61 歌と踊り
賑やかな帰り道です。
帰りの道中も行きと同様賑やかなものだった。
話題は大体パイリラスの事になる。
何故ならエルザがパイリラスを質問攻めにしたからだ。
パイリラスに気を遣ってと言う所もあるが、自分の趣味も兼ねている様ではあった。
エルザの質問はつまらない物と言えばその通りであった。普通魔族から寝返ってと言う事ならば今の魔族の動向であるとか、従える兵の規模や拠点の場所など聞かなければならない所は山程あるのだが、エルザが食いついたのはパイリラスがフィリッピーネの舞の様な戦い方を見て涙した所である。
「ええ!?魔族の間には踊りって無いんですか!?
じゃあ歌も歌ったりしないの?」
「うむ。あの様な美しいものは無いな。そうか、あの動きは闘争の為のものでは無かったのだな。
踊りと言うのか。」
パイリラスが感心していると。
傍らにフィリッピーネがやって来て捕捉する。
「そうね。踊りって言うのは歌や音楽に合わせて身体を舞わせる事よ。
私が踊るのは古典舞踊バッレ。貴女に見せた剣舞はクーメって言うこれも古〜い舞踏ね。」
「そうなのか。人間は素晴らしい自己の表現方法を持っていたんだな。後は歌や音楽か...どんなものなのだ?」
パイリラスの素朴な疑問にもフィリッピーネは真摯に受け答えする。
「歌は音楽の仲間ね。音楽は律動と旋律ね。手拍子だって、足踏みだって音楽よ。」
そう言ってフィリッピーネは歩きながら手拍子を始める。
軽ろやかに手拍子をするフィリッピーネは次第に歩みも軽快に足踏みも始める。
「これも音楽!そして音楽が始まるとね、踊りが始まるの!」
そう言うやフィリッピーネは大きく一歩踏み出したかと思うや華麗に舞い始める。
脚を大きく前に飛び出し着地するやクルリと一回転。両腕は滑らかに柔らかく身体に纏わり付いたかと思うや大きく広げられる。
優雅に滑るように森の中を舞い踊るフィリッピーネに一同は瞬時に引き込まれてしまう。
パイリラスはと言うと目からは滂沱の涙が溢れている。
側でパイリラスを見たロンは涙は流れるだけでなく噴き出す事もあるのだなと感心する。
「エルザちゃん!お歌を唄って!」
フィリッピーネは舞ながらエルザに歌を要望する。
「えええ!?歌ですか!?
え、えーっと、えーっと。」
そう言ってワタワタ手をバタつかせ慌てていたエルザだが、フィリッピーネの踊りを見つめるうちに自然と歌が口から零れ出す。
清廉なる女神よ
聖なる森の木々
碧銀に照らす貴女
露や霞に隠されぬ
妙なる姿を見せて
燃える体やわらげ
はやる心しずめ
聖なる乙女の治める
大地に豊穣を
天空に宝珠を....
エルザはか細くも通る歌声で歌う。
その緩やかに柔らかい歌声に合わせてフィリッピーネはしなやかに優しく舞う。
森に響く歌声と森を揺らす踊りは見るものを引きつけた。
ロンはフィリッピーネの優雅な舞に目を奪われるが、それとともにエルザの歌声にも心を奪われる。
小さくか細いが優しく豊かな歌声は身体から癒される様な心地良さがあった。
ランスも同様にエルザの歌に聞き惚れている様だった。コボルトは普段から表情に乏しくパッと見た目には朴訥で何を考えているかわからない顔をしているが、エルザの歌声に耳をそば立て目を丸くし口から舌が出ている事にも気づかないようであった。明かに聞き惚れている様である。
ロンとランスが感動に震えると言う事は、歌舞に免疫の無いパイリラスに与える衝撃は並みならぬものであった。
「うぅ、ぐしゅ、えぐ、ぅえ...」
パイリラスは何事かを喋っている様だが全く言葉になっていない。
エルザが静かに歌い終わると、それに合わせる様にフィリッピーネの踊りもとろける様に緩やかに止まり、スッと足を引き両手を軽く広げてエルザに一礼。くるりと身体を返してロン達に一礼。
惚けて使い物にならないランスとパイリラスの代わりにロンが口を開くことになる。
「流石というか、凄いなフィリッピーネは、音楽と踊りを一度に体現して見せてしまうなんて。
本当に素晴らしいな...何というか、言葉にならないって言うのはこういう事を言うのかな。」
「それに」と言ってロンはエルザを見ると、耳まで真っ赤にして佇むエルザと目が合った。
「どうしたエルザ!?真っ赤になって?」
「あ、いえ、フィリッピーネさんの踊りを見ていたら自然と歌を歌っていたんですが、その、歌い終わったら急に恥ずかしくなっちゃって...。」
そう言って先の尖った魔導師帽を幅広の庇を両手で掴んで目深に被ってしまう。
「いや、エルザ恥ずかしがる事はないよ。すごく上手くて驚いたんだ。とても綺麗な歌声だった。あれは何て歌なんだ?」
目深に被った帽子からちろりと目を出してエルザはロンを上目遣いに覗く。
「あ、あれは古代魔法の癒しの呪文なんです。太古の原初魔法は歌なんです。私、魔法学の魔術史を研究する中で古代魔法いっぱい歌ってましたから...。」
それを聞いてフィリッピーネはポンと手を打つ。
「そうなのね!癒しの歌だったのね。どおりで踊っている間、心も身体も軽かった訳だわ!」
そう言ってフィリッピーネはピョンと飛び跳ねて喜ぶ。
それを見たロンはくるりと肩を回して驚く。
「本当だ傷が癒えてる。気がつかなかった。古代魔法って凄いんだな。」
「あ、でも今の魔法と違って詠唱が歌な分長くて、調子を外しちゃうと効果が無くて。習得も難しいし、発動も煩雑で今は使う人がいなくて...
って、え!?効果が出てます?
今まで発動はしても効果は出なかったんですけど...。」
「フム。効果ハアル様ダ。エルザ、私ノ身体モ軽イ。」
そう言ってランスはその場で足踏みしている。
それをぼんやりと眺めていたパイリラスがハッとしてやにわに自分の身体をまさぐると悲愴な顔をして絶叫した。
「あああ!フィリッピーネ様につけて頂いた傷が癒えてしまった!な!な!なんと言う事だぁぁぁぁ... 」
そう言ってパイリラスは膝から崩れ落ちさめざめと泣きだした。
あまりの落胆ぶりを見せるパイリラスに、エルザはどうして良いかわからずオロオロとする。
その二人の間に入ってきたのはロンである。
「何もそんな泣かなくてもいいだろ。回復魔法の効果範囲の中に入っていたと言う事は、パイリラスも仲間だと認められたってことなんだから。
なあ、エルザ。」
そう言ってロンはエルザの肩をポンポンとたたく。それで我に返ったエルザはウンウンと何度も頷く。
「はい!あんまり意識していなかったんですけれど、皆んなが元気になれば良いなと思って。」
「エルザちゃんってホント良い子ね!」
フィリッピーネがそう言って嬉しそうに飛び跳ねる。
「いえ、フィリッピーネさんの踊りを見ていたら自然とそんな気持ちになったんです、良い子だなんて...。」
そう言ってエルザはデヘヘと露骨に嬉しそうに笑う。その姿を見て皆も楽しそうに笑う。
「さて、いよいよ本当に腹が減ってきたな。ウンドまであと少しだ、日が暮れて魔物が出て来る迄に帰ってしまおう。」
ロンがそう言って皆を促すと一同は各々頷いて歩き始める。
しばらく歩き続けているとパイリラスがランスの傍らにやって来て口を開く。
「コボルトの、ランスと言ったか... 珍しいなコボルトに名前があるなんて。匂いも普通のコボルトだ、仲間内でも識別は出来るだろうに。」
「今ハ、人間ノ街ニ厄介ニナッテオリマス。人間ハ名前デ個体ノ識別ヲシマスノデ、エルザニ名前ヲ貰ッタノデス。」
そう言ってランスは嬉しそうに語る。笑顔なのかよくわからない顔付きであるのだが、尻尾が大きく左右に揺れているので喜んでいるのは容易に伝わる。
「なるほどな。人間の街にいると言う事はやはりヒーシにコボルトの集落は破壊されたのだな。」
「...ソウデス。数モ半分以下ニ減ッテシマイマシタ。」
そう言って少しうなだれるランス。
「すまない... いや、どの様な言葉を並べても償いにはならないのだが... 謝罪させて欲しい。そして先程の礼を言いたい。」
「パイリラス様ガ、ドウシテ謝ルノデス?ソレニ礼トハ?」
パイリラスは歩きながらも居住まいを正す。
「いや、ヒーシは仲間だった。コボルトの集落を破壊し、生命を奪った片棒は担いでいたのだ。ランスには恨まれ軽蔑されてもしょうがないと思っていたのだが。
同類だと言った上に仲良くしようと言ってくれた。」
「ナニ、ソンナ事デスカ。
アナタハ、アノ魔族トハ違ウ。本当ニ悔イテ、心カラノ謝罪ヲシタ事ハ解リマス。
「いや、しかし... 」
「私ハ鼻ガ効クノデス。匂イデ解リマス。
ソレニ貴女ハ、ロン様トノ戦イデ高潔ナ戦イ振リヲ見セタ。ヒーシト違ウノハ見テモ解リマス。」
「あ、う、うむ。...ありがとう。」
「イツマデモ過去ニ拘泥シテイテハ、前ニ進メマセン。貴女ノ気持チハ感ジトリマシタ。
私ハ、コボルト北ノ氏族ノ長ランス。一族ヲ代表シテ、パイリラス、貴女ヲ赦シ仲間ト認メマス。」
そう言ってランスは立ち止まり、パイリラスに向かって腕を伸ばすとグッと鉤爪を伸ばした。
それを見たパイリラスは片膝をついて屈む。
ランスはパイリラスの肩に鉤爪を乗せる。これはコボルトが相手を仲間と認め、氏族に迎え入れた時にする仕草だ。ランスはパイリラスを言葉だけで無く態度でも仲間と認めたと言う事であるが、これは少々異例の事でもある。
そもそもコボルトは穏和な種族とはいえ、あまり他種族を仲間と認め無い。さらに言うと居丈高な魔族は本来、他種族に頭を下げない。
二人は顔を見合わせ互いにニヤリと笑う。少々怖い顔だが、これが彼らの笑顔であるからしょうがない。
「オット。少々遅レヲトッテシマイマシタ。」
「そうだな。早く追いつこう。」
そう言って二人は連れ立って歩き出す。
森を抜けてしばらく歩いていると、城壁を構えた大きな街が見えてくる。
「いよいよ見えて来たな。あれがウンドの街だ。」
ロンがそう言ってウンドの街を指差すと、パイリラスが城壁を見上げて驚く。
「ずいぶん立派になったものだな。五百年前にはこんな城壁はなかったぞ。」
「なんだ!?パイリラスはウンドに来た事があるのか?」
驚いて質問するロンにパイリラスは感慨深そうに頷く。
「人間も話には聞いておろう?五百年前の大戦の事を。」
「ああ、人間とエルフとドワーフの連合軍と魔族との戦争だろ、そりゃ知ってるけど、パイリラスも参戦していたんだな。...って言うかパイリラス何歳なんだ?」
「五百十五歳ってところじゃな。
まあ参戦と言っても当時はまだ駆け出しのペいぺい、下っ端の風使いだったからな。伝令として文字通り戦場から戦場を飛び回っていたんだよ。
戦争末期に伝令としてウンドまでちょろっと来た事があるのじゃ。あの時は酷い目に遭ったなぁ...。」
そう言ってパイリラスは遠い目をする。
昔から苦労人であるのだな、とロンは黄昏れるパイリラスの横顔を見てそう思う。
「まあ、そう言った昔話しなんかも飯を食いながらにしようよ。早く街に入ってしまおう。」
ロンはそう言って皆を促すが、エルザが「アッ!」と言って立ち止まる。
「門番のロドリコさん、パイリラスさんを通してくれるかな?魔族ですから、人間としての身元を証明するものを持ってないですよ。」
エルザは慌ててまくし立てるが、フィリッピーネは鷹揚に構えている。
「大丈夫よエルザちゃん。ロンさんの親戚って事にすれば良いわ。ロンさんと同じ珍しい黒髪だし、遠い田舎からやって来たから身分証明を持ってない事にすればいいのよ。」
「そんなので大丈夫でしょうか?」
エルザが不安げな表情をすると、それを察してかパイリラスも顔を強張らせる。
それでもフィリッピーネは胸を張って応える。
「平気よ!私が舞台公演に招待した事にするわ。ロンさんの親戚だって私が身元保証してあげる!」
そう言ってフィリッピーネは自分の胸をトンと叩く。それにパイリラスは胸を打ち震わせて感激する。
「何という事じゃ!フィリッピーネ様が我が身を保証してくれるとは!」
感動するパイリラスとは対照的にロンは淡々としたもんである。
「まあ、いいや。とりあえずロドリコの所に言ってみようよ。」
少々投げやりな言葉と共にロンは皆を引き連れてサッサと行ってしまう。エルザは「そうかなぁ」と首を傾げながらも後を追う。
「よう。ロドリコただいま。」
「おう、ロンのパーティーか、ご苦労さん。
ん!?コボルトの旦那が抱えているそいつは何だい?」
「ああ。この子はリザードマンの赤ん坊なんだ。ゴブリンの取り替え子が発生したんだ。ギルドに言って両親を探して貰わなければならないんだ。」
「おお、そりゃ大変だ。その子を拐ったゴブリンはどうなった?」
「集落を作っていたけど、全滅させたよ。もう安全だ。」
ロンがそう言うとロドリコはホッとした顔を見せる。
「そいつはご苦労だったな。
ところで、もう一つ。その女性は誰なんだい?頭にすげえ角をはやしてるが。」
ロンを含めて一同は、もはや見慣れて唯の景色と化していたのだが、パイリラスの額からは立派な角が四本生えている。
「ん!?あぁ、そいつは僕の遠い親戚で、はるばる僕の故郷からやって来たんだ。
んん...角、角な。普通は額からそんなもん生えて無いわな。」
ロンが身も蓋もない事を言ってエルザを始めパーティーを凍りつかせるが、パイリラスは和かに一歩前に出て来て会釈する。
「はじめましてパイリラスと申します。この額の装飾は私の故郷で流行っているものなんです。皆額に付けているんですよ。
ロンとは遠い親戚です。同郷ゆえ髪の色も同じでしょう。」
そう言われたロドリコはロンとパイリラスを交互に見て「なるほど」と頷く。
「そうさな、確かにそんな黒い色の髪はロン以外で見た事がねえ。と言う事は西方から来たのか?遠い所からようお越しなさったな。歓迎するよ。」
ロドリコがパイリラスにそう言って大仰にお辞儀すると、パイリラスも会釈を返す。
「ありがとう。しかし立派な城壁だな。驚いたよ。ウンド観光が楽しみだ。」
パイリラスの言葉にロドリコはニカリと笑って胸を張る。
「そうだろう!小せえ街だが城壁だけは立派なんだよ。まあ観光ったって、そこしか見どころはねえ片田舎だがな。
...ところで身元を証明出来る物はあるかい?まあ形式的なもんだし、ロンの親戚だってんだから大丈夫だろうがな。無きゃ無いで書類を書いたり何だり、ちょいと手間を取らせる事になるぜ。」
そう言ってロドリコは頭を掻いていると、フィリッピーネが元気よく前に出て来る。
「大丈夫よロドリコさん!パイリラスさんはロンさんを頼って遠い所からはるばる私の舞踏公演を観に来てくれたの!だからもう私のお友達よ!
私が身元の保証をするわ!」
フィリッピーネは勢いよく、よくわからない理屈を並べ立てたが、それを聞いたロドリコはポンと膝を打って大きく頷いた。
「そうか!フィリッピーネさんがそう言うなら大丈夫だ!通ってくれ。舞踏公演楽しみだよなぁ!」
コボルトの時もそうだったが、何の疑いもせずホイホイ通して大丈夫なのかとロンは心配になるが、丸く収まりそうなので、余計な事は言うまいと口をつぐむ。
しかし、一同が城門を潜ろうとした時にロドリコがふとロンに尋ねる。
「そういやお前ぇ達、パーティー組んでぞろぞろと、その御仁を迎えに行ってたのか?」
「ん?と言うと?」
ロンが首を傾げると、ロドリコも首を傾げる。
「いや、お前ぇ達、街を出る時に採掘の依頼がどうとか言ってなかったか?
お前ぇ達、身軽っつうか、手ぶらじゃねえか?」
ロドリコの言葉に一拍置いて皆の顔色が変わる。
「っああー!」
「忘れてたー!」
すっかり忘れていたようですね。
いつもお読み頂きありがとうございます。




