8 より鋭い突きを放つ! ていうか放ちたい。
再び、北の森に赴き、ゴブリンに戦いを挑みます。
今度のゴブリンは、ほんの少し強敵です。
はたして、ロン・チェイニーの運命やいかに。
ロン・チェイニーは、干し肉を嚙りながら北の森を探索している。
干し肉を嚙っているが別に腹が減っているわけではない。
昨日、ゴブリンに遭遇したのは干し肉を食い始めた時だ。今日も干し肉を食っていたらゴブリンに会えるやもしれない。
いつゴブリンに遭遇しても良いように、籠手はしっかりと装備している。
森の中程まで来ると、よだれを垂らしたゴブリンが現れる。干し肉が効いたのか。
最早、臨戦態勢になっているゴブリンを前にしてロンも足を肩幅に開き、両の拳を顎先まで引き上げ、戦闘の構えを取る。
今回のゴブリンは、手脚が太く筋肉質で前回の個体より強そうだ。なにより短剣をその手に握っている。その光る切っ先を見て、ロンは少し緊張する。
小さな剣だ、間合いとしては棍棒と変わらないだろう。しかし、その短剣が顔面に突き立てられる事を想像してしまうと、少々および腰になってしまう。
「落ち着け。攻撃は、こちらの方が先に届く。大丈夫だ。落ち着け。素早く動け。」
そう独り言ちて、大きく息を吐く。
グッと構えて、ゴブリンを睨みつける。
ゴブリンがにじり寄って来て間合いに入った途端に短剣を振り上げる。
振り上げたと同時に、ゴブリンの顔面にロンの拳が突き刺さる。
ゴブリンは少々仰け反るが、直ぐに体勢を整える。
ゴブリンは思いもよらない攻撃で驚いたようだがダメージは無いようだ。やはり、前回の個体より強い。
それにロンは短剣を見たせいか腰が引けていて、攻撃が浅い。
「手先で突いてたら駄目だ。肩、肘、手首だ。」
今度はこちらから間合いを詰めて突きを放つ。これにはゴブリンも攻撃と気付いたか、身を引いて拳を躱す。
肩から手首への力の移動が上手くいっていない。力の流れ、重心の移動、という言葉を意識し過ぎていて動きがギクシャクとしてぎこちない。さらに腰が引けていては、力を拳に乗せられない。
そこに容赦なくゴブリンが突進してくる。ロンは迎え撃つが、拳に力が乗り切っていないためゴブリンの突進に押し負けてしまう。
慌てて後退して間合いを取る。
腰が引けているせいか、手先だけの突きになってしまっているのだ。
肩から前に力を突き出さなければならない。どうすればいい?
そこでロンは、はたと気付く。
腰か。
腰が引けているから、手先だけの突きになっているのだ。腰を前に。そしてその力を肩に乗せる。
なおも迫り来るゴブリンに、拳を突き出そうとするが上手くいかない。腰全体を前に突き出しても、力が乗らない。
もう二歩、三歩と大きく後退する。
考えろ。学んだろう。人体の骨格はどうなっている? 各関節の可動域は? 可動形態は?
肩、肘、手首は前に突き出す時、関節は縦の回転軸上にある。腰は構造上、縦には動かない、横回転だ。
という事は、右の拳を突き出す時は。腰を左回転。その横の回転の力を利用して、右の肩を前に出す。その勢いをそのまま縦回転の肘に伝える。
理屈ではこうなるが、実戦ではどうか?
再び、迫り来るゴブリンに拳を突き出そうとするが身体が思うように動かない。
「こんなもん、いきなり出来るか!」
つんのめって、転びそうになる。
すんでのところでゴブリンの剣を躱し、慌てて距離を取る。
「そうだ、回転する時は軸は一本だ。両足で踏ん張ってちゃ、腰を回転させられない。軸にする脚は一本だ。どっちだ? どっちだ!」
焦って、考えがまとまらない。ゴブリンはなおも迫り来る。
「左回転だから、左!」
咄嗟にそう叫んで、左脚を軸にして突きを放つ。
左脚を軸にしての腰の回転。そのまま肩、肩から肘、肘から手首に力が乗り、拳が加速する。
ズドン。
ゴブリンの顔面に拳がめり込む。
パァンという乾いた音ではない。
ズドンという感触だ。
鋭く、重たい攻撃が加えられた感触がある。
ゴブリンは真っ直ぐストンと崩れ落ちる。
無我夢中で出した突きが、ゴブリンを捉えた。
ロンの心臓は高鳴っている。勝利の高揚感と、恐怖で。今日は。というか今日も。危なかった。
先程の突きをもう一度思い出してみる。
腰の回転をつかって突く。
しかし、今度は上手くはいかない。頭で難しく考えてしまうと動きがギクシャクする。
先程は無我夢中で、難しい事を考えず突きを放ったのが幸いにも良い動きに繋がったようだ。
「よし。まずは、動きの確認だ。さっきはどうやって動いた? 」
そう呟きながら、ゆっくり動いて、身体の動きを確認しながら、拳を突き出す。
「ふむ。右脚を軸にするなら、身体の重心を先ず軸脚に乗せなきゃな。そこから腰を回して、肩を前に出す。そのまま肘を伸ばしながら、手首。いや手首と言うより、拳だな。
肘を伸ばしながら、拳を突き出す。」
そう言いながら、ゆっくり拳を突く。
「難しいな。これは頭で考えるより、反復練習して、身体に覚え込ませなきゃダメだな。」
しばらく、ゆっくり拳を突き出し続ける。そして、徐々に速度を速めていく。
右拳での突きに慣れてきたら、今度は重心を右脚に移し、左拳で突いてみる。
最初はゆっくり、徐々に速く。
「これは、走り込みや、筋力作りと並行して、訓練していかなきゃならないな。」
あ、と思い出す。薬草も摘んで帰らないといけない。
まぁしかし、薬草の採取なんかは慣れたものだ。
森をもうひと回りしてさっさと薬草の採取を終えて、街への帰路につく。
ギルドへ薬草を納品して、明日の依頼を受ける。やっぱり薬草採取を選んだ。
家に帰っても、今日の動きの確認だ。
脚を開いて構える。
重心を左脚に移動させて、右拳を放つ。
腕をゆっくり顎先に戻し、今度は重心を右脚に移し左拳を放つ。そして拳を戻し、元の構えに。
これを何度も繰り返す。
ひたすら繰り返し、徐々に速度を上げていく。
どれくらい繰り返したか、床に流れ落ちた汗の水溜りが出来ている。
その水溜りに視線を落としながら、今日やった事を、思い返す。
明け方から、走り込みをする。その後、ギルドに向かい、筋力を鍛える。昼からは依頼をこなしながら、ゴブリンと戦う。夕刻になり家に帰り、突きの反復練習。
「ふむ。しばらくコレを続けるか。」
そうと決まれば明日も早い。風呂に入ってサッサと寝ちまおう。
この日は、ロンはベットに潜り込むやいなやストンと眠ってしまう。よほど疲れていたのだろう。明日からもまた大変だ。
お読みいただきありがとうございます。
ここから、訓練をつみ徐々にロンは強くなっていきます。
どうぞ、ロン・チェイニーを応援してあげて下さい。