5 ロン、鍛え直そうとする。
ゴブリンとの戦いに辛くも勝利したロン・チェイニー。
先ずは、基礎的な体力が、まるで足りていない事に気付きます。
どうやって体力をつけたら良いのでしょう?
あの使えない奴がまた登場します。
日が暮れる前にウンドの街に着いたロンを一番最初に向かい入れてくれるのは門番のロドリコだ。
「おう、おかしな格好で出て行ったと思ったら、えらく顔を腫らして帰ってきたな。」
それはそうだろう、ゴブリンに棍棒で二回も顔面を殴打されたのだから。
「そうか? そんなに腫れてる? どうりで、さっきからズキズキ痛む訳だよ。」
呆れ顔のロドリコに「じゃあな」と挨拶だけしてギルドに向かう。
「お帰りなさいませ......って、えぇ!? ロンさん?どうしたんですか、その顔!」
ギルドの受付でも驚かれる。
「ん、ちょっとね。大丈夫、大した事ないよ。」
「えぇ...ロンさん、今日は薬草採取に行って来たんですよね!?」
「そうだよ」と言って、受付カウンターに採取した薬草を置く。
「どうして、薬草採取でそんなに顔がパンパンに腫れるんですか!?」
ゴブリンと戦って顔面を殴打されたのだが、説明も面倒なので「まあね」と曖昧な返事をして報酬を受け取ってギルドを後にする。
ロンは家に帰って、鏡をみて驚く。
「そりゃ、こんなにボコボコに腫れてたら皆んな驚くわな。顔ってこんなに腫れるんだな。」
このまま放っていたら明日はもっと腫れ上がって大変な顔になりそうなので、今日購入した薬草と家に置いてある触媒を煎じて回復薬を作って顔にぬる。
こういう時に白魔術師の医学知識は重宝する。
「ふう、これで明日には腫れは引くだろ。...次は、今日のおさらいだな。」
ロンは部屋の真ん中に立って、今日のゴブリン戦を思い返す。
どうやってゴブリンを殴ったか。
足を肩幅に開いて、軽く腰を落とす。そこから両方の拳を顎の先まで持ち上げる。
コレが相対する敵を殴るための構えだ。
その構えから、右の拳を真っ直ぐ前に突き出す。
「こんな感じだったか。」
右の拳を顎元に戻し、左の拳を前に出す。
「ふむ」と言って構えを戻し。目の前にゴブリンがいる事を想像する。
今度は素早く右の拳を突き出す。次は、左の拳。次は右。さらに左。
右、左、右、左、交互に素早く拳を突き出す。
「フン! フン! フン! フン!.....」
三十回くらい突いただろうか、額にジワっと汗が滲み息が切れる。
「はぁ、ふぅ ...ちょっと体力作りもしないとイケナイかも...これくらいで息切れしてたら連戦できないな。」
白魔術師だったとは言え、冒険者がこれではいけない。これからは体力がモノをいうのだ。明日から体力作りもしていかねばならないなと、ロンは痛感する。
その時、グゥと腹が鳴る。そういえば昼過ぎにゴブリンを倒した後、干し肉を一口かじったきりだ。
もう晩飯時だし、明日のためにギルドの近くにある酒場にでも行って何か精のつくものを食おう。
ギルドのほど近くにある、酒場「踊る子猫亭」
酒場の中は様々な依頼や探索を終えた冒険者たちで溢れて、鰻の寝床状態だ。
晩飯時のこの時間はいつもこんな感じなので、相席が常だ。まぁ相席というよりも僅かな隙間を見つけて体をねじ込むと言った方が正しいか。
ロンは手頃な隙間を見つけて滑り込む。
「おーい! デボラー! 飯お願いー!」
この時間帯は叫ばないと注文を取りに来てくれない。
「はいよー!」
この酒場の看板娘デボラが注文を取りに来る。若い女がデボラ一人だけなので、必然的に看板娘になるのだが。まぁ、可愛いっちゃ可愛い。側までやって来たデボラは耳元に顔を近づける。
「はぁい!おまたせ!何にするんだい!」
耳元で絶叫する。耳が痛い。可愛いんだケド何か微妙にずれた娘なんだよね。
「聞こえてるよ。あのさ肉料理で何かオススメはある? なんというか、精のつくもの。」
「えぇ!? もぅ! やぁねロンったら! わかったわ、とっておきのがあるわ!」
そう言ってロンの肩をバンバン叩いて厨房に引っ込む。やっぱり何かズレている。
「おい! おめー! ロンじゃねぇか!」
そう言われて声のする方を見る。
ロンの向かいにあの時の軽薄馬鹿戦士が座って目を剥いている。
「何だ、馬鹿戦士じゃないか、生きてたんだな。」
「生きてるよ! つーか馬鹿戦士ってなんだ! それに、よくも俺を放って帰ってくれたな! お陰で死にかけたぜ!」
そう言って酒の入ったマグカップを持った手でテーブルを叩く。
それに、辟易した顔でロンが反論する。
「こっちこそ、お前が馬鹿みたいに突っ込んで行って、速攻で昏倒してくれたお陰で、死にかけたんだよ! 馬鹿たれが!」
その言葉にさっそく旗色悪くなる馬鹿戦士。
「いや、そこは悪かったよ。...でもよ、お前も白魔術師なら、状態異常治癒の魔法くらいかけてくれても良かったろうよ。」
「あのね、白魔術を行使するには呪文の詠唱が必要なの。ゴブリンの群れの真ん中で昏倒してる馬鹿の所に行って、ゴブリンの群れの真ん中で呪文詠唱しろって言うのか? 死んじまうわ! 馬鹿たれ!」
最初の勢いは何処へ行ってしまったか、シュンと小さくなる馬鹿戦士。
「そこも悪かったよ。でもよ、なにもそんな馬鹿、馬鹿言わなくてもいいじゃねぇかよ。」
「...そういや、お前、名前なんだっけ?」
「おい、即席とはいえ同じパーティの仲間だったんだぜ、名前くらい覚えとけよ。」
呆れた顔でロンを見る馬鹿戦士。
「グリエロだよ。」
「あー、そうか、そうか、そうだったな。」
「お前、ぜったい俺の名前知らなかったろ。 ...まぁ、いいさ。そうなると、俺抜きで、あのゴブリン共をどうやって始末したんだ? あの黒魔導師の女の子がやったのか? とても戦えるような感じじゃ無かったが?」
その間抜けな問いにロンは眉根を寄せて答える。
「あのね、僕が全部やっつけたの。わかる?」
「え!? 白魔術の攻撃魔法って言うと、神聖魔法とか、破邪魔法とかってコト?」
「んな訳あるかっての。そんな高等魔法使えたら、中の下でくすぶってないよ。全部ぶん殴って倒したんだよ。」
「素手でか!? ロン、お前、根性あるな。」
グリエロの呑気なもの言いに、ロンは歯を食いしばって自分の顔を指差しながら答える。
「お陰で、顔中ボッコボコに腫れ上がったよ。」
丁度その時、お待ちかねの肉料理がやって来る。
「お待ちどうさま!精力満点のお肉料理よ!これ食べたら一晩中、元気満点よ!」
そう言ってデボラは目を輝かせる。
「デボラ、お前なにか勘違いしてない?」
「おい、まさかロン、お前、あの、黒魔術師の女の子と、ねんごろな感じなのか!?」
グリエロまでとぼけたことを言い出した。
ロンは呆れて物も言われないが、ここは物言わねばならない所だ。
「そんな訳ねーだろ。僕は体力をつけたいんだ。」
そこでロンははたと気付く。
「そう言えば、お前、まがりなりにも戦士だよな。筋力とか体力とかを向上させたいんだが、どういう風に鍛えるもんなんだ?」
「なんだ、ロン、お前強くなりたいのか!? 筋力をつけたいってんなら、重たいものを持ち上げて振り回すんだな。そんで、体力をつけたいんなら、単純に走り込め。」
「ふんふん、なるほどな。早速明日からやってみるよ。ありがとう。」
「おい、ロン。身体を鍛えたいんなら、時間作ってギルドの中庭に来い。大体いつも、昼前なら俺はそこに居て、ちょいと暇にしてるからよ。鍛え方教えてやるよ。」
「そうなのか、じゃあ顔を出すよ。ありがとう。
...そうだ、ついでに聞くが、手っ取り早く精のつく食い物ってあるか?」
「ん? あぁ、鶏の生卵でも飲めば良いんじゃねぇか。俺は駆け出しの頃は、走り込む前に二、三個飲んでたぜ。」
「なるほど、おいデボラ、生卵三つほど見繕ってくれないか?」
隣で目を輝かせてニヤついているデボラに追加で注文する。
「わかったわ、帰る時にでも厨房に声かけて頂戴。用意しとくから。それから、早く料理食べないと冷めちゃうわよ。」
そう言って料理を指差す。
ロンの目の前には大きな皿に乗った山盛りのグロテスクな謎の物体が湯気を立てている。
「...これなんだい?」
「キラーエイプの睾丸よ。コレすっごい精力がつくんだから!」
肉料理じゃないじゃねぇか。
お読みいただきありがとうございます。
中々先に進まないですが、ロンも強くなるため色々と模索中なようです。
のんびりと末永くお付き合いください。
よろしくお願い致します!