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60 パイリラスの事情

泣き崩れたパイリラスはどうなるのでしょう?

「もう、落ち着いた?」


フィリッピーネの問いかけに、その場にへたり込んだまま小さく頷くのはパイリラスである。


パイリラスはフィリッピーネの舞に感動し、すっかり戦意を喪失してしまっている。そこにエルザから白魔法で傷の応急手当てを受けたロンと、わずかな期間でロンがかつて習得した白魔法を超える回復魔法を修めたエルザがやって来る。


「大丈夫かパイリラス?」


そう問いかけるロンに、パイリラスは泣きはらした赤い目を少々気まずそうに逸らしながら立ち上がる。


「うむ、大丈夫じゃ。お前に威勢よく啖呵を切ったまでは良かったが... 人目を憚らず落涙してしまうとは、見苦しい所を見せてしまった...フィリッピーネ様が余りに美しいので思わず我を忘れてしまったのだ。

あの様に美しい動きを私は見た事が無い。」


そう言って嘆息し、パイリラスは再び落涙する。


「いや、それよりパイリラス、なんと言うか血だらけだぞ。大丈夫か?

エルザ、パイリラスにも回復魔法をかけてやってくれないか?」


ロンに促されエルザはコクリと頷いてパイリラスに向かい魔術杖をかざすが、パイリラスはそれを手を挙げて制する。


「いや、このままで良い。フィリッピーネ様につけられた傷を一生の誇りとしたい。」


「お、おう。...チョット頭を殴り過ぎたかな?」


ロンがそう言うとパイリラスは大仰に首を振る。


「大丈夫だ。狂ってはいない。私はこれからの一生をフィリッピーネ様に捧げると決めたのだ。」


そういってパイリラスは潤んだ目でフィリッピーネを見つめる。フィリッピーネはフィリッピーネでその視線をニコニコしながら受け止めている。

ロンはフィリッピーネの懐の深さに嘆息する。


「しかし、パイリラスは上からの命令で動いていたんだろ?一生を捧げていいのか!?明かに魔族に対する背信行為だろ。命令と全く逆の事をするって事になるじゃないか?」


ロンが心配そうに問いかけるとパイリラスは大仰に首を振り顔をしかめる。


「ああ、いいんだ。あんなクズ上官の命令なんざフィリッピーネ様と一緒に居られる事と天秤にかけるのもおこがましいさ。」


「そ、そんなものなんですかね!?」とエルザは心配そうにフィリッピーネとパイリラスを交互に見つめる。するとパイリラスは片手を勢いよく挙げてとうとうと語り出した。


「大体アイツの言う事は滅茶苦茶なんだ。この山での魔鉱石の採掘を私に丸投げしておきながら、自分はコボルトの住む森を掌握して来ると言って、私の部下のオークから何から全部引き連れて進軍しちまいやがった。

後に残ったのは私一人だ。独りでどうやって鉱石の採掘をしろって言うんだ!?」


そこまで聞いてロンは首を傾げる。

ロンの疑問とは裏腹にフィリッピーネが「大変だったのね」とのんびり同情をするとパイリラスはより饒舌に喋り出す。


「そうなんです!...酷いんだよ。しょうがないから採掘のための人足にするために、それまで採掘の邪魔をするから見つけるや片っ端から潰していたゴブリン共の生き残りをかき集めて集落を作らせたんだ。わざわざ精霊になりすましてゴブリン共を後ろから操ってな。」


そこまで聞いてエルザが疑問を呈する。


「それこそなんで精霊になりすましていたんですか?取り替え子まで用意させて... すごく回りくどいですよね。」


その質問にパイリラスは腰に手を当てため息を吐く。


「そりゃ魔族が手ぐすね引いてるのを隠すためさ。自発的にゴブリンが結託してホブゴブリンに進化なり変異した体にした方が人間の目を眩ませられるからな。...それに、まぁ、ホブゴブリンにした方が効率よく魔鉱石の採掘も出来るだろうし色々都合が良いと思ったんだが... 。

まぁ精霊芝居が上手くいき過ぎて、しまいにはゴブリン共が捧げ物としてリザードマンの赤子まで拐って来たもんだから、どうしたもんか困っていた時にお前たちがやって来た訳なんだがな。」


エルザは「なるほど」と手を合わせる。

すると、それまで黙って首を傾げていたロンが口を開く。


「なあ、お前の気に食わない上官って、もしかしてヒーシか?ヒーシ・ウフラマアンか?」


ポツリとロンが口にするとパイリラスは目を丸くして驚く。


「は!?何故ロンがその名を?どう言う事だ?」


ロンは「やはり」と言ってため息を吐く。


「いや、パイリラスの話しを聞いているとどうも頭に浮かんで来る顔があったからな。最近この辺りでオークを引き連れてコボルトの村を襲っていたと言ったらヒーシくらいのもんだろうしな。」


「な!?お前、ヒーシ様に遭ってどうして無事でいられるんだ?今あの方は何処におられるんだ!?」


途端にパイリラスは姿勢を正し辺りをキョロキョロと伺い出す。


「いや、何処にもいないよ。...何と言うか、その、ここにはな。」


歯切れの悪いロンの言葉ながらヒーシがこの場にいないとわかり、パイリラスは少し表情を弛める。


「なんだ、ヒーシの野郎はいないのか。」


「なんだ!?いないとなると途端に態度が変わるな。」


「そりゃそうだよ。あんな奴いないに越した事はない。わたしは今まで散々あのクソ野郎にいたぶられてきたんだ...

それで?奴は今どこに居るんだ?」


パイリラスの問いに、今度はロンが居心地を悪そうにする。


「いや、何処に居るかと、言われてもだな、何と言うか、その... もう、この世にいないと言うか... 。」


「はぁ!?...し、死んだのか!?」


「うん、行きがかり上、倒してしまった。」


驚いてパイリラスは身を退けぞらせるが、ふと眉をひそめてロンに向き直る。


「いやいや。奴はしぶといからな... そう簡単にはくたばらん。

...異化転生と言ってな、あいつはクソ不細工な黒蝙蝠に転化して死を逃れる術を持っているんだ。」


「いや、それも、粉々に吹き飛ばした...。」


言いにくそうにロンが答えると、パイリラスは口をあんぐりと開け固まるが、次の瞬間には大笑いを始める。


「アァッハッハッハッハ!何だそりゃ!凄いなロン!お前はヒーシに全く、完全に、とどめを刺したんだな!

それは凄いな。そりゃ私も勝てない筈だ!」


「あ、いや。僕一人でやっつけたと言う訳では無くて、五、六人でよってたかってやっつけたと言うか...。」


「いや、それでも凄い事だ。あのクソはアレでも魔界四将軍のうちの一人だからな。しかも異化転生まで封殺してしまうとは... 恐れいったよ。」


そう言ってパイリラスは再び笑い出す。

ロンを始め居合せた一同がポカンと呆けていると、ひとしきり笑ったパイリラスがロンに向き直る。

その表情は先程と打って変わって真面目なものとなっていた。


パイリラスはやおら屈み込み地面に両手を突いて頭を下げる。


「ロン、お前達の命を脅かし、あまつさえ人間達の命迄も奪おうとした事はもはや覆せぬ。

さらには上官であるヒーシも討たれ、私自身は負けを認めた。もはや生殺与奪の権はお前達にある。

私はフィリッピーネ様にこの身を捧げるとは言ったが魔族であり人間に仇なす存在だ。」


そう言ってパイリラスは唇を噛みしめ顔を歪める。


「...お前達の仲間に入れてくれと言うのは今さら都合の良い戯言だとわかっている。

しかし、この後同胞である魔族のもとに戻ったとしても、侵攻に失敗した咎を受け処刑されるだけだ...

それにもう、あの寂寞とした地獄に帰りたくは無い。もはや心は魔界に無い。フィリッピーネ様に奪われてしまった。お側にお仕えしたいが、許されないのであれば死を待つしかあるまい。

しかし、お前達に命を奪われるのであらば、それで良い。」


そう言ってパイリラスは再びハラハラと大粒の涙を零しフィリッピーネを見る。


「願わくば、フィリッピーネ様のその手に持たれている短剣で胸をひと突きにして頂き...た、い...うっうっう...」


そう言ってパイリラスは胸を押さえながら肩を震わして号泣する。


何故かその傍らでエルザも貰い泣きしている。


ロンは少々引き気味な腰でパイリラスに語りかける。


「いや、そこまで思い詰めなくてもいいよ。なんだかこっちが居心地悪いしな。て言うかお前チョット危ない奴みたいになってるぞ。魔族ってみんなそんななのか?」


及び腰でパイリラスに話しかけるロンに憤慨したのは貰い泣きしているエルザである。


「チェイニーさん酷いです!パイリラスさんがこんなにも思い詰めて苦しんでいるのに!

パイリラスさんはフィリッピーネさんの事を愛してしまったんですよ!禁断の恋なんですよ!」


エルザが鼻息荒く、またおかしな事を言い出したのをロンは片手で制する。


「エルザお前も暴走し過ぎだ。そう言うのが好きなのはわかるが、勝手に話し作って感情移入しすぎだろ。」


ロンはエルザを軽くたしなめパイリラスに向き直る。


「パイリラス、さっきも言った様にお前の命は取らないよ。ただ仲間になるって言うのは僕一人の裁量でどうにか出来ないから、ウンドの街に戻って先生やギルドマスターのトムさんにも相談しなきゃならない。すまないけどね。でもまあ僕からもウンドに居られるか取り計らってはみるけどね。」


ロンの言葉にパイリラスは驚いた顔をする。


「自分で仲間にしてくれと言っておいて何だが、そんなに簡単に私を信用して命を救って良いのか?何やらそのまま仲間にもしてくれそうな勢いだが... 」


「え!?いや、パイリラスもう行くとこ無いんだろ?それにフィリッピーネの側にも居たいんだろ。

まあ、ギルドに掛け合って何とかウンドに居られる様に取り計らうよ。」


「おお!ありがたい... が、やはり、お前はちょっと警戒心がなさ過ぎじゃないか?

私が魔族を裏切っていなくてウンドに潜り込むために、ひと芝居打っていたらどうするんだ?」


「いままでのくだりが全て演技だったとしたら、とんだ名女優だぞ。さもなきゃ本当の狂人だよ。

まあ、根拠も無くて、ただの直感だけどパイリラスは信用に足ると思ったんだよ。」


ロンは事もなげに言ってみせる。それでもパイリラスは引き下がらない。


「それでも私はここへ来るまでに、取り返しのつかない事を数多してきた。許されるとは思えない...。」


「僕も偉そうな事を言えた人間でも無いが、悔い改めたってんなら償え。許される事は無いかもしれないが、取り返しのつかない事もないだろ。」


「そ、そうなのか...?」


「多分ね。」


「なんだそりゃ!?」


パイリラスはへたり込んだまま、気の抜けた顔をしてロンを見つめる。

パイリラスの視線に気がついたロンは彼女に手を差し伸べ引き起こしてやる。


「手を取ったって事は、僕らの仲間になるって事だな。」


「ああ、まだ“仮の”だけれどもな。」


そう言ってパイリラスは頭を掻きながらロン達に向き直り、改めて「よろしく」とお辞儀をする。


そこに今まで黙ってみなのやり取りを聞いていたランスが前に一歩出て来る。

パイリラスはリザードマンの赤ん坊を両手で大事そうに抱えるコボルトを見るや顔を強張らせるがランスの言葉は思ってもみないものであった。


「パイリラス殿、私ハ、コボルトノ、ランスト申シマス。貴方モ私ト同様ニ余所者デス。同類ノ境遇デス、仲良ク致シマショウ。」


「え!?ああ、こちらこそよろしく頼む。」


パイリラスは一瞬ランスの言葉がすんなり頭に入って来なかった。コボルトにすんなり受け入れて貰えると思ってみなかったからである。


パイリラスの思いを知ってか知らずかランスはリザードマンの赤ん坊をあやしながら皆の方に向き直る。


「サテ。ソロソロ帰リマショウ。オ腹ガ減リマシタ。コノ赤子モ、オ腹ヲ減ラシテイル事デショウ。」


「それもそうだな。今日は大暴れしたから腹が減ったよ。ウンドに帰って踊る子猫亭に行こう。皆んなで飯にしようか。」


ロンがそう言うやエルザが諸手を挙げて歓喜する。


「わ!そうしましょう!皆んなでご飯を食べましょう!ね!フィリッピーネさんも来るでしょ!」


「もちろん!」


そう言ってフィリッピーネも諸手を挙げて優雅に飛び跳ねる。


「よし、満場一致だな。ウンドまで帰るか。」


そう言ってロンは一つ伸びをして、帰る身支度を整える。とは言え近くの木の根本に置いてあったルックザックを担ぐだけなのだが。


ルックザックを担いだロンはクルリと一同を見渡す。


「よし、出発だ。忘れて物とか無いな。」


ロンがそう言うとエルザが元気良く応える。


「はい!来た時と同じです!ご飯の話しをしたらお腹がすいてきちゃいました。早く帰りましょう!」


エルザはそう言って先頭に立って歩き出す。


ロンはふと振り返り、ゴブリン共の集落があった所を見つめる。


「ゴブリンの集落も破壊したし、もうやり残した事は無い、よな。」


そう独り言つと先を行くパーティーのもとに駆けていく。




パイリラスが仲間になりましたね。


いつもお読み下さりありがとうございます。

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