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49 中庭にて

一応ロンの日常が戻って来たようです

ロン達が峠の森の奥からコボルト達を救い出して一月程が経った。ウンドの街は相変わらずのんびりと平和なものだが以前と違うところと言えば街中をおつかいコボルト達が走り回っている事くらいだ。


ロンは相変わらずグリエロとヴァリアンテが言う所の修行僧の様な日々を送っている。

今日も朝からウンドの街を一周走りギルドの中庭で砂袋を抱えて摺り足をしている。


「ロン、お前さんやるじゃねえか! 一番でかい砂袋抱えて中庭二十往復しちまったな! 」


「すごいねロン君! ドワーフも顔負けだなあ! 」


グリエロとトムはお互い剣で軽く模擬戦をしながらロンに賞賛を送っている。

ここ最近はグリエロの武器術演習にトムが度々顔を出す様になった。


ロンは砂袋を片付けしばらくグリエロとトムの模擬戦を眺める。


グリエロの上段からの剣の打ち下ろしをトムは横に捌きながら素手で打ち下ろされる剣の腹を押して軌道を変える。剣の軌道を縦から横に変えられたグリエロはその力の流れに逆らわず身体を横に一回転させ横軌道の剣筋に更に勢いを付けて今度は横薙ぎに剣を打ち払う。トムはそれを身体を大きく反らせて躱し今度は横薙ぎに打ち払われる剣の腹を下から蹴り上げる。


お互いがその一連のやり取りを恐ろしい迄の速さでやってのけている。一歩間違えば大怪我では済まない勢いなのだが、ロンはグリエロの本来の剣速がこれの数倍は速いのを知っているし、トムの底知れぬ強さも身に染みて知っているので彼らが模擬戦と称して剣で戯れあっているのが良くわかる。だが、知らない者が見たら本気で殺し合いをしていると取られ兼ねない勢いではある。


「おいおい、トムよ。何だその躱し方は、素手で剣を押して軌道を変えんじゃねえよ。全く... 相変わらず化け物じみてるな。」


「いやいや、またグリエロの鋭い斬撃を見れる日が来るなんて感激だよ。フフフ。」


そう言ってトムは笑いながらロンを見る。


「それにこの躱し方はロン君の体捌きを見て思いついたんだ。闘争の場において徒手で敵と相対するなんて思いもしなかった。でもこの戦い方だと最小限の動きで攻撃を躱せるから迎撃しやすいんだよ。」


トムは「これは大発見だ」と言ってロンに向かって自分の拳を突き出して笑う。

ロンは自分の動きを見ていて思いついたという動きがロンの今いる次元を遥かに超えている事に若干引き気味になる。

それを見ているグリエロは大きくため息をついた。


「トムよ、そんな芸当をやってのけるのはお前さんくらいだぜ。一歩間違えりゃ手足が吹っ飛ぶぜ、下手すりゃ頭をかち割られてあの世行きだ。」


「じゃあガントレットとかサバトンを着けてたらいいんじゃないか? 手足の保護になるよ。」


「お前さん... 重装歩兵じゃねえんだからよ、鉄籠手や鉄靴なんて装備してたら素早く動けねえだろ。」


「そうかなぁ、ある程度の防具を装着して戦えないと戦場では生きていけないよ、色んな所から攻撃されるんだから。グリエロは軽装過ぎるよ。」


「相手の太刀筋を読んで攻撃を躱しゃいいんだよ。自分の武器で受け止めるのもコツがいってだな... 」


「いやいや、そうグリエロみたいに相手の太刀筋をすぐに見切れる奴なんていないんだから。君は武器術の専門職だからなぁ。」


「お前さんもだろうが。て言うか俺より格上じゃねえかよ。」


「えー。グリエロみたいに武器術の研究に没頭は出来ないよ。そこまで武器に情熱を注げないなぁ。」


「戦闘狂のお前さんがよく言うよ... 」


「なんだよ狂って。それを言うならグリエロだって武器狂いじゃないか。なあロン君どっちが狂ってると思う? グリエロだろう? 」


いきなり話しを振られてロンはたじろぐ。どちらが狂っているかなど答え難い事と言ったらない。ロンは暫しの黙考の末に口を開く。


「一つの事を追求して極めようとすると他の人から見ると奇異なものとして写るのかもしれませんね。日々を普通に過ごしている者からすると、一つの事柄に並々ならぬ情熱を注いで極めようとする事って無いでしょうし、そもそもそんな事を考えもしないでしょうからね。そりゃ側から見たら狂ってると捉えられかね無いですよね...

いえ、あの、つまりですね。僕は戦闘術にしても武器術にしてもそれを極める二人を単純に凄いと思うし尊敬しているって事なんです。

ですから僕も狂えるほど拳法家の技を追求して極めたいです。」


「で、結局のところ俺たち二人とも狂ってるって言いたい訳? 」


「い、いえ、そう言う訳では... 」


「あっはは! ごめんごめん冗談だよ。

いや、ありがとう。ロン君にそういう風に思われていたとは光栄だ。でも極めているって言うのは誤解だよ。俺もまだまだ修行中だよ。もっと強くならなきゃ。お互い頑張ろうな。」


そう言ってトムはニッと歯を見せて悪戯っぽく笑う。


「頑張ります!」と答えたロンはつられて笑う。側で聞いていたグリエロは「なんでいトム、お前さん美味しいとこ持ってきやがったな」とトムを突つく。


そのやり取りを見て笑っていたロンだが、はたと気付いてトムに向き直る。


「そうだ、トムさんさっきの模擬戦でグリエロの横薙ぎの剣を身体を大きく反らせて躱した上に足を高く上げて蹴り上げていましたよね。」


「こうかな?」と言ってロンは先程のトムの動きを真似ようとして仰けにひっくり返る。


「イタタ、やっぱりおいそれとは真似出来ないな。」


そう独り言ちたロンはトムに向き直る。


「あの... 不躾な質問なんですが、トムさんの身体の柔軟性ってどうやって身につけたものなんですか? 」


トムは思ってもみなかった問いかけにキョトンとしている、すぐにロンの質問の意図を察したのはグリエロである。


「そういや、お前さんこの前の戦いでオークの頭を蹴り上げてたな。あん時も身体が柔らかくなる方法がないかって言ってたな。」


「そうなんだ。脚って腕より太くて筋肉の量が多いだろ。だから突きより蹴りの方が威力があるんだ。でも身体が硬いのもあって脚は腕みたいに自由に動かせないんだよな。オークなら腹を蹴る事くらいは出来るけど、頭を蹴り上げる事は難しい。

あの時はとっさにやって上手くいったけど、あれからウンド帰ってきて何度か試してみたけど上手くいかなくて。」


それを聞いていたトムはなるほどと頷いている。ロンは何か思い出した様で「ああそうだ」と言って先を続ける。


「それから、あの魔族のヒーシの触手を避けるのも一苦労で。今さっきのトムさんみたいに柔軟だったらもっと上手く躱せただろうなと思いまして。」


「ふむ。俺もそんなに柔軟では無いと思うけど...

俺の体捌きなんかは実戦で培ったものだよ。だから柔軟性については特に訓練や修練を積んだものでは無いなぁ。」


そこでグリエロが口を挟む。


「いや、トムは野郎の戦闘職の冒険者の中でも身体は柔らかい方だぜ。俺なんかも足なんざそんなに上がらねえ。トムは昔から身体は柔かかったからな、こりゃ天性持って生まれた才能なんじゃねえか? 」


「そうかなぁ」とはトムの発言である。


「まぁ才能かどうかわからないけれど、特別な訓練はして無いんだ。役に立てなくてごめんよ。」


「いえ、そんな... いきなり無茶な質問した僕の方も、僕の方ですし。」


少々気落ちしているロンを尻目にグリエロはトムに向き直る。


「ところでトムよ、お前さんこんな所で悠長に話しなんてしていて大丈夫なのか? なんだか凄い忙しいんじゃなかったか? それによ、あれからオークや魔族の動向ってどうなっているんだ、続報が流れて来ねえじゃねえか。」


些か不安そうに問いかけるグリエロを見てトムは腰に手を当てグッと胸を張って笑う。


「大丈夫だよ! レンジャーのハンスからはまだ連絡が無いし、最近の俺の細々した業務はコボルト達に手伝って貰ってるから暇なんだ。」


グリエロはそれを聞いて大袈裟にため息を吐く。それをみて笑っていたロンは急に顔を強張らせる。


「え... あの... 」


「そんな心配そうな顔しなくて大丈夫だよ。」


「いえ、あれ... 」


そう言ってロンはトムの後方を指差す。一同がロンの指差す方向を見ると、そこには憤怒の形相を浮かべたブランシェトがこちらに向かって歩いて来るのが見えた。


「トマス・クルス・メイポーサー! あなたこんな所で何サボっているの! それに聞こえたわよ! コボルト達に手伝って貰ってる? そのコボルト達を手配しているのは私です! 」


耳長のエルフは総じて耳がいい。


「トムさん、先生が姓名で名前を呼ぶ時はそうとう怒っている時です。これはヤバイですよ。」


ぼそりとロンが呟く。


「そうです! 怒っているのです! 」


ロンの呟きも聞こえた様だ。


「あぁ、いや、ブランシェトこれは別にサボっていた訳ではなくて、えっと、...そう! ロン君に稽古をつけてたんだ、ロン君最近よくオークに絡まれるだろう? 」


「嘘おっしゃい! あなたグリエロと遊んでいたでしょう!? 上から見てましたよ! 」


「上? 」ロンが意味が分からず首を傾げるとブランシェトが二階の窓を指差す。


「あそこからです。あそこがどこか分かりますね!? トム! 」


「はい... わかります... 」トムがうなだれる。


「どこですか?」ブランシェトが詰め寄る。


「俺の執務室ですね。」


「そうです! 何故私がギルドマスターの執務室にいるかわかっているんですか! 」


「俺の仕事を手伝ってるから? 」


そう言ったとたんトムの頭に雷が落ちる。ついでにグリエロの頭にも。


「ギャー! 」


「な、何しやがる! ブランシェト! 俺は関係ねえだろ! 」


トムにグリエロはそう言ってのたうちまわる。


「あなたも同罪です! トムと一緒に遊んでいたんですからね。トムが忙しい事ぐらい知っているでしょう! トムがサボるとそのしわ寄せが全部私の所に来るんです!

この三日間トムの代わりに私が執務室に瓶詰めになっているんですからね!」


「ははは! 瓶詰めとはよく言ったもんだぜ。ブランシェト、お前さんピクルスみたいな匂いがするぜ、長えこと風呂に入ってねえんだろ!? 」


そう言って大笑いするグリエロの頭に再び雷が落ちる。


「ブランシェト先生待って下さい。あのですねトムさんは遊んでいる訳では無くてですね、最近よく僕にグリエロと一緒に稽古をつけてくれているんです。ですから今日もここに居るわけでして... 」


「最近よく!? 今日も!? このところ度々執務室から居なくなるからどこに行っているのかと思ってたらここで居たのね! 」


怒り心頭のブランシェトは魔術杖を振り上げると、グリエロとトムの顔が恐怖に引き攣る。


「いや、待って! ロン君、火に油を注いではいけないよ! ブランシェト待ってこれには深い訳が... 」


「黙らっしゃい! 」


そう言うや再び雷が落ちる。


ギルドの中庭に再び悲鳴がこだまする。


冒険者ギルドには基本的には能天気な荒くれ者が多くいつも騒がしい。であるからしてこの様な喧騒も日常である。


丁度ブランシェトが二発目の雷を落としていた頃にギルドの入り口の扉を叩く者がいた。


そこに偶然通りかかったのはエルザとランスである。人語講座に向かうところであったのだ。


「あれ!? 扉を叩いた音が聞こえたね。誰か来たのかな? 冒険者じゃないよね。私達なら勝手に入って来るものね。」


「誰だろう?」と独り言ちながらエルザは扉を開ける。


そこに立っていたのは亜麻色の美しい髪に宝石の様な琥珀色した瞳の若い女性が立っていた。

彼女は薄紅色の小さな唇を可憐に微笑ませて微笑する。


「私はヴァパダル舞踏団の団長、フィリッピーネ・ヴァウシュと申します。ギルドのある冒険者の方に会いに来たのですが。」


その美しさにエルザは「綺麗...」と呟いて暫し惚ける。


「エルザドウシタ? 惚ケテイルゾ。」


ランスに突っ込まれて我に帰るエルザ。

ランスを見てフィリッピーネは手を合わせて顔をほころばせる。


「まあ! コボルトさん。ここに来るまでにも何人か街中で見かけたけれど、ランペルさん達はちゃんと受け入れて貰えたのね! 」


「ナント。ランペル殿ヲ御存知か。」


「はい!」と大きく頷いてフィリッピーネはその場でくるりと回転する。

その姿を見てエルザは頬を紅潮させて見惚れていたが、はたと我に帰る。


「は! いけない! あ、あの、すいません。ランペルさんにご用なんですか? 」


「こちらこそすいません、説明が足りませんでしたね。冒険者のロン・チェイニー様にお伝えしたい事があって来たのです。」


「え! チェイニーさんに!? 」


「あら? もしかしてロンさんのお知り合い? 」


フィリッピーネはそう言って屈託のない瞳でエルザを見つめる。見つめられたエルザは頬を赤く染めるがそれと同時に何とも説明しがたい嫉妬心の様なものが湧き上がる。


「知り合いじゃないです。いや、じゃなくて、えっと、パーティを組んでいます。そ、そう! 私とチェイニーさんはパートナーなんです! 」


そう言って頬を膨らませるエルザは自分が何故むくれているかわからず、ますます頬を赤らめる。それを見たフィリッピーネはエルザの気持ちを鋭く察してにっこりと微笑む。


「まあ! ロンさんのパーティの方だったのですね。知らずに不躾な事をしてしまいましたね、ごめんなさい。

もっとちゃんと説明しなくてはね。私達ヴァパダル舞踏団は危ないところをロンさんに助けて頂いたの。今日はそのお礼に伺ったのよ。」


「え!? そうだったんですか。」


「そうなの。だから安心して。」


「え? 」


「ウフフ。」


ドギマギするエルザにフィリッピーネは人差し指を唇に軽く当ててウインクする。


「エルザ、コノ方ヲロン様ノ所ニ案内シテ差シ上ゲヨウ。」


そう言ってランスは泡を食っているエルザのローブの裾を引っ張る。

そこでエルザはようやく我に帰る。


「は! そうですよね。ランス、チェイニーさんがどこに居るかわかる? まだ中庭かな? 」


エルザがそう聞くとランスは器用に耳を前後左右に向けながら鼻をクンクンと動かし周りを伺う。


「フム、ソウダナ。中庭ニイラッシャル様ダ。ロン様ダケデハ無イヨウダ。他ニモ、グリエロ様、トム様、ブランシェト様ノ音ト匂イガスル。」


「そうなんだ、みんな居るんだね。中庭で会議でもしているのかな? そんな訳ないか。」


「あら、忙しそうなの? 出直した方が良いかしら? 」


「あ、いえ、大丈夫だと思います。

ご案内しますのでついて来て下さい。」


そう言ってエルザはフィリッピーネを奥の中庭の方に案内する。


三人連れ立って中庭に通ずる廊下を歩いている。エルザはフィリッピーネの方を向いてぽつりと呟く。


「チェイニーさんこの時間だとまだ中庭で修行をしている筈なんですが。」


それを聞いてフィリッピーネは小首を傾げる。


「ロンさんって修行をしているの? もしかしてロンさんって修行僧とか行者さんなの? 道理で刃物を持たず素手で戦っている訳だわ。 」


「い、いえ。チェイニーさんは戦闘職の冒険者です。徒手で戦う拳法家って言う職業なんです。」


「あら!そうなの!? 聞いた事ない職種ね。」


「そうなんです。まだ出来たての職業なんです。...あれ!? チェイニーさんちゃんとギルドに新しい職種を登録したのかなぁ。」


「え!? もしかしてそれ、その新しい職業ってロンさんが考案したものなの!?

ロンさんってすごいのね! 」


そう言って驚くフィリッピーネに向かってエルザは誇らし気に胸を張る。


「そうなんです! チェイニーさんって凄いんです! 」


自分のことの様に誇るエルザをランスはふむふむと頷きながら聞いている。


そうこうしているうちに中庭への扉が見えてきた。

扉の向こうから騒ぎ声が聞こえてくる。何の騒ぎだろうかと一同が扉を開けると、中庭の中央が戦場の様相を呈していた。


ブランシェトが美しくたおやかな金色の髪を振り乱しながら怒声を発し、魔術杖を振り上げている。その足にすがりついて青ざめているのはロンである。その周りには頭に雷を落とされ黒い煙を立ち上らせながらのたうち回るグリエロに、その雷を顔を真っ赤にして必死に身体を反らせたり捻ったりして躱しているトムがいる。


エルザとランスが白眼をむいて絶句していると。フィリッピーネは手を叩き合わせて黄色い嬌声をあげる。


「まあ! なんて前衛的な動きでしょう! 各々が全く違う異質な動きをしながらも連動して有機的に動いているわ! 素晴らしい空間演出ね! 」


フィリッピーネは目の前の惨劇を見て感激している。

不穏な空気の中にのどやかなフィリッピーネの空気が流れ込み、場の空気が不思議な中和のされ方をする。


一同がぽかんとしてフィリッピーネを見つめる。暫し静寂が訪れたが、それを破ったのはブランシェトである。


「え? え!? え! フィリッピーネ様!? ど、どうしてこんな所に!? 」


そのブランシェトの困惑の声を聞いてロンも我にかえる。


「え? ああ、本当だ。どうしてまたこんな所に? 」


グリエロにトム、むくつけき男どもはぽかんとしている。


「ロンさんお久しぶり! それにブランシェト様も! 」


フィリッピーネはほがらかに微笑む。大輪の花と称される彼女の笑顔に一同は見とれてしまう。


「は! そうだわ、チェイニーの言う通りだわ。どうしてフィリッピーネ様がこんなむさ苦しい所にいらっしゃるの!? 」


そう言ってフィリッピーネの下に駆け寄ろうと二、三歩駆け出すが、すぐさまわたわたと後ろに飛び退きロンの側に戻って来る。

ロンは今まで見た事の無いブランシェトの奇妙な後退りの仕方をみて絶句していると、ブランシェトが前を見据えたまま小さな声でロンに話しかける。


「チェイニー、私は酢漬けのキュウリの様な匂いがしますか? 」


「い、いえ。」


「正直におっしゃい。本当に私はすえた臭いを放っておりませんか?

嗚呼、何故こんな時に限ってフィリッピーネ様がいらっしゃるのかしら... 」


するとブランシェトの背後から、黒い煙を立ち上らせ地面に突っ伏しているグリエロがぼそりと呟く。


「安心しろブランシェト、お前さんはおろかこの辺り一帯は俺が焦げた臭いしかしねえ。」


「ほ、本当ね!? 私は異臭を放っていないのね。」


そう言ってブランシェトは気を取り直したのか「ふう」と一息ついてしずしずとフィリッピーネの下に歩んで行く。


「フィリッピーネ様、お久しぶりです。ご健勝のことお喜び申し上げますわ! 」


そう言ってブランシェトは片足を後ろに引き軽く膝を曲げカーテシーのお辞儀をする。


「まあ! ブランシェト様にその様なお言葉を頂けるなんて! ブランシェト様もお変わりなく! ご清祥のこととお慶び申し上げますわ! 」


そう言ってフィリッピーネはブランシェトより深くカテーシーをする。


そこにブランシェトに追いついたロンが加わる。


「やあ、フィリッピーネ、この前はありがとう。あれから色々あってランペル達は無事にウンドの街で生活出来てるよ。」


それを聞いてフィリッピーネは顔をほころばせる。


「その様ですね! 冒険者ギルドに来るまでにも街の中でコボルトさん達がいるのを見かけましたわ。」


「そうだ。何でまたギルドに来たんだ? 仕事の依頼に来たの? 」


それを聞いてフィリッピーネは手をパンと合わせ軽やかに飛び跳ねる。


「そうでした!

先日のコボルトさん達をウンドの街の中に入れる時に、門番さんには舞踊公演の打ち合わせと称して入れて貰いましたし、すぐに帰ったら怪しまれるでしょう? ですから、せっかくだしウンド中央劇場にご挨拶に伺いましたの。」


それを聞いてブランシェトの顔がが引き攣る。


「あの時はバタバタしてたからどうやってウンドの街に入ったか詳細を聞かなかったけれど、門番を騙して入って来たの!?

チェイニー、あなたフィリッピーネ様にそんな危ない橋を渡らせてたなんて! 」


ブランシェトは青ざめるがグリエロはさも当たり前の様に少々あきれた口調で言葉を返す。


「そりゃそうだろ。他に大勢のコボルト達を街中に入れる方法なんて無いだろ。

田舎の街にしちゃ結構高い城壁が立ってんだからな。」


ウンドの街は高く堅牢な壁に囲まれている。それこそグリエロの言う様にまさに城壁である。この場合、城と言うのは冒険者ギルドの建屋のことである。すなわちミナの屋敷だ。


青ざめるブランシェトとは対照的にフィリッピーネは楽し気な様子だ。


「はい! なかなかの冒険でした。とってもハラハラして楽しかったですね! 」


そう言ってロンに笑いかける。つられて頷くロンはブランシェトにたしなめられる。


「もう。楽しいじゃないですよ... フィリッピーネ様も...

あぁ! ごめんなさい、フィリッピーネ様のお話しの腰を折ってしまいましたね... 。」


「いえいえ! そうそう私がここに来た理由でしたね。」


フィリッピーネは踊る様に身ぶり手ぶりを混じえのべつ幕無しに喋り出した。


あの後ロンと別れ、挨拶がてらウンド中央劇場へ出向いたという。支配人とは既知の仲なので気軽に出向いたところ歓待され世間話をしているうちに、あれよあれよと言う間に舞踏公演が決まったそうだ。

直近で二花月後に劇場が空いている日があり、フィリッピーネも王都での大きな舞踏公演を終え暫く休暇中になっていた事もあり話しはすんなりまとまったと言う。


ただヴァパダルの街に帰り舞踏団の団員達に話してみたところ休暇が始まり里帰りをするものや私用を入れる者達が多かったのでフィリッピーネの単独公演になった。


そうなるとフィリッピーネも気が楽で、舞踏団の事務的な雑務をこなし公演の為の準備を整え舞踏公演をするついでの休暇としてウンド旅行に来たと言う訳らしかった。


ウンドと言えばフィリッピーネの熱烈な支持者としてある界隈ではとても有名なブランシェトと、峠の森の街道で知り合ったロンとランペルにその一族がいる。

これはきっと楽しい休暇になるだろうと公演の一月も前にウンドに乗り込んだそうだ。


そう言う経緯でウンド冒険者ギルドに赴いて、ギルドの中庭で大暴れするブランシェトとその楽しい仲間たちと邂逅したのである。


それを聞いて大喜びしたのはブランシェトである。


「ブランシェト様がウンドで単独公演! 素敵! お宿はもう決められましたの!? 」


「いえ、着いてすぐこちらに伺いましたのでまだですわ! 」


「じゃあギルドにお泊りになって! ここは他のギルドと違って貴賓室もありますしお泊まりになられるのに何の問題もありませんよ! 下手な宿よりよっぽど快適です! それにこの中庭で踊りの稽古をして貰っても構いませんわ! 」


他のギルドと違う、それはそうである。そもそもここは受付嬢のミナことミナルディエ・ドラクリア女王の屋敷であるのだから。


「おいおいブランシェト、お前さん勝手に決めていいのかよ!? ミナに聞いておかなくていいのか? 」


グリエロが苦言を呈したが、その時にはブランシェトは中庭に居なかった。

その後、転移魔法を使ったのかと思う程の素早さでブランシェトはミナを連れて中庭に戻って来た。


事のあらましを聞いてミナも快く承諾したのでフィリッピーネは冒険者ギルドの貴賓となった。


「フィリッピーネ様、うちのブランシェト及びその愉快な仲間達がご迷惑お掛けしました。

滞在中なにかお困りの事がございましたら何なりと仰って下さいね。私はいつも受付に居ますから。」


そう言ってミナは深々とお辞儀する。


「いえいえそんな! 私の方こそお世話になります! どうぞよろしくお願い致しますね!

とっても楽しい休暇になりそうだわ! 」


そう言ってフィリッピーネはその場でヒラリと飛び上がり舞う様に諸手を挙げる。


その姿に一同は目を奪われるのだった。

さてフィリッピーネの逗留はどうなるんでしょうね。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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