイネンである。


「この場に割って入ってきて私に刃を向けたにもかかわらず戦わないと? 」


「そうです、私は戦いません。戦うのはこちらのトムさんですよ。」


「馬鹿な、その男はもう武器が無いのだぞ。」


「いえいえ、とっておきのがあります。」


 そう言うやルドガーは自分の持っている杖をポンとトムに投げて渡す。トムは驚き意外な顔をしてそれを受け取ると鞘から刃を抜刀する。つやめく白銀のその刃がトムに応える様にキラリと光る。


「トムさん。その刀をあなたに託します。私も歳を取った。その刀を存分に扱えるのはトムさんあなたですよ。」


「ですがこれはルドガーさんが授かった秘宝日緋合金の刀です… 」


 ルドガーはスッと手を前に出しトムの言葉を制するとにっこり笑う。


「そうです、それは日緋合金の刀です。トムさんあなたが思う存分振るう事の出来る刀です。なんの気兼ねも負い目も無く、思いっきり振るってご覧なさい。」


 その言葉を聞いてトムはハッとする。これまでトムは本気で剣を振るう事が出来なかった。トムの尋常ならざる力で剣を振ると、トムの力に耐えきれずどの剣も根本から折れてしまったからだ。だが今トムの手の中にあるのは日緋合金の刃である。折れる事のないエルフの秘宝で鍛えられた刃である。


 トムは思いっきり力強く日緋合金の刀の柄を握りしめた。トムは思わず笑みをこぼす。その笑顔は屈託のない子供のような笑顔であった。欲しかった玩具を与えられた子供の様な笑顔、そう形容するのがまさにぴったりであった。


 そして無造作にその刀を振り抜く。ゴオと刃を振ったとは思えぬ轟音が響く。それに反応したのはレンミンカイネンである。ピクリと片眉を動かすと、気付かぬうちにほうと嘆息していた。


 トムとレンミンカイネンが目を合わせた瞬間、お互いはもうその場に居なかった。

 ガアンと金属同士がぶつかり合う激しい金属音が響く。


 トムが思う存分武器を振り下ろしレンミンカイネンがそれを受け止めた音だった。そこから目にも止まらぬ速度で撃ち合う二人。一拍で十合は撃ち合っただろうか。

 トムもレンミンカイネンまでもが笑みをこぼしていた。それはお互いが自らの力を存分に振るえる喜びに満ちた笑顔だった。


 楽しそうに弾む轟音を聴いてルドガーはニコリと笑うと。踵を返してその場を離れる。もうこの場に自分は不要だと判断したのだ。さらにいうとルドガーにはまだ訪れないといけない者達がいるのだ。


 今はもう徒手空拳であるルドガーは道々でパンパンと掌を打つと、その音の反響音を感じ近くで事切れているオークハイの持っていた槍を手を合わせつつ拾い上げる。


「悪いがあんたの槍をちょいとお借りしますよ。死んじまっちゃ良いも悪いも無いもんだ。迷わず天に召されるんですよ。」


 ルドガーはペコリと頭を下げ礼をすると二、三槍を振るって「まあ、なまくらでも無いよかマシだね」と独り言ちつつ、槍を杖代わりに地面を突きつつその場を颯爽と去っていった。



 パイリラスとフィリッピーネはいよいよオークハイ共の攻勢の波に押され窮地に陥っていた。倒しても倒しても湧いて出てくるオークにオークハイ共に、たった二人だけでは数で圧倒的に不利である。


 ビローグの起こした城壁の大破壊の爆風でウンドの冒険者達は散り散りになってしまっている。ロンを爆風で吹き飛ばされた者達は少なからずいるのだが、それだけでお互いを見失う事があるのかと言えば、この混乱を招いたのがビローグであった事が問題であった。

 ビローグが爆破したのは城壁だけでは無い。ウンドの街に流れていたマナをも乱したのである。これはヴァリアンテのミスでもあった。いや彼女の落ち度にするのは少々酷でもあるのだが。

 何故ならこの時点ではヴァリアンテのマナが枯渇していたからである。普段は膨大な量のマナをその身に宿すヴァリアンテであるが、この時はウンドの住人達を守るためにマナを分け与えていたのだ。二千五百はいるであろうウンドの街の住人達に。


 それ故にヴァリアンテはビローグにウンドの街に流れるマナを掌握されてしまっていたのだ。

 不意にマナを乱されウンドの冒険者達は一瞬ではあるが魔力と方向感覚を狂わされ散り散りになってしまったのだ。

 しかしビローグが不用意にマナを乱した為にオークやオークハイまでも路頭に迷う事になったのだが。


 その最中でパイリラスはまさに執念と愛の力でフィリッピーネを見つけ出したのだ。


 だがこれまで冒険者達は城壁の割れ目に陣形を展開し協働してオークの討伐を行っており、なんとか優勢に防衛戦を行っていたのだが個々にバラバラで戦っては数の不利は否めない。

 戦況を覆す余程の戦力を持った者がいれば話は違ってくるのだが。


「フィリッピーネ様! 私の側を離れないで下さい!」


 そう言いつつパイリラスはフィリッピーネを抱き寄せる。片手でフィリッピーネを抱き寄せオークハイ共から守り、もう片方の手で投擲戦斧フランキスカを振り回しオークハイ共を薙ぎ払う。

 しかしパイリラスのフランキスカは柄の反りが違う一対二刀流の両手持ちの投擲戦斧である。投擲の軌道がそれぞれ違い、相手を撹乱する所がこの武器の最大の特徴である。だがフィリッピーネの側を離れる事出来ないが為にその戦斧を投擲する事が出来ない。


 一対の投擲戦斧を片方しか使えず、さらに投げる事も出来ない。パイリラスの戦力は半減した状態である。

 さらに言えばパイリラス自身の力も抑えられた状態でもあるのだ。


 彼女は故意では無いにせよ、自身の力を制御出来ずフィリッピーネを傷つけた事を深く後悔している。ルドガーに経絡を絶って経穴を閉じてもらい魔族特有の尋常ならざる怪力を封印しているのだ。この度のオークの大隊の侵攻の折にルドガーにその封印を解くか訊かれたが、それを辞退している。フィリッピーネを守るため、側にいるために、フィリッピーネを傷つけぬために選んだ選択ではあったがそれが裏目に出てしまった。


 自分は幾ら傷ついても構わぬがフィリッピーネを守り抜け無い今の状況にパイリラスは歯噛みする。


 いよいよオークハイ共に四方八方を取り囲まれ窮地に陥ったパイリラスはフィリッピーネを強く抱きしめ、必死の形相で目の前のオークハイを睨みつける。


「パイリラスちゃん、逃げて! あなた一人だったらここから抜け出せるでしょう? 私が足手まといだから存分に力を発揮できないのよね!? 私は私のわがままでここにいるのよ。私なんか気にせず逃げて! 」


「駄目です! フィリッピーネ様には毛程の傷をつけさせません。私がお守りします。」


 硬くフィリッピーネを抱くパイリラスの頭上にオークハイの大きな戦鎚が振りかぶられる。パイリラスはそれを睨みつけながら一歩も退がらない。


 その時、パイリラスを睨め付けていた下卑た表情のオークハイの顔が弛緩する。そしてそのオークハイはその場に崩れ落ちる。背後に立っていたのはルドガーであった。


「いやはやオークの群れを掻い潜ってここまで来るのは骨が折れました。」


「へ? ルドガー殿!? どうやってここに? 」


「なに、気配を消してオークハイの粗忽な感覚なんぞ欺くのは簡単です。」


 オークが粗暴で粗忽である事は間違いないのではあるが、これだけの大群に見つからずパイリラスとフィリッピーネのもとに来るのは至難の技であるが、ルドガーは伝説の暗殺者である。気配を消して群衆に紛れ込むのは造作もない。


 さらにルドガーは手に持つやるをクルリと一閃させると周りにいたオーク共は首筋から血飛沫を噴いて絶命し崩れ落ちる。その一瞬の隙をついてルドガーはパイリラスに一瞬で肉薄する。


「はい、パイリラスさん息を吐いて下さいな。」


 そう言って呆けているパイリラスの正中線上にある経穴を猛烈な勢いで突く。


「うぎゃあ! ルドガー殿なにをなさるんです! 」


 苦痛に顔を歪めるパイリラスにルドガーはニコリと笑うと肩を叩く。


「経絡を繋ぎ経穴を解放しましたよ。パイリラスさん。さあ思う存分暴れておやりなさい。フィリッピーネさんも存分に舞える場をあなたが作るんです。」


「っは! 何と身体が軽いのじゃ。わかる、わかるぞ! 今までと身体の感覚が違う。」


「ほっほ。さすがパイリラスさん、わかりますか。数日の間、余分な気の流れを抑え身体そのものの使い方を身を持って体感していたのです。力を取り戻した今、今まで以上に上手く身体を操れる筈ですよ。」


 ルドガーがそう言うや、パイリラスは得心のいった笑顔を浮かべるとその場から消える。


 それと同時に周りに群がるオークハイ共が数十まとめてその身を砕かれながら吹き飛ぶ。目にも止まらぬ勢いでパイリラスが両手に持った投擲戦斧フランキスカを投げつけたのだ。それも一度や二度ではない。瞬き一つ一呼吸の間に数十はそれを行ったのだ。


 パイリラスは本来の凶悪な強さを取り戻した。いや更に身体操作を向上させ、よりより強くなって戻ってきた。


「さて、これでここは大丈夫でしょう。フィリッピーネ様、パイリラスさんと仲良く踊って下さいまし。古典舞踊バッレでは何て言うんでしたかね? 」


 ルドガーの言葉を聞いてフィリッピーネは思わず笑顔になる。


「パドドです。二人で睦まじく踊るのパドドって言います! 」


「パドド。良い響きですね。ではフィリッピーネ様、パイリラスさんの事頼みましたよ。」


 そう言ってルドガーは踵を返し再び杖を突きつつその場から颯爽と去っていった。


 フィリッピーネは慈悲の短剣ミセリコルデと攻守の短剣マン・ゴーシュを両手に持つと、静かに緩やかに踊るように構えるとのびやに駆け出した。

 迫り来るオークの横を踊るように駆け抜け、舞うように両手に持った短剣を翻らせるとオークは血飛沫を撒き散らせながら崩れ落ちる。それはさながら踊りの一部のようであった。


 フィリッピーネはパイリラスの苛烈な動きに合わせる様に、パイリラスはフィリッピーネの優雅な動きに合わせる様に、伸びやかに伸びやかに戦場を駆け巡る。



 ルドガーは槍を杖代わりに地面を突き突き戦場を闊歩する。襲って来るオークにオークハイをなぎ倒しつつ、耳を澄まし、気配を探る。


 槍の石突きで地面を強く叩いて音を響かせる。耳を器用にひくつかせながら反響音を感じながらルドガーは独り言ちる。


「さて、グリエロさんは愛弟子に会う事は出来ましたでしょうかね? 」


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