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42 炎の決着

突然飛んできた矢、何事でしょう。

呪文を詠唱しようと開いたヒーシの口中に深々と矢が刺さっている。


ロンは振り返るが背後には誰もいない。コボルトの集落の広場が広がっているばかりだ。その向こうには鬱蒼とした森が続いている。


ロンが目を凝らして森をみたその時、再び森の中から猛烈な勢いで矢が飛んできてヒーシの口に刺さる。


あまりの出来事に絶句するロンをかすめる様にしてもう一発矢が飛んで来てヒーシの口に刺さる。この三発目に至ってはヒーシの口中を突き破り矢尻が後頭部から突出する。


ヒーシはあまりの事に身体を震わせるばかりだ。ロンはヒーシの口中から突き出す三本の矢を見て疑問が頭をもたげる。いったいこの矢は何処から飛んで来たのだ?


ここから広場を抜けて森の入り口まで結構な距離がある、そしてその奥には木々が鬱蒼と茂る森がある。矢は木々の合間を縫い、広場を横断してヒーシの口中に刺さったのだ。三本も。


一本ならまだしも三本もヒーシの口と言う小さな的に的確に突き立てるとは。しかもかなりの距離があり、さらには木々の合間を縫って飛ばすとなると途轍もない弓矢の腕を持つ者となる。


いったい、そんな離れ技をやってのけるのは何者か?


その疑問は程なくして解決する。


森の中からドヤドヤと見知った顔の面々が出て来たのだ。


「いやぁ、流石エス・ディだ! この距離でもきっちり獲物を仕留めるんだもの。」


そう言いながら森の中から現れたのはウンド冒険者ギルドのギルドマスター、トマス・クルス・メイポーサだ。

そこでロンは疑問を持つ。森の中? 森の中にはルドガーの罠が張り巡らせてあるはずだが...


「たりめーだ。あの距離で俺がこのでっかい的を外す訳がねえだろ。 」


続いて登場したのは眼帯をつけた隻眼のアーチャーのエス・ディことエスラン・ディル・プリスキンである。


さらにその後に現れた者たちはロンが直接の面識は無いもののウンドの冒険者ギルドでは知られた冒険者達である。


黒魔導師のタスリーマ、レンジャーのハンスに魔女のヴァリアンテといった数花月前にオークを追跡する為に結成された調査隊パーティである。


皆、上級戦闘職の冒険者達である。


レンジャーのハンスがため息をつく。


「もう、トムさんが殆ど罠を解除したとは言え、安全確認もせず集落に入らないでくださいよ! 」


「あんたがちんたらやってるからだよ。」


そう言ってガラガラとしゃがれた声で悪態をつくのは魔女のヴァリアンテである。


黒魔導師のタスリーマは我関せずでローブの裾を気にしている。


ロンは思わぬ来訪者に驚きを隠せない。

トムは悠々とロン達のもとにやって来て、ルドガーを見つけるや破顔する。


「やはりあの凶悪な罠はルドガーさんのものでしたか! 前に一度体験しておかなければ危ない所でした。」


そう言ってトムは柔かな顔のままロンに向き直る。


「危機一髪の所だったね、遅くなってゴメンよ。」


「いえ、とんでもないです。ありがとうございます! でもどうして僕達がここに居る事がわかったんですか? 」


「ミナに聞いたんだよ。」


「ミナさんに!? 」


「そうだよ」と言いながらトムはグリエロを心配そうに見つめる。


「もう、グリエロ。ロン君の事を頼むって言ってただろ。逆にそのグリエロが危機に陥ってどうするのさ。」


「いや、面目無え。」


トムはグリエロの腕や脚を眺める。グリエロは膝を庇うように手を当て摩っている。


「ちょっと無理したみたいだね。...でも、このグリエロをここまで追い詰めたこの男は何者だい? 」


そう言ってトムはヒーシに向き直る。

ヒーシは歯を食いしばり口に刺さった矢を噛み砕く。ガボガボと血反吐を吐きながらトムを睨みつける。


「ぎ、ぎざま、ら、よって、たかって、俺を馬鹿にしやがって... ヒヒヒ、しかし罠を解除したと言ったな、馬鹿め! ノロ・ナン・ゴス! ノロ・ナン・ゴス! 」


ヒーシは虚空に向かって叫ぶ... が何も起きない。


「うん!? エルフ語? コイツはエルフなの? 」


そう言ってタスリーマは首をかしげる。ヴァリアンテは黙って顔を顰めている


タスリーマのその疑問に首を横に振って答えるグリエロ。


「いや、そいつは魔族だ。オーク共を率いていたのはそいつだ。」


「ノロ・ナン・ゴス! ...何故だ!? 何故オーク共が来ないのだ!? まだ五十匹は残っているだろう! 何をやっているんだ! 」


ヒーシは怒りに顔を歪めているが、それを見ているトムは愉快そうに笑っている。


「オークは五十もいなかったよ、せいぜい四十くらいだったんじゃないかな? まあ、そいつらも僕らがみんな倒しちゃったけどね。」


そう言ってニコリと笑い、トムはロン達に向き直る。


「ゴメンね、ルドガーさんの罠を解除しながらのオーク退治に手間取っちゃってね、だから遅くなってしまったんだ。」


「ハハハ、トムさん達が来るんならもっと簡単な罠にしておくんでしたね。」


ルドガーはそう言って笑う。


「本当に骨が折れましたよ。流石ルドガーさんです。」


そう言ってトムは微笑んで、改めてヒーシの方を向く。


「さて、君は魔族だそうだね。まだ仲間が居るのかな? 洗いざらい話してもらうよ。」


「グググ... 貴様らなんぞにベラベラ喋ると思うか? ... ぶち殺してやる! 」


そう言うやヒーシは再び手首から触手の剣をはやすが、その触手はヒーシの言うことをきかず伸び続けヒーシをがんじがらめに縛りあげてしまう。


「な、なに!? 」


ヒーシは驚きの顔を隠せない。そこにヴァリアンテがやって来る。


「アンタのその触手は、この森に生息している食人木ムコドの蔦を魔力で召喚したものだね。... それが仇になったね、残念だけどこの森のオドは私が掌握したんだよ。今はこの森の植物は私の支配下にある。」


「な、な、なに... そんな馬鹿な... 」


「アンタ、自分が偉いと思っているね、自然に、マナに、敬意を払っていないね。そんなだから私如きに乗っ取られるのさ。」


「... おのれ... 」


ヒーシは歯を食いしばって顔を怒りに歪めるが、自身の召喚した触手にがんじがらめになっており身動きが取れない。

そこにトムがにじり寄って来る。


「さて、もうどうしようもないから全部吐いちゃいな。一人でこんな事出来ないだろう? どれくらいの規模の組織が背後にいるんだい? 」


トムの問いかけにヒーシは押し黙りそっぽを向く。

それを見たハンスがトムの傍にやって来てため息を吐く。


「白状しそうにないですね。このままウンドまで連れて帰ってギルドで尋問した方が良いんじゃないですか? たしか尋問の専門家いますよね。」


その言葉を聞いたヒーシは瞳をギラつかせてニヤリと笑う。


「ウンドだと!? やはり貴様らウンドの手の者か! ウーレー! 」


そう言うやヒーシは自身を炎で包み触手を焼き払う。

そして、憎しみをもった眼でコボルト達を睨み炎を浴びせかける。


「ペト・ウーレー!」


これはヒーシの逆恨みそのもので、ヒーシからすると元はと言えばコボルトの森の支配を引き受けたからこの様な事態になっている。したがってコボルトさえ居なければこんな羽目になっていない、という身勝手な怒りなのである。

さらにこの面々の中でコボルトが一番弱く、蹂躙しやすいと言うのも狙った理由の一つである。


ヒーシはそう言う身勝手な理屈でコボルト達に向って炎を放った。


「しまった! 簡易詠唱か! 」


トムが言うか早いか、ロンは考えるより先ににコボルトの前に両手を広げ立ちはだかり、ヒーシの炎を真正面から受け止め燃え上がる。


「ロン!」グリエロが絶叫する。


ヒーシはしてやったりと不快な笑みを浮かべる。


ロンの身体は燃え上がりみるみる炭化していく。ロンが真っ黒な炭になるのを皆呆然と眺めるしかなかった。


「ヒヒヒ、生意気な小僧が一人消し炭になっ... 」


と言った瞬間、ロンは素早く一歩踏み出してロンの死を確信して油断するヒーシのスイゲツに渾身の蹴りを食い込ませる。


ヒーシは後方にふっ飛んでいく。ゴロゴロ転がって地面に倒れ伏すや、ヴァリアンテの操る蔦やタスリーマの魔法で作られた氷の刃やエス・ディの矢が無数にヒーシに突き立てられる。


ヒーシはそのまま沈黙する。


グリエロとトムがロンのもとに慌てて駆け寄る。コボルト達は腰を抜かしている。


「ロン! お前さん生きてんのか!? 」


すると真っ黒に炭化した薄皮がバラバラと剥がれて中から、素っ裸のロンが現れる。


「... 何で生きてるんでしょうね? 」


当のロンにも解らないようだ。


「あの炎をレジストするなんてロン君はますます面白いなぁ! 」


「それよりも、咄嗟に身体が動いちゃったんですが、ヒーシはどうなりました? 」


皆で一斉にヒーシの方を伺う。


そこには無残なヒーシの姿があった。

ヴァリアンテの蔦の槍にタスリーマの氷の刃にエス・ディの矢が無数にヒーシに突き立てられている。

これではもう流石に息はあるまい。


ロンは針山の様になったヒーシを眺めながら呟く。


「結局、この男の素性も目的もよく分からないままでしたね。」


「うーん、今さっきの言動である程度は類推出来るかな? まあウンドに帰ってロン君やグリエロ達の話しをきいてみないと分からないな。」


「そう言えば、ウンドって言葉に反応してましたね。」


「そうだね、それを踏まえて思う事があるからとにかく早くウンドに帰ろう。コボルト達の事も考えなきゃならないしね。」


ロンが「そうですよね」と言ってコボルト達を見る。つられて周りの人間達の意識がコボルト達に向いたその瞬間、ヒーシの身体が裂け中から真っ黒な烏の様な蝙蝠の様な飛行体が這い出てきて羽を広げ猛烈な勢いで飛び去る。


一瞬の事だったが、一同が振り向いた時にはかなり遠くまで飛んで逃げていた。


「なんだい、ありゃ? まったくしぶとい奴だな。」


グリエロが呆れると、黒魔導師のタスリーマは驚いた様に呟く。


「異化転生だわ。魔族の生き残りをかけた最期の手段ね。私も文献でしか読んだ事なかったけれど、始めて見たわ。力も魔力もかなり衰える筈だけど、魔族は長命らしいからそのうち完全復活して復讐にくるんじゃない? 」


「え!? それ逃しちゃ不味いんじゃないですか? 皆さんのんびり構えてますけど良いんですか? 」


「心配すんな。」そう言ってエス・ディが眼帯を外すと隠れていた眼が現れる。


その眼は獰猛な爬虫類を思わせる赤く輝く眼光鋭い異形の瞳であった。


遥か彼方を飛び去る異形のヒーシを、エス・ディの赤い瞳は眼光炯々と睨み捉える。


エス・ディは大きく息を吸い、やおら弓を構え矢をつがえると、エス・ディの背中から肩にかけての筋肉が大きく盛り上がり、満身の力を持って弦が引き絞られ、弓は折れんばかりに大きくしなる。


弓が大きく引き絞られたままピタリと止まったと思ったその瞬間。何かが爆発したかの様な轟音を立て矢が放たれる。矢は衝撃波を放ちながら風切り音とは思えない爆音を立てて一直線に遥か彼方を飛ぶヒーシのもとへ飛んでいく。


遥か遠くを飛ぶヒーシが木っ端微塵に砕け散る音がロン達の耳にも届く。


「な、な、な。何ですか今の!? 」


ロンは唖然としてヒーシがいた虚空を凝視している。


「流石スネークアイのプリスキンだね。睨まれた獲物は逃げられない。」


トムが楽しそうにそう言うと、エス・ディは頭を振る。


「こりゃ竜眼だよ! 蛇じゃ無え! 不吉なモンに例えんじゃ無えよ。」


「そういやエス・ディ、お前さんに睨まれると悪運がつくとか言われてるもんな。」


「誰だおかしな噂を流す奴は! 」


「アンタらいつまで野郎同士でイチャついているんだい。さっさと帰って魔族の事について話し合わにゃなるまいに。」


ヴァリアンテはガラガラとしゃがれた声でキャッキャとはしゃぐ野郎共をたしなめる。


「ヴァリアンテのお姉様、そんな事より私はそこの男の子の方が気になりますわ。」


そう言ってタスリーマはロンを指差す。

ヴァリアンテはロンを一瞥して顔をしかめる。


「そう言えばややこしい問題がもう一つあったね。あんたロンとか言ったか、あの爆炎の魔法を耐火するなんざ生半な事じゃ無いよ。あの燃え方を見るに魔道具や結界でじゃあ無くて生身が燃えてるね。

...いったい何食ってたら生身であの炎を浴びて平気な顔をしてられるんだい? 」


それを聞いてロンは「あぁ」と思い出した様に答える。


「そう言えば、最近はキラーエイプの睾丸とキングディアの一物しか食べてないな。」


それを聞いたヴァリアンテは眉根を寄せて口角を上げるという複雑な表情を見せる。


「キングディアね... そんな立派な一物を食ってんのに、アンタは粗末なモノをぶら下げてんだね。」


「あら、お姉様。私は好きよ。クサリヘビの頭みたいで可愛いじゃない。」


ロンは何の事かわからずポカンとしているとグリエロがやれやれと言った面持ちでロンの肩を叩く。


「ロン、お前さん炎に巻かれて、服がキレイさっぱり焼け落ちちまってるぜ。」


「えええええ! うおぉー! 」

結構長いことロンは素っ裸でいましたよね。

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