56 ホブゴブリン退治
突然ホブゴブリンに変異いたゴブリンとロンが戦います。
その巨躯に似合わぬ素早さで突進して来るホブゴブリンの体当たりを横っ飛びにかわすロンとランス。
むなしく空を切るホブゴブリンの体当たりはロンとランスの後方に生えていた木に命中する。それほど太くない木ではあるが、人間が一抱えはあろうかというその木はホブゴブリンが体当たりした所からぽっきりとへし折れる。
メリメリと音を立てながら倒れる木を見ながらロンとランスは遠い目をする。
「こりゃ、そこいらのホブゴブリンとは比べ物にならない強さだな。なんならオークよりも力は強いんじゃないか?」
ロンの言葉にランスは目を細める。
「ソウデスネ。オークト言エドモ体当タリデ木ハ折レマセンシネ。シカシ、脅威トマデハ、イカナイヨウデス。」
忌々しそうに振り返ったホブゴブリンの額はパックリ割れてそこから血が滴っている。
「そうだな。力は強くなった様だが、おつむの方は弱いままの様だ。」
ホブゴブリンは咆哮をあげながら突進して来る。
「ランス、下がっていてくれ。僕一人でなんとかなりそうだ。」
ロンがそう言うやランスは後ろへ飛びすさり木々の間に消える。
ロンはそれを見届けると、ホブゴブリンの体当たりを事も無く避ける。ホブゴブリンはそのまま地面に激突すると、そこは大きく陥没する。すぐに体勢を立て直すと、割れていた額をさらに大きく割って血を滴らせた顔に、怒りとも狂気とも取れる感情を宿しながらロンを睨みつける。そしてホブゴブリンは手近に転がっていた石を掴み、振り上げる。
ロンが構えるのと同時にホブゴブリンは石を持った手を振り下ろすが、その手は虚しく空を切るばかりだった。
半歩身を返しホブゴブリンの攻撃を躱したロンは無防備にさらけ出された顔面に突きを放つ。
綺麗に顎を捉えられたホブゴブリンは一瞬グラリと体勢を崩すが、直ぐに踏ん張り踏みとどまる。なかなか頑丈な様だ。
「ふむ、硬いな」と独言たロンは再び構え直し肩の力を抜き、ホブゴブリンと相対する。
ホブゴブリンに変異したこの個体はかなり肉体強化されている様だ。だが慌てる程でも無い。先日戦った魔族のヒーシの身体強化と比べるとその硬さは雲泥の差だ。岩石を殴ったかと思う程の強度があったヒーシと比べると、まだ生物を殴った感じがある。
ホブゴブリンは石を持った手を闇雲に振るうが、ロンはそれを体捌きだけで躱してしまう。目で追える動きだ、恐るに足りない。
だが、それにしても頭の位置が高い。こいつを下げてやらねば急所に明確な有効打を放て無い。
ホブゴブリンの猛攻をしばらく躱していたロンは、ことさら大振りな攻撃が来た時にわざと大袈裟に躱しさらに大袈裟によろめいてみせ、大きな隙を作ってやる。グリエロなら呆れてしまう程の下手な牽制だが、ホブゴブリンの単純な頭は騙せた様でこれを好機とばかりに大きく振りかぶって石をロンに叩きつける。
ロンはそれを斜に一歩踏み込んで回り込む様にして躱し、隙だらけになりさらけ出された脚の外側面の膝のすぐ下にあるヨウカイの急所に、爪先を立てた蹴りをねじ込む。
急所を突かれたホブゴブリンは苦痛に顔を歪め地面に膝を突く。そうするとホブゴブリンの頭はロンの胸の高さまで下がってくる。ロンは肘をカスミに捻じ込むと、ホブゴブリンは大きく体勢を崩し倒れそうになるが、これもなんとか踏みとどまりロンを睨みつけてくる。
「えらく頑丈だな。これは文字通り骨が折れそうだ。」
ロンはそう言って肘をさする。
ホブゴブリンはよろよろと立ち上がり手に持つ石を再び振り回してくる。だが精彩を欠く攻撃には何度も打ち据えられた影響が見られる。
それでも大きな石を掴んで繰り出して来る攻撃は当たるとただでは済みそうに無い。流石のロンも当たりどころが悪ければ命に関わるだろう。
ホブゴブリンの石を持つ攻撃をかい潜りながら、ロンは拳を固く握り人差し指の基節骨を立て第二関節を突き出した形にする。
ロンはホブゴブリンの攻撃を躱しつつ隙を探る。
大きく振りかぶって石を持つ拳を投げ出す様に勢いよく振り下ろすもロンにあっさり躱されてしまう。むなしく空を切る拳は盛大に地面を叩くが、ロンはこの時に出来た隙を見逃さなかった。
伸びきった腕にロンは尖った拳を打ちつける。左拳で上腕上部のワンクン急所に一撃、腰を返しその勢いで右拳で肩の下部のウンカの急所に一撃の合わせて二連撃を瞬時に叩き込む。
ホブゴブリンは腕に雷撃でも受けたかの様な衝撃を受け、手に持っていた石を落としてしまう。たった二度の攻撃で腕が痺れて動かなくなる。元ゴブリンだったホブゴブリンは驚きを隠せない。自分でも明かに強く強靭な肉体を手に入れた実感があるのだが、それでもなお目の前にいる徒手空拳の人間は自分の強さを上回る。
素手なのにだ。奴らに対抗するために普段は組まない徒党を組み、あまつさえ自分は恐ろしい精霊にこの力を授かってなおこの男一人に敵わない。
ホブゴブリンは爪と牙を剥き出しロンに襲い掛かるが、その爪と牙の間を器用にすり抜け背後を取る。
ホブゴブリンはロンを見失うが探している暇は無い、間髪入れず左脚に衝撃を感じる。
太腿の中程にあるセンリュウと膝の側部にあるヨウカイの急所二ヶ所を爪先による蹴りの二連撃で攻撃されたためだ。
左脚が痺れ、膝の力が抜けてホブゴブリンはその場に膝を突き崩れ伏す。
膝をつくホブゴブリンは無防備に後頭部をさらけ出す。そこに間髪入れずロンの全体重を乗せた肘打ちがめり込む。
ゴキリと鈍い音を立てて頸椎が破壊される。ホブゴブリンの目の光が消え、生気の失われた体はゆっくりと前に倒れてゆく。
前のめりに倒れたホブゴブリンにランスが駆け寄り、事切れていることを確認するとロンの方を向き無言で頷く。
そうすると遠目で見ていたエルザとフィリッピーネが駆けつける。
「チェイニーさんお怪我はありませんか!?でも、スゴイですね!あんなに大きなゴブリンをやっつけちゃうんですから。」
「そうですね!なかなか良い蹴りを放ってましたよ、ロンさん!」
そう言って女性陣は盛り上がっているが、当のロンはランスと共に冷静だ。
「ふう、結構手間取ったな。攻撃は単調だったけど、えらく頑丈な奴だったよ。」
「ソウ言エバ、ゴブリンガ変異スル前ニ、アソコノ小屋デ何事カ叫ンデイマシタガ...。」
そう言ってランスは集落にある小屋の一つを指差す。
「ん、もしかすると、もしかするぞ。」
ロンは独言るようにそう言いながら小屋の前まで駆けて行き、中の様子をそうっと伺う。
ロンは中を覗くなり「やっぱりか」と言って慌てて中に入り、小さなおくるみに包まれた赤ん坊を抱えて出て来る。
「やっぱり、取り替え子がいたよ。」
それを聞いて慌ててロンに駆け寄るエルザにフィリッピーネ。しかしエルザはロンの抱えている赤ん坊を見るなり茫然とする。
「あの... この子?...蜥蜴なんですけど... 」
エルザが思いもよらない成り行きに訳がわからないと言った顔をしていると、ロンの抱えた子を見たフィリッピーネが相好を崩す。
「エルザちゃん、蜥蜴じゃないわよ。リザードマンの赤ちゃんよ!とてもまるまるしてて可愛いわね!」
そう言ってフィリッピーネは赤ん坊をどう扱って良いのかわからないといった顔で立ち尽くすロンからリザードマンの赤ん坊を優しく受け取り抱きしめる。
「えぇ!この子リザードマンなんですか!?私リザードマンの赤ちゃんって初めて見ました。...私、あまり獣人の方や亜人の方達とお会いした事がなくて...。」
「あ、そっか。エルザちゃんって王都出身ですものね。王都は人間やエルフの多い都市だものね。」
北方の王都周辺は道路や上下水道網の整備など近代化されており人間やエルフが多い。翻って南海地方は森が多く自然豊かな土地なので獣人や亜人が多い。北と南は大きな街道で結ばれており交流はあるが居住場所は種族の特性によって南北に分かれている。
ちなみに南海地方の「海」とは樹海の事を指す。広大な樹海を中心に都市が形成されているのが南海地方だ。
ウンドの街はその中間地域にあるのだが、それでも比較的に人間とエルフが多い。
ランスもフィリッピーネの抱えているリザードマンの赤ん坊を覗き込んで何事か考えている様だ。
「コノ拐ワレテ来トオボシキ赤子ハ、ヤハリ取リ替エ子ナノデショウカ?ゴブリンノ変異ヲ見ルニソウ捉エルノガ妥当デスガ...。」
何か奥歯に物が挟まった物言いのランスにロンが頷く。
「そうだよな。精霊に捧げられた子にしては元気だよな。グッスリ寝ているが生気を吸われた様な形跡も無いし、外傷も無い。取り替え子じゃ無いのかな?」
「シカシ、ゴブリンハ変異ヲシテ、ホブゴブリンニ成リマシタ。」
「う〜ん、変だな」と言って腕を組み首をかしげるロン。ふとエルザを見ると眉根を寄せてある一点を凝視している。
ロンはエルザが何をそんなに凝視しているのかわからず、その視線の先を見てみると例の小屋を睨んでいる事がわかった。
「エルザどうしたんだ?そんな難しい顔して。」
「いえ、あの小屋の中に微かに魔力の流動を感じるんです。...なんだろ?人じゃないようだけど。」
そう言ってエルザは目を細めて小屋を食い入る様に見ると「むぅ」と一言唸って、より眉を寄せて難しい顔をする。
「う〜ん。人どころかリザードマンの赤ん坊以外に誰も居なかったし、何にも無かったよ。今は空っぽの筈だけど。」
ロンがそう言うとエルザは手のひらを小屋にかざす。
「隠蔽魔法がかかっているのかも。よし。ウインドラムで小屋ごと吹き飛ばしちゃいますね。」
「え!?ちょっと待...」とロンの止める間も無く小屋はバラバラに吹き飛ぶ。
唖然とするロンとは反対にエルザは得意げな顔をして胸を張っている。
「エ、エルザいくらなんでも無茶だぞ。微かに魔力を感じたんだろ、誰か隠れてたのかもしれないじゃないか。」
「大丈夫です。人間じゃないです。かと言ってエルフでもないです。微かに感じた魔力は...この禍々しい魔力はオークです!」
そう言ってエルザは小屋があった場所を指差す。
もうもうと土煙りが舞い、小屋の残骸が散らばる只中には、蹲る黒い人影らしきものがあった。
土煙りがはれ、その人影がゆっくりと立ち上がる。その姿を見てロンは渋面を作る。
「エルザ、あれはオークじゃない。...魔族だよ。」
果たしてどうなるのでしょう?
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