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74 舞台当日

フィリッピーネの舞踏舞台の本番です。

舞台を所狭しと踏み鳴らし、いつ地に足が着いたかわからぬ程高く長く舞い飛ぶフィリッピーネの神々からの祝福の様な、神々に愛された歓喜の様な舞踏は観客の心を鷲掴み惹きつけた。


その後に続く清廉で祈りにも似たブランシェトの清らかな舞に、タスリーマの妖艶にして蠱惑的な魂を奪う踊り、いじましくもひたむきに大切な者に捧げる様な踊りを見せるエルザ。


彼女達の息を飲む凄絶な表現の根源に迫る舞踊に観客は息を呑んだ。


研ぎ澄まされた刃の如き踊りに客席には唯ならぬ緊張感が漂っていたが、続いて出てきたグリエロとエス・ディの朴訥でぶっきらぼうな踊りは決して上手いものでは無かったが、張り詰めた空気を良い具合に解した。


会場の空気がやや弛緩した時に出て来たのがロンとパイリラスである。

フランキスカを両手に携え鬼気迫る気配を纏うパイリラスに相対する無手のロン。お互いが構えを取った途端に客席には緊張の糸が張り巡らされ客は微動だに出来なくなった。

客席が凍りついたその刹那、二人の舞が始まった。ギルドマスターのトムに戦いの真に迫る迫力があると言わしめたその剣舞は客に息をつかせる事を忘れさせた。


客席の緊張感が頂点に達した時に再びフィリッピーネが舞台の上に舞い降りた。


金紗の織物に身を包んだフィリッピーネはまさに天女であった。文字通り舞台の真ん中に舞い降りた彼女は、ゆっくりとたおやかにそれまでの緊張感の糸を解きほぐすかの様に優しく美しく舞い踊った。


その幽玄の舞にある者は涙し、またある者は夢心地にここに居る幸福をかみしめた。


フィリッピーネの舞に陶酔していた観客を目覚めさせたのは空を切って稲妻の如く飛ぶエス・ディの放った矢である。その矢は客席の上に吊るしていた薬玉を射抜くと、破れた薬玉の中から色とりどりの花びらが舞い散った。


降り注ぐ色とりどりの花びらに、客達は夢から醒めてもなお幸せの中にいた。


フィリッピーネの舞台公演は万来の拍手とともに幕を閉じたのだった。



そしてここからは第二幕である。


舞台公演の興奮冷めやらぬ会場の舞台上の緞帳が再び開く。再びフィリッピーネが登場するカーテンコールを期待した観客であったが現れたのは冒険者ギルドマスターのトムである。


トムの登場に客席は鎮まりかえる。


観客はトムの登場の意味を知っているのだ。


トムは客席に向かって深々と頭を下げる。


「皆様、本日はフィリッピーネと彼女率いるウンド舞踏団の公演にお越し頂きありがとうございました。」


舞台袖で聞いていたロン達はいつから我々はウンド舞踏団になったのだとお互い顔を見合わせる。


トムの登場に些か緊張感が走った場内であったが、トムの本気とも冗談ともとれない様な言葉に多少は空気が和らぐ。


トムは客席のその空気を鋭く読んでフムと一つ頷くと静かに口を開いた。


「皆様も知っての通り、今日の午後にオークの軍勢がこのウンドを襲います。それにもかかわらず本日この場で舞踏公演を中止せず断行したのは皆様をここに集めるためです。」


トムがそう言うと居合わせた客達は首を捻ったり疑問を口にする。


それはロンも同じであった。


「そういや何で悠長に舞台公演をしてるんだ?早く避難した方が良いよな。」


「ロン、お前さん何もわかって無いのに今日ここで悠長に踊ってたのか!?」


グリエロは呆れながらも続ける。


「ここが何だったってのはお前さんも聞いてるだろ?そういう場所には必ず有るものがあんだろ。」


グリエロがそこまで言うとロンもようやく理解したのか「ああ」と了得の声をもらす。


舞台袖の間抜けなやりとりに気づく事無く、トムは客席に向けてこれからの皆のすべき行動を説明している。


「知っている者は多いと思うが、このウンド大劇場は元は要塞だ。なのでもちろん避難路もある。この避難路は王都方面に伸びる街道に出る抜け穴になっている。

抜け穴と言ってもこの劇場の外壁と同じ石造りの堅牢な地下道で道幅も広い。」


トムの説明に客席にいる年配の女性がおずおずと手を挙げて質問する。


「あの、私達みたいな一般の街人だけで地下道を通るんですか?...あと、チョット、こんな時にそんな事言っちゃ良くないのはわかるんだけど、暗くて狭い所が苦手で... 」


申し訳なさそうに街人の女性がそう言うと客席からはチラホラと、「実は私も...」「いや、俺も。」と言った声が出てくる。


トムはそう言う声ついてもしっかり想定していた様で、大きく頷くと明るい声で客席を向ける


「そのあたりは心配しないでいい。皆の護衛には中級中位以下の冒険者達をつける。その中にはもちろん戦闘職の者もいる。

それに回復魔法が使える白魔術師もいるし、補助魔法を使える者が避難路を照らしてくれる。」


トムがそう言うと質問をした女性は幾ばくか安心した様で胸を撫で下ろしている。しかし別の所から再び質問の声があがる。今度は男性である。


「こんな事言うのも何なんだが、中の中以下の冒険者だけで大丈夫なのか?オークってのは中の上の冒険者に匹敵するくらいの強さだって聞いた事があるんだが...」


その質問についてもトムは顔色一つ変える事無くさらりと答える。


「一対一だと厳しいだろうね。でも中の中の戦闘職の冒険者が二人と回復魔法が使える者がいればオークだって恐るに足りないよ。なんせ中の中以下の冒険者は大勢いるからね。中の上以上の冒険者の倍はいるから人数で言うと充分に足りてるよ。それに大劇場は何人もの中級上位の冒険者が守りを固めているし、街中は中の上の冒険者だけじゃ無くて上級職の冒険者がいるからね。」


トムは締めくくりに「僕みたいな」と言う一言を付け加えると、安堵のため息と一部からは歓声があがる。


そんな中で申し訳なさそうに立ち上がった女性がいた。両脇にはその女性の子供と思しき男の子と女の子がいる。


「あのう、まだ避難していない街の人達もいるわよね。...その、何て言うか、店番にうちの旦那おいてきちまったんだ、大丈夫かな?」


そう言う女性とその子供達にもトムは優しく笑いかける。


「大丈夫!今冒険者達がこの大劇場に向けて残りの街人達を避難誘導しているところだよ。

だからここにいる皆は素早く地下道に避難して、後から来る者達が滞ること無く避難出来る様にしなきゃね。」


トムがそう言うと、会場のそこかしこで「じゃあ早く避難しなきゃな。」と声があがる。


「おっと!慌てちゃいけないよ。素早く迅速にだけれども、まずは安全にだ。時間はまだあるし、君達は何よりヴァリアンテに守られているんだ。こんなに安心な事はないだろう?」


トムがそう言うや若い女性達が次々と立ち上がり嬌声をあげる。


「ええ!?本当ですか!わ、私達ヴァリアンテ様と...」


一人の若い女性がそこまで言い感極まって卒倒すると周りの人達が慌てて彼女を支える。


トムはそれを見て苦笑いすると、再び会場の客達に向き直り一段大きな声を張る。


「わかったかい、君達は安全だ。そうと決まれば早速避難を始めようじゃないか!」


トムがそう言うと舞台袖に控えていた中級中位の冒険者達が現れて観客達を誘導し始める。


ひとしきりの流れを見守っていたトムはやおら踵を返し鷹揚に舞台の奥に消える。

その悠然とした後ろ姿も人々に安堵を与えた。


舞台裏に引っ込んできたトムを迎えたのはブランシェトである。


「ご苦労様、さすがトムね。あなた本当に無条件に街の人達に信頼されているのよね。皆をすっかり安心させてしまったわね。大したものだわ。」


「いやぁ、それも上級上位のとんでもない奴らがいてこそだよ。ブランシェト、君みたいなね。」


そう言うとトムは悪戯っぽく笑う。

トムの笑う顔を見てブランシェトは腰に手を当ててため息を吐く。


「あなたに言われたくないわ。私も長いこと生きてきたけれどあなたみたいな大胆な発想の人って中々いないわよ。」


「そうかな?」


ブランシェトのため息混じりの言葉にトムは思わぬ言葉を聞いたと言った面持ちで答える。


「そうよ。街の人達をここの地下道を使ってみんな避難させようだなんてそう思いつかないわ。しかもオークの襲撃の当日になんてね。」


ブランシェトの言葉を聞いてトムはなるほどとうなずく。


「いや、でもこれは苦肉の策だよ。本当はもっと早い時期に安全に避難しなきゃいけなかったんだけどね。遠見の術って十里四方を見渡す邪視だと言うじゃないか、地上を大人数で避難していたらあっという間見つかって追撃されてしまうからね。

向こうは千を超す大隊だからね。百を超す中隊なんかを追撃に出されたらウンドの冒険者達だけじゃ手が足りない。

この避難は相手に見つかったら駄目だからね、早過ぎても遅過ぎてもいけない。

相手の裏をかいて秘密裏にするにはこうするしか無かったんだよ。」


そう言ってトムはため息を吐いて渋い顔をする。


「そのためにもここからが重要だ。一刻を争うからね、時間を無駄に出来ないよ。」


そう言ってトムはブランシェトを促し、舞台裏を通り過ぎて奥の楽屋に入る。


普段は舞台に立つ演者の控え室として使っている楽屋であるが、今は作戦会議室となっている。


楽屋の中にはすでにいつもの見慣れた面々が完全武装のうえ臨戦態勢で待機していた。


トムは部屋の中を見渡し満足気にニンマリと笑う。この場に集った強者達の姿を見て嬉しさを隠せないでいるのだ。


此処に集う者達は



ロン・チェイニー

世界初となる己の身体を武器として扱う術を編み出す。徒手格闘術「拳法」の開祖


エルザ・サリヴァーン・ランチェスター

魔力保存の法則の発見と超魔弦理論の提唱者である奇警の天才黒魔導師。同時に十一もの魔法を多重詠唱でき、黒魔導師でありながら白魔法も詠唱出来る。


ヴィゴ・アダン・グリエロ

元上級中位の戦士で、戦士武芸十七般を修める武器術の専門家。五大精髄である水の精霊オンディーナの加護を受ける身でもある。


エスラン・ディル・プリスキン

上級上位のアーチャー。彼の持つ強弓タスラムはドラゴンから譲り受けた爪と髭で出来ている。この弓を引くために当のドラゴンに一年間修行を受けた事があり、故に並みならぬ膂力を誇っており彼の放つ矢は二里も飛ぶ。通称エス・ディ


ヴァリアンテ

少なくとも八百年以上は生きている魔女。力の奔流たるマナを操り精霊と交信する事ができる。

ミナとブランシェトが言うには、いつの頃からか気がついたらウンド冒険者ギルドにいた最古参の一人だそうである。


タスリーマ・ヴァレリア・グリーノ

上級上位の黒魔導師。妖艶な妙齢の美女の様に見えるのであるが年齢不詳。五十年前に書籍を出版しているので少なくとも五十年以上は生きている事になる。水属魔法の上位派生魔法である氷結魔法の使い手。


ハンス・フロリアン・ジィマー

上級中位のレンジャー。偵察や撹乱を得意とする遊撃手。秘密裏にガムザティ原始林に潜むオークの大隊の動向を察知し調べ上げた諜報能力は他の追随を許さない。索敵や罠の発見解除に優れた彼がいるパーティは生還率が破格に上がる。


トマス・クルス・メイポーサ

ウンド冒険者ギルドのギルドマスター。上級上位の戦士である。武器術と基本戦闘職に熟達する戦士でありその最高位に位置する。魔法が使えるわけでも精霊の加護があるわけでも無いが無類の強さを誇る。通称トム


ブランシェト

齢千九百歳を超えるエルフで上級上位の白魔術師。ヘルカラクセ流杖術の達人でもあり魔法使いでありながら近接戦闘においても無類の強さを誇る。五百年前の魔族との大戦では都市一つを覆うほどの巨大で堅牢な結界を張り地母神と呼ばれ、人間やエルフからは敬慕崇拝され、魔族からは畏怖憎悪され五百年経った今でも第一級討伐対象となる程。


ミナルディエ・ドラクリア

殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアの妻にして病める薔薇の異名をもつ不死者。元上級上位の戦士で五大精髄である風の精霊シルウェストレの加護を受ける者。


ランス

峠の森の奥深くに住んでいたコボルト北の氏族の族長。コボルトの中では大柄な体躯を持ち剣を扱うことが出来る。銀色を思わせる毛並みを持つことからエルザにランスと言う名を名付けて貰う。


パイリラス・ドゥズヤルヤ

惨禍の誘惑者の二つ名をもつ。魔族でありながら風の精霊シルウェストレの加護を受ける。精霊使いでありながら一対の投擲戦斧フランキスカを操る戦士でもある。


ルドガー・オルセン・パーカー

死の道とも謂われ御伽噺にも語られる伝説の暗殺者であったが、今は隠居して按摩術師をやっている盲目の老人。しかし今なお腕の衰えぬ居合術の達人であり、エルフの秘宝である日緋合金の剣を持つ。


フィリッピーネ・ヴァウシュ

ヴァパダル舞踏団の団長にして大輪の花と称される当代随一の舞踏家。ウンド冒険者ギルドでの登録職種は拳法家であり自称ロンの弟子。天性の優れた身体能力を持ち、徒手格闘だけでなく古典舞踏であるクーメ剣舞を元にした剣術も使いこなす。


ランペル・スティルツキン

三百年前に冒険家ティム・ティン・トットと共に世界の果てまで旅したお伽話に語られる伝説のコボルト。峠の森のコボルト南の氏族の長。今は東西の氏族の新しい若き長達を教え導く指導者の立場にもある。峠の森のコボルト達の精神的な支えであり導き手となっている。



それぞれが己が役割を理解しており楽屋に入って来たトムとブランシェトと目を合わせ、皆無言でうなずく。


「ミナ、現状はどんな感じ?使い魔達からの報告はあがって来てる?」


トムの問いかけに静かに目を閉じて椅子に座っていたミナがやおら目を開け、すっと立ち上がり一歩前に出て来る。


「今のところは順調ね。中の上の冒険者達も避難誘導に動いてくれているんだけど、それ以上に良く動いて、しかも連携が取れているのが孤児達ね。

あの子達本当に凄いわね。ここの皆で技術を教えたって言ってたけれど、一体どんな事を教えてたの身軽さも凄いんだけれど状況判断が素早く的確ね。お年寄りや体の不自由な方達の住んでる所を事前に調べて効率よく周ってるわね。」


ミナが感心してそう言うと、グリエロが鼻息荒く自慢げな顔をする。


「お!あいつらやるじゃねえか。もう半人前なんて言ってちゃいけねえな!」


そう言って隣にいるロンの肩を無遠慮にバンバン叩いている。ロンはそんなグリエロにうなずきながらも肩をすくめていたが、ふと「そういや」と呟く。


「効率良く周るのはいいんだけれどもさ、そう効率良く周っちゃうと人手が足りなくならないか?お年寄りと体の悪い人達なんだろ、そんなに大人数でぞろぞろ移動できないんじゃない?」


ロンの疑問にもミナは澄ました顔をして答える。


「そう思うでしょ。でもあの子達ウンドの街の乗合馬車をありったけ手配して人を運んでいるのよ。すごいわね。」


ミナが感心した様に言うと、タスリーマも感心した様にうなずくが一つ疑問も呈する。


「乗合馬車を手配したの!?それはすごいけれどもお金はどうしたの?あの子達お金なんて工面できないでしょ?」


「そこもしっかりしててね。ちゃんと交渉して非常時だからって無償で馬車と御者を出して貰ったみたいなのよ。それでも何かと細々足りない所はグリエロに出して貰うみたいよ。」


「はあ!?そんなこたぁ聞いてないぞ!何で俺なんだよ!?」


グリエロが驚いてミナに詰め寄ると、ミナも驚いた様で諸手を挙げてお手上げの姿勢をとる。


「そうなの?でもモリーンやエステルが『足りない時はグリエロにツケといて下さい』って乗合馬車の御者に言ってたわよ。私その現場を使い魔を通して見てたもの。」


「な、な、なんで俺にツケるんだよ!どう言うこった!?」


狼狽するグリエロ。

「そう言えば」と何か思い出したロンが眉間にシワを寄せるグリエロに振り返る。


「グリエロ、あれじゃないか?二、三日前にモリーンがやって来て言いにくそうに相談があるってモジモジしてたろ。」


「ん?何かそんな事もあった様な気がするな。」


「グリエロ、あの時モリーンの話を聞く前から『心配すんな、俺がケツ拭いてやっから何でもやって来い!』って何か訳の分からない啖呵切ってただろ。あれの事だよ。」


ロンの言葉に一同は呆れた顔を見せる。


「おおぃ!金のかかる事だったのかよ!?」


グリエロが仰け反って両手で顔を覆うとタスリーマが心底愚か者を見る目で口を開く。


「グリエロ、あんた馬鹿過ぎるでしょ。いつも何にも考え無しに思った事口にするからそんな目にあうのよ。」


タスリーマの言葉にグリエロは仰け反ったままの姿勢でピタリと動きを止め、一呼吸置いてミナに話しかける。


「ミナ...これギルドの経費で落ちないか。」


力無く戯言を口走るグリエロはミナと目を合わそうとしない。ミナは深くため息を吐いてうなだれる。


「あのね、ギルドも慈善事業じゃないのよ...もう。...でもあの子達が頑張ってやってる事だしね。

ブランシェトどう思う?こう言う時ってギルドのお金使って良いと思う?」


ミナはブランシェトに問いかけたが、答えたのはトムである。


「良いじゃないか!払おう!ギルドマスターの権限で許しちゃう!」


「駄目!うちのギルドマスターはお金の事については何の権限も持ってません!」


ミナは反射的に即否定する。


「え!?そうなの?」


トムは心底驚いた様子でミナを見る。

驚いた顔のトムの頭上に拳骨をどやしつけたのはヴァリアンテである。


「忘れたのかい?アンタがルドガーを招いてギルドを罠の館に作り変えたり、おかしな新職種を登録しようと金を湯水の如く訳の分からない事に投入してギルドの財政を圧迫した事を!」


ガラガラとしゃがれた声でヴァリアンテがトムを叱責する。

その物言いに珍しくトムが「そうでした」と小さく萎れている。それを見かねたのかブランシェトが助け舟をだす。


「まあまあ、まだお金がかかるって決まった訳じゃないじゃない。それにお金が掛かろうがが掛かるまいが皆でお金を出し合って馬車を出してくれた方々にはお礼はしましょうよ。」


ブランシェトの言葉に「それは良いですね!」と賛成の意を表したのはエルザである。

それに呼応する様にヴァリアンテとタスリーマも同意したのであるが、グリエロとエス・ディといったしたむくつけき男共は一歩引いて顔をしかめる。


「えぇ!?グリエロはしょうがねえが、俺まで金を出すのかよ。つーか、グリエロよ何でお前も俺と一緒に引いてんだ?こりゃお前のせいだろ!?」


「あんだと!?」


くだらないいがみ合いを始めんとする二人の間に入ったのはロンである。


「まあまあ良いじゃないですか。ここにいる皆で出し合ったら一人一人は大した額にもならないですよ、多分。」


そう言ってさもしい男共をなだめようとすると、それに続くかの様にランペルが進み出て来て口を開く。


「我ら一族も参加しましょう。我々を受け入れてくれた街の方々に是非とも報いたい。ランス殿もどうであろう?参加しませんか?」


ランペルがそう言ってランスに向き直ると、彼もまた大きくうなずいてランペルの言葉に同意する。


「ソウデスネ。我ラ氏族ハ、ランペル殿ノ仰ッタ通リ、街ノ皆様ニ報マショウ。」


「そうですね。我らも勤労で得た金子も多少なりともあります。一族で出し合えば幾ばくかの助けになりましょう。」


「ソノ通リデス!我ラ小サキ者共モ、力合ワセレバ大キナ“チカラ”ニナレマストモ!」


ランペルにランスのコボルト達が盛り上がり始めると、それを聞いていたエス・ディが口を挟む。


「おお、そうか!お前ぇらも参加するか?良いじゃねえか...って一族で出し合う?

お前ぇらんとこの氏族つったら百人くらいいなかったか?」


「いえいえそんなに沢山おりません。我ら峠の森のコボルトの氏族は随分と減ってしまいましたから、このウンドでお世話になっているのは八十五匹です。」


「いやいや、それでも大した人数じゃねえか。おい、こりゃ結構な金が集まんじゃねえか!?」


金勘定を始めたエス・ディの目が怪しく輝き出すとブランシェトが呆れた顔でたしなめる。


「ちょっとエス・ディ!皆んなで集めたお金は避難誘導に協力してくれた乗合馬車の方達にお渡しするのよ。もちろんコボルト達の分もね。あなた何か良からぬ事を考えているんじゃない?」


ブランシェトに鋭く指摘されたエス・ディは慌てて首を振る。


「そんなに悪い事を考えちゃいねえよ!まあ何だ、まとまった金がありゃ事が終わって落ち着いてから乗合馬車の連中と結構良い酒が飲めるだろ。」


「そのお酒の席に何であなたがいるのよ!」


「ああ!?良いじゃねえか!仕事の都合上、御者の連中とは仲が良いんだよ!」


話がいい加減に逸れて訳の分からない方向に進みそうだったが、そこに手を叩きながらミナが入って来る。


「ハイハイ、終わってからの話は魔族との戦いを乗り切ってからよ。

それに、その乗合馬車の第一弾が劇場の裏口に到着したようよ。皆んな裏の搬入口に行って避難誘導を手伝って頂戴。」


ミナがそう言って促すと、トムが前に進み出て居合わせる一同に向き直る。


「そうだね、ミナの指示に従って皆んなは避難者を助けてあげてくれ。

あとヴァリアンテとエス・ディは側防塔で魔族達の侵攻状況をまた監視してくれ。

ミナはヴァリアンテと使い魔で繋がっておいてくれるかな。

ブランシェトは街に張っている結界の補強を。エルザちゃんは白魔法も使えるようになったんだっけ?ブランシェトの補助をお願い。

それから各自臨戦態勢でいる事。何があっても常に即時対応出来るようにね。

頼んだよ。」


そう一気に捲し立てると、皆は無言で大きく頷き動き始める。


いよいよ戦いが始まるのだ。



榛荊の魔王エルコニグ率いる六人魔族と千を超えるオークの大隊が迫る。

とうとう戦が始まりますね。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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