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41 ロンの拳

さてロンの攻撃です。

内心は口から心臓が飛び出るのではないかと言うくらい動悸が激しくなっていた。勢いよく出てきて「お前の相手は僕だ」などと啖呵を切ってみたものの、はっきり言って勝てる気がしない。


自分が手も足も出ない程の実力を持つ戦士が全力で十回斬りつけても倒せなかった相手を自分が倒せるだろうか?

百回ぶん殴っても、いや千回ぶん殴っても倒せないのではなかろうか?


だが、やるしかない。ここで自分が逃げ出したり倒されてしまったら、コボルト達の命運もそこで尽きてしまう。グリエロもルドガーも戦う力は残っていない、文字通り自分が最後の砦である。


薄っぺらい砦だが、何とか目の前の敵を退けないといけない。


眼前には、犠牲を強いる者ヒーシ・ウフラマアンが怒りを露わに立っている。


...やっぱり逃げ出したい。



ヒーシ・ウフラマアンは怒っていた、軽率な己にである。コボルトの住む森の制圧など自分にとっては赤子を捻るより簡単だと高を括っていた。配下にオーク百体を与えられた事でもあるし、細かな事は此奴らに任せ自分は後方で踏ん反り返って居れば良いと、碌な準備もせずに遠征に出掛けた。



五百年前にエルフと人間とドワーフの連合軍に敗れ、暗黒大陸の果て、いわゆる魔界の奥地に封じ込められた魔族だが、敗北の一番大きな要因はエルフである。


長命な魔族より更に長寿で知性高く、強大な力と魔力を持つエルフに手も足も出ずに敗走し地の果てに封印されていたが、しかして五百年経ち趨勢を誇っていたそのエルフも数を減らし力が衰えていた。


地の果ての暗黒大陸である魔界と太陽の神セオストの加護する地フーケの境にエルフが施した結界があるのだが。その力が弱まった事がエルフの権勢が衰えたと言う事を如実に物語っている。


エルフの力が衰えれば恐れるものなど無い。強欲で身勝手なドワーフは力の衰えたエルフの言う事など聞く筈も無く、人間などは猿に毛がはえた程度の愚かで脆弱な種族である。もはや恐るるに足りない。


そう思っていた。


しかし、その脆弱な人間に自身の命が脅かされているのだ。

音も無く背後に立ち、恐ろしく鋭い斬撃を放ってくる老人がいる。その立ち振る舞いから見て恐らくこの老人は盲目だろう。この時代の老人は目が見えずともここまで強いのだろうか?

魔鋼で編んだ鎖帷子を着込んでいなかったら首をはね飛ばされていた。さらに驚くべきはその剣は魔族殺しの異名を持つ日緋合金の剣だったのである。アレはエルフの秘宝ではなかったか?


その老人の斬撃を超える剣速で剣を振るってくる剣士と思しき男もいる。さらにこの男、真名を聞くに精霊使いである。人間の分際で水の精霊の加護を受けている。この世には数多の精霊がいるが、水の精霊は世界を構成する五大精髄のうちの一つである。人間の男ごときが加護を受けれる精霊では無い。


さらにその男に腕を何度も斬り飛ばされ、しまいには肩から袈裟斬りに胴体を断ち切られるところだった。なんとか触手で身体を繋ぎとめているが魔力が枯渇し傷口が開いたらと思うと気が気でない。

お陰で血と魔力を大量に消費してしまった。


そこに立ちはだかったのが、この三人の中でも一番若い男だ。最初は魔力もほとんど無くなんの危険も感じなかったので眼中に無かった。

こいつは武器を一切持っておらず、そのかわり手足を武器の様に使って攻撃してくる異様な男だった。そもそも闘争の場において武器を持たず徒手でいるというのは狂気の沙汰だ。

しかし、この男は武器を持たず素手であるが、事もあろうにその素手で戦うのだ。手を足を鈍器の様にぶつけてくる。それが児戯に等しい稚拙なモノではなく、高等な術理を持った技能として、拳や蹴り足が放たれてくる。

特に拳を様々な形に握り正確に急所を突いてくるのには参った。顔中の急所という急所を突かれ、二回ほど意識が飛んだ瞬間があった。


なるほど周りを見渡すと、体の関節をあらぬ方向に曲げ顔面を陥没させて絶命しているオークが散見される。この男の仕業だ。


実は、はっきり言ってこいつが一番怖い。この場に平然と徒手空拳でいる事に狂気を感じる。

こいつの仲間は、エルフの秘宝である日緋合金の剣を持つ剣士と五大精髄である水の精霊の加護を受けた剣士である。

こちらは高位の暗黒魔導剣士である自分と完全武装したオーク百匹である。


こんな中で武器も、加護も、魔力も持たず我々と相対しているのだ、狂っているとしか思えない。



そういう感じでお互いが出方を伺っている状況なので、ほんのすこしの間であるが無意味な膠着状態が続く。

口火を切ったのはルドガーである。いつの間にか後方に下がり、近くの木の根元に座って一休みしている。

そこから大声で叫ぶ。


「どうしたんです!? ロンさん尻込みしていますね! 」


「あ、いえ、そう言う訳では... いや、そうなんですケド。」


そしてルドガーは余計な一言を付け加える。


「グリエロさんが随分と奴さんの体力と魔力を削ったんです。今ならロンさんでもどうにかなるでしょう! それとも私が何とかしましょうか? あんな死に損ないの魔族なんざ目をつぶっていても倒せますよ! 」


「そうだ、そうだ」とグリエロも余計な合いの手を入れる。


「いや、ちょっと、余計な事言って挑発しない... で... 貰え... えええ。」


ロンはそこまで言って冷や汗をながす。

ヒーシが怒りに顔を歪めて激怒している。そして怒りに任せて魔力も増大していた。


「お、まだ魔力が残ってたんだな。大したもんだ。」とはグリエロの弁である。


「貴様ら、図に乗るなよ。下等な猿の分際で、言うに事欠いて... 死に損ないだと! 爺い世迷言をほざくな! 貴様から死ぬか!? 」


そう言ってヒーシはルドガーの方に掌を向け呪文を詠唱しようとする。


ロンは反射的にヒーシの腕を蹴り上げ、軸足を変えずに蹴り足を膝の高さに変えて、脇腹にも蹴りを入れる。

とっさに二連撃がでる。ヒーシは肉体強化の魔法を多重にかけているのでダメージは無いが、攻撃を邪魔された上に足げにされた事に怒りを覚える。


ただでさえ進軍を邪魔され、与えられたオークのほとんどを倒された。下等で脆弱だと高を括っていた人間にだ。それもこれも簡単な作戦だと思い込み、自身の力に慢心していたが故である。


自分の軽率さにも、自分を脅かす人間にも腹が立つ。何もかも自分のせいであり、眼前の人間三人組のせいである。


怒りが沸々と湧き上がる。


「ギリギリギリギリ... !」


もはや怒りで言葉も出ない。


ヒーシはさきほど食い破った手首の傷口から再び剣状の触手を伸ばす。


両手に触手の剣を握ったヒーシがロンに襲い掛かる。


肉体強化の魔法を二重三重に掛けたヒーシの動きは速すぎて、その太刀筋はロンには見えない。


しかしロンはヒーシが自分の頭に剣を振り下ろそうとしているのがわかった。

左足を前に半身の構えでいたロンは、とっさに身体を反らし右脚を引く。その途端に今までロンが立っていた所に、ロンの目で追えない程の速度でヒーシの剣が振り下ろされる。


ロンは身体中から冷たい汗が吹き出すのを感じる。今の剣撃はなんとか躱す事が出来たが、本当に危なかった。あと一瞬でも身を引くのが遅れたら頭を粉砕されていた。


ロンにはあまりにも速いヒーシの剣がまったく見えていない。


ロンはヒーシと目が合う。その目は怒りに歪んでいる。ロンはとっさにヒーシがロンの頭部を横薙ぎに斬り裂こうとしている事がわかる。


ロンが屈むや一瞬の間を空けずヒーシの剣が頭上ギリギリの所をかすめて薙ぎ払われる。


次は袈裟斬りがくると察知したロンは身を半歩引いてその剣を躱す。その次は逆袈裟がくるのを察知し躱す。


「クソッ! 当たれ! 」


ヒーシは苛つきながら剣を振るうが、紙一重の所でロンはその剣を躱す。

ヒーシは渾身の力を込めて上段から斬り下ろすが、これも紙一重で躱されてしまう。


「何故、当たらない... !?」


ヒーシが疑問に眉をひそめるが、当のロンもまったく太刀筋が見えないのに何故躱せているのかわかっていない。


「そりゃ、当然だわな。」


ポツリとグリエロが呟く。


「ほうほう、ロンさんは上手く剣を躱しているようですが、何かカラクリがあるんですか?」


ルドガーの質問にグリエロはかぶりを振る。


「いいや、カラクリなんてものは無え。この数花月の間、毎日毎日武器術の修行と称して、あらゆる武器で俺の攻撃を受け続けてたんだ。

体捌き、運歩法、目線の動きあらゆる身体の動作を教え、その見方を教え込んできたんだ。今のロンにゃヒーシの太刀筋を見るまでもねえ、剣を振る予備動作を見りゃどんな攻撃が来るかわかっちまうのさ。」


そうグリエロが話している間にもロンはヒーシの斬撃を次々と躱している。


「まあ、あの魔族の奴さん俺が大分ぶっ叩いたからかなりガタが来てるが、まだ肉体強化の効果も残っているみたいだな。まだまだロンとの身体能力の差は結構デカイな。ロンのやつ、奴さんの動きは目で追えて無いだろうな。一歩間違えば致命傷も負いかねんな。」


「ははぁ、ここがロンさんの正念場という訳ですな。」


「まあ、そう言うこったな。」


ロンにとっては生きるか死ぬかの瀬戸際での攻防を繰り広げているのだが、この二人にかかると緊張感も何も無い。


自分の教え子がヒーシに負けるとは微塵も思っていないようだ。ロンも信用されたものである。


当のロンはヒーシの剣撃を躱し続けているうちに自分が何をどの様に見て、その剣を躱しているのか解ってきた。


この魔族の男は凶悪な魔法を使う魔導師だと思っていたが、太刀筋を見て(いや実際は見えていないので感じてだが ) かなり洗練された剣技の持ち主だとわかった。ヒーシは魔法も剣も使う魔導剣士なのだ。

だがそれ故にその太刀筋は読めてしまうのだ。ロンは日頃からヒーシの太刀筋よりさらに洗練されたグリエロの剣撃を受け続けている。足運び、構え方、目線の動き全てがヒーシの攻撃の種類を伝えてくれる。

グリエロの攻撃は緩急自在でもっと複雑だ。言い換えれば裏をかく様な太刀筋と正攻法の太刀筋を入り混ぜた意地悪な太刀筋なのだ、それから考えるとヒーシの攻撃は正攻法の綺麗な太刀筋だ。


決してヒーシの剣の腕前は低いものでは無くむしろ高い水準にあるのだが、ロンからするとわかりやすい単純な太刀筋なのである。師である、捻くれたグリエロの優れた指導の賜物であると言える。


「奴さん、魔術師としては一流だが、剣士としては二流だな。太刀筋が綺麗過ぎる。」


「今までは魔力で押し切れる事が多かったんでしょうね。しかしグリエロさんが魔力の大半を削り取ってしまいましたからね。」


「おおーい! ロン! お前さん逃げてばっかじゃ勝てねえぞ! ぶん殴れ! 」


グリエロの檄が飛ぶ。

もっともだ、攻撃をしなくてはジリ貧だ。いずれ体力も尽きて攻撃を受けてしまう。


だがロンもそんな事は重々承知だ。先程から何とかヒーシの隙がないかと探っている。


そこに左からの袈裟斬りが放たれる。これだ! この攻撃の後は体が開き一瞬隙が生まれる。

ロンはすかさずヒーシの顔面に右の拳を突き入れる。


「ガンッ」とおよそ人体を殴ったとは思えない音が響く。肉体強化された身体にロンの攻撃は通らない。ヒーシは涼しい顔をしている。


「ロンさん、急所を狙いなさい! 鍛える事が出来ない所です。強化されていてもそれは変わりません! 何度も寸分違わず急所を突くのです! 」


ルドガーが叫ぶ。ロンは考える。拳や蹴り足が入る急所は無いか?


ある。


人体の中心、胸部の下にある鳩尾だ。スイゲツと呼ばれる急所だ。


ロンは構える。ヒーシの猛攻を躱し、隙を見せるまでひたすら剣撃を躱し続ける。

ヒーシが剣を斬り上げた時一瞬隙が生じた。


ロンは渾身の力を込めてヒーシのスイゲツを突く。

「ガンッ」と硬い音がするが一瞬ヒーシの顔が歪み、動きが止まる。

だが一瞬だった。再びヒーシの猛攻が始まる。何合かの斬撃の後再び隙が生じる左の袈裟斬りだ。どうもヒーシは体の開く斬撃の後にほんの一瞬隙が生じる様だ。そこを逃さない手は無い、ロンはスイゲツへ左右の二連撃を放つ。


「ガガンッ」と鈍い音がする。ヒーシは一瞬動きを止め、嫌そうな顔をする。


その後もロンはヒーシが体を開き、隙を見せる度に渾身の連撃を急所に打ち込む。

ロンは根気よく地道に攻撃を躱し続け、隙を見出す度に何度も打ち込む。そのうちに徐々にロンの攻撃が効いてきたのかヒーシの動きが鈍くなってくる。そのせいか攻撃も雑になってくる。そうすると、おのずと隙も多くなる。


徐々にロンの攻撃の手数も多くなり、ヒーシが打ち据えられる回数が多くなってきた。


何十回ヒーシのスイゲツを突いたか、ロンもロンで集中力も体力も限界が近くなってきた。

だがヒーシもそれは同じ様だ。ヒーシがむやみに剣を突き出したその隙をロンは見逃さなかった。


ロンは一歩踏み込んでスイゲツに連撃を放つ。二発、三発、四発...


五発目、手応えが違う。攻撃が通ったのが分かった。

ヒーシは苦悶の表情をみせ、腹を押さえ膝から崩れて落ちる。


好機だ。ロンは左脚を前に体を開き、右手を引き力を込める。ロンは渾身の力でヒーシの顔面を打ち抜く。


鈍い音を立ててヒーシは後ろに吹っ飛び倒れ伏す。


「やったか!」


グリエロが前のめりに一歩前に踏み出す。

それと同時にロンが右手を押さえてうずくまる。


「うぅ」と呻くロンの右手の甲からは骨が突き出し出血している。ロンの拳も限界だった様だ。


「くそ... やってしまった。こりゃブランシェト先生に怒られてしまうな。ハハハ。」


ロンは額に油汗を浮かべ笑う。そこにグリエロとルドガーにコボルト達が駆けつける。


「おい、ロン手を見せて見ろ。...こりゃ酷えな、だが安心しろ、さっさと帰ってブランシェトに癒して貰え。ルドガーもいるしな。」


「ロンサマ、イタミドメノ、ヤクソウガ、アリマス。」


ランペルはそう言って口から噛み砕いた薬草を出す。ロンは一瞬どうしたものか逡巡するが、ランペルのするがままにさせる。


ランペルはそっと傷口に薬草を乗せる。一瞬痛みが走ったが、直ぐに痛みが柔らぐ。中々の効き目だ。


「ありがとう、ランペル。」


そう言った途端にロンの表情が強張る。ロンの目線の先にはヒーシがいた。


フラつきながらもゆっくりと立ち上がるヒーシの顔はロンの強打により大きく腫れ上がっているが、その目にははっきりと怒りを宿している。


「ぎ、ぎ、貴様、ゆる、ざんぞ... 。」


ロンの一撃で顎と歯がいく本か砕けている様だ。それでもヒーシはフラつきながら手を前にかざし呪文を唱えようとする。


ロンも、グリエロももうヒーシの魔法を躱せるだけの体力は無い。


「グリエロ、これヤバイんじゃない?」


「あぁ、こいつはヤバイな。」


「先生! ランペル達は逃げて下さい!」


「ソレハ、デキマセン! 」


ランペルはそう言ってロンの前に立ちはだかろうとする。ロンは必死でランペルを退けようとするが、ランペルは頑として動かない。


「貴様ら、全員、消し炭に... 」


ヒーシがそう言った瞬間、その口に深々と矢が刺さる。

いつも読んでいただきありがとうございます。


助けの矢なのでしょうか?

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