39 さらなる敵
ルドガーも本気を出しましたね
オーク共を一掃出来るんでしょうか?
「ルドガー! おい、このジジイ! 仕込み持ってんなら持ってるって言えよっ!
こっちの首まですっ飛ぶところだったぜ。」
グリエロが両脇にランペルと北の長を抱えたままルドガーに怒鳴りつける。
「おや、すいません」とルドガーはいつもの柔和な笑顔で直刀を鞘にパチリと戻す。すると、刀はルドガーがついていた杖に戻る。
「あ! 何処に剣なんか持っていたのかと思ってたら、その杖だったんですね。」
ロンが能天気にも素直に感心すると、グリエロは憤懣やるかたないといった面持ちで捕捉する。
「杖じゃねえ、仕込み杖だ。暗器だぜ、暗器。まったく油断のならない爺さんだぜ。」
グリエロが嘆息するがルドガーはどこ吹く風だ。
「いや、コイツはお守りがわりに持ってるだけで、使う気は無かったんですがねぇ。」
グリエロは小脇に抱えていたコボルト達を降ろしながら左右に首を振る。
「いいや、そんな良いモノ持ってんなら爺さんにもキリキリ働いて貰うぜ。
まったく、爺さんが居りゃ百人力だ、残りのオークなんざ物の数じゃねえ。」
「いえ、私は今ので充分ですよ、よる年波には勝てませんね、今のでもう腰が痛い。」
「後で腰の一つでも揉んでやらぁ。」
そう軽口を叩き合いながらも二人は集落の入り口に向き直り武器を構える。
またオークが一匹、二匹と入って来るが、もはやロン、グリエロ、ルドガー三人の敵では無かった。
オークは集落に立ち入るや次々と倒されていく。
グリエロがオークを袈裟斬りに斬り伏せるや、ルドガーは身を反らして刀を翻す。
肩口から斜めに袈裟懸けに斬りつけられたオークが絶命すると、間髪入れずルドガーの刃はもう一方のオークの首を飛ばす。それと同時にロンは新たに現れたオークの前に踊り出て、その土手っ腹に蹴りを放つ。
腹を蹴りつけられたオークは思わず身体をくの字に折り曲げるが、顔を前に突き出すのとロンの膝が突き上げられるのは同時であった。そのままオークは顔面を陥没させる。
顔面を粉砕されたオークをつき飛ばして現れた新たなオークは出会い頭のロンに剣を突き出してくる。いきなり捨て身の攻撃だがロンは動じず、右足を前に半身に構えていた状態から右斜め前方に一歩踏み出して攻撃を躱し、躱しざまに左足を前に半身の構えに身を転じ、オークの左手側面に進み出る。
オークの死角に入ったロンは隙だらけの首筋に、左脚を軸に身体を回転させ右足を大きく上段に振り上げ、体重を乗せた蹴りを叩き込む。
オークは頸椎を破壊され首をあらぬ方向に折り曲げその場に崩れ落ちる。
しかして、上段に蹴り足を回し入れたロンはロンでバランスを崩して手をバタつかせる。
「うわわ、やっぱり足を大きく上に上げると不安定になるな。」
それを眺めていたグリエロは呆れながらも驚きを隠せない。
「おいロン、お前さんまた妙な攻撃をしたな。すげえな、それも蹴りってやつか!? 」
「そうだよ。先生が回転しながら攻撃するのを見て閃いたんだ。でも足を高く上げると体勢が不安定になるな、蹴りは突きより威力があるから使えるかと思ったんだけれど... 後、股関節が痛い。」
「ハハハ、ロンさんは股関節が硬いからね、足を高く上げるのは大変だろう。」
ルドガーはそう言って笑いながら刀を翻し舞うように回転すると、前後から挟撃して来たオーク共の首を刎ねる。
オークの首が地面に落ちるよりも早く仕込み杖に納刀したルドガーはロンの方を振り返る。
「まあ、男性っていうものは女性より骨盤が小さくて可動域も狭いもんなんです。」
「じゃあ、どうすれば関節が柔らかくなるんでしょうか?身体が柔軟になる訓練なんてあるのかな?」
ロンは「う〜む」と唸りながら、迫り来るオークの顔面に突きの連打を浴びせ掛ける。
オークは醜く潰れた鼻をさらに捻じ曲げヨロヨロと後退すると、その先に控えていたグリエロに横一文字に斬り捨てられる。
「そうだ。ロン、お前さん舞踏でもやったらどうだ? あいつら身体は柔らい上に平衡感覚も凄いだろ!?」
「ええ!? 僕が踊るの? 無理じゃないかなぁ。リズム感ないし。」
ロンはそう言ってオークが振り回す棍棒を半歩身を引いて躱すと同時にワンクンの急所に人差し指の第二関節を立てた突きで圧痛する。
「ギャ!」っと叫んでオークは棍棒を落とす。
右肩を抑え、怨めしい顔をしながら後退し距離を取ろうとするオーク。
ロンは反撃の機会を与えまいと追撃しようと一歩踏み込むや、突然オークは体中から鋭く尖った触手を無数に突き出して絶命する。
突然の予期せぬ事に唖然とするロンに向かってその触手は伸びてくるが、あわやロンも串刺しにならんとする既のところでグリエロに首根っこを引っ掴まれて後ろに投げ飛ばされる。
さらに追撃しようと伸びる触手をルドガーが切り刻む。
切り刻まれた触手達は地面に落ち、しばらくのたうちまわった後に泡の様に溶けて消える。唖然とするロンにグリエロだが、ルドガーが顔を引きつらせて集落の入り口を凝視する。
「な、なんだ、この冷たい魔力は!? オークのものじゃない! まさか... 」
ルドガーはそこまで言って絶句する。その見えない筈の白く濁った目はある一点を凝視している。ロンとグリエロが訝しながらもその方向を見ると、果たしてそこには異形の男が佇んでいた。
重々しく黒く厚ぼったいローブに身を包んだ男は、長身でローブの上からでも筋骨逞しい体躯をしているのがわかる。
しかしこの男が一目で異形だと解るのは目深にかぶったフードから覗くその相貌だ。顔の前に垂れた長く濡れたような黒髪を掻き分けて細く節くれだった角が額から何本も突き出ており、赤く光る瞳は爬虫類の様に瞳孔が縦に裂けている。
その異様な佇まいはひと目で人間では無いと解り、その姿はグリエロはもちろんロンにもこの男は危険な存在であると即座に認識させた。
「魔物...か? いや、人間...でも無いよな!? 」
ロンがそう呟くと、ルドガーが引きつった顔のまま首を横に振る。
「魔族です... この異様に冷たい魔力は魔族しかあり得ない... 」
その言葉にグリエロが首を横に振り反論する。
「それこそあり得ねえ。魔族なんてこの五百年は現れていない筈だ。確かに異様な魔力だが、それだけで魔族だと断定出来ないだろ! 」
「わたしには分かるんです。三十年前に一度、魔族と、会っているんです。
その時の魔力と、同じ、なんですよ。」
ルドガーは息も荒く、切れぎれにそう言い放ち黙り込んでしまう。
ロンもグリエロも二の句を告げる事が出来ず絶句してしまい、その場に一瞬奇妙な沈黙が流れる。
その一瞬の沈黙を破ったのは魔族の男だった。
「狗共を相手に何を愚図愚図してるのかと思ったら、貴様ら人間か? 何故また狗の森に居るんだ? 偶然居合わせたという訳でもなさそうだな。狗共の仲間か!?
...珍しいな、人間は異種族と見るや駆逐しようとするもんだが。...なかなか面白い事をするじゃないか。」
そう言って魔族と思しき男は冷たく薄く笑う。ただヘラヘラと笑っているだけなのに、男の持つ冷たい魔力にロンは身の毛のよだつ様な恐怖を覚える。
これは無事に帰してくれそうにも無いなと思うや、男は再び口を開く。
「お陰で俺の手駒が随分と減ってしまったな。...面倒な事をしてくれた、面目丸つぶれだよ。全くいい笑い者だ。」
「おい、お前さん魔族だか何だか知らねえがオーク共の首魁だな? 何故こんな事をしやがる? 事と次第によらなくても只じゃおかねえぞ。」
こちらの口火を切ったのはグリエロだ、いつもの調子で啖呵を切る。
「グリエロその言い方じゃ、どの道只では済まない事になるよ。」
そこにロンもくだらない合いの手を入れる。それを聞いて薄ら笑いを湛えていた男の顔が不快を露わに歪む。
「貴様ら人間は言動全てがいちいち癇にさわるな。全く五百年経っても下等な猿のままだ。
まあいい、ここで死ぬ貴様らには何を言っても無意味だ... 」
そう言うや長く節くれた指を宙に遊ばせ印の様なものを結ぶ。
一瞬で周囲の空気が冷たく変わるのを感じたルドガーがコボルト達に向き直って叫ぶ。
「皆さん、森の中に逃げて散開して下さい!
何か尋常じゃない攻撃が来ます。あなた方を守れない! 」
ルドガーの絶叫でコボルト達が慌てて散開するや、男の周りの空間が湾曲し、先程オークを貫き惨殺した触手よりも一回り太く禍々しくドス黒いが無数に現れる。
無数の触手はグリエロ、ルドガー、ロンと次々に襲い掛かる。
グリエロが襲い来る触手を叩き斬るが、斬るや否や顔色を変えロンに向かって叫ぶ。
「ロン! 躱せ! 触手に触れるんじゃねえぞ! さっきの触手じゃねえ、絶対ぇ拳や蹴りで叩き落とそうとするな!」
今まさに迫り来る触手を叩き落とさんと構えていたロンは、グリエロの絶叫に慌てて後ろに跳び退がり触手を躱す。
「な、なんだ!? こいつに触っちゃいけないだって? 」
ロンは更にうねりながら迫って来る触手を身体を大きく反らせて躱す。
しかし躱した途端に別の触手がロンを襲う。これも何とか地面に這い蹲り難を逃れるが、躱したと思ったら別の触手が飛んで来る。
次から次へと四方八方から襲い掛かる触手を突きや蹴りで叩き落す事なく、全て体捌きだけで躱すのは今のロンには少々荷が重い。
「グリエロ! なんだってこの触手に触れてはいけないんだ!? 流石にこの数は躱し切れないぞ! 」
そう叫んだそばからロンは腰をおかしな方向に曲げてつんのめる。体勢を立て直そうと慌てて地面に手をつくや、その隙を逃さず二本の触手が左右からロンを挟撃して来る。
ロンが触手にあわや身体を貫かれる間一髪の所を、グリエロとルドガーが何とか追いつき切り刻む。
「すまない、二人とも。ありがとう。」
「あぁ、構わねえよ。それより見てみろ。」
そう言ってグリエロはロンの服の裾を指差す。間一髪、触手はロンの身体には届かなかったが、その切っ先はロンの服の裾を裂いていたようだ。
その裾はドス黒く変色しボロボロと朽ちていく。それを見てロンは目を丸くし絶句する。
「やはり瘴気を纏っていやがったか。ありゃ魔界の蔦だ。俺もずいぶん昔に一回しかお目にかかって無ぇが厄介な物だ。触れるモノを腐らせる。」
そこまで聞いてロンはゾッとする。この場にグリエロとルドガーが居なければロンの身体は朽ち果てていた。しかし、それとともに疑問も湧いて来る。
グリエロにしてもルドガーにしても魔界の蔦をかなりの数を切っている筈だ。彼らの剣は朽ちはしないのだろうか?
ロンの服だけ朽ちてグリエロやルドガーの武器だけ朽ち無いという道理もなかろう。
ロンがポカンと間抜け面をしていたためか、グリエロはロンの疑問を察してか口を開く。
「俺の剣はブランシェトにセオスト神の加護を付与して貰ってるから大丈夫だが、ルドガーも気をつけねえと、その仕込杖もポッキリいっちまうぞ。」
「いえ、多分大丈夫でしょう。こいつは日緋合金で出来た刀ですから。」
「オイ待て、爺さん今なんつった!? それトンデモねえ業物じゃねえか! 何でそんなもん個人で所有してんだ! 」
グリエロとルドガーの会話はロンの思考が追いつかないところではあるが、二人とも魔族に対抗し得る武器は持っている様だ。
そこに、攻撃の手を止めロン達の様子を窺っていた魔族の男が口を開く。
「なるほどな、厄介なのは、瘴気を除ける武器が二振りだけか。
フン! なかなか良い獲物を持っているようだが、いつまで蔦を退けられ続けるかな? 魔界にはまだまだ無数の蔦が生えているぞ。」
そう言って薄い脣を嬉々と歪めて笑い、ロンを指差す。
「それに、そこの男は瘴気に対抗する術を持っていないようだな。
二振りの剣で三人の人間を守りきれるかな?」
痛いところを突かれた。これは今からロンに攻撃を集中させますよ、と言う宣言だ。今まで以上に魔界の蔦がロンを攻撃し始めると、流石にロン一人だけでは防ぎきれない。
グリエロとルドガーが自身の身を守るだけではなく、ロンの防御にもつかねばならない。
つまり防戦一方になると言う事だ。
これはマズイ。この場にいる三人ともが瞬時にこのままでは後がない事に気がつく。
魔族の男は魔界中の蔦を呼び出す事が出来そうな口振りだ、話し半分にしても後二、三本で蔦を呼び出す魔力が枯渇する様な事は無いだろう。
終わりが見えないというのは、それだけで精神を擦り減らせ要らぬ恐怖を掻き立てさせる。
「オイ、こいつは不味いな。このままじゃ防戦一方だ。何とか奴に攻撃を仕掛けなきゃ事が始まらねえ。」
グリエロはそう言って片眉を引き上げロンを見る。
「おいロン、お前さん元白魔術師だろ、結界やら何やら張れねえのかよ? 」
「あの蔦を防ぐ様な結界なんか張れないよ。それ以前にもう魔力が無い。さっきコボルトに回復魔法を使ったからな。」
「はぁ!? 二、三回あのヒョロヒョロの回復魔法を使っただけでもう魔力切れかよ、使えねえな! 」
「うるさいな! 僕は拳法家なんだよ! 白魔術師はとっくに辞めてんの! 」
揉め始めた二人に容赦なく魔界の蔦が襲い掛かる。完全に不意を突かれた形になり慌てふためくロンにグリエロ。
ロンは無様にも地面を転げ回りながら蔦から逃れている。危なっかしくて見ていられないと思ったかグリエロが助け舟を出すが、不意をつかれていたためか、気もそぞろに浮ついて剣を振るったためか、あろうことか剣を弾かれて手から離してしまう。
剣は大きな弧を描いて飛び、グリエロの背後の地面に突き刺さる。
おおよそ戦闘の場で起ころう筈もない失態にロンはおろか当のグリエロでさえも目を丸くして驚いている。
「何やってんだ!? グリエロ。地面に剣を突き立ててる場合じゃないだろ! 」
「うるせえ! 手が滑ったんだよ! 」
またもや揉め始めた二人をさらに蔦が襲う。
再びロンは地面を転がり蔦を躱すが、徒手空拳となったグリエロも同じくゴロゴロと地面を転がって蔦を躱す。
「おい。こりゃ結構キツイな。ロン、お前さん大したもんだぜ。」
泥んこになって感心するグリエロを見て魔族の男は身をよじって嘲笑する。
「アッハハハハ! 貴様ら猿どもは本当に滑稽だな。さっさと蔦の餌食になって腐り果て... 」
そこまで言って魔族の男は首筋に殺気を感じる。後ろを振り返ろうとした刹那、その首に重く鈍い衝撃を受けて思わず前につんのめる。
魔族の男の背後を取ったのはルドガーである。日緋合金の仕込杖を逆手に構えて魔族の男を見下ろしている。
「妙な手応え... 素っ首落とせなんだか。鎖帷子か? 」
ルドガーの言う通り大きく裂けたローブの下には魔鋼で作られたと思しき鎖帷子が覗き見える。
今度は魔族の男が不意を突かれ狼狽する。
「な!? いつの間に背後を... 」
そう言うや間髪入れず背中に衝撃を受け、魔族の男は体を仰け反らせる。
ロンの蹴りが隙だらけの背中に突き刺さったのだ。
「ロンさん、体は鎖帷子で覆われているようです、身の出ているところを攻撃なさい! 」
ルドガーがそう叫ぶやロンは素早く前に一歩踏み出して、仰け反る魔族の男の顔面に突きを放つ。
カチカケ、ミケン、ジンチウ、テンドウ、ライカにカスミと、ロンは顔面にある己の知りうる限りの急所を突きまくった。
これだけ一気呵成に顔にある急所を突かれたならば人間ならとっくに昏倒している。下手をすれば命を落としている事だろうが、そこは流石に魔族と言うべきか、苦悶の表情を浮かべてはいるがまだ正気を保っている。
だが、よほど堪えたのかロンが追撃を加えようと拳を振り上げたのを見るや、腕を上げ腫れた顔を庇う。
「グリエロ!」とロンは一声を発するとその場にしゃがみ込む。
するとロンの背中を飛び越えてグリエロが踊り出る、その手にはセオスト神の加護を受けた剣が握られている。
グリエロは剣を一閃させると魔族の男の手を斬りとばした。
「うがぁあああ!」魔族の男はもう片方の腕で斬られた腕を押さえて絶叫する。
男は高く飛びすさりロン達から離れた所に着地する。
魔族の男は苦々しい顔でロン達を睨む。
「貴様ら... 言い争いも、剣を落としたのも俺の油断を誘うためか... 」
魔族の男は怒りに相貌を歪めギリギリと歯ぎしりをする。
ひるがえってグリエロはさも当然の如くと言った様子で減らず口を叩く。
「いやぁ、ろくに打ち合わせもせずに良くやったもんだぜ。ロン三文芝居にゃヒヤヒヤしたが、流石はルドガーだ、上手く奴さんの隙を突いたな!」
確かにグリエロのとっさの機転にロンとルドガーは上手く合わせたものである。
ロンはこの数ヶ月グリエロに師事していた訳だが、一緒に飯を食いに行ったり腕の施術をしたりと長く顔をつき合わせていたために、グリエロが何か企んでいたり戯けたりする時の表情を読み取れる様になっていた。
グリエロが何か言葉に含みを持たせる時は片方の眉が上がるのである。この顔をする時のグリエロは良からぬ事を企んでいる時である。だいたいロンと結託してブランシェトに悪戯を仕掛ける時に見せる顔だ。
グリエロは突然間抜けな師弟を演じ始めたのだが、ルドガーにそれが伝わるか賭けの部分もあった。
しかし、その微妙なやり取りを察して迅速に動いたルドガーもまた鋭い男である。長年人の身体の容易には察せられない微妙な声にならぬ身体の声を聞いてきたルドガーならではである。
それにつけても、グリエロの咄嗟の機転で状況が一変した事には変わりない。
「なんだい三文芝居って」とロンは不満そうに呟くが、ルドガーも眉根を寄せて些か納得のいかないといった表情を見せる。
「しかし、せっかくグリエロさんが作ってくれた好機を活かせませんでした。あの魔族の男、少々臆病者なようですね、大層な物で体を鎧っていたようで、素っ首落とせませんでしたよ。」
明らかにグリエロとルドガーは相手を挑発する言葉を発する。先程は油断を誘って隙を作ったが、今度は怒りを誘って隙を作ろうとしているようだ。
「おのれ、猿の分際で付け上がるな。たかが一太刀俺に浴びせて腕を切り落としたぐらいで勝った気になるなよ。」
眉間に皺を寄せてグリエロを睨む魔族の男をグリエロは笑い飛ばす。
「ハハハ! ルドガーにもロンにも吹っ飛ばされて一太刀も何もねえだろ!
第一、お前さんもう魔界の蔦は召喚出来ねえんじゃねえか? 」
そう言ってグリエロは切り落とした魔族の腕を拾い上げて、その指に嵌められていた真紅の宝石の付いた指輪を取り外す。
「やはり、マジックアイテムだったな。コイツは意思無き物を操る、蛇蝎の舌禍だな。
しかし恐ろしく純度の高い石だな... 。」
それを聞いて魔族の男は不機嫌に口角を下げるが、直ぐに禍々しい笑みを浮かべ鼻で笑う。
「フン。確かに蔦は召喚出来なくなったがな、俺の力がそんな物に頼ったものだと思うか? 」
そう言った途端に魔族の男の魔力が膨れ上がる。膨れた魔力が周囲の空気をビリビリと振動させる。
ロンはその空気の振動を肌で感じ、逆に不味い結果になったのではないかと感じる。
「あれ、何か薮蛇だったかな? これは手に負えないのでは?」
ロンはそう言ってグリエロとルドガーを見る。
グリエロは目を見開いて魔族の男を凝視し、ルドガーは静かに目を閉じていつもの様に佇んでいる。
「俺の名は、犠牲を強いる者ヒーシ。ヒーシ・ウフラマアン。
俺の名を覚えて地獄に行け。」
そう名を告げるや鎖帷子ごと分厚いローブを脱ぎ捨て、さらに斬られた腕の切り口から蔦が生えそれが手へと変化する。
その顔からはもう油断は感じられない。
ロンは緊張で顔を強張らせる。かたわらにいるグリエロは両手で自分の頰を二、三発張り吠える。
「よっしゃ! ロン気合い入れろ、こっからだぞ。 しまっていくぜ! 」
グリエロはそう言って一歩前に進み出て剣を構える。
それを見てロンは思う。
この状況でなんでそんなにヤル気でてるの?
さてどうなるんでしょうね。
いつもお読み頂きありがとうございます。




