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57 魔族とのやりとり

小屋の中に居たのは魔族のようです

濡れた様に艶のある黒髪の間を割って、細く節くれた角が額から四本生えている。

そして、その双眸は赤く爬虫類の様に艶かしく光っている。


魔族だ。ヒーシ・ウフラマアンと同じく黒いローブを羽織り額から角を生やす姿は魔族以外に何者でもない。


ロンは自身の背中に冷たい汗が伝うのを感じる。今のまさに危機的な状況に動揺を隠せなかった。ここで魔族に出会うとは思わなかったのだ。決して油断していた訳では無く、魔族の脅威がウンドの街を襲いかからんとしているのは重々承知していた。とはいえ上級レンジャーのハンス率いる探索パーティが二組、ガムザティ原始林を捜索しているのだ、そう簡単に彼らを欺いて魔族がウンド近郊まで侵入出来るとは思っていなかった。


ロンは完全に判断を誤ったと悔いる。グリエロとルドガーにロンの三人がかりで挑んでもヒーシには敵わなかった。

今のパーティで魔族に打ち勝つのは限りなく不可能に近い。


ロンは自分一人がここで魔族に相対し、少しの時間でも食い止め、他の面々は逃がしウンドに事のあらましを報告して貰おうと考える。


こうなるとロンの生還出来る可能性は皆無に等しい。だが全員で戦ったとて全滅は免れられないだろう。


ロンは自ら殿をつとめようと考える。


かなり分が悪い戦いだが、ロンは腹を括る。

今までだって分の悪い戦いをしてきた。この戦いもそうだ、いつも通り全力を持って挑む。それだけだ。


「エルザ、それにフィリッピーネにランス。ここは僕が...」


そう言うやエルザはロンの傍らにやって来て魔術杖を構える。


「チェイニーさん、また一人で無茶しようとしてますね。大丈夫です、私達も戦います。」


「いや、何言ってるんだ。相手は魔族だぞ。...それにリザードマンの赤ん坊を抱えて戦いなんて出来無いだろう。」


ロンがそう言うやエルザはフィリッピーネの抱き抱える赤ん坊に防御結界を纏わせる。

それを見たロンは驚きを隠せない。何故なら防御結界は白魔術だからだ。エルザは上の下の黒魔導師である。本来、黒魔術と白魔術は相容れないものである。何故ならばそもそもの術理が違うからだ。高度な魔術を行使する高級高位の黒魔導師や白魔術師になればなるほど専門性が高まり体内で練る魔力の深度が深くなるので、相補的対魔法になる互いの魔法を行使するのが困難になる。

エルザはその困難を乗り越えて白魔術を修得した。どれほどの努力を重ねたのか考えるまでも無いだろう。


エルザは驚くロンの顔を見てニッコリ笑う。


「今、ブランシェトさんに白魔術を習っているんです。もうチェイニーさんの足手まといにはなりません。」


エルザはそう言って決意を宿らせた瞳でロンを見つめる。


「わかった、ありがとう」ロンはそう言って一同を見る。エルザもフィリッピーネもランスも大きく頷く。


ロン達は魔族に相対しそれぞれが臨戦態勢の構えを取る。


相対する魔族は俯きワナワナと震えている。

魔族はゆっくり顔を上げ、怒りの相貌を見せ牙がはえる口を開く。


「お、お前達!いきなり何をするのだ!」


その声はうわずっており甲高い。だが地声からして高そうでもある。分厚いローブを纏っている上に中性的な顔立ちであり、勝手に男だと思っていたが、この魔族は女性なのであろうかとロンは思う。


ロンがそんな呑気な事を考えていると、エルザが魔術杖をかざしながら魔族の問いに応える。


「ウインドラムの魔法を放ったんです。風属性の魔法です。」


魔族はさらに激昂する。


「そんな事わかっているわ!いきなり小屋ごと吹き飛ばすなんてどういう了見だ!常識無いのか!」


「うん... たしかにいきなり吹き飛ばすのは非常識だったな。しかし魔族に常識を問われるとは思わなかったな。」


「失敬な!お前達人間はいつも後先考えんのだ!もし小屋の中に他の人間や仲間が囚われていたら惨事だぞ!」


「いや、でも、ちゃんと確認したしな。...一応は。」


「ちゃんと確認しておらんわ!お前は一瞥してすぐ出て行ったではないか!

私が隠蔽魔法ですぐ側に隠れておったんじゃ!」


「隠れてたらわからないよ。」


それを聞いて魔族はエルザを指差しさらに怒りを露わにする。


「その小娘は気づいておったろうが!...第一、私はわざわざ隠蔽魔法で隠れてお前達を見逃してやったんだぞ。それをいきなり小屋ごと吹き飛ばすなどとはけしからん!」


そこまで聞いてロンは構えを解き、手を顎に当て首を傾げる。


「う〜ん。見逃してくれたのはありがたいが、お前をはじめとする魔族はこの国に侵攻しようとしているんだろう?」


「その通りだが。」


「そうだよな。だったらやっぱりここでお前を止めなきゃならない。遅かれ早かれお前とは戦う事になる。」


そう言うロンの言葉に魔族は地団駄を踏む。


「論点はそこではないのじゃ!私はいきなり小屋ごと吹き飛ばす様な、お前達の思慮に欠ける非常識な行動を非難しているのだ!」


「ああ、そこは悪いと思っているよ。すまなかった。」


「...それに見逃してやろうとしたのであるからな。」


「うん、まあ、そこはありがとう。」


「わかればよい。」


「...... 」


「...... 」


なんとも形容し難い気まずい沈黙が流れるが、その沈黙を破ったのはエルザだった。


「あ、でもゴブリンをホブゴブリンに変異させたのはあなたよね?ゴブリンを強化して襲わせるなんて酷いですよ。」


エルザの言葉に再び魔族は怒りだす。


「そうだった!私がせっせと集めたゴブリン共を全部倒してくれたな!一体全体なんなのだお前等は!?私の計画を見事に台無しにしてくれたな!」


「それも、まぁ、悪かった... ん?でもそのゴブリンで人間を襲うつもりっだったんじゃないのか?」


「その通りだが。」


「じゃあ、やっぱり遅かれ早かれ僕達が退治していたよ。」


「遅いとか早いとかの問題ではないのじゃ!私がどれだけ苦労してると思っているのだ!もう、頭きた!お前ら全員叩きのめしてやる!」


「ふむ、元からそのつもりなのだろう?」


そう言ってロンは構える。


「そうだよ!しかしこういう時は口上を述べるもんなんだよ!いちいち揚げ足をとるんじゃない!」


そう言って魔族はゴソゴソとローブを脱ぎ始める。袖から腕を抜いて身体を丸めた無防備な瞬間をロンは見逃さなかった。


ロンは大きく一歩踏み出して渾身の力を込めて魔族の胴に蹴り足を突き込む。

胴体を蹴り抜かれた魔族はローブに包まれた身体をくの字に曲げ後方に吹き飛ぶ。


ロンは蹴りの感触を確かめる様にゆっくりと脚を下ろす。やはり硬い。隙を突いて無防備な状態を狙い攻撃を仕掛けたが、魔族には大きな打撃を与えてはいない様だ。


吹き飛ばされ仰けに倒れている魔族はブルブルと震えたかと思うと、ローブを瞬時に裂いて起き上がった。細切れにされたローブの破片が辺りに舞う。


魔族の姿が露わになる。


身体の形にそったスケイルアーマーは大きな胸とくびれた腰を強調している。やはり女性だった様だ。しかし肩や太腿の筋肉の隆起を見るに、およそ淑やかな女性である様には見えない。確実に戦う者の身体つきだ。


左右の手にそれぞれ一つづつ持っているのは投擲戦斧フランキスカだ。

フランキスカは片手で扱える手斧で、刃が小さく柄の部分が緩く湾曲して太く、安定した重心を持っており投擲に適した形をしている。


さらにこの魔族の持つ一対の戦斧はそれぞれが柄の太さと湾曲の仕方が違う。すなわち、この二つの斧は異なった軌道で飛んで来るという事だ。


「何をするんだ!こっちはまだ着替えている途中だったんだぞ!非道だ非常識だ!これから戦おうっていう相手に礼儀は無いのか!」


怒り心頭に発するといった様子で魔族の女はロンに怒鳴りつける。顔を真っ赤にして目には薄っすら涙を溜めてロンの行動に対する抗議を述べる姿を見るにつけて、ロンはロンでだんだんと申し訳ない様な気になってくる。


「うん... 何かお前の意にそぐわない事ばかりして申し訳ない。でも闘争の場においては油断は禁物だと思う。僕なんかより卑怯な奴なんかは大勢いるし、混沌とした戦場では何が起こるかわからない。

僕は戦場にいる時は飯時も用を足している時も、なんなら寝ている時も気を張って油断してはいけないと教えられた。」


ロンはそう言いながらグリエロの顔を思い出す。色々な戦場を渡り歩いて来たと言うグリエロの言葉と教えは実戦的で現実的だった。武器術の指南を受けている時も常々聞かされている。


そしてロンにそう諭された魔族の女は口をつぐむ。


「う... だ、だが、戦いの場においても礼儀は必要だ。戦う相手には敬意を払わねば...ならない。」


魔族の女は旗色が悪くなったのか歯切れ悪くそう言った。しかしロンはそれを聞き、この魔族の女は魔族の女で自分なりの戦いに対する矜持がある様だと感じる。


「そうか。お前はお前で戦う事に対する誇りを持ってるんだよな。そうだよな。僕もお前に敬意を払って戦うよ。」


俯いていた魔族の女はロンの言葉を聞き、驚いた様に顔を上げる。


「え!?そ、そうか!お前は人間の割には素直だな。よし。お前は人間だが、死んだ後も名前を覚えておいてやろう!」


彼女の中ではロンは敗れて死を迎える事が決定している様だ。これには少々ロンも面食らう。


「え!?あ、あぁ。ありがとう。」


と、ロンが思わず礼を言うと魔族の女は満足気に頷き、手にした戦斧を掲げ構えを取る。


「我が名はパイリラス・ドゥズヤルヤ。惨禍の誘惑者パイリラス・ドゥズヤルヤ!」


パイリラスの口上を受けてロンも名乗りをあげ構える。


「拳法家、ロン・チェイニーだ。」


ロンが名乗るとうしろに控えていたエルザも名乗りをあげる。


「黒魔導師のエルザ・サリヴァーン・ランチェスターです。」


エルザが名乗ると続いてフィリッピーネとランスも名乗りだす。


「フィリッピーネ・ヴァウシュよ。今日は拳法家ね。」


「コボルトノ、ランスデス。」


皆が名乗りをあげている間、パイリラスは構えたままじっと聞いていた。どうも律儀な人物らしい。


そのままパイリラスはじっと構えているが、ふとロンはパイリラスの気配が変わった事に気がつく。


「エルザ、ランス、フィリッピーネ下がってくれ。エルザは皆に一番強い結界を張って、そして回復魔法の準備だ。フィリッピーネは僕の動きを見ててくれ。ランスは赤ん坊を死守してくれ。」


エルザは「私も...」と言った所でロンに制される。


「エルザは回復と補助だ。もし、パイリラスの動きが目で追えるなら攻撃魔法を放ってくれ。」


「え!?それってどういう...」


「エルザちゃん、今はロンさんの言う事を聞きましょう。」


そう言ってフィリッピーネはエルザを引き連れて後ろに下がる。フィリッピーネはロンの言わんとする事を理解した様だ。


ロンはパイリラスに向き直り、右脚を後ろに引き半身になり拳を顎の先まで上げ構える。


パイリラスはニヤリと口角を上げ不適に笑ったかと思うと一つ小さく頷く。


「ロン・チェイニーと言ったか。死を怖れ無いのか?仲間を守ろうとするとは、お前なかなかどうして高潔な戦士じゃないか。」


「パイリラス、お前の方が立派な戦士だよ。そうやってこっちの態勢が整うまで待ってくれていたんだしな。」


パイリラスは「フン」と鼻で笑うや腰を落とす。


真っ直ぐこちらに突っ込んでくる様だ。

ロンはパイリラスの構えたその姿で攻撃の指向を読み取る。爪先の向き、膝の曲げ方、腰の捻り、肩の角度それに目線、身体の発するあらゆる兆しを読み取り次の攻撃を見切る事が出来る。


ロンは自身の身体の緊張をほぐすかの様にゆっくりと呼吸する。


後はパイリラスの動きについて行けるかどうかだ。


今まさに戦いの火蓋は切られようとしている。


いつも読んで頂き誠にありがとうございます。


ロンは太刀打ち出来るのでしょうか?

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