40 グリエロ乱舞
やる気満点のグリエロですが、大丈夫でしょうか?
裂帛の気合いを発してヒーシに斬りかかるグリエロ。その姿は鬼神の如くだ。
ロンが驚くほどの剣速でグリエロはヒーシに斬りかかるが、対するヒーシはその斬撃を片手で涼しい顔をして受け止める。
先程の様にヒーシの腕は斬り飛ばされない。受け止めた腕は赤黒く色が変化し硬化している。
「ッチ! 肉体強化魔法か!?」
グリエロはそう言い放ってさらに二発、三発と斬撃を繰り返すが、尽く受け止められる。動体視力も強化されている様だ。
ロンが驚くほどの速度で繰り出されるグリエロの剣撃だがヒーシは事もなげに受け止めている。
グリエロは大きく後ろに飛びすさりヒーシとの距離を取る。
入れ替わりにロンとルドガーがヒーシに挑み掛かる。
「イム・ニン・アング」
攻撃をせんと飛び掛かったロンはヒーシがそう呟くのを聞いた。途端にその身体が赤黒く変化する。
違和感を感じたロンはそのまま踏み込まずヒーシの手前で止まり身構える。
ヒーシはその場を動く事なく佇んでいる。
そこにルドガーの斬撃が加えられるがヒーシの身体はその刃を跳ね返してしまう。
続けてルドガーは二撃、三撃と刃を翻すがヒーシの身体には傷一つ付かない。
ヒーシはゆっくりと片手を挙げてルドガーに向けぽつりと呟く。
「ウーレー・ペト・ウーレー」
ロンはそれを聞いてハッとする。
「先生避けて!!」ロンが絶叫するや、ヒーシの手から炎の塊が放たれる。
ルドガーは後ろに飛びすさりながら日緋合金の刃で迫る炎を薙ぎ払うおうとするが、炎の勢いを完全には殺す事は出来なかった。
なんとか炎を逸らす事が出来たのだがその衝撃は大きく、反動でルドガーは後方に吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられようとする間際にグリエロが追いつきルドガーを受け止めるが、その勢いを止める事は出来ず、二人してゴロゴロと後方へ転がって行く。
「先生! グリエロ! 大丈夫か!?」
ロンが慌てて駆け寄ると、二人は目を回しながらもなんとか立ち上がり剣を構える。
「おう、大丈夫だ。しかし奴さん強化魔法に爆炎の魔法か... スゲエ威力だな。だが呪文を詠唱している素振りは無かったが... 。」
「いや、詠唱していた。簡易詠唱だ。少ない詠唱で魔法が発動するけど、略式の呪文だから威力はかなり落ちる。...筈なんだけど... 。」
ロンの言葉にルドガーがため息を突く。
「威力が落ちてアレですか。あの炎は恐ろしいですね。日緋合金の刃で無ければ炎に巻かれておっ死んでいましたね。危ないところでした。」
そう言ってルドガーはぶるりと身体を震わせる。ルドガーをして恐ろしいと言わしめる魔法を目の当たりにしてロンもつられて身を震わせる。
ロン達のやり取りを余裕の表情で眺めていたヒーシは口角を歪めてせせら笑う。
「ヒヒヒ、逃げる算段でもしているのか? それとも今際の際のお祈りでもしているのか? 」
グリエロはヒーシの舐めた態度にフンと鼻を鳴らす。
「あの魔族、また余裕こいて油断してやがんな。一回腕をぶった切られてんのに懲りねえ奴だ。」
「グリエロ何か策はあるのか? 」
ヒーシは余裕の表情でこちらの様子を伺っているが、自身の剣で肩をコンコンと叩きながらぼやいているグリエロも充分に余裕があるように見える。
「まあ、策ってもんでもないがな。あの野郎を本気でぶった斬る。」
「本気でって... 本当に策でも何でもないな。ていうか今まで本気じゃなかったのか? 」
あの剣速の斬撃が本気でなかったら、グリエロの本気って言うものは如何程のものなのかロンには検討もつかない。
「まあな。だが今の俺じゃ十合が限界だ。それ以上は肘がもたねえ。」
そう言ってグリエロは自分の肘をさする。ロンの施術で随分は良くなったがまだ全快ではない。しかもここまででオーク共も何十体と斬り伏せている、限界が近くてもおかしくは無い。
「俺が十回奴をぶった斬る間に倒す事が出来なかったら、ロン、お前さんが頼みの綱だぜ。気合い入れてブン殴れ。」
「ええ!? 責任重大だな。と言うか先生も居るじゃないか。」
「いや、爺さんもボチボチ限界だ。この村中に罠を仕掛けた上に何十体もオークを始末してんだ、もう体力も限界だろう。剣速にもキレが無くなって来ているしな。まぁ、ルドガーが齢七十を越える爺様だって事を考えると驚異的だがな。」
ロンはルドガーの様子を見る。涼しい顔をしているが、なるほど肩で息をしている。確かにこれ以上ルドガーに無茶はさせられない。
ルドガーを心配そうに見つめるロンの心中を察したグリエロがうそぶく。
「ロン、心配するな。俺もぶっ殺せないまでも、半殺しくらいになら出来るだろ。あとの半分はロン、お前さんがやりゃいいんだ。」
「何だ、その謎の理屈は。」
グリエロは「チョット離れてろ」と手でロンを数歩下がらせる。
「あんまり真名を言いたくねえんだけどな... 。」
そう言ってグリエロは両手で剣を握りなおし上段に構える。
この構えは天火の構えと言い、防御を捨て攻撃に特化した構えであり、間合いが広く数ある構えの中では最速の攻撃速度を持ち、それ故に高い攻撃力を誇る。全くもってグリエロらしい構え方なのである。
そのグリエロは上段天火の構えを取り、力を解放する。
「我が名はヴィゴ・アダン・グリエロ。帰命する精霊オンディーナより賜わりし名なり。かつて賢人ここかしこに。整えられし戒めの鎖。毟り取れり ...ええい面倒くせえ! 解放せよ! かつて戦う者達の力、解放せよ! 」
最後の辺りがかなりいい加減な気がするがグリエロの身体に力がみなぎり、気力が満たされていくのが側で見ているロンにも分かる。
「ははぁ。グリエロさん、そんな力を隠していたんですねえ。」
グリエロの様子が変わったのを感じたのかルドガーも嘆息している。
ロンとルドガー二人の驚きをよそにグリエロは意識を目の前の敵、ヒーシ・ウフラマアンに集中させる。
一拍置いてその刹那、まさに目にも止まらぬと言うものはこの事だろう。グリエロは突風の様な速さでヒーシの眼前に踊り出る。
上段に構えた剣を渾身の力を込めて振り下ろす。肉体強化をして鋭くなったヒーシの動体視力でもその動きを捉えるのは至難の技であった。
ヒーシの五感がこの剣を受け止めてはいけないと警告を発していたが、あまりの速さに思考が追いつかず咄嗟に両手で受け止めてしまう。
グリエロの渾身の斬り下ろしは肉体強化されたヒーシの腕を左右二本まとめて切り飛ばす、さらに一歩踏み込んで下から斬り上げるがヒーシは何とか上体を反らしそれを躱そうとする。
ヒーシはヒーシで身を反らして躱すが、顎を縦に両断されて血を吹き出す。身を反らした反動と斬られた勢いで大きく後ろに飛びグリエロと間合いを取る。
斬られた両腕を前に突き出すと傷口から幾本かの触手が飛び出し手として再生する。
「ペト・ウーレー!」とヒーシが叫ぶと両手から巨大な火の玉が二つ吹き出しグリエロに襲い掛かる。
グリエロはそれの火の玉を剣の腹で横ざまに二つまとめて薙ぎ払う。
弾かれた火の玉は集落の隅に飛んで行き爆発する。
爆炎の魔法ではグリエロの攻勢は止める事は出来ない。グリエロはさらにヒーシに向かって大きく踏み込んで、再び剣を上段から斬り下ろす。
「イム・ニン・アング! イム・ニン・アング! イム・ニ... 」ヒーシはさらに強化魔法を重ね掛けするが、グリエロはそれを物ともせず防御のために振り上げたヒーシの腕を両断し、さらに肩から胸の中程に迄剣を食い込ませる。
ヒーシは咄嗟にグリエロを蹴りその勢いで後ろに飛びすさる。ヒーシは肩から胸にかけて断ち切られ大量の出血を伴っている。人間であれば致命傷だ。
しかしヒーシは魔族だ、傷口からは再び触手が現れ傷口を縫うようにして絡まり出血を止め、身体を繋ぎとめる。
「メギル」と小さく呟くと斬られた腕からは金属の擦れる様な音を立てて触手が伸びてくる。見るからに硬質そうなその触手は腕の長さを超えて伸び、剣の形を取る。
「グリエロとか言ったな。精霊魔法...いや、精霊使いか貴様。水の精霊オンディーナの加護を受けているな。...そうかウンドの街の手の者だな... 何だ貴様ら、どこまで情報を掴んでいるのだ? 」
「あぁ!? 知るかよ。とにかく喋ってると舌噛むぜ! 」
そう言ってグリエロはヒーシとの間合いを瞬時に詰め、右から横薙ぎに剣を振る。今度は剣にした腕でヒーシがその斬撃を受け止める。
返す剣でヒーシがグリエロを攻撃するが、グリエロはそれを回り込んで躱しヒーシに向かってさらに剣を振り下ろす。
ヒーシは奇妙なまでに身体を捻って振り下ろされた剣を受け止める。
剣を止められるがグリエロは間を空けずさらに上段から渾身の力でヒーシの剣に自身の剣を斬り下ろす。
三合、たった三合で強化に強化を重ねたヒーシの剣の腕を叩き折る。
衝撃でヒーシは吹き飛び地に這いつくばる。
ヒーシが顔を上げた時にはもうグリエロは眼前にいた。
ヒーシの顔が恐怖に染まる。
グリエロが片手上段に構えるのを見てヒーシは頭が狙われているのを悟り、一瞬でありったけの触手を頭部に巻き付けて硬化させる。
ヒーシは焦っていた。完全に見誤っていたのだ、ここまで強い人間がいるとは思わなかった。魔界でもここまでの魔族はそうそういない。これは不味い、準備不足だ。さらにマジックアイテムである蛇蝎の舌禍を奪われている。これでは高度な召喚魔法を使えない。
グリエロは片手上段に構え、腕に力を込める。
グリエロは焦っていた。肘に違和感を感じる。やはり剣を振るのは十合が限界の様だ。
もう後三合剣を振り抜けば限界がくる。
目の前の魔族の男はしぶとい。全盛期の自分ならいざ知らず、今の状態では不甲斐ない話しだがトドメを刺すに至らない。
申し訳ないがロンに後は任せるしか無い。
攻撃の目標をヒーシを倒すから、ヒーシから戦う力を奪うに方向転換する。
なので後三号、ありったけの力を使いこの魔族の魔力と体力を削り取らなくてはならない。
グリエロは片手上段に構えて一拍待つ。ヒーシがありったけの魔力を練り上げて頭に触手を巻きつけるのを待つ。
その間に腕に、剣に気力をみなぎらせる。
一合。
ヒーシが触手を巻きつけ終えるやグリエロは渾身の力で剣を斬り下ろし硬化した触手を粉々に砕く。
触手を砕かれさらには額から生える節くれた角も根元からへし折られる。
ヒーシは頭部から鮮血を迸らせながら後方に飛びすさり自身の両手首を噛みちぎる。
「メギル」そう呟くと傷口から金属の擦れる様な嫌な音を立てて硬質な触手が現れ剣となる。
グリエロはそれを見て触手の正体を見破る。ヒーシは自分の血を触媒にして触手を呼び出している様だ。腕を両断されなければ自分で傷口を作らねばならない。
ヒーシは忌々しそうに顔を歪める。蛇蝎の舌禍を
奪われたのが痛い。アレが無ければ自身の血と魔力を大量に消費して触手を呼び出さなければならず、しかも魔界の蔦の様な強力だが危険な触手を呼び出す事は出来ない。制御出来ないので自身も喰われ兼ねない。
グリエロもそれを察してニヤリと不敵に笑う。
それを見たヒーシは逆上して両手に持った触手の剣でグリエロに襲い掛かる。
「おのれぇぇぇ! 下等な猿の分際でぇ!! 」
二合。
下段に構えていたグリエロは下から上に逆袈裟に剣を振り抜く。
ヒーシが両手に握っていた二振りの剣を砕く。
今度はたった一合で剣を砕く。グリエロの思惑通りヒーシの魔力が削られているのだろう。
驚愕の表情を浮かべ、ヒーシが仰け反ると上体が開き隙を晒す。
最後の最後で絶好の好機が訪れる。
三合。
グリエロは大きく一歩踏み込んで捨て身の突きをヒーシの喉元に突き立てる。
グリエロの剣の切っ先がヒーシを捉える。
このまま突き抜けばヒーシにとどめを刺せると思ったその時、踏みこんだグリエロの膝の力が抜ける。
肘だけでなく膝も限界が来た様だ。膝から崩れ落ちそうになりながらも、尚も剣をヒーシの喉に突き立てようと伸ばすが、そこが限界だった。
肘に刺す様な疼痛がはしり剣を取り落としてしまう。
グリエロはその場に片膝をつく。
一瞬呆気にとられたヒーシであったがすぐに我に返り下卑た笑いを浮かべる。
「何だ、もう限界だったのだな。正直、少し、肝を冷やしたぞ。脅かしおってからに。」
そう言ってヒーシはグリエロに手をかざす。
「ヒヒヒ。だが散々打ち据えてくれたお返しをせねばな。このまま消し炭にしてやるよ!」
「ッチ! あと一歩だったんだがな。欲をかくんじゃなかったぜ。まあ後はロンに任せるか。」
「ロン? あの小僧か!? あいつに俺は殺せないだろうがな。お前の後を追って消し炭になるだろうな。」
そう言ってヒーシは魔力を練りあげる。
「グリエロ!」そう叫んでロンは走り出すが距離がありすぎる。このままでは間に合わない。
「遅いよ。ウーレー・ペト・ウーレー」
詠唱するや爆炎を伴って地面が爆発する。
「グリエロ! 」ロンは絶叫する。しかし、土煙がはれたそこにはグリエロは居なかった。
「ヒヒヒ。影も残さず消し飛んだか?」
ヒーシは身を震わせてクツクツと笑うが、その笑いを遮って呆れた声が聞こえる。
「馬鹿野郎。俺ぁ生きてるよ。」
ヒーシは慌てて声のする方がに振り返る。
そこにはランペルや北の長たちコボルトに抱えられたグリエロが居る。
「な!? コ、コボルト共!余計な真似を... おのれ、貴様らから消し炭にしてやる。」
そう言ってヒーシはコボルト達に手をかざそうと伸ばすが、その手は伸ばされるその前に蹴り飛ばされる。
ヒーシは慌てて振り向くと、そこにはロンがいる。
「お前の相手は僕がしてやる。」
ロンの登場ですね。
さてどう戦うのでしょう?




