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66 緊急会議

急転直下、事態が動き出します

パイリラスが両手に投擲戦斧フランキスカを構えると、それに応えるようにロンも拳を挙げ左脚を前に半身に構える。


各々が得意の構えだ。


スッと緩やかに、しかし鋭くパイリラスがロンの眼前に迫る。それに合わせてロンは後退し右脚を前にした半身の構えに変える。


パイリラスが左右の手に持ったフランキスカで交互に練撃を放ち、ロンはそれを構えを入れ替えつつ体捌きだけで躱す。


パイリラスが上段から打ち落とす一撃を、ロンは横に躱しながらフランキスカを握った手首を払う。

戦斧を横ざまに払われたパイリラスは上体を大きく開く形になる。ロンは無防備になったパイリラスのスイゲツに突きを放つ。

パイリラスはロンの突きを身を捻りつつ躱して、身体を捻った勢いを使いフランキスカを横薙ぎに振り抜く。


ロンは振り抜かれんとするフランキスカを身を屈め躱す。そして地面の上をクルリと前転してパイリラスの背後を取る。


ロンは背後からパイリラスの後頭部めがけ上段の蹴りを回し入れるが、パイリラスはその蹴りを見事な跳躍で躱す。


パイリラスは空中で二度ほどトンボを切りロンの間合いの外に着地する。


そして再びロンとパイリラスは相対に構えをとる。



その様子を中庭に面したギルドマスターの執務室の窓から眺める人物がいる。


ウンド冒険者ギルドのギルドマスター、トマス・クルス・メイポーサである。


彼はニコニコ笑いながら窓からロンとパイリラスを見ている。


「すごいなぁ。アレって、フィリッピーネさんが振り付けた剣舞なんだって?

何だっけアレ?バッレっていう舞踏だっけ?」


トムが階下の二人を眺めながらそう言うと背後から答える者がいる。


「そうですね。バッレではああやって男女二人で踊る事をパドドって言うんですって。」


そう答えるのはミナである。戦闘馬鹿でおよそ情緒的なものに無頓着なトムが珍しく興味を示している事に少々驚く。


ミナの驚きにも無頓着なトムは、ミナに背を向けたままロンとパイリラスを食い入る様に見つめている。


「へぇ、パドドって言うんだ。やっぱり踊りなんだね。

優雅に踊っているけれど、実際の闘争を想定した演武みたいな鋭さもあるよね。

あの振り付けを考えたフィリッピーネさんは凄い才人だよ。戦闘勘ってモノを持っているね。戦いの真に迫る迫力がある。」


「やっぱり見る場所はそういう部分なのね。」


ミナは微笑みながらも嘆息する。


ようやくトムが階下の二人から目を離しミナに向き直る。

その顔はもう笑っていない真面目なものになっていた。


「ミナが使い魔を従えてここに来るって事はハンスから連絡があったって事なんだね。」


そう言ってトムはミナの後ろに使えている掌程の大きさの使い魔を見やる。白い肌に白い髪、目だけが赤く爛々と光っており背中には蝶の翅を羽ばたかせている。この翅もまた白い。


「ええ、この子がハンスからの伝令を持って来たわ。」


「聞かしてくれるかい。」


トムがそう言うと、ミナは使い魔に目で合図を送る。


ヒラヒラと白い使い魔はトムの眼前まで飛んで来ると、小さな口を開きハンスの声で話し出す。


「あー、ハンスだ。今はガムザティ原始林の奥だ。オドが動いた。連れている魔女達の言う事には、オークのオドだそうだ。かなり広範囲の森のマナを使って秘密裏にオーク共を動かしている。魔女達の言う規模だとかなり広い、一個大隊が動き出したようだ。

一個大隊を隠蔽術を使って動かしているから進行速度は遅い。しかしオーク共だ、一切休息を取らず進軍し続けるだろう。この調子じゃ十日後にはウンドに襲来する。

それから一個大隊の中には、とんでもなく強力なオドを持った奴が何人かいるみたいだ。そいつらはオークを率いている魔族の連中だろう。そうなると何らかの攻城兵器か魔法を持っている可能性が高い。ウンドが城壁で守られているとはいえ油断は出来ない。

あー、取り急ぎの報告だ。俺も今からウンドに帰る、詳しい報告はその時に。魔女達は先に帰らせるよ。僕は今から深く潜るから最速で行っても三日はかかる。

以上だ。」


報告が終わると使い魔は口を閉じる。

坦々とした報告であったが、使い魔を通してもハンスの焦りが伝わる緊迫したものであった。


ミナが手を差し伸べると、使い魔はスッと掌にのり消える。


「後、十日か... 時間は余りありませんね。」


ミナが腕を組んでそう言うと、トムは首を振って答える。


「いや、十日もある。事前に攻めてくる時期がある程度わかった事は僥倖だ。オークや魔族が来る事はわかっていた事だし、準備はある程度は整えてあるしね。

ハンスは良くやったよ。あのガムザティ原始林で存在を気取られず、オークの動向を探っていたんだからね。」


「ではこの事をウンドに駐留している冒険者達に知らせます。住民の避難の手配もこちらで行いますが。」


「うん、冒険者たちに通達するのは頼むよ。後は、うーん。住民の避難だね。皆んな生活があるからね、今から避難してって言って避難してくれるかな?十日で避難が終わって帰って来れたら良いんだけど、戦闘が長引くかも知れないしね。」


「でも魔族やオークが攻めて来るって言ったら避難してくれるんじゃない?生命には変えられ無い訳でしょう?」


「そうなんだけどね。ウンドの人って意外と図太いからなあ。オークの顔を実際に見るまで泰然としてそうだよね。まあそれも踏まえて対策は立てたけれどね。」


そう言ってトムは腰に手を当ててミナに笑いかける。

トムのその姿を見てを見てミナは苦笑する。


「対策ってあの事!?」


「そう!結構良い線いってると思うよ。のんびりしたウンドの人向けだよ。」


「まぁ、そうよね。五百前の戦争時もヴラディスラウスの軍勢が攻めて来てても皆んなギリギリまで普通に生活していましたからね。」


「それはミナとブランシェトがいたからじゃない?」


トムの問いにミナは微笑むだけだった。

ミナは気持ちを切り替えるかの様にパンと手を叩く。


「また会議かしら?いつもの面々を集める?」


「そうだね、召集をかけて貰おうか。あ、それとパイリラスも呼んでくれ。」


「わかったわ。ロン・チェイニーとコボルトの長達は呼ばなくていいの?」


「彼らはいいだろう。いつもの上級職とエルザ君だけでいい。今回の会議は今の状況説明とそれについてのパイリラスの意見を聞くくらいだ。」


トムがそう言うとミナはコクリと頷いて執務室を退出する。


トムは執務室を出て行くミナの後ろ姿を見届けると、再び窓辺から階下のロンとパイリラスを楽しそうに眺めるのだった。



会議室の円卓には上級職の冒険者が並んで座っている。


ギルドマスターのトム、ブランシェト、ヴァリアンテ、タスリーマ、エス・ディである。そこにミナとパイリラスも加わるのであるが、一同の視線はエルザに注がれている。


エルザも上級下位の黒魔導士なのでここにいて然るべきなのだが...


「ねえ、エルザちゃんこの会議は上級職の冒険者に召集がかかった会議よ。何でエルザちゃんの後ろにはそんなにいっぱい人がいるの?」


怪訝なと言うか呆れた様な顔をしてブランシェトが問いかける。


円卓について座すエルザの後ろにはロン、グリエロ、ランス、フィリッピーネが立っている。


エルザは顔を真っ赤にしてうつむきながら力無く答える。


「あああ、あのう。そのう、一人で来るのは気後れしたと言うか緊張すると言いますか... 心配で... 」


そう言って最後に小さな声で「また、やっちゃってもいけないし... 」と呟くと、ロンとランスに両方の肩を慰める様にトントンと叩かれ、フィリッピーネには優しく慈しむ様に頭を撫ぜられ、グリエロに無遠慮に頭をはたかれる。


「エルザ君は愛されているなあ。でもそんなに緊張するのも良くないよ。それに君はもう上の下の冒険者なんだ、一端の冒険者なんだよ。もっと自信を持っていいんだから。」


エルザはますます赤くなってうなだれる。

しかしトムは嬉しそうにグリエロやロンを見ると会議の開始を宣言し、ハンスからの伝令を皆に伝える。


「そう言う訳で、十日後には魔族率いるオークの一個大隊がウンドに襲来する。

あのレンジャーのハンスが十日と言うんだからオーク共の到着は一日の誤差も無いと思う。

何か質問はあるかな?

ていうか、パイリラスの見立てはどうだい?」


トムがパイリラスに話を振る。

パイリラスは腕を組んで難しい顔をしている。


「そうか、とうとうオーク共の数と装備が整ったのか... もっと時間がかかるものと思っていたのだが。いやヒーシが死んだ事を察知したのかもしれないな。遅れを取る前に強襲しようとしたのかもしれん。」


それを聞いてトムが首を傾げる。


「と言うと?」


「うむ。魔族の中には遠見の法と言って遠距離を見渡す術を持った魔術師がいる。多分そいつが見たのであろうな。」


「そいつは魔術なのか?眼では無く?」


パイリラスの見解にエス・ディが口を挟む。


「うむ。そやつは遠見の法と言っておった。それが魔術なのか呪具なのかまではわからん。」


パイリラスがそう言うとエス・ディは腕を組んで難しい顔をして黙り込む。

すると今度はブランシェトがパイリラスに問いかける。


「ねえ、一体何人の魔族がオークを率いているの?魔族がこちらに来たと言う事はエルフの結界を突破したって言う事よね?」


「七人だ。結界を越えてフーケ世界にやって来た。その内の、犠牲を強いる者ヒーシ・ウフラマアンは死に、私が抜けたので今は五人だな。」


パイリラスのその言葉を聞きブランシェトは絶句する。


「そ、そんなに... いくらエルフの力が弱まったからと言って七人もの魔族の侵入を許すなんて... 」


そう言ってブランシェトは青褪めるが、パイリラスは首を横に振りブランシェトを見つめる。


「ブランシェト様、結界を抜けられたのは決してエルフ族の力が弱まったからではございません。

我らの仲間に一人、エルフの結果を部分的にですが打ち破れる者がいたのです。

その者がいなくては我らも結界を通り抜ける事は出来なかったでしょう。」


「それは誰なの!?」


今度はミナが意外そうな顔をしてパイリラスに詰め寄る。

そうすると、パイリラスは肩をすくめる。


「それが... 私もよくわからないのです。その者はある日突然やって来たそうで、結界を破れると魔王様にうそぶいたそうなのです。」


その言葉にブランシェトは首を傾げる。


「それって魔族なのかしら?私達エルフの結界はあなた達魔族の魔力とは相性が悪くてそう簡単に破界出来ない筈だけど...

この五百年間は殭屍王を除く五人の魔王をも抑え込んできたと自負はしているんだけれどもね。」


ブランシェトはそう言って少々困惑した顔をする。そこにヴァリアンテがガラガラとしゃがれた声でパイリラスに問いかける。


「そういやパイリラスよ、あんたの所の親分は誰なんだい?」


その問いかけにパイリラスはやや力なく答える。


「我らが主は魔王エルコニグ様だ。 」


それを聞いて首を傾げたのはエルザである。


「魔王エルコニグって、お伽話に出てくる榛荊の魔王エルコニグの事ですか?」


「あら、そんな古いお伽話よく知ってたわね。」


タスリーマが驚いた顔をするが、エルザもまた驚いた顔をしている。


「はい、古い伝承とかお伽話に古代魔術の詠唱の一節があったりするんです。私、古代魔術の研究してますから。古いお伽話とかけっこう読むんです。

召喚術の研究をしてる時に『榛荊の魔王』のお伽話を読んだ事があって... でも、お伽話の登場人物くらいにしか思ってなかったです。」


エルザそう言ってため息を吐くとブランシェトもまた嘆息しその話を引き継ぐ。


「そうね、お伽話になってしまうくらい昔からいる魔王だものね。五百年前当時は六大魔王の頂天にいる殭屍王に次いで力のある魔王だったけれど、よもやそんな魔王が背後にいるとはね... 結界を破ってこちらに来た魔族の中にエルコニグはいるの?」


半ば諦観の表情を見せるブランシェトはパイリラスにそう尋ねると、パイリラスはブランシェトの目を見ながら静かにうなずく。


「ああ、エルコニグ様はいらっしゃる。」


それを聞いてブランシェトとミナが渋面を作り項垂れる。



「魔王が出て来るのね... 」


ブランシェトの呟きに会議室の空気は重く沈む。

さてどうするんでしょうね。


いつもお読み頂きありがとうございます。

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