72 それぞれの修業
エス・ディとエルザが中庭に到着します。
エス・ディとエルザがギルドの中庭に着くと、ロンとパイリラスが戦っていた。
とは言え実際には戦っている訳では無く、二人は剣舞を舞っているのだ。余りにも真に迫る舞踏なのであたかも戦っている様に見えるのだ。
ロンは大きく足を上げてパイリラスの上段に蹴りを回し入れる。
パイリラスは顔面への蹴りを身体をのけ反らせる事によって紙一重で躱す。
ロンは蹴った勢いで蹴り足とは反対の軸足を中心にくるりと身体を反転させる。もう一方のパイリラスも身体をのけ反らせた勢いを使い左足を軸にその身を反転させる。
そして二人は右手を上げ客席に向かって深々とお辞儀をする。
客席と言っても、地べたに座るフィリッピーネを中心にグリエロとトム、それに半人前冒険者の子供達とブランシェトにタスリーマを正面に客席と見立てているだけなのではあるが。
同時に顔を上げたロンとパイリラスはお互いを見てニヤリと口角を上げる。
すると客席からは盛大な拍手が起こり、フィリッピーネが満面の笑みと共にすっくと立ち上がる。
「ロンさん!パイリラスちゃん!スゴイ!とっても良かったわ!二人ともしっかり踊りの意味を理解して身体で物語を語っていたわ。とっても、と〜っても素敵だったわ!」
そう言って両手を広げて賛辞を送る。子供達も拍手をしながら「すごい」「カッコいい」と口々に感嘆の声をあげている。
ロンは額の汗を拭いながら大きく息を吐く。
「ふう、なんとか最後までつまずかずに踊りきる事が出来たな。本番は明日だよ、危なかった。」
ロンがそう言って胸を撫で下ろすとパイリラスも呼吸を整えながら何度も頷く。
「そうじゃ、そうじゃ。なんとかやり遂げたぞ。しかしロンよ、この数日で動きが見違える様に鋭くなったではないか。どうしたのじゃ!?」
「そうか?やっぱりフィリッピーネの柔軟運動の成果かな?ああ、それとルドガー先生の修行のお陰かも。...そうか、やっぱり動きが変わったんだな。と言うかパイリラスもどうしたんだ?この数日でものすごく動きを合わせやすくなったけれど。」
ロンにそう聞かれてパイリラスは待ってましたとばかりに胸を張る。
「そうなのじゃ!ルドガー様に経絡の何とかを突かれて力を抑えられてから微妙な力加減が出来る様になったのだ。」
そう言いながらパイリラスは両手に持つ投擲戦斧フランキスカを持ち上げる。
「それに最初はこのフランキスカも重く感じたのだが、そこのグリエロとトムさんにフランキスカの特徴と扱い方を教わってな。自分がいかにただただ力任せに戦斧を振り回しておったか気が付いたのじゃ。そんな事があったお陰で力を抑えられた今の方が身体が軽いのだ。」
パイリラスは目を輝かせながらくるりと客席に向き直ると再び深々とお辞儀をした。
「いやあ、それは凄いね。俺は少し助言したに過ぎないよ。パイリラスは勘が良いね!...また今度手合わせしない?」
「おい、トムよ、お前さん目つきが妖しいぜ。そう言うのは魔族の襲撃を片付けてからにしろよ。...てか、俺だけ皆んなから呼び捨てなんだよな。いや、別にいいんだけどよ。」
グリエロはそう言ってため息を吐くが中庭の扉の前に立つエルザとエス・ディに気がつき立ち上がる。
「お、来やがったな。おっしゃ!お前ぇら自分の得物を持て、訓練を開始しろ!」
そう言ってグリエロはパンと一つ自らの手を叩き、子供達を居合わせる冒険者達との訓練に促す。
そこにエス・ディが少々バツの悪そうな顔でやってくると、それに気がついたグリエロは片手を上げる。
「おう、エス・ディお前さんも来たか。」
「ああ、見張りなんだがな...」
「ヴァリアンテの奴さっそく行ったんだな。珍しい事もあるもんだ。」
グリエロの言葉にエス・ディは目を丸くする
「なんでぇ、知ってたのか!?」
「おう、お前さんが見張りに立ってこっちに来ねえからな、ポレットが拗ねちまってな。
まぁ珍しい事もあるもんでヴァリアンテの奴が気を利かせたんだよ。」
そう言って悪戯っぽく笑うグリエロに慌てて駆け寄って来るのはポレットである。
「ちょっとグリエロ先生!拗ねてなんかいないでしょ!変な事言わないでよ!
エスラン先生は大事な仕事をしてるのはわかってるもん。私がそんな子供みたいに拗ねる訳ないでしょ!」
ポレットはそう言って腰に手を当てて怒っているが、やはりエス・ディが来てくれた事が嬉しいらしく顔はほころんでいる。
「おう、ポレット。ニヤけてねえで弓を持て。
さっそく特訓だ。」
エス・ディは中庭の壁面にかけられていた模擬戦用の弓を掴みポレットにそう告げると、さっさと矢を射るために的の前に移動する。
慌ててポレットがエス・ディのもとに駆け寄ると、いつもの様にエス・ディは黙って矢をつがえ遠く離れた的に矢を射る。
矢は真っ直ぐ飛んで的の中心を射貫く。真剣な眼差しでエス・ディの一挙手一投足を見ていたポレットもまた黙ってエス・ディの様に矢をつがえ、放つ。
ポレットの放った矢もグンと真っ直ぐ飛んで的を射抜くが、エス・ディの矢と違い中心から僅かに逸れて的に刺さっている。
僅かに中心から逸れた矢を見てポレットはうなだれるが、エス・ディはそれを許さない。
「おら、うなだれるヒマがあったらさっさと次の矢を放て、ポレット!」
強い口調で叱責されるポレットだが、最初の頃の様にオドオドとする事は無くなった。指導をしている時のエス・ディの真剣な目を見て口とは裏腹に自分の事を真剣に考えてくれているという事を知ったからである。
口調は乱暴で見た目も無骨なエス・ディではあるがポレットに対する矢の放ち方の指導は非常に丁寧で真摯で妥協をしない。
むくつけき男であるグリエロもそうであるが、ことウンド冒険者ギルドの特に男共は強さを求める事に唯々純粋である。
教えを乞う者が純粋で真っ直ぐであればある程に、その者に対しての向き合い方は真剣になる。
ロンとグリエロの関係がまさにそうなのであり、その教えは往々にして苛烈になるのだが。
ロンは何度か死ぬ目を見たが、グリエロの純粋で真摯で苛烈な教えは短い期間でロンを驚くほど強くした。
これはロンのひたむきで真面目な性格にもよる所も大きく、さらにはロンを導く指導者はグリエロだけでなくルドガーやトム、フィリッピーネなど一流の技術を持つ者がいた事も大きい。
ポレットをはじめとする孤児たちもそうだ。彼女や彼らはロンと同じく全てを失った者達である。
身寄りの無くなったロンが生まれた地を遠く離れ、ウンドに流れ着いた時に拾ってくれたのはブランシェトである。そこから紆余曲折あり白魔術師を廃業してから戦闘職の拳法家に至るまでにグリエロには何かと世話になっている。
この中庭で上級職の冒険者達に教えを乞うている孤児達はグリエロが滅びゆくジリヤから救出した者達だ。全てを奪われ生きる意欲を失っていた子供達に生きる意味と生き残る術を教えようとしたグリエロ。グリエロの差し出した手を取りそれに応えた子供達。
そしてポレットを始めとする子供達は、グリエロの計らいもあって最高の指導者を得た。
ジリヤの街が滅んでから五年。生きるため、生き残るためにグリエロに厳しく叩き込まれ鍛え上げられた冒険者の生存技術や戦闘術は彼ら彼女達の成長と共に、ここに来て大きく花開いた。
徹底的に技術や技能の基礎を叩き込まれていた子供達は、上級上位の冒険者達の優れた技の教導を受けてその才能を決定的に花開かせたのだ。
本来ならポレットの年齢でこの広い中庭の端から端まで矢を飛ばす事など出来よう筈もない。ましてやその矢を的に当てるなど大の大人でもそうそう出来る事ではない。
この場にいる上級職の冒険者達はおおよそ常識というものが欠落した、よく言えばおおらかな者達である。誤解を恐れずに言うと、正確には強さを求める求道者であり、ある種の人間性と言うものを幾ばくか捨て去り常人なら発狂しかねない厳しい修行を乗り越え死の瀬戸際の様な修羅の巷を潜り抜けてきた狂人と言い換えてもよい様な者達なのである。
その様な者達の指導はとても厳しく常軌を逸したものであるのだが、五年もの間グリエロに篤く身を入れて冒険者の基本技術を教えられた子供達は見事に上級職の厳しいついて行った。
そんなポレットである、うなだれて叱責こそされどもへこたれる事は無い。
ポレットはうなだれていた頭を起こし口を真一文字に引き締める。その目は獲物を追う狩人の目の如くである。
小さく息を吐き弓に矢をつがえる様はなかなか堂に入ったものであり、弓を引き絞る姿はさながら小さなエス・ディと言ったところである。
瞬間。小さく風を切る音を残して矢は放たれた。
エス・ディがニヤリと笑うと、矢が的を射た音が中庭に響く。
矢はエス・ディが先ほど放った矢のすぐ隣に突き刺さっている。
「お!ポレットやるじゃねえか。」
そう言って手を叩くのはグリエロであるが、ポレットの顔は晴れない。
「エスラン先生の矢を落とすつもりで射ったんだけどな。上手くいかないや。」
そう言って肩を落とす。
エス・ディことエスラン・ディル・プリスケンは遠く離れた的の中心を射抜くだけで無く、二の矢、三の矢を狙いたがわず先の矢を打ち落とし的の正中を射抜く。
これは常識から外れた凄まじい技能なのであるが、エス・ディは当たり前の様にやってのける。それを見ている周りの面々もそれをさも当然の如く黙って見ているものだからポレットにしてもそれは当たり前の事であると捉えている。
自分はまだ子供でエス・ディからは数段劣る腕前なのは解ってはいるのだが、それでもなお悔しいのである。
黙ってむくれるポレットを見てエス・ディは無言で深くうなづく。それに気がつかないポレットは落とす肩に手を置かれて驚いて振り返るとそこには屈んで頭の高さを自分と同じにしているエス・ディの顔がある。
蓬髪に眼帯をし残った目は鋭くまさに獲物を射る様な眼光を放っている。
獣の様なその男はポレットをギロリと見据えるとゆっくり口を開く。
「矢を放つ時に息を止めるんじゃねえ。身体を緊張させるんじゃねえんだよ、解るか?息をしろ。身体を遊ばせろ。」
エス・ディの言葉にポレットは大きくうなづく。不思議と獲物を射殺す様なエス・ディの鋭い眼光に恐ろしさは感じない。ポレットを見据えるその青い瞳は言外に自分を認めてくれているという高揚と安堵を感じるものであった。
「見てろ」と小さく言ったエス・ディはポレットの腰から下げる矢筒から矢の束を引っ掴むと矢を持つ手で器用に弓に矢をつがえながら的を尻目に歩き出す。
歩きながら次々に放たれる矢は過たず的の中心を射抜き、徐々に歩調を早めながらも次々に矢を放っていく。しまいには走りながら矢を放つが、矢は全て的の中心を射抜いていく。
最後の矢を放ち、立ち止まったエス・ディは息も乱さずポレットを振り返る。
「わかったか。息を止めて身体を強張らせちゃ矢は放てねえ。ビビるな。ビビった時ほど息をしろ。」
流石に今のエス・ディの離れ技というべき妙義を見てポレットはもとよりこの場にいた小さな冒険者達は目を見開いて放心するが、ポレットはエス・ディの言葉を聞いて跳ねる様に顔を上げ勢いよく返事をする。
「はい!エスラン先生、わたし頑張ります!えっと、あの...」
ポレットは驚きと興奮のあまり二の句が出てこず息を詰まらせ胸元に自身の弓を引き寄せてギュッと握り締める。
それを見たエス・ディは悪戯っぽく口元を歪め苦笑いする。
「息を止めて身体を強張らるなって言ったろうがよ。...しょうがねえな。」
そう言ったエス・ディはロンを一瞥し、笑いながらロンを指を刺しポレットに向き直る。
「ロンを見てみろ、あの凡骨で気の抜けた間抜け面をよ。まるで気負いが無いぜ!」
エス・ディの指差す先を見てポレットは再び目を見張る。
ロンがグリエロとトムの二人と戦っているのだ。
いや戦っているのでは無い。グリエロは槍を、トムは双剣を手に持ちロンに次々と攻撃を繰り出している。対するロンは当然の事ながら武器を持たぬ無手であり、トムとグリエロの苛烈な攻撃をひたすら躱し続けている。
ポレットが驚いたのはそこでは無い。猛烈な連携攻撃を躱し続けるロンに全く気負いが無いのである。
もちろんトムとグリエロの猛攻を躱す事は並大抵の事では無いのだが、その猛攻を何処を見るとも無く視線を宙に揺らしながら躱しているのだ。
二人のその剣呑な攻撃を、肩の力を抜いた自然体で躱す事の衝撃に目を奪われてしまう。
「な、何だか説明できないケド、すごい... 」
ポレットが思わず口にした言葉にエス・ディは笑ってしまう。
「ハッハッハッハ!ポレットよく見とけ。」
そう言うやエス・ディは目にも留まらぬ早技でポレットの矢筒から矢を抜き取りロンに向けて放つ。
ポレットが驚くより早くロンは上体を器用に反らし矢を躱す。
が、その顔は驚きに目を見開かれたものだった。
そこに出来た決定的な隙をグリエロが見逃す筈がなく、槍の石突でロンは足を払われもんどり打って転ぶ。
仰けに転んだロンの腹の上に追い討ちをかける様にトムがのしかかる。
ロンは大きく息を吐き出し身動きが取れなくなってしまう。
「っぐは!えぐぐ... ぐるじい... ト、トムさん降参です... 」
「アハハ、隙ありだねロン君。」
そう言ってトムはひょいとロンから退くと、手を取ってロンを起こしてやる。当のロンは恨めしげにエス・ディを見つめる。
「ちょっと、エス・ディさんいきなり何をするんですか!?矢で射るなんて酷いじゃないですか!」
ロンはむくれるがエス・ディは何処ふく風で大笑いする。
「アッハッハ!やるじゃねえか!大したもんだ。
どうした!?二、三日見ねえ間に一皮剥けたんじゃねえか?」
賞賛するエス・ディにかぶりを振るのはグリエロである。
「馬鹿野郎!褒められたもんじゃ無えぜ。ロン、お前さんチョイと矢で射られたぐらいで隙を見せんじゃねえよ。今のでお前さん二回は死んでるぜ。」
「い、いや、いきなり矢で射られたらビックリするだろう!僕はグリエロとトムさんの攻撃を躱すので手一杯だったんだぞ!?」
「なんだ?ロン、お前さんオークの豚野郎共に三人以上で攻めて来ないで下さいってお願いしてまわるのか?オーク共がお行儀良くはいそうですかって順番に攻撃してくれるとでも思ってんのかよ!?」
「う、ぐ、そうは思って無いけれどさ... 」
そう言って口籠るロンにトムが助け舟を出す。
「まあまあ、グリエロそう言ってあげるなよ。この短期間でロン君は目を見張る成長をしているよ。今のエス・ディのちょっかいもいい勉強になったんじゃ無いかな?ねえ、そう思わないかいパイリラス?」
そう言ってトムが振り返るとそこにはエス・ディの放った矢を持つパイリラスがいる。
ロンが躱した矢はパイリラスが受け止めたようだ。飛んでくる矢を受け止めるパイリラスも尋常では無いが、エス・ディはロンが矢を躱す事とパイリラスならば飛んで来る矢を受け止める事が出来る事を前提にして、ロンが躱した後に他の者に危険が及ばない様に矢の射線上にロンとパイリラスが並んだ瞬間を狙って矢を放ったのだ。
「うむ、そうじゃな。なかなか鋭い矢であった。グリエロとトムさんの厳しい連撃を躱しながらの矢の回避中々出来る事では無いな。...だが、矢を躱した後の残心がなっておらんな。トムさんの言う事ももっともじゃが、グリエロの言う事も一理ある事であるな。」
一瞬間を開けてロンは微妙な顔をする。
「それは一体、褒めているのか?そうじゃ無いのか?」
「まあ、どっちもじゃな。」
「なんだよそれ。」
ロンは何とも納得のいかないといった面持ちで憮然とするが、エス・ディは気にする様子も無く快活に笑う。
「ハッハッハ!しかしロンよ、お前ぇイヤに鋭くなったな。何か掴んだか!?」
エス・ディの問いかけにロンはハッとする。
「そうなんだよね。ルドガー先生に殺気の捉え方と言うか感じ方を教わっているんですよ。それにここ最近、強烈な殺気にさらされる事が何度もあって何と言うかそれも大きかったんだと思う。」
「それだけじゃ無いしね。ロン君は虚を突くのが上手くなったよ。攻撃を躱すだけでは無くて、躱した後の体捌きがとても良くなった。相手の意識から外れる動き方をする様になったね。お陰で連撃を繰り出しにくくなったんだ。
だからグリエロと二人がかりで攻撃してたんだよ。」
トムがニコニコしながらそう言ってロンを褒めると、呆れた顔をしたグリエロが口を挟む。
「攻撃し難くはなったが、二人がかりでさらには違う武器で攻撃するのはお前さんの趣味だろうよ。」
「いやぁ、ロン君がどんどん攻撃を躱せる様になってくるから面白くってね。虚実ないまぜな体捌きはやっぱりルドガーさんの教えなのかな?」
トムは興味津々といった目でロンに質問する。
「あ、そうなんです。ルドガー先生に当身の虚実って言う考え方を教わりまして... その他の事は秘伝だか奥義だとかで秘密にしておかないといけないみたいで... 」
「おい、ロンお前さん、そりゃ全く秘密にできて無いぜ。誰に師事して奥義を収めたかって言ったらもうそりゃ全部バレバレじゃねえか。」
グリエロが呆れかえってため息を吐くと、ロンは慌てて手を振って否定する。
「あ、いや、奥義とかって言ってもまだ全然修得出来て無いから... 」
「待て。ロン、お前さん、もう喋るな。...あのな、ルドガーのとこに行って奥義だなんだつったらよ... 」
そこまでグリエロが話すと、それまで側で黙って聞いていたブランシェトの顔色が変わる。
「そうよ!チェイニーあなた、ルドガーさんの所で奥義を学ぶって言ったら一つしか無いじゃない!どうして私に相談しないの!ルドガーさんの暗... ムガムガ... 」
ブランシェトもまた盛大にロンの秘密をつまびらかにするところであったがそこはタスリーマに止められる。
「ちょっとブランシェト!大きな声で言っちゃ駄目じゃない。私達だけならともかく子供達もいるんだからね。...もう、あなたロンちゃんの事になったら我を見失うわね。ほんとチョット過保護すぎるわよ。」
ブランシェトの口を押さえながらタスリーマは嘆息する。
タスリーマに後ろから羽交い締めにされているブランシェトを見てグリエロもため息を吐く。
「ロンにしろ、ブランシェトにしろもう少し緊張感を持ってろよ。まったく... 冒険者が手の内をさらすのも良くねえが、何よりロンが収めているのはルドガーの技だ。今じゃ失伝した技だからな、喉から手が出るくらい欲しがってる愚か者共がいやがんだ。ロンはもとよりルドガーの安全の為にも他言無用だぜ。...わかったか!?」
グリエロにたしなめられて小さくなるロンにブランシェト。
しょぼくれる二人を尻目に子供達に向き直り一瞥すると、ポレットをはじめモリーンや他の子供達も真剣な目をしてうなずく。
それを見たグリエロはうなずくとパンと大きく手を叩く。
「よっしゃ、続きだ!オークの豚野郎共が攻めて来るのは明日だ気を入れて技を磨いておけよ!」
グリエロはロンに向き直り槍を構え直す。
「よっしゃ続きだ。さっき矢を射られてわかったと思うが戦場じゃ何処から何が飛んで来るかわからねえ。目の前の敵だけに意識を持ってかれるなよ。」
「ああ、わかった。」
ロンは小さくうなずき、静かに構えを取る。
その姿は先程と変わらず自然体に近く、肩の力の抜けたものであると同時にもう一段隙の無いものになっている。
その姿を見てトムが目を見開く。
「ロン君、面白いな。さっきの指摘を受けてもう意識を向ける範囲を広げているね。すごいじゃないか。」
「あ、はい。これは八方目と言って視野を固定せずに... うわっ!」
そこまで言ってロンはグリエロから鋭い槍の打ち込みをお見舞いされる。
すんでの所でグリエロの槍を辛くも躱すロン。
「注意したそばからルドガーの技の事をベラベラ喋るんじゃねえよ!馬鹿タレが!」
「あ、いけない!すまない、グリエロ。」
そう言ってロンは再び構え直す。
二人のやり取りを微笑みながら見ていたトムは踵を返し、自分を真剣な目で見つめる小さな冒険者達に向き直る。
「やあ、お待たせ。リュシアン、ジュール、エリーズ。剣術の稽古を始めようか。」
そう言ってトムは手に持っている剣を担うと、子供達は元気よく声を揃えて返事をする。
「よしよし。さっきの俺とグリエロにロン君の三人掛けの組み手は見てたかな?
今日は君達三人で行う連携を学ぼうか。」
「はい!」と大きな声で返事をするのはリュシアンである。
「そっか。さっきの組み手は私達に見せるためのものだったんですね!」
そう言ってほがらかに笑うのは、トムの屈託無い人間性に触れこれまでの緊張感がとれ本来の聡明さを取り戻したエリーズである。
「そうだよ。君達はまだ半人前の冒険者だけどね、三人力を合わせれば一人前と半分だよね。一人分より強くなる計算だ。」
トムがそう言ってそれこそ屈託のない笑みを見せるとジュールは少し困った様なそれでいて楽しそうな目をトムに向ける。
「トム先生、それってすごい乱暴な足し算だけど... 大丈夫なの!?」
「フフフ、半分冗談で、半分本気。冒険者は様々な依頼を受けるからね。とうてい一人では引き受けられない依頼も多いんだ。
大型の魔獣を討伐することもあるし、森に潜む盗賊団の逮捕なんてものもある。そんな時は息の合った冒険者パーティの力が必要なんだ。
優れた連携を取れるパーティは単独で行動する冒険者の何倍も、へたをしたら何十倍もの力を発揮するんだよ。それは得難い宝物を手に入れる事と変わらないんだ。」
そう言ってリュシアン、ジュール、エリーズの三人に優しく微笑みかけるトムに、三人の小さな冒険者達は目を輝かせて元気よく返事をする。
そうやって中庭にいる冒険者達は各々の訓練を行なっていく。
ロンとグリエロの武器術訓練、エス・ディとポレットの弓術、トムとリュシアン、ジュール、エリーズの連携訓練、ブランシェト、タスリーマ、エルザとモリーンにエステルの魔法修行。
それぞれの真剣なやりとりは昼過ぎまで続いた。
さてオークの襲来がとうとう明日に迫りましたね。




