62 ギルドでの騒動
やっとウンドの街に帰って来ました。
パイリラスは平身低頭、床に突き刺さるかの勢いで頭を下げていた。
彼女がひれ伏しているのはギルドの受付である。
ウンドの門番の所で多少のすったもんだがあったものの、比較的すんなりと街に入り、まずは諸々の報告をギルドにしようと立ち寄ったのだが、パイリラスは受付の前に行きミナの顔を見るや恐ろしいまでの速さで平伏し最敬礼を行った。
「ミミミ、ミナルディエ・ドラクリア様!か、かような場所におられるとは!わ、私の様な身分の者が、ごごご、ご尊顔を拝謁する事が出来ました事は恐悦至極にして、あばばばば... 」
パイリラスは顔面蒼白になりガタガタと震えており最早何を言っているのか本人もわからなくなっている様だ。
ロンを始め一同もこの異様な光景に言葉を失う。
ギルドの受付にたむろして居る他の冒険者達も何事かとざわつき始めた。
ガタガタと震えて額突くパイリラスを見て「うへぇ!」と奇妙な言葉を発して青くなったミナは、平伏し硬直するパイリラスを抱えてギルドの奥に走り去ってしまった。
慌てて後を追ったロン達はギルドの二階までミナを追いかけたが、そこに来てミナを見失い辺りを見回していると、奥のギルドマスターの執務室から「うぎゃあああ!」とブランシェトの絶叫が聞こえてきた。
駆けつけたロンが恐る恐る執務室の扉を開けると、執務机の向こうに驚愕の表情を浮かべ壁にへばりつくブランシェトと、その反対側の壁際で平伏しているパイリラスがいた。部屋の真ん中には肩で息をするミナがいる。
「ブ、ブランシェト先生どうしたんですか?それにミナとパイリラスも何しているんだ?」
事態が全く飲み込めていないブランシェトは壁にへばりついたままパイリラスを凝視している。
「ま、魔族が突然転がり込んできたのよ!」
泡を食うブランシェトにロンは事もなげに事情を説明する。
「彼女はパイリラスと言いまして、出先で知り合いまして仲間になったんです。」
雑な説明をするロンをブランシェトは目を剥いて凝視する。
「チェイニー!あなたがこの魔族を連れてきたの!?猫やコボルトじゃないんだから、魔族なんか拾ってきたら駄目じゃないの!」
少々混乱しているブランシェトがロンを叱る。それも宜なるかなブランシェトは五百年前の大戦で魔族と直に戦ったエルフである。ロンと違い魔族に対し根源的な恐しさを持っている。
「そうですよ!ロンさん!魔族なんか拾って来たら駄目です!しかも私の顔を知っているだなんて五百年前の戦争の生き残りじゃないの!なんてもの拾って来るの!」
珍しくミナも怒っている。
ここに来てようやくロンは不味い事をしでかしたと言う事を理解する。
「あ、あのぅ... この魔族のパイリラスはですね、帰る所が無くてですね、仲間にしたんですけど... ウンドに置いておく事って出来ますかね?」
「「駄目に決まってるでしょ!」」
計ったかの様に同時に同じ事を言ったブランシェトとミナは二人してロンに詰め寄る。
「チェイニー、あなた何考えているの!?コボルトでもギルド内で大騒ぎになったのに今度は魔族ですって?何であなたはそう次から次へと... 」
ブランシェトは眉間を押さえながらフラフラと後ずさる。
「ロンさん、あの魔族が私の顔と名前を知ってるって事は私があの人に見初められた時に居合わせているって事なのよ。それがどんなに危険な事かわかる?」
ロンに詰め寄るミナは眉を寄せ困り果てたと言った面持ちでフラフラと執務室に置かれている応接椅子のもとに行きため息を吐きながらに深く腰掛ける。
「あ、あのう。パイリラスがいるとやっぱり不味いですか?」
ロンが恐る恐る聞くやミナとブランシェトは再び詰め寄ってくる。
「「不味いに決まってるでしょ!」」
ミナは頭を抱えながらもロン達に説明を始める。
「私がここに居るとわかれば、おのずと殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアがこの場所に未だ眠っているという事がわかってしまうわ。魔族がウンドの近くに潜んでいるという事はウンドに未だあの人が封印されているか調べるためよ。
もし大挙して魔族がウンドに押し寄せて来たらこの街の冒険者達だけでは守りきれないわ。侵攻して来た魔族があの人を起こす様な事があったら人間界は滅びかねないわよ。」
「うん... それは前に聞いたから知っているが、復活、即、滅亡みたいな事になるのか?」
「そうよ... あの人が自分を封印したのは、不死者としての自分の魔力が余りにも強大すぎて命ある者の生存を脅かすからなのよ。あの人が目覚めた瞬間に少なくともウンドは廃墟と化すわ。」
それを聞いたロンは流石に不味い事をしでかしたことを理解し青ざめる。
ミナは頭を抱えながら再び椅子に深く深く腰掛ける。
そうすると平伏していたパイリラスが躊躇いながらも手を挙げる。
「あ、あのう。発言をしてよろしいでしょうか?」
顔面蒼白で挙手をするパイリラスに鋭い視線を投げかけながらミナはゆっくりと頷く。
「あなたパイリラスって言ったかしら。見たところ不死者では無いわね。ヴラディスラウスの配下では無いようだけど、どうして私の顔を知っているの?ヴラディスラウスが自らを封印してから私はすぐ身を隠したから他の魔族達は私の存在は知っていても、私の顔は知らない筈よ。」
「は、はい。私は当時、伝令としてウンドに赴いておりまして、ウンドに着いたその日に殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリア様がミナルディエ・ドラクリア様を御眷属にされまして。まさに私その場に居合わせまして... 」
「ええ!あの伝説の名場面を直に目撃したんですか!」
場の重い空気を払拭する勢いでエルザが食いついてきた。全く空気を読まない残念な娘エルザの暴走に執務室の中に居合わせた者達は一様に力無くうなだれる。
「エ、エルザちゃん、そこ伝説の名場面じゃないから... ていうか落ち着いて... 」
ミナが苦笑しながらエルザをたしなめる。エルザはまた暴走していた事に気がつき真っ赤になって小さくなる。
一瞬ポカンとしていたパイリラスであったが、気を取り直して語り出す。
「そ、それでですね、その場で殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリア様がお隠れになりましたので、私ほうほうの体で遁走いたしまして魔界に逃げ帰ったのであります。」
「じゃあ、あなた魔界で誰かに私の事を喋ったりしているんじゃないの?」
そう言ってミナはパイリラスを再び睨みつけるが、パイリラスは大慌てで手と首振れるもの全て振って否定する。
「い、い、いいえ!滅相も御座いません!他の者にミナルディエ・ドラクリア様の事は他言しておりません!」
「どうして?」
「遁走している時にですね、殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリア様の放たれた使い魔が私のもとに現れてですね、ミナルディエ・ドラクリア様の事は他言するなと仰せになりましたので。」
「ふうん。それで不言不語の呪いでもかけられたの?」
「いえ、特段そのような呪いは受けておりませんが... 」
「へ!?言われただけなの?それだけで黙ってたの?」
ミナは毒気の抜けた顔でパイリラスを見つめる。
「はい。あの時から今日までミナルディエ・ドラクリア様の事は一言も口には出しておりません。」
「な、なんでまた!?」
「約束ですので。」
ミナはポカンとして言葉を失いつつロンを見つめる。
「ミナ、そうなんだよ。なんかパイリラスってすごい律儀な奴なんだ。戦う事にも何か自分の矜恃みたいなモノを持っていてさ。それで戦ってみてやっぱり信用できるなと感じて。仲間にしたいなと思ったんだ。」
ミナはポカンとしつつロンとパイリラスを交互に見つめ、このやり取りを聞いていたブランシェトはゆるゆると執務机に戻り椅子に腰掛け机に突っ伏す。
「チェイニー... あなたどこまで脳天気でお人好しなの。まあ、そこがあなたの良い所で強みでもあるんですけれど... まさか、いよいよ魔族まで連れて来るなんて... 」
ブランシェトのぼやきに続きミナのぼやきも始まる。
「ほんとロンさんって屈託が無いというか、白魔術師を辞めて何か吹っ切れた感じがしますね。」
「そうなのよ、チェイニーって元々は裏表の無い純粋な子だったのよ。生活の為にって、余り向いて無い白魔術師を始めて一時期やさぐれていたけどね。」
ブランシェトはロンを眺めてしみじみと語る。
「え!? 僕って白魔術師に向いて無かったんですか?な、何で早く言ってくれないんですか。」
「チェイニー、あなた凄く頑張っていたでしょう。それに一度これって決めたら頑として譲らないじゃない。だから言うに言えなかったし、て言うか遠回しに向いてないって言ってはいたのよ。ただ、あなた全然気が付かないじゃない?まあ、陰から支援はしてたんだけどね。」
それを聞いてロンは複雑な表情を見せて固まる。
「そ、そうだったのか... パイリラスを連れて来て、まさかの自分自身の衝撃の事実を知ってしまうとは...
あ、いや、そうだパイリラスだ。パイリラスの処遇についてのお話しがしたくてですね。」
そう言ってロンはブランシェトを嘆願するかの様に見つめる。
「もう、そんな目でみないでよ。私の一存で決められる事じゃないし、ミナの言い分もわかるけど、このままこの子をウンドから放り出す訳にもいかないわ。また会議を召集しないとね。」
ブランシェトはため息を吐きながらパイリラスを見る。
「それからあなた、パイリラスっていったかしら?申し訳無いけど勝手に魔力探知させて貰ったわ。あなたの魔力の総量ならチェイニーなんか一瞬で殺せる筈。言い方は悪いけれど、気位の高い魔族が自分よりも弱い、さらには人間と手を組んで、あまつさえ仲間になろうなんて私からしたら信じられ無いのだけれども。
あなた、どういう意図があってロンの仲間になったの?返答次第ではこの場で私があなたを滅ぼすわ。」
ブランシェトは、今までロンが見た事も無い様な鋭く冷たい視線をパイリラスに投げかけるや、部屋の空気が振動する程の魔力を放出させる。
これにはロンをはじめ執務室に居合わせた者達も肌が粟立つほどの緊張を強いられる。
ロンはブランシェトがこれ程の魔力の放出する所を見た事が無かった。事あるごとに怒られてはいるが、エルフであるブランシェトは基本的には穏やかで優しい。
白魔術師は非戦闘職だが、齢千九百歳を超える上級上位の白魔術師でありヘルカラクセ流杖術の達人であるブランシェトは上級戦闘職の冒険者に勝る戦闘力を持っている。
ブランシェトの魔力に当てられ、ますます縮こまるパイリラスは恐る恐るといった面持ちで訥々と喋りだす。
「い、いえ、お言葉ですがロンは強いです。確かに魔力では私の方が数段優れていますが、体技においては私に勝ります。確かにロンの命を奪う機会は幾度となく有りましたが、こやつは戦士としてとても気持ちの良い奴です。殺すのは惜しいと考えあぐねるうちに敗北しておりました。」
それを聞いてもブランシェトは疑いの目を向ける。
「それだけで魔族が負けを認めて仲間になるのかしら?まだ判然としない所があるわね。あなたが負けを認める決定的な事ってなんだったの?闘争って総合的なものよ、体技で劣るだけで負けを認めるのは変じゃない?」
ブランシェトは鋭く追求するような猜疑の視線をパイリラスに向ける。
パイリラスは返答に窮するような顔を見せた後、頬を紅く染め瞳を潤ませはじめた。
おかしな空気を放ちだしたパイリラスにブランシェトとミナは一瞬たじろぐ。
「はい... それはフィリッピーネ様の踊りに心と身体を斬り裂かれたからです...
フィリッピーネ様のあまりの美しさに私の全ては敗北したのです。同胞からどの様な誹りを受けようとも私はフィリッピーネ様のお側にかしずきたいと願ったのです。」
それを聞いたブランシェトは目を白黒させ大きくのけ反る。
「な、な、な、フィリッピーネ様何していらっしゃるの!?と言うか何でチェイニーと一緒にいたの!?」
「あのですね、僕とフィリッピーネとエルザにランスで採掘依頼を受けまして、カラボス山に向かっていたんですが途中でパイリラスに遭遇しまして... 」
そう言ってロンは今朝からのあらましをブランシェトとミナ二人に説明する。
聴き終わったブランシェトは机に突っ伏して嘆息する。
「何この訳の分からない話し。と言いますかフィリッピーネ様本当になにをしてらっしゃるんですか... まあ流石と言えば流石ですが。フィリッピーネ様の踊りは私も今まで見てきた舞踏の中でも抜きん出て素晴らしいと思いますけれど、まさか魔族まで平伏す踊りだとは... 」
「まあ!ブランシェト様にそう言って頂けるだなんて光栄ですわ!」
ブランシェトのぼやきを聞いたフィリッピーネは朗らかに笑い喜ぶ。
場の空気は和むがブランシェトだけは渋い顔をしている。
「もう、ミナちゃん、フィリッピーネ様が冒険者になってチェイニーと出かけるだなんて、ちょっとした異常事態なんだから私に報告してよね...。」
「すいません... でもブランシェトに言ったら取るものもとりあえずフィリッピーネ様のもとに飛んで行きそうですから、言って良いものか迷っちゃって... 」
「そうよね、ミナの言いたい事はわかるわ。ホント羨ましい... 」
そこまで言ってブランシェトは自らの発言を打ち消す様にゴホンと咳払いをする。
「オホン。...それはさて置き、あなたパイリラスって言ったっけ?それは本名?」
「はい。私は惨禍の誘惑者パイリラス・ドゥズヤルヤと申します。」
パイリラスの名乗りを聞いてブランシェトはハァとため息を吐く。
「相変わらず魔族って物々しい名前をしてるわね。わかったわ、私ブランシェトの名において惨禍の誘惑者パイリラス・ドゥズヤルヤの一時の滞在を許します。
仲間に迎え入れるかどうかはこの後の会議次第ね。
いいわねパイリラス、あなたのオトグラフは掌握したからね。おかしな事したら大変な目に遭うわよ。」
それを聞いてパイリラスはペコリと頭を下げる。
「はい。突然押しかけた魔族である私に対しての寛大な措置、痛み入ります。」
「感謝するなら、チェイニーになさい。まあ、ここまで来たらもう仲間になった様なものだけれどもね。」
ブランシェトはそう言って力なく笑う。魔族であるパイリラスが執務室に転がり込んで来てから鋭く強張った顔をしていたブランシェトだが、幾分か態度を軟化させいつもの朗らかな顔に戻る。
落ち着きを取り戻したブランシェトの顔をみてパイリラスは恐る恐る質問する。
「あ、あの、つかぬ事を伺いますがブランシェト様と言いますと、あの地母神ブランシェト様ですか?
その言葉を聞いたブランシェトは眉根を寄せて微妙な顔つきになる。
「そんな呼び名、久しく忘れていたわ... その二つ名恥ずかしいからあんまり好きじゃないんだけれど。」
「へえ。ブランシェト先生ってそんな呼び名があったんですね。知らなかった。」
ロンが感心するとミナが嬉しそうに後に続く。
「そうだった、そうだった!ブランシェトは大地の守り神とかって呼ばれてたわ。」
それを聞いたエルザもひどく感心し始める。
「すごい!カッコイイ!タスリーマお姉様の御本にはそんな記述が無かったですよ。知らなかった。感激!」
「知らなくていいのよエルザちゃん。格好良くもないわよ。まさか魔族の間にもその名前が浸透しているなんて予想だにしなかったわ。」
パイリラスは手を合わせて感慨深そうに大きく頷く。
「いえ、魔族の間でもブランシェト様は伝説の存在ですよ。我々魔族が侵攻しようとした街や都市に片っ端から現れては、都市を覆うほどの巨大で堅牢な結界を張って魔族の攻撃を跳ね返す加護を与えるんです。我々の侵攻を大幅に遅らせ現場を大混乱に陥れた恐るべき存在です。」
「で、伝説って... 今でも魔族は私を憶えているの?」
「はい、ブランシェト様は今だ第一級討伐対象になっておりますよ。凄いですよね。」
「頭と胃が痛いわ... 。」
ブランシェトは頭を抱えてうずくまる。
「でも、そんな事より緊急会議ね。ミナちゃん上級上位のいつもの面々に召集をかけて頂戴。ギルドにすぐ来る様に言って。集まり次第直ぐに会議を始めるわ。」
「わかったわ。」
そう言ってミナは立ち上がり執務室から出て行く。
ブランシェトはロンに向き直りため息を吐く。
「ふう、なんだか疲れてしまったわね。でもそう言う訳だからチェイニー達も会議室に向かって頂戴。」
そう言ってブランシェトはロン達執務室に居合わせた者達を見渡す。そしてここに来て初めてランスの抱えるリザードマンの赤ん坊に気がつく。
「ちょ、ちょっと!?ランスさん何抱えてるの?」
「ハァ、リザードマンの赤子デスガ。」
「いえ、見ればわかります。そうじゃなくて何故ランスさんがリザードマンの赤ちゃんを抱っこしてるのよ?」
「ああ、そうだった。ブランシェト先生、取り替え子の話しがギルドに上がって来ていませんか?パイリラスと戦う前にゴブリンから救い出しまして。」
「早く言いなさいよ!取り替え子の捜索願いは来てるわよ!お陰で今日は朝からギルドは大騒ぎだったんですからね!」
ブランシェトの話しによると、どうやらロン達が依頼を受けて出て行くのと入れ違いでリザードマンの夫婦が大慌てで息子の捜索願いを出しに来たようである。
「ブランシェト様、ソノ夫妻ガ逗留シテイル宿ハドコデショウ?」
「大通りのポサダ亭に宿泊している筈だわ。」
「デハ一走リ、リザードマンノ赤子を届ニ参リマス。」
「今から行ってくれるの?」
「ハイ。コノ赤子ノ両親モ、サゾ心配シテイルデショウ。早イニ越タコトハナイデス。」
そう言ってランスは執務室を飛び出して行った。
「じゃあ、私達は会議室に行きましょう。」
ブランシェトはロン達を引き連れ会議室に向かう。
会議室にはミナを始め、グリエロ、トム、ヴァリアンテ、タスリーマが既に席に着いていた。
ブランシェトは会議室の円卓をぐるりと見回しフムと頷く。
「大体揃ったわね。後はエス・ディとランペルかしら。」
ブランシェトが席に着きながらそう言うとヴァリアンテがガラガラとしゃがれた声で答える。
「ほれ、久しぶりに取り替え子がおきたろ?リザードマンの夫婦の話しを聞いたエス・ディはコボルト達を引き連れて捜索に行っちまった。
まあ、あいつの眼とコボルト達がいりゃ今日中に解決するだろう。会議をしているうちにでも帰ってくるんじゃないかい。」
「その事なんだけれどもね... 」
ブランシェトが事のあらましを話そうとするや会議室の扉がけたたましい音を立てて開かれる。
「おおい!何だ緊急の呼び出しってなぁ!こっちはまだリザードマンの赤ん坊が見つかってねえんだ!つまんねえ話しだったら聞いちゃいられねえからな!」
悪態を吐きながらエス・ディがランペルをはじめとするコボルト達と会議室に雪崩れ込んでくる。
「あ、ちょうど良い所に帰って来たわね。リザードマンの赤ちゃんなんだけれどもね... 」
「おう!そうなんだよ!リザードマン一家が野営してた街道脇から俺の眼とコボルト達でゴブリンの痕跡を辿って行ったんだがよ、北の森でゴブリン共の集落らしき場所は見つけたんだがな...ゴブリンは皆んなおっ死んでいてよ。
それに聞いて驚け!そこにゃホブゴブリンの死骸まで転がってるときた!
こいつは事件だぜ!」
一気呵成に言葉を紡ぐエス・ディにブランシェトは言い難そうに話し始める。
「その件なんだけれど、もう解決したの。」
「おう、そうかい。それよりホブゴブリンだ。コイツが他にもウロチョロしてるとなるとリザードマンの赤ん坊が... って、ちょっとまて解決した!?」
「そうよ。チェイニー達のパーティーがリザードマンの赤ちゃんを救い出して来たの。」
「はい。ゴブリンの集落はエルザが木っ端微塵にしましたし、僕とランスでゴブリンもホブゴブリンも討伐しました。ホブゴブリンについても一体だけです。他にはいません。」
ロンがそう説明すると、エス・ディは気の抜けた顔でトボトボと席に着く。
「なんでい、解決したのかよ。いや、そいつは良かった。何よりだ。つーかロンやるじゃねえか、お手柄だな!」
そう言ってエス・ディがニカっと笑ってロンに称賛を送ると、ランペルがポンと手を打つ。
「ドウリデ、アノ場ニ、ロン様ト、ランス殿ノ匂ガアッタ訳デスネ。」
ランペルが納得したと頷くとエス・ディがずっこける。
「うおい!それを早く言えよ!」
「テッキリ、エス・ディ様モ気ガツカレテイルモノカト... 。」
「イヤイヤ。お前達みたいに鼻が良いわけじゃねえからな。俺が利くのは鼻じゃ無くて眼なんだよ。まあ解決したってんだから良いんだがな。
... じゃあ何で俺達は召集されたんだ?」
エス・ディの疑問に答えたのはトムである。
「その女性の事かな?彼女は人間じゃないよね。」
トムがそう言ってニコリとパイリラスに視線を向け笑うと、会議室にいる者達の視線が彼女に向かう。
グリエロはパイリラスの額から生える角を見て思い出したかの様に喋りだす。
「おぅ。なんだ、お前さん魔族じゃねえか。何だってこんな物騒な所にいるんだ?」
グリエロがそう言うや会議室内に緊張が走る。
タスリーマ、エス・ディにヴァリアンテは椅子に座りながらも即座に臨戦態勢をとる。
タスリーマ達がコボルトの集落で見た魔族のヒーシはグリエロに角をへし折られた後の姿である。
グリエロに物騒なと言われた者達の空気が変わった事を鋭く察知したパイリラスもその顔に緊張感を走らせる。
いつもの通り鷹揚に構えているのはトムだけであった。
「いやぁ、そうじゃないかと思ったんだよ!そうか〜魔族かぁ。いや、なかなか強そうだね。楽しみだなぁ!」
ニコニコ笑うトムにブランシェトが怪訝な顔をする。
「もう、楽しみにしないで頂戴。と言うかそんな事言うのはあなたくらいなものよ。」
俯きため息を吐くブランシェトとは対照的にトムは諸手を挙げて喜んでいる。
「君の獲物は何なんだい?その腰から下げている一対のフランキスカかな?魔族はどうやって投げつけてくるんだろうね!」
トムは嬉しそうにグリエロに視線を送る。
「トム、お前さんはしゃぎ過ぎだ。まあ、しかし魔族の間にも投擲戦斧があんだな。ざっと見るに柄の反りが違うな。撹乱用か?なかなかに業物だな。」
グリエロがポツリと呟くとパイリラスが嬉しそうに食いつく。
「お!?解るのか?人間にもコイツの価値が解る奴がいるのだな。」
パイリラスは腰に下げていたフランキスカを手に取り構える。すると憮然として椅子に踏ん反り返っていたエス・ディがパイリラスを見て眼を見張る。
「お!いい身体してやがんな!肩から前腕にかけての筋肉のつき方に無駄がねえ。トム良かったじゃねえか。新しい遊び相手が見つかったぜ。」
「やあ。エス・ディの龍眼に適う奴が出て来るなんて久し振りだね!魔族さん、後で手合わせしようよ!」
そう言ってトムは立ち上がりパイリラスに握手を求める。彼女はそれに快く応えて二人はがっしりと握手をする。トムは喜んで大騒ぎする。
ひとしきり喜びの声をあげていたトムの脳天に拳骨が落ちる。
なかなか会議が始まらず、業を煮やしたヴァリアンテがバキバキと音をたてその痩躯を伸ばし立ち上がり、トムの頭上から怒りの鉄槌を振り下ろしたのだ。
「お前達男共はいつまでもキャッキャとじゃれ合うばかりで話しが一行に進まないね。」
ヴァリアンテはガラガラとしゃがれた声でそう言って、暗い眼窩に妖しく光る瞳で居合わせる男共を睨みつける。
ヴァリアンテの威圧で男共だけでなくこの場に居る者皆んなが震えあがる。
「おら、さっさと会議を始めるよ。議題はそこにいる魔族のこったろ!?」
そう言ってヴァリアンテはベキベキと腕を伸ばしながらパイリラスを指差しロンをギロリと一瞥する。
ロンは咄嗟に声を出す事が出来ずうんうんと何度も頷く。
非常に緊張感みなぎる会議がはじまった。
さてパイリラスは受け入れて貰えるのでしょうか?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




