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46 窈窕たる不死の王と病める薔薇ミナルディエ・ドラクリア

とつとつと始まります。

「第一章

朝陽に輝く銀嶺の様な長髪を風になびかせ血よりも濃い深紅の瞳で見つめる眼下には己が眷族十四万の不死の軍勢。数多の死と共に現れ出でたる殭屍王が配下は当たるべからざる無敵の軍団。

窈窕たる不死の王ヴラディスラウス・ドラクリアは満足気に己が配下を眺め深く頷き諸手を挙げる、さすれば配下の不死者共の歓声嬌声の怒号が上がる。士気や良し。殭屍王は掲げていた手を導くかの様に前へと差し伸べる。その指し示す指の先には一人の女。

その女は全身に碧く輝く聖銀の甲冑を身に纏い右手に慈悲の短剣ミセリコルデ、左手には攻守の短剣マン・ゴーシュを携えウンドの街への侵攻を決して許さぬという決意を持った眼差しで殭屍王ヴラディスラウスの不死の大軍を向こうに張って地面に打ち立てられた矢の様に發しと立っている。

この女こそ上級上位の不世出の戦士ミナルディエ。亜麻色の髪をなびかせたった一人で十四万の不死の軍勢を押し留める目付賢気に尤物なり。


中略


第二章

殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアは遠く十四万の不死の軍勢を隔てた更に向こうのウンドの街の前に立ちはだかる戦士ミナルディエを見つめる。自らが率いる無敵の軍勢がウンドを攻め落とさんと侵攻し、ウンドを守護せんと立ちはだかった数多の騎士や剣士といった強者を尽く蹂躙し殺戮してから一花月、未だウンドの街を攻め落とせていないのは只一人の戦士の為である。その者の名はミナルディエ。ウンドの救世主にして不死者の仇敵。戦える者共の死に絶えた今でも絶望に屈する事なく己が守るべき者の前に立ち、その瞳には希望の光を陰らせる事なく屹立し死と同義の暴虐と相対している。

殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアは驚嘆すると同時に興味を抱く。己が最強と自負する無敵の配下を尽く撃ち破り一花月もの間戦い続けているこの女、何者であるのか?何故立ちはだかるのか?これだけの力持つのであればとうに逃げ出せているだろうに未だ通せんぼ、驚くべき事にこれまでこの戦士、千の不死の配下を葬り去った。正に一騎当千の強者だが然してもいよいよ疲労が見えて来た。

だが退かぬ。殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアはこの絶望とも言える状況下にて生への執着という醜態を晒す事では無く唯々戦さ場に身を投じるこの女に自身の渇望するものを見出した。溌剌とした生そのもの。生きるイデア。生に縋りつくという醜さでは無いもの。

それが何かは未だ解らぬ。ミナルディエ自身に聴いてみなくてはなるまい。


中略


第三章

ミナルディエは我が目を疑った。押し寄せる死の大波を割って現れたる美丈夫、時の理を破った不死者の王、ヴラディスラウス・ドラクリアその者がミナルディエの眼前に現れたのである。

殭屍王ヴラディスラウスの深紅の眼差しがミナルディエを捉えた刹那、彼女は逃れ得る事の出来ない死を直感する。心折れてはならぬと殭屍王ヴラディスラウスを屹となって睨みつけるが身体は嘘を吐けなかった。ガタガタと震える身体、膝から力が抜ける。両の手から短剣が落ち地面に刺さる。

殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアは戦慄くか弱き女に目を細める、ここまでかと。この後こぼれ落ちるのは命乞いの言葉かと思いきやその口から紡がれる言葉はミナルディエを守護したる五大精髄の名 。風の精霊シルウェストレ。その妙なる御名を称えられ遥か彼方より一陣の風に乗りミナルディエのもとに飛んでくるのは身の丈ほどある巨大な戦鎚グリダヴォル。ミナルディエは戦鎚を掴むや渾身の力を込めて地面を穿つ。その衝撃は大地を震わせる衝撃波となり殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアと後ろに控える配下を襲う。戦鎚の一撃は何百何千もの不死の者共を粉砕するが直撃を受けた殭屍王には傷一つつかない。

ミナルディエは驚愕の表情を見せるが殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアもまた驚きの顔を見せていた。


中略


第四章

殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアは絵にも描けぬ美しさで微笑む。目の前には幾星霜探し求めた太陽があった。醜く生に縋りつく為体を晒す事無く死そのものであるヴラディスラウスに相対するその姿は生そのもの。

終焉に在り、暗く冷たい死の底に君臨する絶対者殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアは自身の存在に倦んでいた。どの様な美酒も彼の喉を潤す事無く、あらゆる饗膳も彼を満たす事は無かった。彼に触れる物全ては熟れ果て腐り落ち泥濘の如く無味乾燥とした物になる、何故なら殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアは死と言う終わりの到達点であるから。だが眼前に立つ小娘は違った。不死の配下は王、奴隷、騎士、商人、貴族、漁師、牧師、農民あらゆる階層にいる者達である。それらあらゆる死の波を何百何千と退けて尚打ち寄せる何万もの死の大過、その虚無に侵される事無く動かぬ山の如く屹立し、遂に殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアを臨んでも死に許しを請う様な唾棄すべき生を見せる事無く生者としてそこに有った。

それは生そのものと言って良い生命の輝きであり死そのものである殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアと対を成す存在であった。


中略


第五章

ミナルディエは裂帛の気合を持って殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアに挑み掛かる。戦鎚グリダヴォルに自身の力全てを乗せ打ち込むそれは生命そのものを叩きつけるが如くの力強さを持ち殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアを打ち据える。

ヴラディスラウスは彼女の渾身の一撃を魔剣ダインスレイヴで受け止める度にその身に電撃の様に走るミナルディエの生気を感じ身悶えする、一合剣を合わせる都度彼女から生命力を奪い取っているにもかかわらずその一撃は尚衰えぬ。

逃れ得ぬ死を前にしてミナルディエは折れぬ。一撃毎に更に生命を燃やし生を叩きつける。ヴラディスラウスは愉悦に顔を綻ばせる。彼は考える彼女は太陽だと、それに比すれば己は月である。死など生に照らされる影に過ぎぬ。このまま打ち据えられ滅ぼされても構わぬとまで思えたが蜜月の時は短いもの、後一撃のもとに彼女の生命の炎は燃え尽きるだろう。哀しきかなミナルディエは短く有限の生を持つ人間であり対するヴラディスラウス・ドラクリアは無限の力持つ魔族の王である。それを知ってか知らずかミナルディエは厭わず戦鎚を掲げるがヴラディスラウスは構わず彼女を抱き寄せ口付ける。


っきゃ〜! 接吻ですよ、接吻! 」


と分厚い本を片手に何やら興奮しているエルザは、ギルドの中庭で重い砂袋を抱えて摺り足をしているロンに向かって朗々とタスリーマの著書を読み聞かせている。


ついでと言っては何だがグリエロとその教え子達もエルザの朗読会に付き合わされている。


昨日の会議の興奮覚めやらぬままエルザは日が明けてから自宅と言う名の本の魔窟から十数冊ものタスリーマの著作を抱えてギルドまでやって来た。


ギルドの中庭でいつもの摺り足を始めようとするロンを捕まえて『病める薔薇』の音読を始めたのである。程なくしていつも一緒に杖術の訓練をしているモリーンがやって来てエルザの朗読に聞き入る。そうすると一人二人と子供達が集まり、しまいにはエルザを囲んでエルザ独演会が始まったのである。

結局グリエロもエルザに教え子達をみんな取られてしまったので朗読会に参加する羽目になった。


ロンはロンで摺り足をしながら聞き流していたがエルザがあまりに流暢に朗々と語るので摺り足をしながらも聞き入ってしまい、いつもは十往復するところを十六往復していた。

ロン自身は気付いていなかったがグリエロに指摘されて驚く。


エルザは鼻息荒く、砂袋を片付けているロンに語りかける。


「ねえ、チェイニーさん! 素敵だと思いません!? ミナルディエ様とヴラディスラウス様! これが本当の愛ですよね〜。」


「え!? そうなの? 」


色々と掻い摘んで自分の好きな下りを読み聞かせられているからか、どこにエルザのツボを突く所があったのかロンにはイマイチわからなかったが、集まったモリーンを始めとする女の子達はうんうんとうなずいている。女子には共感する点があるのだろうか?


「何を言ってるんですか! 二人は太陽と月なんです! 光と影、お互いを求め合う運命だったんですよ! 」


「はぁ。」


エルザの力説にもイマイチピンと来ないロン。


「ところでエルザ、たくさん本を持って来ているけど、それ全部いまから朗読するの? 」


ロンが恐る恐る聞くと、グリエロの顔にも緊張が走る。


「え。やだな、チェイニーさんにこの本の事を知って貰おうとちょっとさわりを読んだだけですよ! 今日はミナルディエ様とタスリーマお姉様にお逢いしに来たんです! 」


朝一から昼前まで本を朗読するのがちょっとなのかロンには些か疑問であったがそこは敢えて口にしなかった。


「お二人にオトグラフを頂こうかと思いまして。」


そう言って本を抱きしめるエルザ。


「え!? オトグラフだって? 」


「はい、この本に著名を頂こうかと思って! 」


「え、いや、それは分かるけど、魔導師にオトグラフを求めるのって大丈夫なのか? 」


魔導師の名前というものはそれ自体で魔術的な契約になりかねない。ロンもかつては白魔術師であったので、エルザが割と無茶な事を言っている事に心配になる。

そこに件の魔導師タスリーマがやって来る。


「あら、皆様ご機嫌よう。」


エルザが両手を合わせて狂喜する。


「きゃい〜! お姉様ー! 」


「おい、エルザうるせえぞ。しかしどうした? タスリーマ、お前さんがここに来るなんざ珍しいな。」


「ええ、今日はそこのロン坊やに用事があるのよ。今から医療室に来てくれない。」


「え!? 僕にですか? 」


ロンは何故、魔術師であるタスリーマに呼ばれたのかわからない。だがロン以上に反応を示したのはエルザである。


「わ、わた、私も行っていいですか? 」


「もちろんよ。ミナもいるし、いらっしゃいな。」


「ややや、やった〜! 」


エルザの喜びとは裏腹にロンには不安しかない。


「え、あの、僕に用事って... 。」


「あなたの馬鹿げた身体を調べたいのよ。グリエロも見たでしょう。あの魔族の大火を浴びてこの子平然と耐火したでしょう? 私もさる事ながら、ヴァリアンテのお姉様も興味津々なのよ。あとブランシェトもね。」


「ああ、なるほどな。やっぱりアレは魔術師的に見ても驚く様な事なのか? 」


グリエロの質問にタスリーマは腰に手を当ててため息を吐く。


「驚くも何も異常な事よ。ヴァリアンテのお姉様もミナも長いこと生きてるけど、そんなの見た事無いって首を捻ってるわ。」


「はあ、そうなんですか。」


ロンはそれを聞いて少々不安にかられる。魔女や魔導師、魔術師に身体を調べられるのだ何をされるのか解ったものではない。


「ロン、お前さんいやに心配そうな顔をしてるじゃねえか。なに、いいじゃねえか! 見た目だけは良い女に囲まれて弄りまわされるんだ結構な事だぜ、まあ中身は皆んな糞がつく婆アどもだがな! 」


そう言った途端、グリエロの頭が小さく爆発する。


「グリエロ、あんたしょうもない事言ってると焼き殺すわよ。」


「熱っ! 焼いてから言うんじゃねえよ! 」


グリエロは頭から黒煙を立ち昇らせて頭を抱える。それを見てロンは腕を組んで感心する。


「グリエロもしっかり耐火してるじゃないか。魔法耐性が戻ってきたんだな。」


「そうですよね。この前はゴブリンのスリープで昏倒してましたもんね。」


さらにエルザの追撃も加わる。


「おおい! 何花月前の話しをしてんだ! もう百回くらい謝ってんだろ! 」


グリエロの悲痛な叫びにさらにタスリーマが追い打ちをかける。


「ああ、そうだ。グリエロ聞いてるわよ。この子達を危ない目にあわせたんですってね。ゴブリンごときのヘボ魔法にかかるなんてアンタも焼きが回ったわね。昔はあんなに強かったのに... 。」


「だから! もう魔法耐性も戻ってるよ! 」


「ああ! それに初陣だったエルザちゃんに酷い心の傷を負わせたでしょ! それからこの子お漏らししちゃう様になったんですって!? 」


「ギャー! 」


思わぬ所に話が飛んで今度はエルザが絶叫する。


「あら、かわいそう。ごめんね、その時の事を思い出しちゃったわね。」


そう言って少々ズレた解釈をしたタスリーマがエルザを強く抱きしめる。思わぬ僥倖にさらに絶叫するエルザ。


「ウギャー! 」


「あ、駄目ですよ、タスリーマさん。恐怖じゃ無いんです。エルザは感情の起伏が許容量を超えるとやっちゃうんです。」


ロンの説明を聞いているのかいないのか、小柄なエルザを頭一つ分背の高いタスリーマがその豊満な胸に抱きしめている。そしてそのエルザの頭の匂いをクンクン嗅いでいる、何をしているのだか。


「あら、エルザちゃん良い匂いね。どんな洗髪料を使っているの? 黒蜥蜴の干物の匂いがする。」


それって良い匂いなのか? とロンが疑問に思うや、弛緩していたエルザの顔が強張り涙目になり、タスリーマが奇妙な顔をする。


「あ。」


「あ。」


「あぁ〜。」




エルザが崩れ落ちる。

今回はエルザ回でした。


いつもお読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 1ヶ月とか数ヶ月のところを頑なに1花月という漢字を使っているのは何かこだわりがあるんですか?
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