47 ロン調べられる
さてロンはどんな体質なのでしょう?
ロンは冒険者ギルドの医療室にいる。
白魔術師のブランシェト、魔女のヴァリアンテ、黒魔導師タスリーマとエルザに取り囲まれ全身をくまなく弄られている。
状態感知の魔法で丹念に身体中を調べるブランシェトがため息を吐く。
「う〜ん。身体を診てもどこにも異常は無いわ。それどころか加護も補助魔法も掛かっていないのよね。」
「そうさねぇ。オドの流れも人間そのものだね。まぁ、どこにも滞りが無いから健康ではあるわね。」
ヴァリアンテもガラガラとしゃがれた声で呟く。
するとエルザが眉根を寄せてロンのお腹を凝視する。
「あの、ちょっとお腹の周りに魔力とも何ともつかないモノが視えるんですけど... 。」
そう言うやタスリーマが首を捻る。
「どう言う事? 」
「あの、状態感知の魔法に何も引っかからないから、試しに魔力探知をして見たんですけど、そしたらお腹の辺りに魔力とも何とも言えない魔力っぽいものが視えるんです。」
ますますタスリーマが首を捻るが、自身もロンに魔力探知を掛けてみて「あっ」と声をもらす。
「ほんとだわ。ロンちゃんのお腹の所、何かあるわね... 火と雷の... 魔力... じゃないわね。何かしら? 」
「腹の所ってのはここかい? 」
ヴァリアンテがガラガラとそう言いながらロンのへその下を弄る。タスリーマとエルザはヴァリアンテの問いに大きく頷く。
ロンはされるがままにぐったりしている。
「なるほど。下丹田に火と雷のエリキシルがあるね。こりゃ魔力と言うより属性だね。」
それを聞いてエルザが驚きの声を上げる。
「え!? チェイニーさん火と雷の属性があるんですか? そんな人って聞いた事が無いです! 」
ブランシェトもため息を吐く。
「私もそんな人間なんて見た事ないわ。ヴァリアンテどう言う事? 」
「そんなもん私にもわかりゃしないよ。しかしまぁ、わからない筈さね。火と雷の属性持ちの人間がいるなんて思わないもんねぇ。」
「でもお姉様、どうやってこの子は属性持ちになったのかしら? 」
「さあねぇ... 火の耐性でも付加されたマジックアイテムでも飲み込んだかい? 」
そう質問されて今度はロンが首を捻る。
「いえ、そんな物を食った記憶は無いですね。」
するとエルザが「あっ」と声を上げる。
「食べてます! チェイニーさんいっぱい食べてます! あの、その、キラーエイプのアレとか、キングディアのソレとか。」
「ああ、何だかそんなもんばっかり食ってるって言ってたねぇ。それが何だって言うんだい?」
「キラーエイプは火を吐く火属性の魔物ですし、キングディアは雷を放つ雷属性の魔物です! 」
それを聞いてタスリーマは首を横に振る。
「エルザちゃん、それは無いわ。キラーエイプやキングディアを食べる人は一杯いるわ。そんなこと言い出したら世の中の人皆んな属性持ちになるわよ。」
「いえ、チェイニーさん貧乏だから皆さんみたいにお肉食べて無いです。チェイニーさんが食べていたのは内臓です。普通の人は食べ無い部分です。」
「貧乏って... 」とロンがうなだれるのも構わずエルザは続ける。
「そこでふと気が付いた事があるんです。私いろんな魔法学を研究してるんですが、呪学なんかで触媒として使う素材に魔物の内臓を使う事があるんです。呪術薬や耐性付与の魔法陣なんか作る時に使うんです。」
「エルザちゃん呪学なんてやってるの!? もうすっかり廃れちゃった学問よ、それ。呪学の研究してる人なんて数百年ぶりにみたわ。」
ブランシェトは驚いて額に手を当てている。
「いえ、そんなに深くはやっていないですけど... 魔術史の研究をするのに一通りかじったもので。」
「そういや呪学にゃ一時的に属性付与される呪術薬ってのがあったねぇ。」
ヴァリアンテがガラガラそう言うとエルザはコクンとうなずく。
「そうなんです。でも属性付与と言っても弱いものですし、魔石や魔輝石に属性付与の魔法をかけた方が強力で取り扱いも簡単ですから大昔に廃れてまして。
それに今は合成魔石に簡単に属性付与できるようになって、安価で誰でも装備出来るマジックアイテムがありますから、ますます廃れちゃって。」
「それとチェイニーが属性持ちになったのって何か繋がりがあるの? 」
「はい、いえ、仮説なんですけど。チェイニーさんの話しを聞いてて思い出したんです。以前呪学の研究をしていた時に属性付与の触媒で使っていた魔物の内臓の中にキラーエイプの睾丸だとかキングディアの生殖器があったなと思いまして... 」
そこまで聞いてブランシェトがポンと手を打つ。
「ああ、そうか。チェイニーったらそんなモノばかり食べていたんですものね。それでエルザちゃんの仮説って言うのは属性持ちの魔物の内臓を食べていると体内にそれぞれの属性の耐性が付くって言いたい訳ね。」
今度はヴァリアンテが身を乗り出して話しを引き受ける。
「なるほどねぇ。そういや思い当たる節があるさね。キラーエイプは火を吐くが、威嚇をする時にゃ燃える小便を噴射するだろぅ。ありゃ睾丸が火炎袋になってるからだよ。」
「あー、そうなんですね! 知りませんでした。」
エルザが妙に感心している。ヴァリアンテは満足気に頷いて話しを続ける。
「それからキングディアは全身から放電しているように見えるが、ありゃ生殖器から放電してんだよ。あいつらの交尾って知ってるかい? 三日三晩続くんだ。その時にゃ無防備だからね、放電して身を守りながら交尾するのさ。あいつらは興奮するとナニから雷が出るように出来てんのさ。」
そこまで聞いてロンは目を回す。
「あいつらそんな奇妙な習性を持っているんですか!? 僕はそんな珍獣の臓物を食っていたんだな。」
その言葉にタスリーマは怪訝な顔をしてロンを一瞥しため息を吐く。
「珍しいのはアンタよ。魔物の内臓なんて普通は棄てる部位よ。まともな人間はあんな臭くて不味い物は食べないものよ。」
「そうかなあ、それなりに美味いもんなんだけどなぁ。」
「ロンちゃん、アンタちょっとおかしいのよ。」
「違うんです! チェイニーさん貧乏だったから、しょうがないんです! 」
エルザがロンを庇おうとするが、まったく逆効果になる。
「エルザ庇ってくれてるんだと思うんだけれど、何だか傷つくんだけど。」
エルザはハッとして顔を上げる。
「あ! そうだ! もう貧乏じゃなくなりましたよね。金貨百枚ありますもんね! 」
「もうやめてー。」
ロンは頭を抱えるが、エルザは何故か得意そうだ。
「でも、ただ食べているだけで属性が付与されるって事があるのかしら? ちょっと食べて属性付与されるなら皆んな食べるわよね。」
ブランシェトの疑問ももっともである。
「そうよね。ロンちゃん、アンタどれくらいの頻度で内臓食べてるの? 流石に一花月に一度って事は無いか... まさか週一で食べてるって事は無いでしょうね? 」
「あ、いえ。毎日食べてます。」
「は? 」
タスリーマが硬直し言葉を失ったので、ヴァリアンテが後を継いで質問する。
「ちょいと待ちな。毎日ってどれくらいの量を食べてんだい。」
「どれくらいって言われましても。朝、昼、晩とお皿に山盛り食べてます。
なんせ安いもんで、山盛り食べても銅貨一枚なんですよ。」
「そりゃあ、棄てる部位ですものね。どんなに安いお肉でも銅貨三枚はするわよ。...不憫だわ。」
そう言ってタスリーマは目に涙をためる。
「いくら安いっていってもねぇ。アンタそれはもう苦行だよ苦行。アンタなんだい修行僧か何かかい? 」
「はあ。何と言いますか僕はそんなに食に対するこだわりも無いもので... そういや前にグリエロにも修行僧かって聞かれたな... 。」
「チェイニーあなた、こだわりが無いって言ってももう少しまともな物を食べなさい。」
そう言ってブランシェトは頭を抱える。
「いや待ちなブランシェト。この子は苦もなく臓物食ってんだ、このまま食わして経過を観察しよう。そうさね逆にもっと色々な物を食わせてみようかね? エルザの嬢ちゃんや、呪学の属性付与術では他にどんな臓物を触媒に使ってたんだい? 」
「そうですね。イビルフラッグの消化腺ですとかジャイアントバットの肺、他にはクサリヘビの毒袋とかですね、まだまだありますよ。地水火風の四属性と状態異常の耐性付与の実験してましたから。」
「ふむ。手当たりしだい食わしてみようかね。」
「あの... 毒袋なんて食ったら食あたり起こして倒れそうなんですけど。」
「あん? そんなもん毒消しも一緒に食えばいいんじゃないかい? 」
「ちょ、ちょっと! ヴァリアンテあなた何でもかんでも生体実験するのやめなさいよ。チェイニーに何かあったらどうするのよ!? 」
「なんだい、魔鼠や魔猪の幼体じゃ無いんだからすぐには死なないよ。」
ブランシェトとヴァリアンテの問答を聞いて青ざめるロン。
「あ、あの... いくらなんでも進んで毒を食べようとは思わないんですけど... 。」
「なんだい、意気地が無いね。...しょうがないねぇ、ひとまずは四大属性持ちになれるか試してみようかね。」
「そうですね。チェイニーさん火と雷の耐性があるんですよね。
雷は風の派生魔法だから、地と水の属性を持っている魔物の内臓ですね! 」
そう言って、青ざめるロンの傍で腕を組んで思案気に「う〜む」と唸るエルザ。
「水属性ならミズチリザードかな? 複胃なんかどうですか、毒を含んだ水を吐く魔物ですけど第二の胃である複胃にその水をためているんです。その複胃の水をきれいに抜き取って触媒にするんです。」
「ふむ。そりゃ良いねぇ。蛟蜥蜴だね? ありゃそこいらの屋台でも串焼きが売ってるくらいだから、臓物も売る程あるだろう。」
「あと地属性ならタルパモールでしょうか?
地属性の魔法攻撃や特殊な攻撃をしてくる魔物ではないですけど、地中を移動する変わった魔物ですよね。そのタルパモールの移動方法って地中で土を食べながら進んでるんです。だからしっかり土を消化するために胃腺から強力な消化液を分泌しているんです。土をあっという間に溶かしちゃうタルパモールの胃腺は地属性攻撃の耐性付与の触媒になるんです。」
「ああ、あの土鼠だね。それもそんなに珍しい食材でも無いね。
よし! ロン坊や、次から食事にミズチリザードの複胃とタルパモールの胃腺も食いな! 」
長くしなやかな美しい指でロンを指差し、ヴァリアンテはガラガラと一方的に食事の献立を決める。
「え!? 次からですか? この後昼飯を食いに行こうと思ってたんですけど... 」
「じゃあ、丁度いいじゃないか。とっとと行ってきな。」
そこにブランシェトが難しい顔をして苦言を呈する。
「ヴァリアンテ、無茶な事ばかり言わないで。チェイニーったら只でさえおかしな物ばかり食べているんですからね。もっと栄養の均整の取れたものを... 」
「なんだい、ブランシェト。あんたいっつもこの子が怪我ばかりするって嘆いてたじゃないか。もしエルザの仮説が正しければロン坊やの危険がぐっと減るんだよ。」
「それじゃしょうがないわね。」
「先生、掌を返すの早すぎませんか? 」
結局、満場一致でロンの食事の内容が、ロンの意思とは別の所で無理矢理決められる。
早く飯を食ってこいとギルドを追い出されたロンは、トボトボと酒場「踊る子猫亭」に赴く。
酒場は昼間は閑散としている。ロンが適当な席に着くと看板娘のデボラがやってきて「いつもの?」と聞いてくる。
ロンは事情を説明する。ふとデボラの顔を見てみると目を輝かせて頷いている。ロンは一抹の不安を抱きながら改めてデボラに聞いてみる。
「ミズチリザードの複胃とタルパモールの胃腺って調理してもらえるの? 」
するとすかさずデボラはロンの肩をバシバシ叩きながら答える。
「ミズチリザードもタルパモールもうちの人気食材だから一杯あるわよ!
ね〜! 私の言った通りだったでしょ! やっぱり精のつく料理だったのね! 」
「ん? やっぱりって何だか引っかかる言い回しだな。デボラはどうしてキラーエイプやキングディアの臓物で精がつくことを知ってたんだ? 」
「私の飼っているフェンリスウルフが元気が無い時に、余ってるお肉だし試しに与えてみたらみるみる元気になったのよ。元気になり過ぎて他所の飼ってる犬と手当たり次第に子供作って困ったものよ。」
それを聞いてロンは唖然とする。
「ちょっと待て。そんな理由で僕に食べさせてたの!? ていうかフェンリスウルフなんて凶暴な魔物飼ってるの? なんか最早どこから突っ込んでいいのかわからないな。」
「ウチのフェンリスウルフは大人しくて人懐っこいのよ! 」
「フェンリスウルフが大人しくて人懐っこいわけ無いだろ。」
「産まれたての子狼の時に拾って、私が愛情を持って手塩に掛けて育てたからとっても良い子に育ったの! 今ではとても大切な家族だわ! 」
デボラは屈託無く大きな胸を張ってロンにそう告げる。最早突っ込み所を見失ったロンは傍観するしかない。
「その辺にフェンリスウルフの子供が落ちてるわけ無いけど、デボラならあり得るんだろうな。」
「そうね。あれは私の昔住んでいた村が滅ぼされた時に... 」
「ちょっと待って。今さらっとすごい事言わなかった? ていうかその話し長くなる? 」
ロンがそう言うとデボラは思案気に目をつぶり腕を組む。
「そうね〜、話せば長くなるわ。私が子供の頃の話しだからもう八年も前の事ね。
山間にあった私の村がフェンリスウルフのつがいに襲われて村人が全員食べられちゃったのよね。最後の最後あわや私も食べられちゃいそうになった時に、通りすがりの冒険者さんに助けて貰ったの。
あっと言う前にフェンリスウルフの夫婦をやっつけた冒険者さんは、巣穴に子供のフェンリスウルフがいたら危ないからって森に入って巣穴を探してくれたの。そしたらね、巣穴の中には五匹のフェンリスウルフ子供がいたんだけどそのうち四匹は餓死していたの。
その年は飢饉で皆んな食べる物が無くて森の中の動物達も一杯餓死してたのよね。だからフェンリスウルフの家族も食べ物が無くてお母さんフェンリスウルフがお乳出なくなっちゃったんでしょうね。それで子供達が次々と餓死していったのね、そして最後の一匹になった時に両親は切羽詰まって人間を襲っちゃったのね。普段は人里に出てこないフェンリスウルフが出て来たのはお母さんが子供にお乳を飲ませる為だったのよ。
そう思ったら可哀想になってね。私の両親も食べられちゃったし、この子の両親も殺されちゃったし、これは何かの縁だと思ってこの子を育てようって思ったの。
それからは大変だったわ... 」
「ちょ、ちょっと待って! 何かとんでもない話しだし、すごく気にはなるんだけど... まだ長いの? 」
「そうね。それからその冒険者さんにウンドに連れて来て貰ったんだけど、そこからも大変で、なんせ八年分のお話しが詰まっているもの... あれはね... 」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 今からその話しするの? 八年分? 」
「え!? 聞きたい? 多分三日くらいかかるけど ...あ!毎日、日記書いてるから取ってくるわ! 」
ロンは走り去ろうとするデボラを全力で止める。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って! まずは飯を出してくれ! 話しは後で聞くからさ! 」
「あ〜そうか! ご飯食べに来たんだもんね。
ちょっと待ってて〜。」
そう言ってデボラは厨房に引っ込む。
ロンは冷や汗が止まらない。朝からずっと女性陣に振り回されっぱなしでずいぶん疲弊している。
しばらくするとデボラが湯気立ち上る皿山盛りの得体の知れない何らかの物体を持って来た。
「はいお待たせ! キラーエイプの睾丸とキングディアの生殖器とミズチリザードの複胃とタルパモールの胃腺の炒め物よ! 」
「うん、ありがと。どれもこれも奇怪な食い物だな! 」
デボラはニコニコしながら「どれもこれも美味しいわよ!」といつものように明るく答える。
ロンは一口食べるや小さくうなずく。
「うん、美味い。しかし、よくよく考えてみたら臓物なんて食えたもんじゃ無いものを、美味く料理するなんてすごいもんだな。」
「あら! ありがと! お褒めに頂き恐縮ですわ! 」
「え!? これデボラが作ってるのか。えらいもんだな! 」
「ええ! ウチの大将が臓物なんて料理したくないって言うからロン君の分は私が作っているの! 」
それを聞いてロンは驚く。
「えぇ! そうなのか、わざわざ悪いな。」
「いいのよ! 手当たりしだい香辛料を放り込んで焼いてるだけだから簡単なのよ! 」
「...そんな適当な料理だったのか... ところで、これで幾らになるの? 」
「銅貨一枚よ!」
「値段変わらないのかよ! 」
「どうせ捨てる部位だからタダだからね! 」
「じゃあ何か? 銅貨一枚ってのは香辛料の値段なのか? 」
「まあ、そんな所じゃない? いいじゃない! 美味しく食べられるんだから! 」
ロンは感心していいのか呆れていいのかわからなかったが、逆に銅貨一枚分もの香辛料をブチまけなければ食えた代物にならない臓物を、上手く美味しく料理しているデボラは素直に凄いと思うのであった。
それにしても、朝から盛り沢山な1日で、ロンはもう精神的に満身創痍な状態である。
ロンは属性持ちの特異体質になってましたね。
デボラには重い過去があったようです。
いつもお読みいただきありがとうございます




