45 会議の行方
長くまとまりのない会議がようやくまとまります
「で、魔族の目的は殭屍王の復活だと踏んでいるんだね。」
ヴァリアンテがガラガラとしゃがれた声でトムに問いかける。トムはそれに深く頷いて答える。
「そうだ。魔族が目的も無く闇雲に攻めて来ることもないだろうし、オークの軍勢を作った事や、それらを隠匿していたって言う組織立った動きが気になる。」
「それだけの事で魔族の目的を殭屍王ヴラディスラウスの復活としていいもんなのかね?」
グリエロはそうポツリと呟くが、それを聞いてトムはかぶりを振る。
「いや、それは最悪の事態を想定しての事だよ。違うに越したことはないけど、最悪の事態も考えて準備をしておかなきゃ、有事の際に守るべき者を守れない。 まあ今回の襲撃も魔族の気まぐれって言うのに越した事はないんだけどね。」
「なるほどな、納得したぜ。じゃあこの度の魔族率いるオーク共のコボルト集落への侵攻はウンド侵攻の為の拠点作りって考えでいいのか?」
「ああ、そうだと踏んでいるよ、最悪の場合ね。」
そう言ってトムは悪戯っぽく笑う。そこでロンは疑問を挟む。
「でも何故、オークの軍勢を作ってコボルトの集落を襲うだなんて回りくどい事をでしょう? 魔族の軍勢を作って攻めて来た方が強いし効率がいいのでは?」
ロンのもっともな疑問に答えるのはブランシェトである。
「それはまだ魔界の淵に張られたエルフの結界があるからよ。エルフの数が減ったから結界の力は弱まっているとはいえ、魔力や力の弱い魔族は結界をすり抜ける事が出来ないだろうし、何より大軍がすり抜ける事が出来るような大きな綻びは無い筈だわ。」
ブランシェトがそう言って言葉を区切るとエルザがおずおずと手を挙げる。
「あの、伝説とか叙事詩とかでは魔族を魔界に封印した結界の記述って見るんですけど、表現が曖昧で、凄い結界だって言う事はわかるんですけど... 具体的にはどう言う結界なんですか?
エルフの数が減って効力が弱まるってそんな結界ってあるのかなって... 。」
「そうよね、そんな結界聞いたこと無いわよね。あのエルフの結界ってちょっと特殊な結界なのよ。
当時、殭屍王ヴラディスラウスが自身とその眷族を封印して勢力図が一変してしまってからは魔族達の敗走は早かったわ。それでも人間、エルフ、ドワーフの連合軍は魔族を魔界に追いやるだけで精一杯だったのよ。
だから魔界とフーケ世界との境界線に結界を施したんだけど流石に範囲が広くてね。
当時生きていたエルフの魔力を総動員して、結界を維持するための宝玉を作ったのよ。その宝玉に魔力を流し込み続ける限り結界は維持されるんだけど、結果として魔力を流し込む人数が減るとその力も弱まるの。」
そこでエルザは困惑してブランシェトに疑問をぶつける。
「え!? 流し込み続ける限りって、結界が出来て五百年ですよね? 今も魔力を流し込み続けているんですか!? ...あの、その ...ブランシェトさんも? 」
エルザの問いにブランシェトはニコリと微笑んで左腕の袖を捲ると、前腕の中程に小さな魔法陣が浮かび上がる。
「そう、私も魔力を注いでいるわ。今もね。私だけじゃなくて当時生きていたエルフは皆んな今でも魔力を注いでいるの。」
それを聞いてエルザは顔を青くする。いまいちピンときていないロンを除く全ての者が沈痛な面持ちでブランシェトを見ている。
「ブランシェトさん、そんな事していたら... お身体が、あの、ええと... 」
エルザが口ごもるとブランシェトは少し厭世的な笑みを浮かべて続ける。
「そうね、日々費やす魔力は微々たるものだけど長年続くと身体に大きな負担となるわね。この事が徐々に減っていたエルフをさらに減らしている事は間違いないわね。それにこの事が影響して新たなエルフが殆ど産まれていないの。
でもこの方法しか無かったし、こんな無茶な結界の維持が出来るのは大きな魔力と長大な寿命を持つ私達エルフにしか出来なかったのよ。」
「でも... でも! そんな大変な事エルフの人達だけに任せるなんて! 」
「ありがとうエルザちゃん。でもこれはエルフにしか出来ないの、人間がしようとしたらあっという間に寿命が尽きてしまうわ。」
「そんな... でも、それでも! 私達に出来ることは無いんですか!? 」
「あるって言うか、もうエルザちゃんはエルフを救ってくれたのよ。
エルザちゃんが発見した魔力保存の法則のおかげで私を始めとした多くのエルフは魔力の絶対値を大きく上げる事が出来て、負担も減ったし結果として寿命も伸びたのよ。」
ブランシェトは優しくエルザに微笑みかけるとエルザも幾ばくか安心したのか顔をほころばせる。
しかしそれとは逆に今までポカンとしていたロンは難しい顔をして腕を組む。
「でも、それでは根本的な解決にはなりません。それって魔族の侵攻を遅らせるだけですよね。それじゃあ最終的にはエルフは滅んで魔族の侵略を許してしまいます。」
「んなこたぁ、わかってんだよ。このままじゃジリ貧だってんだが留めようがねぇ。
問題を先延ばしにして来たツケはそのうち払う事になるのもわかってる...
しかし、まさか俺達の代で魔族が動き出すたぁな...
あれもこれも問題だらけだな。まったくどうしろってんだ! 」
そう言ってエス・ディは腕を頭の後ろに組んで踏ん反りかえり、両足を机の上に投げ出す。
一瞬、場の空気が悪くなったがロンがおずおずと手を挙げ発言をする。
「でも、魔族もこの期に及んで無理をして結界をすり抜けて来るって事は、あっちもあっちで切羽詰まっているんじゃないですかね?
この際ですから双方で話し合ってなんとか折り合いつけれないもんですかね? 」
ロンの問いかけに一同は目が点になる。
一瞬の沈黙の後に大笑いしたのはトムである。
「アッハッハッハッハ! それは良いね! そう出来たらどんなに良いだろう。とても良い提案だ! 僕は大好きな提案だ。
だが、そうはいかないだろうね、残念だけど。先日の魔族の男、ヒーシって言ったっけ? 尖兵として来た者がああだと言う事は、やっぱり話し合いは難しいんじゃないかな。」
「では、どうしましょうか? 情報が少な過ぎて、このままでは魔族の動向を予測できませんよ。仮に魔族がオークの軍団を再編成して攻めて来るとして、それがいつの事になるのか検討がつきません。そうなると王都の騎士団や近隣の町の冒険者ギルドに応援を要請するにも今の曖昧な情報では動いて貰えないでしょうし。」
ハンスが資料とおぼしき紙の束と睨めっこしながら溜息を吐いて背を丸める。
「あと住民の避難の事もあります。皆さん日々の仕事や暮らしの事もありますので、いつ来るか判らない魔族やオークのためにずっと避難や疎開している訳にもいきません。
また仮に急襲された時の為の緊急の避難経路も整備していなければなりません。
それから、これらの事は住民の混乱を招かないように行われないといけません。」
そう言ってハンスはますます沈鬱な表情を浮かべ背を丸くする。
「ではハンスに仕事を頼みたい。君を中心にレンジャーの少数パーティを四つ程作って再びガムザティ原始林へ調査しに行って欲しい。そこで何とか魔族の潜伏先と動向を探って欲しい。出来るかな? 」
トムがハンスを見つめそうに告げると、ハンスは悩ましげな表情にさらに眉根を寄せて唸った後、トムを見つめ返す。
「今度は、まあ、何とか見つけれるんじゃないかと思います。先日の魔族とのやりとりで魔力の形態や発露の仕方も解りましたし、ヴァリアンテさんがヒーシの支配下にあった峠の森のマナの掌握をしてくれましたので、奴らがどうやってガムザティ原始林のマナを操っていたのか解明出来ましたから。」
それを聞いてトムは満足気に頷く。
「流石ハンス! じゃあ任せるよ。」
「はい、了解です。あ、あとそれからパーティに魔女を加えていいですか? それならパーティは二つあれば事足りると思いますので。」
「ああ、それじゃあ私の所からマナとオドの扱いに長けた魔女を二人ばかりあんたの下につけるよ。」
ヴァリアンテはギシギシと軋むような声でハンスにそう告げる。
「ありがとうヴァリアンテ! じゃあ有事の際の住民の避難経路と避難先その他諸々の検討をつけるのを、ミナとブランシェト、あとそれからエルザちゃんで話し合ってまとめてくれないか? 」
「わかったわ」とブランシェトが頷くと後の二人もそれに続く。
そうすると今まで黙って一同の話しを聞いていたランペルがおずおずと手を挙げる。
「ワレラモ ナニカ オテツダイ デキルコトハ ゴザイマセンカ ? ワレラヲ タスケテ イタダイタ ゴオンヲ カエシタイノデス。」
それを聞いたトムを始めギルドの面々は驚くが一様に明るい表情を見せる。
「そうかい! それは助かるな。百人くらいいるんだっけ? 人語がわかる者はどれくらいいるのかな? わかる者がいれば僕の下で色々と手伝いをして貰いたいんだ。もちろん給料は支払うよ。」
「イマ ニンゲンノ コトバ ワカルモノハ ワタシト キタノオサ ダケデス。」
「そうか、今は二人だけなんだね。でも他のコボルト達も人語を話せる様になるといいなぁ。」
そう言ったトムの言葉にランペルは腕を組んで「ウウム」と暫し考える。
「ワタシガ トウゲノモリノ ドウホウニ ニンゲンノ コトバヲ オシエタノハ 100ネンホドマエデス。
ソノコロニハ ワタシハ ジンゴモ ワスレ カタコトニ ナッテイマシタ。」
トムはそれを聞いて「フム」と一つ頷くと、思う事があるのかランペルに向き直る。
「そうなのか、じゃあもっと昔にはもう少し流暢に話してたって事? 」
「ソウデス 300ネンホドマエニ ティム・ティン・トットサマト オハナシシテイタ トキニハ モット コトバヲ リカイシテ イマシタ。
ソノノチ ナガク ハナスコトガ ナカッタノデ ワスレテ シマッテオリマシタ。」
「そうか、成る程。じゃあまた学び直せば再びちゃんと話せる様になるかな? それに他のコボルト達も人語を話せる様になるかな? 」
「ナルト オモイマス。ニンゲンノコトバヲ オオシエ クダサルノデスカ? 」
ランペルはまさかといった面持ちでトムを見つめるが、当のトムはランペルの気持ちを察したのか一つ大きく頷くのだった。
「もちろん! 何だか君達とは仲良くなれそうだからね。言葉が解っている方が何かと都合が良いだろう。どうだい? 」
ランペルは大きく口を開いて牙を剥き出しにする。その顔は少々怖い顔で周りの者が身構えたが、ロンがこれは笑顔であると説明すると皆何とも言えない顔で胸を撫で下ろした。
「ナント アリガタイ コトデショウ。」
そう言ってランペルは手を合わせて感謝した。
ランペルが言うには、彼の一族は百年程前に峠の森に移り住み他の氏族と協力して森を治めていたのだが、時折り森に人間が迷い込む事があったので、ある程度人語を解する者がいた方が良いと考え、人語を教えようとしたのだが何せ彼が人語を話していたのは二百年も前の事で、自身も大分と人語を忘れ上手く教える事が出来なかったのだ。
結果的にそれぞれの氏族の長には何とか片言の人語を教授出来たが歳若い他のコボルト達には伝えきれていなかった。
トムはそれを聞いて和かに手を叩きエス・ディに向き直る。
「それは丁度良い、エス・ディはコボルト達に人語を教えられないかい? 」
しかしエス・ディは首を横に振る。
「あー、さっきも言った通り俺は南方語しか解らねえし、何より人に物を教えるガラじゃねえよ。」
そう言って肩をすくめる。
するとエルザがおずおずと手を挙げる。
「すいません、あの、私がコボルトさん達に人語を教えてみてもいいでしょうか? 私コボルト語はわからないですけど、魔術の研究の為にエルフ語やクズドゥル語などの多様な言語学も研究しているんです、だからコボルトさんに人語を教えるお手伝い出来ないかなって...
皆さんのお役に立てたらいいかなって... 思ったんですけど... 」
それを聞いてタスリーマはパチンと指を鳴らして「良いじゃない!」と歓声をあげる。
「良いじゃない〜エルザちゃん! エス・ディみたいな堅物のポンコツなんかよりずっと良いわ!」
「オイ! 誰がポンコツだ! 」
憤慨するエス・ディをなだめながらトムがエルザに微笑みかける。
「ありがとうエルザちゃん。君がいて心強いよ。じゃあコボルト達に人語講座を開いてあげてもらっていいかな。
それにエルザちゃんやブランシェトの仕事を手伝って貰うといいよ! 」
トムがそう言うと、ランペルと北の長がエルザに向かって「ヨロシクオネガイシマス」と頭を下げた。
トムは再び一同を見渡し姿勢を正す。
「まあ、こんな所かな。後は各々の自分の為すべき事をしてくれ。魔族の動向を探る者。有事の際の住民の避難と経路を考える者。
そしてそれぞれ魔族の襲来に備えて自身の腕を、技を磨いておいてくれ。
王都の騎士団や他の街のギルドマスター達には僕から連絡を入れて協力体制を整えるよう働きかけておくから安心してておくれよ。」
そう言って会議はいったんお開きとなった。
会議が終わり各人は身体を伸ばしたり、他の者と打ち合わせを始めたりする中でエルザはミナのもとににじり寄る。
「あの、ミナさん... 」
「あら、どうしたのエルザちゃん? 神妙な顔をして。」
エルザは少し頰を紅潮させてミナの顔を見る。
「あの、ミナさんってミナルディエ・ドラクリア様なんですよね!? 」
そう言ってエルザはミナにずいっとにじり寄る。ミナは少し仰け反って顔を強張らせる。
「さ、様!? え、ええ、まあ確かにミナルディエ・ドラクリアだけども... 」
「じゃあやっぱり、『窈窕たる不死の王と病める薔薇ミナルディエ・ドラクリア』のミナルディエ様なんですね! 」
さらに目を輝かせてエルザはミナに詰め寄る。
「えええ! あんな古い小説読んでるの!? 」
「はい! 『病める薔薇七部作』は全部読みました! 私、ミナルディエ様の大ファンなんです! 」
「えええええ! あんなマニアックな小説読んでるの!? 私のファン?? 」
「はい! 子供の頃からの憧れなんです! あの麗しの銀嶺の様な長髪に血の様な深紅の瞳を持つヴラディスラウス様との許されぬ恋...ああ、ミナルディエ様おいたわしい... 」
わけのわからない事を口走って悦に入るエルザに若干引き気味なミナ。
「エ、エルザちゃん!? アレはあくまでも小説で創作なのよ、殆ど作者の思い込みと妄想なのよ。」
「そんな事ないわよ〜。ちゃんとミナちゃんに取材したじゃない。」
そう言ってミナの背後にヌウっと現れたのはタスリーマである。
「エルザちゃん『病める薔薇』読んでくれているのね。嬉しいわ。」
「はい! あの小説大好きで... って、え!? もしかしてタスリーマさんって... タスリーマ・ヴァレリア・グリーノ!? 」
エルザはそう言って両手で自分の両頬を包む。
タスリーマはニヤリと怪しげに笑う。
「そうよ〜。私がタスリーマ・ヴァレリア・グリーノよ。でも本当に嬉しいわ、あの小説を書いたのって四十年も前の事よ。こんな若くて可愛い娘が読んでくれているなんて光栄だわ。」
「わわわ、私こそ光栄です! 憧れのタスリーマ様にお逢い出来るなんて! 」
「あら、タスリーマ様だなんて! ねえミナちゃん聞いた!? まだまだ私も捨てたもんじゃあ無いわね。」
「ふう... 頭が痛いわ... 。」
まんざらでは無い様子のタスリーマと引きつった顔を見せるミナに挟まれてエルザは顔をさらに紅潮させる。
「今日は何て素敵な日なの! ミナルディエ様にタスリーマ様とお逢い出来るなんて!
こんな、こんな!ミナルディエ様! タスリーマ様! お姉様とお呼びして良いですか! 」
感極まりすぎてエルザは訳がわからなくなっている様だ。そこにタスリーマのとどめが入る。
「いいわよ〜。今日からエルザちゃんはミナと私の妹ね〜。」
タスリーマはエルザの耳元でそう囁くやエルザは耳まで真っ赤にして絶叫する。
「キャイ〜!! 」
そしてそのまま気を失う。
「ちょっと! タスリーマあなたいったい何したの!? 」
「何もしてないわよ。妹にしただけよ。」
そう言って悪戯っぽく笑う。
失神して倒れようとするエルザを大慌てでロンが支え、ブランシェトが気付けの魔法をかけようとする。
それを見ているトムにグリエロは大笑いしている。
その一連の大騒ぎをみて呆れた顔をしてヴァリアンテは溜息を吐きガラガラとしゃがれた声でぼやく。
「こりゃ一体何の会議だったんだろうね。まったく先が思いやられるよ。」
会議まとまりませんでしたね。
いつもお読みいただきありがとうございます。




