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38 怒りの刃

オークの進軍は続きます、ロン達は敵を退ける事が出来るでしょうじゃ?

尻餅をついているロンに戦斧を振り下ろさんとオークは大上段に構えるが、その途端に口から血の泡を吹く。


見ると、オークの胸から剣の先が突き出している。

そのまま糸が切れた様に崩れ落ちるオークの背後にはグリエロがいた。

背中から心臓を一突きにしたのだ。


「おい! ボサッとしてるんじゃねえぞ! 」


グリエロは怒号を飛ばすが、やれやれといった感じでロンに手を差し伸べる。

ロンはバツの悪そうな顔をしてその手を掴み引き上げて貰う。


ロンは礼を言おうと口を開くが、グリエロの背後に二匹のオークが迫るのを見つけ、咄嗟に名を叫ぶ。


「グリエロ!」とロンが言うや当のグリエロは振り返りざまにオークの一体を斬り伏せる。


その後を追ってロンがもう一方のオークの膝を、正面から踏む様にして踵をねじ込む。

膝に正面から蹴りをねじ込まれたオークは脚をあらぬ方向に曲げて倒れ伏す。


オークは余りの激痛に声にならぬ叫びを上げるが、そこにコボルト達がわらわら現れとどめを刺す。


それを一瞥したグリエロは「やるじゃねえか」と一言呟いてニヤリと笑うや、集落の入り口に向き直る。するとそこには新たに二匹のオークが侵入して来ている。

ロンとグリエロは顔を見合わせて頷くと、すかさず撃退に向かう。


途切れること無くオークがなだれ込んで来るが、グリエロとロンの攻撃とコボルト達の支援攻撃よる連携の取れた戦闘様式で、次々とオーク共は倒されていく。


そのオークの軍勢が持つ武器は、各々が得意とする武器を使っているのかバラバラで多種にわたる。


今、グリエロの前に立ち塞がるのは長槍を持ったオークだ。

槍の長さに優位性を感じているのか余裕を持った下卑た笑みを浮かべてグリエロににじり寄り、剣の届かぬ槍の間合いと見るや渾身の力を込めて獲物を串刺しにせんと突き出して来る。


右脚を前に半身で構えるグリエロは、右脚を軸に身体を反転させ槍を躱し、その勢いで槍を真ん中から両断する。こうなれば槍もだだの棒切れだ。

棒切れを構えたまま唖然とした表情をするオークは、唖然としたままその首を宙に舞わせる。


グリエロは流れる様な動きで次々とオーク共を斬り伏せていく。ロンと初めて会った時とは別人の様だ。

まあ、確かに別人と言えなくもない。あの時の弛んだ腹は引き締まり筋力も戻っており、上級中位戦士だった現役の時程では無いにしろ戦闘の勘も戻って来ている。


流麗な動きで戦うグリエロの姿を見てロンは、改めてグリエロが立派な戦士だったんだなと感心する。


しきりに感心するロンに風を切る音を立てて刃が向かって来るが、余裕の表情でそれを半歩引いて紙一重で躱す。

オークの持つ両手剣が空を切り、体勢が前のめりになったところで間合いを詰めたロンの膝蹴りが急所スイゲツに刺さる。

そのまま膝から崩れ落ちるオークの頸椎に体重を乗せたロンの肘打ちがめり込む。


頸椎は頭部を支える七つの骨からなり、運動神経の密集する部位であって破壊されれば死に至る。


ロンの肘打ちにより文字通り頸椎を破壊されたオークは痛みを感じる間も無く絶命する。


ロンを追撃しようと迫って来ていたオークだが、肘打ちでオークを倒したロンを見て二の足を踏む。

目の前の男は異様だ。手に何の武器も持たず、素手で武器を持つ屈強な自分の仲間であるオークを屠ってみせた。


見ればこの素手の男の周りには、身体の部位をあらぬ方向へ曲げて死んでいるオークが累々といる。


オークの野生の勘がこの男は危険だと告げている。自分一人ではこの男を殺せない、かと言って多勢で攻撃しようにも集落の入り口が狭すぎて一度に侵攻出来るのが一体か二体なのである。

壁や門ならば打ち破れるが集落を取り囲んでいるのは樹齢数百年の巨木である。そう簡単に切り倒せない上に森の中は得体の知れない罠だらけである。


このオークには今、目の前にいるこの異様な男を始末出来る術がない。


ロンと相対したオークは怒りに顔を歪め、ロン動きを警戒しながらもじわりじわりと後退していき集落の入り口から出て森の中に消える。


集落には先程までの狂騒と打って変わって沈黙が訪れる。


そこに背を低くし警戒しながらランペルが集落に帰って来る。


「ミナサマ ゴブジデ。」


不気味な沈黙の流れる集落を見渡してランペルは不安そうにする。


「オークドモハ テッタイシタノデスカ? 」


ランペルが誰に問いかけるでもなく呟くと、ルドガーがスッと前に出てきて人差し指を口許に当てる。


「いえ、一時的に引いた様ですが集落の周りは相変わらずオークの殺気で満ち溢れています。随分と数は減らしましたが油断は出来ません。」


そう言ってルドガーはオークのたてる微かな音でも聞く様に耳をピクピクと動かす。なんとも器用なものだなとロンは感心して眺めている。


しばらくすると集落を囲む四方の森からコボルト達が十匹程入って来る。


「ん? どうしたんだコボルト達!? 避難していたんじゃ... 」


ロンはそこまで言って違和感を感じる。

このコボルト達が持っているのは槍だ。北の集落コボルト達は皆、短剣を使う。


ロンは判断に窮し、ランペルに意見を仰ごうと振り返ると彼は目を丸くしている。


「カレラハ ヒガシノ シゾク デス! 」


そうロンに告げて槍持つコボルトの一匹に駆け寄ろうとする。

ランペルは彼らを東の氏族だと言うがどうやってここまで来たのか? オークの群れを掻い潜って? 何よりオーク共の虜になっていなかったのか?


「ヒガシノオサ ゴブジデシタカ。」


ランペルがそう言うや、東の長と呼ばれたコボルトが槍を構える。

槍を突きつけられランペルは硬直する。


「ナ、ナゼ!? 」


東の氏族の長は哀しげな顔をして首を振る。

そうすると他のコボルト達も槍を構える。

北の長を始め北の氏族のコボルト達は困惑した表情を浮かべ立ち尽くす。


峠の森のコボルトは、コボルトの中でも特に温和な者達だと言われ、この百年は氏族間の諍いも無く仲良く平和に森を守っていた筈だ。北の氏族の困惑も当然だ。


「ランペルドノ 、 キタノオサ 、 ヒイテクダサイ。 ワレラハ ソコノ ニンゲンタチヲ コロサネバ ナリマセン。」


そう言ってロンとグリエロに槍を向ける。

ロンも困惑しながらも身構える。

そこに割って入って来たのはルドガーである。


「コボルトの皆様、ロンさんにグリエロさん、いけませんよ、いけません! 私達の敵はオークですよ、刃を向け合う相手が違います! 」


ルドガーは両者の間に入り必死で止めようとするが、コボルト達は俯いて首を振るだけで構えを解かない。


「スミマセン... 」


そう一言呟いて東の長はルドガーに槍を突き立てる。


すんでの所でグリエロが剣で槍を払いのけ、ルドガーはローブの襟が裂けただけで傷を負わずに済んだ。


呆然と立ち尽くすルドガーの前にロンが割って入り臨戦体勢を取るが、ルドガーがそれを制する。


「ロンさん、コボルト達を攻撃してはいけないよ。刃の切っ尖に迷いがあります、何か事情がある筈です! 」


「わかってます。何とか無力化してみます。」


ロンはそう言うと握っていた拳を軽く開いて腰を低く落として半身に構える。無力化すると言ったが自信は無い。


どうしたものかとロンは考える。コボルト達の攻撃を掻い潜り、致命傷とならない急所を突いて無力化しなければいけない。


ランペルの時の様にはいかない。何故ならあの時コボルトはロンと相対していた訳ではなく、ヴァパダル舞踏団の人間と争っていた。ロンは不意を突いてそこに割って入っただけに過ぎない。


今回は明確にロンを倒すべき敵として相対している。殺意あるものの攻撃を躱し、倒すのでは無く無力化するのは至難の技だ。


コボルトが槍でロンを突いてくるのを身体を反らして躱し反撃しようとするが、咄嗟に見える急所が致命傷を与えるカスミであったりするので、おいそれと攻撃を当てられない。


さらにはコボルト達の数である。一匹だけならまだしも、ロンは五匹のコボルトを一度に相手しなくてはならなかった。

グリエロもまた五匹のコボルトを相手に四苦八苦している。何故ならグリエロの得物は片手剣なので下手に反撃するとコボルトに大怪我を負わせるどころか致命傷を与えかねないからだ。


ロンは攻撃を躱すうちに、この攻撃の意味に気がつき焦燥する。

このコボルト達の攻撃はオークの差し金である事は間違いないが、非常に効果的だ、ロン達一行においては。

何故なら、ロン達はコボルトに決定的な攻撃を仕掛ける事が出来ないが、コボルト達はそれが出来るのだ。

それに時間が掛かれば掛かるほどロン達が不利になって来る。いつまでもコボルト達の攻撃を避けられないからだ。体力にも限界がある上に間断なく攻撃を受け続ければミスも犯す。


そう思う矢先に、槍の穂先がロンの肩口をかすめる。

コボルトの連携は良く取れており、ロンの体捌きも徐々に読まれてきている様で先程から何手かに一回は槍が身体をかすめている。


さらに、じわりじわりとオークも侵入して来ている。

グリエロが牽制しているので、まだ遠巻きに様子を見ながらだが一匹、また一匹とオークが集落に入って来ている。


これはマズイ。このままコボルト達に足止めされているうちにオーク共の頭数が揃ったら、取り囲まれて一斉に攻撃をしてくるだろう。多勢に無勢となればロンには成す術が無い。


ロンは横目にまた一匹と増えていくオークを確認し、露骨に動揺をし始める。オークに気を取られ防御の手が疎かになった所をコボルトは見逃さなかった。

ロンの太ももをコボルトの槍が掠め、体勢を崩してしまう。


「しまった!」と言うが早いかコボルトの槍がロンめがけて飛んでくる。


だが、その槍を受けたのはロンではなく、北の長であった。

肩に槍を突きつけられて苦悶の表情を浮かべる北の長。槍を突き立てたコボルトは驚愕の表情を浮かべ硬直してしまっている。


「グゥ」と唸って北の長はよろめくが、ロンが慌ててその身体を支える。


「だ、大丈夫か!? 何故こんな事を... 」


ロンは槍を抜き、傷口を強く押さえながらあまり効き目の無い回復魔法を唱える。

か細く頼りない光が傷口を照らす。なんとか止血は出来たが傷口は痛々しく開いたままだ。


そこにランペルが駆け寄り口から噛み砕いた薬草の様な物を吐き出して傷口に当てる。


東の長が北の長のもとに駆け寄ると、他の東の氏族達は攻撃を辞め長に追従する。


北の氏族のコボルト達も駆け寄ろうとするが北の長に来てはならぬと手で制される。


「ウゥ... ヒガシノオサヨ カレラヲ コウゲキシテハ イケマセン。 カレラコソガ オークカラ ワレラヲ スクッテクレル。」


そう言って北の長はよろよろと立ち上がり東の長の持っている槍を掴み叫ぶ。


「オークニ クッシテハ ナラヌ! 」


その言葉に東の長は力無くうなだれる


「ワレラノ イチゾクガ トラワレテ イルノダ... アイスルモノガ...

ワレラガ ニンゲンヲ コロスカ ワレラガ コロサレルカ フタツニヒトツダ。」


そう言って東の長は、槍を持つ北の長の手を振り払いヨロヨロと二、三歩後退する。


「ワガイチゾクヲ スクウニハ コウスルシカ ナイノダ!」


そうして東の長は槍を構え「ワンワン!」と仲間達に号令をかける。


ロンは一瞬身構えたが槍の穂先が向いたのはロン達では無かった。


コボルト達は槍を返し自らの胸に刃を突き立てたのだ。


東のコボルト達は皆一斉にその場に崩れ落ちる。ランペルとロンは慌てて東の氏族達に駆け寄り、北の長はその場にへたり込んでしまう。


「ドウシテ コンナコトヲ... 」


ランペルは薬草を東の長の傷口に押し当て、ロンは拙い回復魔法を唱えるが、薬草やロン如きの魔法では深々と胸を穿つ傷からコボルト達を救う事は出来ない。


「スマナイ ランペルドノ ワタシガ ヨワイバカリニ... ドウカ トラワレノ ワガイチゾクヲ... 」


オーク共は東の氏族の者達を人質に取り、東の長を始め戦える者十名に人質の助命と引き換えにロン達を殺せと命じたのだ。

逆らえば人質となった氏族を殺される、東のコボルト達は否が応でもロン達と戦わねばならない。

その実コボルト達はロン達に勝てなくとも構わない、集落の中に侵入してロン達を足止め出来ればそれでいいのだが。


オークの低い知能でもコボルトであれば集落に自由に出入り出来る事は理解している、オーク共にはどういうカラクリかは解らないがこの森はコボルトは普通に通れても、オークの通ると発動する致死性の罠が張り巡らせられている。

入り口はあるにはあるが一人ずつしか通れない狭いもので、一匹二匹づつ侵入してもロンやグリエロに倒されてしまう。


したがってオーク共は自分達の頭数が揃うまでロン達を足止めする必要がある。コボルト達はそれに打ってつけだ。集落に侵入するのに罠にかからない。しかもロン達はコボルトを救いに来ているのだコボルト達を攻撃出来ない。

後は人質を使ってコボルト達を脅しロン達にぶつけるだけだ、コボルトが勝とうが負けようが関係ない。数を頼みにコボルトごとロン達を殺すだけなのだ。こんなに都合の良い壁は無い。


結果としてロン達を見事に足止め出来ている。コボルト達は自死してしまったが関係ない、どのみち食料になる運命だった。



「先生! ルドガー先生! コボルト達が! 」


ロンはコボルト達を救おうと必死でルドガーを呼ぶ。藁をもすがる思いで自らの師に助けを求めるが、ルドガーは按摩師だ、どうする事も出来ない。


ルドガーもルドガーで反応が遅れた、自分に向かって飛んでくる刃なら難なく躱せるし止める事も出来るが、自死の為の刃は止められない。ルドガー自身、己が目の見えぬ事を今ほど悔やむ事は無い。

自身にすがる弟子の力になれない事の何と歯痒い事か。


ルドガーはよろよろとロンとコボルト達の下へ行き何か出来ないか、手探りにコボルトの腕を掴むが、コボルトの腕は力無くダラリと垂れるだけである。


間に合わなかった、コボルト達はすでに事切れている。


コボルトの腕を握りしめ、うつむくルドガー。


「とんでもねえ... 」


ルドガーは杖を頼りに立ち上がる。


周りには集落の中にじわりじわりと侵入して来ていたオーク共が集まりつつある。

いつの間にこんなに侵入して来ていたのか、コボルト達に気を取られているうちに十匹以上ものオークの侵入を許してしまっていた。


あまりの展開に呆然としてしまっていたグリエロが我に帰る。何故ならルドガーが異様な殺気を放っているのだ。

そして手に持つ杖を逆手に持っている事に気がつく。


「やべぇ! ロン伏せろ! 」


そう叫んで呆然と立ち尽くすロンを蹴り飛ばし、グリエロはランペルと北の長を両脇に抱えて後ろに飛ぶ。


それと同時にオーク共が四方八方からルドガーに襲いかかる。


グリエロに蹴り飛ばされて地面に突っ伏したロンが見たのは、竜巻のように猛烈な勢いで回転するルドガーだった。


もうそこからは、どうなったか訳が分からない。


音もなくオーク共の首が飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。


それは瞬きする程の一瞬の出来事だった。


どこから出したか逆手に持った白刃を翻してルドガーは回転する、返す刀で逆回転と身を翻す度にオークの首が四つ五つと飛んで行く。


ルドガーが三回ほど刃を翻すともうそこには立っているオークは居なかった。

皆、胴体から首が離れている。


その惨状の只中に静かに佇むルドガーの逆手に持つ白刃には血の一滴もついていない。


だがその顔は忿怒の形相をたたえ、カッと見開かれた眼は白く濁っている。


ロンは目の前にいる小兵の老人の異様さと昂然たる姿に畏怖の念を感じる。そこにはいつも微笑んでいる好々爺の按摩師は居ない。


目の前にいるのは伝説の暗殺者、死の道 ルドガー・オルセン・パーカーその人であった。

いつもありがとうございます。


ルドガーが本気を出しましたね。


さてどうなるのでしょう!?

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