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68 ある日の昼下がり

ロン達はフィリッピーネに舞踏を学んでいたようです。

「はい!皆さん今日はこれくらいにしておきましょう!やっぱり皆さん立派な冒険者だけあって飲み込みが早いですね。」


フィリッピーネがそう言って嬉しそうに飛び跳ねる。


冒険者ギルドの中庭はまだ昼前だと言うのに、結構な人数の人間が集まっている。

昨日の会議でトムの一声で唐突に決まった舞踏の訓練をしていたのだ。

もちろんフィリッピーネを講師に迎えての大変贅沢なものである。


参加者は、トム、ブランシェト、グリエロ、タスリーマ、エス・ディ、エルザ、ランスにロンとパイリラスである。


皆一様に、汗だくになり中庭の真ん中でへたばっている。


それを遠目に見ているのはヴァリアンテである。

少し離れた中庭の端で胡座をかいて地べたに座っている。

そしてその周りにはグリエロの教え子達が居住まいを正して座っている。


「本当にこのギルドの冒険者共は、何でも本気の全力でやる奴らばかりだね。

しかし、成る程ね。トムが皆んなでフィリッピーネの嬢ちゃんに踊りを習おうって言った意味が分かったよ。最初に聞いた時はぶちのめそうかと思ったけれどね。」


そうガラガラとしゃがれた声で呟くヴァリアンテに、可愛い声で質問するのはモリーンである。


「ヴァリアンテさん、どうして上級職の冒険者まで混ざって、皆んなフィリッピーネお姉ちゃんに踊りを教えて貰っているの?

面倒くさがりのグリエロ先生まで踊ってるなんて驚き!すっごい下手だけど!」


「そうだねえ、フィリッピーネは自由な身体の操り方を心得ているんだよ。さすが当代随一と呼び声の高い舞踏家だよ。

今まで力任せに動いていた戦闘職の冒険者達には、目の覚める身体操作術だろうね。

トムの動きなんざ各段に鋭くなったよ。

まあ、グリエロの踊りは下手糞だね。ああ言うのを年寄りの冷や水ってんだよ。」


「ふーん。そうなんだ。」


モリーンが感心した様に頷くと周りに居た子供達も「なるほど」と納得する。


「おい!ヴァリアンテ、お前さん俺の教え子にいらん事を教えるんじゃねえよ。つうか何だ年寄りの冷や水って!八百歳超えたクソババアが俺を年寄り扱いすんじゃねえ!」


グリエロが汗を拭いながら悪態を吐く。

するとそれを聞いていたグリエロの教え子達が驚きの声を上げる。


「ええ!ヴァリアンテさんって八百歳なの!?

すごい!お肌すべすべ!とっても綺麗!」


「うん!それに良い匂いもする!」


「うふふ、そうだろう?

あんたはポレットだね、そっちの嬢ちゃんはエステルだね。グリエロの教え子だって言うからどんなものかと思っていたんだが、なかなか賢く育ってるじゃないか。」


ヴァリアンテはそう言ってポレットとエステルの頭を撫ぜる。

ポレットとエステルは嬉しそうにしながらも少々驚く。


「ヴァリアンテさん、私とエステルの名前を知ってるの!?」


ヴァリアンテはポレットの言葉に優しく微笑みながら周りに居るグリエロの教え子達を見渡す。


「ポレットとエステルだけじゃないよ。皆んなの名前も知っているよ。リュシアン、ジュール、エリーズにモリーン。」


ヴァリアンテはそう言って一人ずつ頭を撫ぜていく。

グリエロの教え子達は皆不思議そうな顔をする。


「皆んな不思議そうな顔をしているね。私はね、この街の人間の事は皆んな知っているのさ。

何てったって私ァ、怖〜い魔女だからね。」


そう言ってヴァリアンテはガラガラと笑う。

それを聞いて憧憬と尊敬の眼差しを向けるのは女の子達である。

男子達は何やら本能的に女の怖さを感じたのか、少し腰が引ける。


それを聞いて「うぅむ」と唸るのはモリーンである。


「魔女って凄いのね。やっぱり女は黒魔導師より魔女かしら。」


それを聞いてヴァリアンテは優しく微笑みモリーンの頭を撫ぜる。


「魔女ってのは職業じゃあ無いからね。モリーンにゃ出来ないか、ね。」


「え!?そうなの?」


「そうさ、魔女ってのは血でなるんだよ。モリーンあんたはオドの...魔力の筋が良い。しっかり学んで立派な黒魔導師になりな。

それにウンドの街にゃ、ちょいと凄い黒魔導師がいるんだ。ほれ、そこで心配そうな顔でモリーンを見てるよ。」


そう言ってヴァリアンテはエルザを指差す。

突然話題にのぼったエルザは、汗だくで倒れていたがガバッと起き上がり、ドギマギして裏返った声を出す。


「え?あ!う!?す、すごくは無いですけど、モリーンちゃん一緒に黒魔導師になろうよぅ。わ、私、友達少ないからモリーンちゃんが黒魔導師になってくれたら嬉しいな。一緒に研究も出来るし...。」


それを聞いてヴァリアンテはため息を吐きながらエルザを見る。


「なんとも情け無い勧誘だね。モリーン、よくお聞き。あのエルザは、ああ見えて奇警の天才黒魔導師なんて呼ばれているくらい凄腕なんだ。エルザに魔力保存の法則を学びな。あんたは魔力の筋が良いんだ、立派な黒魔導師になれるよ。」


「ええ!エルザお姉ちゃんって確かに凄い黒魔導師だって思ってたけど、天才黒魔導師だったんだ!

...じゃあ、やっぱり黒魔導師になるわ。ヴァリアンテさんみたいな怖くて美人な魔女みたいな黒魔導師になる!」


モリーンの訳の分からない宣言を聞いてヴァリアンテは苦笑する。


「そうさね。立派な黒魔導師になりな。そして親父さんを安心させてやりな。」


そう言ってヴァリアンテはモリーンの頭を優しく撫ぜる。ヴァリアンテの言葉を聞いてモリーンは伏し目がちになる。


「立派な黒魔導師にはなるけど... お父さんは、私なんか、忘れちゃってるわ... きっと心配もして無い。」


うつむくモリーンの頭をヴァリアンテはただ黙って撫ぜる。その場にいるグリエロもブランシェトも事情を知る上級職の冒険者達もただ黙ってモリーンを見つめる。


うつむくモリーンの側に寄って来たのはポレットとエステルを始めとする他の教え子達である。

ポレットがモリーンの頭を撫ぜながら優しく諭す。


「そんな事ないよ。モリーンのこと忘れるわけ無いじゃない... たったひとりの... 」


そこまで言ってポレットはうつむいてしまう。

そんなポレットを見てエステルは泣きそうな顔をしてモリーンの傍らに立つ。


「そうだよ... 私たちには、もう... 」


そう言うと周りで今まで黙って聞いていたグリエロの教え子達も沈鬱な顔を見せて下を向いてしまう。


その沈黙を破ったのはグリエロであった。


「おい、お前らなに下向いてんだ。今日の訓練は終わったのか?

ずっとヴァリアンテと駄弁ってたろ!?おら、お前ら自分の獲物を持て!」


そう発破をかけられてリュシアンやジュールといった男子達は慌てて剣を握って立ち上がる。


「よっしゃ。お前らはウンドの冒険者なんだ、知ってっか!?俺たち冒険者は家族だ!

お前らはまだヒヨッコの半人前だからな。俺やトムやブランシェトのガキだ。おら、胸を張れ!」


それを聞いて教え子達だけで無く居合わせた一同もキョトンとする。


ポレットとエステルにモリーンはお互いに顔を見合わせて、はにかみながらため息を吐く。


「ねえ私はエステルとモリーンと姉妹なんだって。不器用で言葉足らずなグリエロお父さんがそう言ってるよ。」


そう言ってポレットが笑うとエステルが顔をわざとらしくしかめて笑う。


「え〜!?あんな汗臭くて粗野なお父さんは嫌だな〜!でもブランシェトさんがお母さんなら嬉しいかな。あんな美人なエルフのお母さんいないもの。本当のお母さんも美人だったケド。」


そう言うとモリーンも目を輝かせる。


「だったら私はヴァリアンテさんをお母さんにするわ!グリエロお父さんは... まあどっちでも良いかな!」


それを聞いてリュシアンも大きくうなずく。


「だったら俺はトマスさんがお父さんがいいな!ウンドで一番強い戦士だもん!」


「ぼ、僕も」とジュールが続いて手を挙げると、今まで黙ってうつむいていたエリーズがジュールに駆け寄りジュールの服の袖を無言で引っ張る。


ジュールはその手を握りエリーズに頷く。


それを聞いてトムがニコニコしながら剣を肩に担いながら三人のもとにやって来る。


「ハハハ!グリエロのお陰で突然子供が沢山できたね。でも冒険者は皆んな家族って言うのはその通りだよ。俺はギルドの皆んなは大切な家族だと思ってる。

生きていくってのは辛い事が多いけれど、それに負けない強さを持つための術を君達には教えてあげるよ。」


そう言ってトムはニコリと不敵に笑う。


「はい!」元気に返事をしたのはリュシアンとジュールだ。エリーズは小さくうなずく。


「なんでい。トムが結局いいとこ持ってっちまったな。」


グリエロはそう言ってふて腐れる。


「まあまあ、グリエロも頑張ってるじゃないか。僕はグリエロがそこそこ立派なのは知ってるよ。」


「おう、ロンありがとよ。...て言うかそこそこってなんだ!?ロン、お前さんも全然褒めて無えじゃねえか!」


そう言って憮然とするグリエロはエルザの方を向いて手招きする。


「おい、エルザ。お前さん今日はモリーンに黒魔法を教えてやんな。先ずは基本の魔力の動かし方から教えるんだ。しっかり基本から教えろよ。

そんで基本から魔力保存のやり方も教えていけ。」


グリエロがそう言うとエルザは姿勢を正し「はい!」と勢いよく返事をする。


「おい、ブランシェト。この順番でいいんだな?」


グリエロはそう言ってブランシェトに向き直る。


「そうね。その順番で学ぶのが基礎魔力の底上げにもなるし魔法の習得も早くなる筈だわ。」


そう言ってブランシェトもエルザに向かって手招きする。


「エルザちゃん、エステルにも魔力の扱い方を教えてあげて。この子は白魔術師になりたいの。エルザちゃんは白魔法もしっかり詠唱出来るから、魔力の動かし方をこの子にもしっかり教えてあげて。」


そう言ってブランシェトはモリーンとエステルの肩を抱く。


「は、はい!もちろんです!」


エルザが居住まいを正してそう言うと、エルザは後ろから抱きしめられる。豊満な胸に顔を埋める事になったエルザが振り向くとそこにはタスリーマがいる。


「ねえ、楽しそうじゃないの、私も混ぜてよ〜。私にも魔力保存とか超魔弦理論を教えてよぉ。」


そう言ってエルザに頬ずりしながら身体を弄るとエルザは真っ赤になって小さく頷く。


「わ、わ、わかりました。わかりましたから変な所触らないでくださいぃぃ。」


小さく萎れるエルザと満足そうに頷くタスリーマ。

タスリーマはやにわにブランシェトに向き直り妖しく笑う。


「ブランシェトあなたも一緒にヤルのよ〜!」


そう言ってタスリーマはブランシェトに飛び掛かるとブランシェトを抱きしめ弄りだす。


「うぎゃぁああ!な、な、なにしてるのタスリーマ!ちょ、ちょ、ちょっと、変な所に手を入れないで!」


ひとしきりブランシェトを堪能したタスリーマは教え子達に向き直り「さあ!私もママってお呼びなさい!」と両手を広げて高らかに叫んでいる。


その混沌とする様子を遠目に眺めグリエロは「まあこんなもんだろ」と言いながら頷く。

そしてポレットのもとへ行きエス・ディに向き直る。


「おい!エス・ディ、お前さんいつまでもヘタばってんじゃねえ!このポレットはアーチャー志望だ、丁度いいから手解きしてやんな。」


それを聞いてエス・ディは露骨に嫌そうな顔をする。


「えぇ。俺は嫌だぜ。人にモノを教えるのは向いて無いんだよ。柄でも無いしな。」


「エス・ディ、お前さんは弓の扱い方だけは俺やトムより上なんだ。このポレットにゃ弓の基本は叩き込んである。

しばらくはお前さん朝はここで踊ってんだ、ついでに面倒見てやんな!」


「うるせえ!俺は忙しいんだよ!」


そう言ってエス・ディはツカツカとポレットの所まで行って彼女の持つ弓をふんだくる。


「おい、ポレットつったか!?一度しか見せねえからよく見とけよ。」


そう言ってポレットが腰から下げている矢筒から矢を一束掴んで振り向きざまに中庭のエス・ディ達のいる反対側の壁に立て掛けてある的に向かって次々と矢を放つ。


最初に放たれた第一矢は的の真ん中に突き刺さる。その次に放たれた第二矢は第一矢を縦に裂きながら的の真ん中に突き刺さる。第三の矢も同様に第二矢を縦に裂きながら的の真ん中に突き刺さる。次の矢も、その次の矢もエス・ディが放った矢は的に突き刺さる矢を縦に裂き的の真ん中に刺さり、さらに次に飛んできた矢に真っ二つに裂かれる。


十数本の放たれた矢は尽く的の真ん中に突き刺さるが、的に刺さっている矢は一本だけである。何故なら的に突き刺さった矢は次に飛んで来る矢に真っ二つに裂かれ地面に落とされるからである。


ポレットを始め居合わせたグリエロの教え子達は口をポカンと開けて呆けている。


「おい、ポレット見てたか。次はお前だ、やってみろ。」


そう言ってエス・ディは無造作に弓をポレットに放り投げる。


慌ててポレットは弓を掴み、呆然とする。


「ほれ、なにボンヤリしてんだ、あの的に矢を射るんだよ。」


「え!?わ、私が?」


「他に誰が射るんだ。その弓持ってんのはお前だろうがよ。」


「え!?アレをやるの?」とポレットは不安そうな顔をして弓に矢をつがえる。


ポレットは短く息を吐き弓矢を構え、的に向かって矢を放つ。

放たれた矢はわずかに的を逸れ後ろの壁に刺さる。


「あ...」とポレットは短く呟くと、不安げな顔をさらに青くしてエス・ディを振り返る。

エス・ディは壁に刺さっている矢を睨んでいるかと思うやポレットに向き直りニヤリと笑う。


「ポレット、ちゃんと俺の放つ矢を見ていたな。

やるじゃねえか。

ヒョロっこいお前の腕で、ここから矢を放ってあの壁に突き立てるたあ大したもんだ。」


「でも、的に当てれなかったけど... 。」


ポレットが恐る恐るそう聞くとエス・ディは乱暴にポレットの頭を撫ぜる。


「気にすんな、最初から出来ると思って無えよ。

特別にもう一度だけ見せてやる。よく見とけ。」


そう言ってエス・ディはポレットから矢を一本受け取ると、今度はゆっくり矢を番え矢を引き絞る。


「的だけを見るんじゃねえ、その先も見ろ。的を射抜くんじゃねえ、その先を射抜け。」


エス・ディはそう言って矢を射ると、その矢は小さく唸って猛烈な勢いで飛び、的を射抜くや粉々に砕く。


エス・ディはクルリと弓を返しポレットに渡す。


「わかったか?やってみな。」


そう言ってエス・ディはニヤリと笑いかける。


「は、はい!」


ポレットは目を輝かせエス・ディから渡された弓を握りしめる。もうおっかなびっくりエス・ディを見る事は無い。


そのやり取りを見ていたグリエロは独り大きく頷くと、ボソリと呟く。


「よっしゃ。まあこんなところだな。皆に父ちゃんと母ちゃんが行き渡ったみてえだな。

人気の無え父ちゃんは退散だ。」


そう言ってグリエロはロンを手招きする。


「おい、人気の無え兄ちゃん、飯にすっぞ。付き合え。」


そう言ってグリエロは中庭から出て行く。ロンは慌ててグリエロの後を追う。


「お、おいグリエロ待ってくれよ。て言うかいいのか?ブランシェト先生とかトムさんとかをあんな感じで放っといて!?」


「ああ、良いんだよ、各々うまくやんだろ。」


「良いのかなぁ?なんかいきなり父親や母親にしちゃって。なんだか無茶振りな気がするんだけれど。」


廊下をつらつらと歩きながらロンがそう言うと、グリエロはロンの心配などどこ吹く風といった感じで口を開く。


「いいんだよ、アレで。オークの軍勢がこの街に来るってのはあのガキ共も知ってるからな。

あいつらはオークキングの襲来で壊滅したジリヤの街の生き残りだからな。目の前でオークに両親を殺された奴もいる。

そのせいで、この数日あいつらかなり精神的に不安定になってたんだよ。

だから今は自分達を守ってくれる強い守護者がいるって安心をさせたんだ。お前さん達にゃオークなんぞに負けない強い強い父ちゃんと母ちゃんがいるってな。」


「なるほど、ちゃんと考えてたんだな。」


「それだけじゃねえ。トムやエス・ディ達のためでもあんだよ。あそこにいた上級職の冒険者共はいわゆる天才だ。だが天才故に常人が出来ない事も感覚で出来ちまうから何で自分が強いのかまったく解っていねえ。

トムなんざこの十年誰にも負けていねえ。この辺り一帯でも常に一番の強さを誇っているが、この五年は強くなっていない。弱くもなってねえが強くもなってねえ、停滞してるんだよ。他の奴らも似たようなもんだ。ブランシェトやヴァリアンテは別だぜ、あいつら数百年前に強さを極めたバケモンだからな。」


そこまで捲し立てるとグリエロは一つため息を吐く。

ロンは不思議そうな表情を浮かべグリエロを見る。


「その天才ゆえの強さと、あの子達の親代わりになるのと何の関係があるのさ?」


ロンの言葉を受けグリエロはフンと鼻を鳴らす。


「親身になってアイツらに自分の技術を教えて鍛えようってんだ。わかるか?トム達にはそれが必要なんだよ。」


そう言ってグリエロはロンの顔色を見て、わかってねえなと眉をひそめると話の先を進める。


「あのな、ものを教えるっていうのもな一つの技術なんだよ。感覚だけじゃ無く理屈でものを解っていなくちゃ他人に教える事なんて出来ないんだよ。

ものを教えるっていう事はつまり自身の技術を理解するって事だ。

俺もあのガキ共に剣技やら何やら武器術を色々と教えてみてよっく解ったんだよ。教えるってのは自分の糧になるって事がな。

あいつらが自分の技の術理を理解してみろ、今より格段強くなるぜ。」


そう言ってグリエロはニヤリと笑う。


「グリエロ、なんだかんだで皆んなの事ちゃんと考えているんだな。誰にとっても有益な方に進むようになってるじゃないか。

グリエロってすごいな。驚いたよ。」


ロンが感心してそう呟くとグリエロは肩を竦めてロンを見て苦笑いする。


「お前さんは褒めるのが下手糞だな。そんな事じゃ良い教育者になれんぜ。」


グリエロがそう言って茶化すとロンはむくれる。


「別に僕は教育者になろうと思って無いからいいんだよ。」


そう言ってむくれるロンを見て苦笑いするグリエロは懐かしそうな顔をしてロンに向き直る。


「まあ、トムも似たようなもんだったがな。

あいつが変わったのはお前さんのお陰なんだぜ。

お前さんの妙に真面目でひたむきなところがトムを変えたんだよ。

アイツは人にモノを教える様なタマじゃ無かったんだがな。

トムがここのところよくお前さんが中庭で訓練してる時に顔を出してただろ?

ただ俺と戯れていただけみたいに見えただろうが、アレはアレでお前さんに戦い方を教えてたんだぜ。」


そう言ってグリエロは苦笑いする。しかし、それをきいてロンは大いに納得する。


「やっぱりそうだったんだ!いや、最初は気がつかなったんだ。

気がついたのは北の森でパイリラスと戦っている時だったよ。」


「おーう。ギリギリだったな!」


「いや、でもお陰で助かった。トムさんとグリエロの模擬戦を見てなければ命が無かったかもしれない。

グリエロにも礼を言っとかなきゃな。」


「おう、言っとけ言っとけ。」


そう言ってグリエロは笑う。


そんな話しをしているうちに、受付のある広間に辿り着く。


「あ、そうだ。飯の前に午後から受けられる依頼が無いか見て行ってもいいか?」


「ん?構わんぜ。しかしお前さん働き者だな。」


ロンとグリエロが他愛も無い会話をしながら受付まで依頼票を見に行こうとすると、依頼を終わらせたと思しきパーティーと鉢合わせる。


剣士二人に白魔術師と黒魔導師の四人パーティーだ。

彼らの中の剣士の一人を見たロンは眉根を寄せ気まずそうな顔をする。


長身で短く刈り込んだ金髪が特徴のその剣士の名はフェン・ズワート。以前ロンに食ってかかった冒険者の若者である。


フェン・ズワートもロンに気がつき、同じく眉根を寄せ気まずそうな顔を見せる。


しかし話しかけてきたのはフェンではなく、もう一人の壮年の寡黙な剣士だ。


「グリエロ、オークの軍勢が攻めて来るそうだな。」


「...そうだ。」


「しかも随分前からオーク共に動きがあったそうじゃないか。そこのロンがオークと遭遇したのは数花月前だって言うじゃないか。」


そう言って壮年の剣士がグリエロに詰め寄るとグリエロは顔を背けて苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ああ、だがロンが最初に遭遇した時にゃまだ断定出来なかったんだよ。トムにも口止めされてたしな。」


グリエロがそう言うと壮年の剣士は怒りを露わにする。


「グリエロ、オークが現れたというなら何故俺に言わない!俺がどれだけオークの豚野郎共を憎んでいるか知っているだろう!」


壮年の剣士が声を荒げると、グリエロも口調が荒くなる。


「...あぁ、知ってるよ!お前さんがどんだけ辛く悲しい思いをしたかもな!」


グリエロはそう言うと、壮年の剣士が腰から下げている無骨な形をした剣を見て顔を険しくする。


「おい、フィッツ! フィッツ・シモンズ! お前さん、その腰からぶら下げている獲物はなんだ!?」


今度はグリエロが壮年の剣士に詰め寄る。

グリエロにフィッツ・シモンズと呼ばれた壮年の剣士は冷たい笑みを浮かべ、腰に下げている無骨な剣の柄を拳で叩く。


「こいつか?こいつはオークベインだ。こいつを手に入れる為にひと財産つかったぜ。」


「それぐらい見りゃわかんだよ。何でお前さんがその豚潰しの剣を持ってんだって聞いてるんだよ!」


詰め寄るグリエロにフィッツは怒りの視線を投げつける。


「何で?何でだと!?

オークの豚野郎共が俺の家族に何をしたかお前も知っているだろう!」


「ああ... だから俺がお前さんの家族を奪ったオーク共を根絶やしにしたろうが!

それに、これから襲来するオーク共はあの時のオーク共じゃねえ!」


「そんな事は関係ない!オークの豚野郎共は見つけ次第、俺が全て縊り殺す!

...おい、グリエロ。何だその面は!?俺が豚野郎共に後れをとるとでも思っているのか?」


フィッツはそう言ってギラつく目をグリエロにぶつける。


「フィッツ、お前さんがオークの一匹や二匹に後れをとるとは思っちゃいねえ。だがこれから襲来するのは、少なくとも一個大隊以上の軍勢だ。

それにお前さん、今から死にに行く野郎の顔をしてるぜ。

...オーク共と刺し違えてやるって顔だぜ。」


「ああ、そうだ。それでも構わない、一匹でも多くの豚野郎共を殺せるなら命なんて惜しくない。」


フィッツがそう言うや今度はグリエロが怒りの形相でフィッツの胸ぐらを掴みかかる。


「おい!お前さんが嫁さんと息子を失った事は気の毒に思ってるがな、まだ一人いるだろうがよ!お前さんが命がけで守った、たった一人の娘がよ!

あの子はどうすんだ?お前さんまでいなくなっちまったら天涯孤独だぞ、たった二人の親娘だろうがよ!」


グリエロが怒りの形相でフィッツに詰め寄ると、フィッツは怒りにギラついていた目から光を消す。


「...あの子は、賢い子だ。俺なんかいなくても立派に生きていける...

それにあの子は俺を恨んでいるよ... 母と兄を守りきれなかった俺の事を。

...肝心なところで、一緒にいてやれなかった俺を。」


力無くそう言ってうなだれるフィッツを見てグリエロは静かに手を離す。


グリエロは低く唸るような声で吐き捨てる様にフィッツに言葉を投げつける。


「馬鹿野郎... そんな訳ねえだろ... オイ、馬鹿な真似はすんじゃねえぞ。」


グリエロの言葉を聞いているのかいないのか、フィッツは無言で踵を返し、ギルドを出て行く。

グリエロはそれを黙って見送ると深くため息を吐く。


「ッチ、あの分じゃ何もわかって無えな。

...おい、ロン、飯食いに行くぞ!」


そう言ってグリエロはロンを置いてさっさとギルドを出て行ってしまう。


「あ、おい、グリエロ待ってくれよ!」


そう言ってロンはグリエロを追いかけて行こうとする。


グリエロを追いかけようと、二、三歩進むとロンは背後から声をかけられる。


「オイ!ロン!ちょっと待て!」


そう呼び止められて振り返ると、ロンを呼び止めたのは意外にもフェン・ズワートであった。


「お、おお... フェン・ズワート?ど、どうしたんだ?」


ロンが恐る恐る聴くと、フェンは気まずそうに頭を掻く。


「お前、オークの群れを潰したんだってな。...その、お前の職業、拳法家っつーんだって?

まともな職種なんだな... 」


「あ、ああ。そうだな、まぁ、多分まともな戦闘職だと思うよ。

...いきなりどうしたんだ?」


ロンがそう言うとフェンは言いにくそうに頭を掻く。


「いや、この前は悪かったな。詳しく知らないでお前の職業を馬鹿にする様な事を言って...

それを言いたくてよ。」


「ああ、そんな事か。いや気にしてないよ。」


ロンはそう言うと、頭の隅で“拳法家”は自分が作って、先日やっと職業登録したところだが敢えて言うまいと思うのであった。


「オークの群れをぶっ潰すなんてヤルじゃねえか。お前意外と凄いんだな。

...じゃあな。どっか行っちまったフィッツのおっさんを探しに行かなきゃな... 。」


そう言ってどこ吹く風で今までのやりとりを傍観していた白と黒の魔法使い達を引き連れて去って行ってしまった。


ロンはしばらくぼんやりしていたが、グリエロがさっさと昼飯を食いに行ってしまったのを思い出して慌てて後を追うのであった。

グリエロも色々と考えている様ですね。


いつも読んで頂きありがとうございます。

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