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44 ミナの秘密

なかなか、会議が始まらないですね。


「ロンくん、エルザちゃんは、まずは大前提として知っておかなければならない事があるんだ。」


トムの目はいつになく真剣なものになっている。トムはミナに向き直り、手をかざして一同の意識をミナの方に促す。


「ミナの姓名は、ミナルディエ・ドラクリア。殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアの妻にして病める薔薇。不死の王妃。つまりは魔族の女王様なんだ。」


それを聞いてエルザは驚いた様に椅子から立ち上がる。


「え? え! え!? それってお伽話しですよね? 実話なんですか? あの人達って実在の人物だったんですか!? え? ミナさんが!? ミナルディエ女王様? 」


「五百年前からね」ミナは悪戯っぽく笑う。それを少し複雑そうな瞳でブランシェトが見つめている。

そこで意を決した様にブランシェトが話し出す。


「五百年にエルフ、ドワーフ、人間の連合軍と魔族との戦争があったのは知っているわね。強大な魔力を持つ魔族に人間もドワーフも押され気味だったわ。唯一対抗できたのはエルフだったんだけど、当時からエルフは種としての数が減っていて、数では圧倒的に魔族に負けていたの。」


「でも、エルフの力で魔族を魔界へ追いやって封印したんですよね? 」


エルザが疑問を口にする。


「そう。エルフと魔族の戦力差をひっくり返す出来事が起きたの。」


「それってどういう事なんですか? まさか、あのお話しの通りなんですか? 」


エルザが身を乗り出すように聴いてくる。ブランシェトはそれを受け頷く。


「それにしてもエルザちゃん、よくそんな古い話しを知ってたわね。そうね、実話と言えば実話ね... 。」


「あ、あのお話しが実話なんですか... 」


エルザは顔を上気させてブランシェトに尋ねる。

ブランシェトは何故エルザが興奮しているのかわからないが大きく頷き語り始める。


「そうね、歴史書や文献には記載されていない事ですものね。本当にあった事とは思わないわよね。

当時、圧倒的な数で侵攻をしていた魔族の大軍なんだけれど、その中でも殊更巨大な勢力を持っていた魔族六大魔王の一人である殭屍王ヴラディスラウス・ドラクリアが魔族を裏切り人間の側についたの。」


それを聞いてエルザは思わず立ち上がる。


「え!? それって歴史的に大変な事実です! まったく歴史書に載ってません、そんな事って... 」


「どうしたんだエルザ、いやにブランシェト先生に突っかかるな。まあ落ち着いて先生の話しを聞こうよ。」


そう言ってロンにたしなめられエルザはハッとして顔を赤らめ椅子に座って下を向く。


「そうよね、エルザちゃんが驚くのも無理はないわよね。でもこれには深い訳があるのよ...

殭屍王ヴラディスラウスが魔族を裏切った理由は一人の人間の女性を見初めたからなの。」


そこでブランシェトは、ふぅと一息ついてミナを見つめる。ミナはブランシェトと目を合わせ頷く。


「そう、その女性こそミナちゃんだったの。殭屍王ヴラディスラウスはミナちゃんに一目惚れして魔族に対して反旗を翻したの。」


「そうなの、あの人は私たった一人のために魔族すべてを裏切っちゃったの。」


ミナはそう言って申し訳なさそうに頬をうっすら染めて俯く。ブランシェトもそれを見て困ったようにほんの少し微笑むと再び話しはじめる。


「当時、上の上の戦士だったミナちゃんは私とパーティを組んでウンドの街の防衛についていたの。殭屍王ヴラディスラウスの軍勢に包囲されて、仲間の冒険者達が次々倒れていき戦える者がいなくなり敗北必至な状況になっても、ミナちゃんは一人果敢にもヴラディスラウスの軍勢に戦いを挑んだの。」


「一人じゃないわよ。ブランシェトさんの回復魔法や結界、加護があったから戦えたのよ。」


「そうかしらね、でもミナちゃん一人に頑張らせ過ぎちゃったのよね。ミナちゃんは絶望的な状況からたった一人でひと月もの間ヴラディスラウスの軍勢を押しとどめたの。」


「ミナ、お前さん一人で魔族の軍隊と張り合ったってのは聞いていたが、改めて聞くととんでもねえな。こないだ俺も魔族とやり合ったが一人相手にも苦戦したぜ。」


グリエロが顎をさすりながら感心する。

それを聞いてブランシェトは大きく頷いたあと「だけどもね」とため息混じりに続ける。


「そうしたらとうとう、殭屍王ヴラディスラウスが直々に出て来てミナちゃんに戦いを挑んで来たのよ。」


「それはもうコテンパンにやられちゃったわ。」


そう言ってミナは恥ずかしそうに肩をすくめる。


「でもミナちゃんを打ち負かした殭屍王ヴラディスラウスは唐突に彼女の事を妃にすると宣言して、その場で、戦場のど真ん中で、いきなりミナちゃんを眷族にしちゃったの。」


ブランシェトがそう言うとミナは服の襟を少しはだけて首筋を見せる。そこにはヴラディスラウスに噛みつかれた痕が五百年経った今でも生々しく残っている。


「でも、ちょっと不謹慎な事言っちゃいますけど、ちょっとだけ素敵なお話しですよね。吸血鬼の王様のお妃様になっちゃうんですものね。ほんのちょっとだけ憧れちゃうかな。」


エルザがポツリと呟くとタスリーマが「そうよねぇ」と同意する。同じ黒魔導師として気が合うのだろうか。「女ってのはわからんな」とグリエロとエス・ディは同時に呟く。


「そう言えばブランシェト先生はその時どうしていたんですか? 」


「その時私はミナちゃんの後ろで腰を抜かしてたわ... 」


ブランシェトは気まずそうにそう言って肩をすくめる。


「それでね、ミナちゃんは殭屍王ヴラディスラウスの妃になるかわりとしてウンドの街の住人の助命を嘆願したの。」


「そうなの。私の全てを貴方に捧げるからウンドの人々を傷つけないでって言ったらね “そなたを悲しませる事は決してしない” ってそう言って率いていた不死の軍勢四万五千を全て速やかに眠らせ地中深くに封印して、あの人も地中深くに潜り自分自身を封印しちゃったの。」


「何度聞いても、なんだかよくわからん話しだな。要するに殭屍王ヴラディスラウスが寝返って人間側についたって事か? 」


グリエロが首を傾げながら、疑問を口にするとミナは複雑な表情をして首を横に振る。


「そうじゃないの。あの人は人間側についた訳じゃないの。人間が傷つくと私が悲しむから、私が悲しむ事が無いように、魔族を裏切ったの。

自分と自分の眷族を地の底に封印したのも、彼ら不死者達が生者である人間の生気を吸い取って害してしまわない為、全ては私の為なの。それが結果的に人間を救う事になったの。」


そう言ったミナの瞳は喜びと悲しみの入り混じったような赤い色を宿す。

そのミナの言葉を引き継ぐ様にトムが話し始める。


「そうなんだ、そこからウンドの街の存在意義が変わったんだ。

ミナは殭屍王ヴラディスラウスを退けた英雄として凱旋した事になっているけど、そうじゃないんだ。

殭屍王の眠るこの地にミナを縛り付けるためにウンドの街は新たに出来上がったと言っても過言ではないんだ。 本当の事情を知る冒険者達は不死の王が再び目覚める事がない様にミナを生贄に捧げ続けているんだ。」


苦々しい顔をしてトムがそう言うと、ミナは静かに首を横に振り優しくトムをたしなめる。


「そんな事ないわ。私は生贄にされたなんて思ってないわよ。それに五百年も前の事にトムが責任を感じなくてもいいのよ。

それにあの人は私の事を深く愛してくれているもの。それにウンドの街に完全に縛りつけられている訳ではないのよ。使い魔を飛ばせば意識を世界中どこへでも飛ばせるし、夜の間だけならウンドの街を離れる事も出来るしね。私は何の不自由も感じてないわ。」


ミナがほがらかに笑うと一同は黙ってしまう。

しかし、そこはあまり空気を読まないロンである。能天気に思いついた事を話し出す。


「あ、そうか。いついかなる時に行ってもギルドの受付にはミナさんが居るから、いったいいつ休んでいるものかと思っていましたが、ミナさん不死の眷族だから眠る事が無いんですね。」


「そうなのよ。もう五百年は寝てないわ。眠くならないからとても便利ね。夜更かしって楽しいのよ。そうそう不死の眷族になってから虫に刺された事が無いわ、血が通ってないからかしら? ね、悪いことばかりじゃないのよ。」


「不死の眷族になる事の利点が夜更かしが出来る事と虫に刺され無い事っていうのは割に合わないような気もしますけど... 」


そうポツリと呟いたのは隣に座るハンスである。


「そんな事ないのよ。だって私は女王様にもなれたし、こんな立派なお屋敷も建てて貰ったわ。」


そう言ってミナは両手を広げる。

それを聞いてロンとエルザは口を揃えて驚く。


「え!? ここって、冒険者ギルドってミナさんの家だったんですか!? 」


「そうよ。私ここに住んでるじゃない。」


「あ! 受付カウンターの後ろのお部屋ってミナさんのお部屋ですもんね。」


「あれ、受付じゃなくて、バーカウンターなのよ。」


それを聞いてエルザは何か合点がいったようで、ポンと手を合わせる。


「あ、だからカウンターの後ろの棚にはグラスやお酒が置いてあるんですね。」


「そうよ、広間にはいつもむくつけき冒険者達がたむろしてるけど本当はあそこで舞踏会を開いたり宴会をするのよ。」


「そうか、だからウンド冒険者ギルドって妙に大きくて変わった間取りだったんだ。」


ロンが何か合点がいった様に大きく頷くとトムもそれに合わせて頷く。


「そうなんだ、ウンドの冒険者ギルドは本来はミナの屋敷なんだ。それがどう言う事かわかるかい? この冒険者ギルドの地下深くには殭屍王ヴラディスラウスが眠っているんだ。」


「ええ!? ギルドの地下にいるんですか! 」


「そうよ。私とあの人は片時も離れる事なくこの場所に五百年いるの。...まぁ、私はたまに街の外に散歩に出かけるけど。」


「そうミナはここから離れる事が出来ないんだ。もし不測の事態が起こってミナに危険が及び、万が一にでも傷つく様な事があったら大変だ。」


そこでエルザが手を叩く。


「そうか、だからミナさんのお屋敷を冒険者ギルドにして冒険者が集まる様にしたんだ。」


「その通り。ミナが傷つく様な事があってはならない。殭屍王ヴラディスラウスの怒りを買っては大変だ。

万が一にでも殭屍王ヴラディスラウスが復活する様な事があったら、この国は滅びかねない。」


トムのいつになく真剣な面持ちにミナは微笑しながらやんわりと反論する。


「あの人はそんなに怒りっぽい人じゃないのよ。それに、私もそんなすぐやられちゃうようなヤワな女じゃなくてよ。」


「そういやミナ、お前さんこの前ギルドの中庭でつっ転んで膝小僧擦りむいた時、小せえ地震が起きたっけな。」


「アレは怒ったんじゃなくて、心配してくれたのよ。」


「膝擦りむいただけで地震だぜ、骨折でもした日にゃ山でも噴火するんじゃねえか? それにヤワじゃねえ女は、何にも無え中庭なんかでつっ転んで膝なんて擦りむかねえだろ。」


「火山が噴火なんてしないわよ! それに最近ちょっと運動不足なだけよ。だいたい戦士をやってたの五百年も前の事よ、そりゃ鈍りもするわよ。グリエロさんだって五年引退してただけで鈍りに鈍ってたじゃない! 」


「おおい! どうしてみんなすぐにその事を引き合いに出すんだ! 」


グリエロは何とも気まずいといった面持ちで頭を掻く。

トムは苦笑いしつつもパンパンと手を叩き話しを元に戻そうとする。


「まあ、そんなにグリエロを苛めないでやってよ。

ミナは心配無いと言ってくれているし、信じてもいるんだけど、殭屍王ヴラディスラウスが万が一にも復活するのはやはり良くない。不死の王が現世に現れる影響は計り知れない。生者の世界にとっては彼の存在自体が脅威なんだ。不死の眷族すなわちアンデットはそこに存在するだけで生者から生気を奪ってしまう。文献や古文書を紐解いてみても一様にそう記載されている。殭屍王ヴラディスラウスの軍勢の通り過ぎた跡は草木も枯れ果て水も毒されると。

実際に五百年前に殭屍王ヴラディスラウスと相対したミナにブランシェトはどうだった? 」


ブランシェトはミナをチラリと横目で伺ってから気まずい面持ちで答える。


「確かに、殭屍王の魔力は強大で、その恐怖で腰を抜かしていたっていうのもあるけれど。幾重にも結界を張っていたにもかかわらず生気や魔力を奪い取られていた事は確かだわ。それも立てなくなってしまった一因でもあるわね。」


ミナもそこは反論出来ない様で困った様な顔をして俯いている。


「そうね、そこは否定出来ないわね。あの人の剣技も魔術も並外れていて手も足も出なかったのは確かだけど、剣を合わせる度に生気を奪われたのが敗北を早めた一因でもあるわ。

あの人に敗れた時には体力も魔力も尽き果てて瀕死の状態だったの。その場で不死の眷族にされていなかったら死んでいたでしょうね。それにあの人も自分自身がこの世界にとって脅威の存在であると自覚していたからこそ、私を眷族にした後すぐに自身とその軍勢を地下深くに封印したのだしね。」


トムはそこで大きくため息を吐き、重々しい口調で話し始める。


「そうなんだ。だから殭屍王ヴラディスラウスには眠っておいて貰わなければならないんだ。ミナには悪いけどね。

そこで今回の魔族の件が絡んで来る。」


「やっと本題に入るのかね。それにしてもトム坊や、あんたそんなに難しい顔してモノを考える男だったかい? 魔族がどんだけ来ようともいつも通りぶちのめしてやれば良いんだよ。あんたはそうやって来ただろう?

何の責任感を感じているのか知らないけど、あんたギルドマスターになってから小さくまとまってるよ。トム坊やは戦闘馬鹿なんだ、難しい事考え無くて良いんだよ。」


ヴァリアンテがバキバキと音を立てて背筋を伸ばし立ちあがりトムを見下ろすと、ガラガラとしゃがれた声でため息を吐く。


「難しい事を考える。そりゃ、あたしの仕事だ。あんたはのびのびやりな。グリエロの坊やもね。あんたらウンドの男共は戦うために居るんだ、うじゃうじゃ難しい事考えんじゃ無いよ馬鹿共が! 」


そう言ったヴァリアンテはトムの頭に拳骨を食らわす。ゴツンと会議室に痛打の音が響く。

ロンはギルドマスターの頭を力いっぱい殴りつけていいものか不安がよぎったが、トムはニコニコしている。


「ごめん、ごめん。ロン君にエルザちゃんが居るし、ランペルさんに北の長も来てくれているからね。ウンドの街の事を知って置いて欲しかったんだ。」


そう言ってトムは改めて一同を見渡す。その顔は晴れやかだ。


「そう。こういう事情があるウンドなんだけど、この事を知っているのは冒険者ギルドの上級職の一部の者と王都にいる王族と直属の騎士団団長だけだ。」


それを聞いてエルザは驚いた様に口を開く。


「え!? 騎士団団長も... じゃあ兄様も知っている... 」


「そうだよ。エルザちゃんの兄上のルーク・シルヴァーン・ランチェスターもウンドの真実を知っているよ。」


エルザは驚いて二の句が告げれない様だ。

トムは先を続ける。


「この事を秘匿しているのは混乱を避けるためでもある。しかし一番の目的はミナを守るためだ。ミナの事を知れば、ミナを害そうとする者や、排斥しようとする者が現れるかもしれない。ましてやミナを利用し殭屍王ヴラディスラウスの復活を目論む狂った輩が出てこないとも限らない。

ミナを守ると言う事は街をひいては世界を守る事に他ならない。

だがそれ以上に重要な事がある。それは救国の英雄ミナの平穏な生活を守るためだ。」


そこでエルザはふと首を傾げる。


「どちらもミナさんを守る事ですよね? 同じじゃないんですか? 」


「いいや、同じじゃないよ。僕達は殭屍王ヴラディスラウスが復活するのを防ぐためにミナを守るのでも、ウンドの街ひいてはこの世界を守るためにミナを守るんじゃないよ。

僕達はこの国をたった独りで、自らの全てを犠牲にして守ったミナのために、今のミナの平穏を守るんだよ。僕はミナに最大限の敬意と尊敬を払っているんだ。」


「そっか! 私もミナさんを守るわ! ミナさんのこと大好きだもの! 」


エルザはやにわに立ち上がり、拳を握りしめて力強くそう宣言した。


「そうだ! エルザちゃんその勢いだ! 君の黒魔術には期待しているよ。」


そう言って何故かトムも立ち上がり、拳を握りしめて天を仰ぐ。


「あんた達、そうやってすぐに話しが横道に逸れるね。エルザ嬢ちゃんも一々合いの手を入れなくもいいんだよ。トム、さっさと本題に入んな! 」


ヴァリアンテのしゃがれ声が会議室に響きわたる。

能天気な人達です


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