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36 宴会

さてオークの軍勢と戦う準備をはじめましょう。

ルドガーの仕事は精密かつとても手早いものだった。


先ずは北の長に集落の大きさや形を聴き取り、日常のコボルト達の動線を導き出し、オークの侵入出来そうな所を調べ、見つけ出した。


そこからランペルと北の長を通じて集落のコボルト達に指示を出し、森の木を使い柵を作らせる。その柵は人間よりも小柄な種族であるコボルトは通れるが、人間より一回り大きいオークは通れない隙間を持つもので、器用なコボルト達は昼過ぎ迄に集落を囲む程の長さの物を作ってしまう。


コボルト達が突貫工事をしている間にルドガーは集落中に罠を仕掛けていく。

ルドガーはどこに忍ばせていたのか、極細の鋼糸を木々の間に張り巡らし罠を仕掛けていく。その罠も見事なもので、コボルトは罠に掛からず通過出来るが、オークは通過しようとすると首が飛ぶという物騒な代物だった。


その罠を手際良く張り巡らせていく、目にも留まらぬ早業とはこの事だろう。


罠を張る作業を手伝っているロンはその姿を見て感嘆する。


「先生すごいですね。なるほど、木と木の間にこうやって糸を渡すんですね。

しかし細いとは言えよくこんな大量の糸を持って来てましたね。」


「ふむ、この糸は魔鋼糸と言ってね、ネフィリア大蜘蛛の吐き出す糸に魔鋼を焼結させた特殊な物でね、とても細く軽いのに一本で人を五、六人は持ち上げる事が出来る強度を持っていてね。

きつく折り畳んでも、捻っても切れる事が無いからね、小さくまとめて持ち運び出来るんだよ。」


そう言いながらもルドガーは手早くスルスルと罠を仕掛けていく。

魔鋼糸を輪っか状にして木と木の間に渡している。


「こうやって木の枝で死角を作ってやると魔鋼糸が見えないんだよ。ここにオークの首が引っかかると、オークの重みで糸が引っ張られて向こうの罠が発動して、あそこを通ろうとするオーク供の胴体を真っ二つにする。その反動でここで糸がかかったオークの首が飛ぶって言う寸法だ。」


相変わらずテキパキと罠を仕掛けているルドガーは、淡々と世間話でもするように罠の説明をする。


「先生、普通に喋ってますけど、側から聞いていたらかなりおっかない事を言ってますよ。」


ルドガーは「そうかい?」と言ってニコリと笑う。味方に着けばこれ程頼もしい人物もいないだろう。敵となったオーク供は気の毒としか言いようが無い。


ロンは感嘆しながらもポツリと呟く。


「この罠があったらオーク供を皆んな撃退出来るんじゃないですかね?

もしかして先生一人で何とかなっちゃうんじゃないですか? 」


「いやいや、それは無理だ。何度か罠にかかれば流石のオークも警戒するだろうからね。魔鋼糸の罠を張っているってぇカラクリは分かれば見破るのは簡単だ。

そうなればオークも進軍の仕方も変えるだろう。どうにかして安全な入り口を探そうと画策する筈だ。」


そう言ってルドガーは森の一端を指差す。

そこは集落の入り口であり、往来があるためか草が踏み固められ狭いが通り道が出来ている。


「だからね、あそこの通りには罠が仕掛けていない。」


「え!? それじゃあ、あそこからオークが侵入して来るじゃないですか。」


ロンが疑問を差し挟む。

それを聞いてルドガーは「そうだよ」と頷く。


「どこもかしこも罠だらけで通れないと分かれば、相手も必死で通り抜けられる場所を探すだろう? そんな時にぽっかり安全な道が目の前に出て来たらどうなると思う? 」


「あ! ...そこを通りたくなります。」


「そうだ。冷静に考えるとそんな所に安全な通り道があるってのは怪しいもんなんだけどね、仲間を殺され自身にも危険が及んでいたり、なんとしても勝ちたいと功を焦っていると単純な事を見逃してしまうものなんだよ。」


「なるほど。でも、それで誘き寄せたオーク供はどうするんです?

この集落に入って来てしまうじゃないですか。」


そう疑問を口にするロンに、ルドガーはニヤリと笑いながらロンを指差す。


「そうだよ、だからロンさんとグリエロさんが入って来たオークを始末するんですよ。」


それを聞いてロンは顔を強張らせる。


「せ、先生! そ、そんな無茶な... 」


「大丈夫ですよ、そこの通りをご覧なさい。木々が邪魔してオークが通れるかどうかという狭い道だ、ここから集落の中に入って来れるオークはせいぜい一匹か二匹ずつだ。

ロンさんはその入って来たオークを始末すれば良いでだけです。」


「いえ、先生、オークを始末するって言われましても...

死にはしませんでしたけれど、僕、立て続けにオークにこっ酷くやられているんですけど... 」


「大丈夫ですよ。今のあなたならオークの一匹や二匹物の数ではありません。

自信を持ちなさい。あなたは随分と強くなっていますよ。なんせこの私とグリエロさんの指導を受けているんですからね。

あなたの身のこなしを見ているとちゃんと成長しているにのを実感します。」


ロンは見ていると言われてもルドガー先生は目が見えないよな、などと思ってみたが、常人より遥かに感覚の鋭い自分の師がそう言うのだから信じようと思う。


「先生がそこまで言ってくれるなら、信じますよ。自信は無いけれど... 。」


ルドガーはハハハと軽快に笑うと再び作業に戻る。


昼を過ぎる頃には、村落を取り囲むようにルドガーの罠とコボルト達の防御柵が出来上がる。

ルドガーは「よし」と独言て唯一罠の仕掛けられていない集落の入り口まで向かい、四つん這いになり地面に耳を付ける。


それを見たランペルと北の長は音も無くルドガーも元に駆け寄り、鼻先を上に向け何がしか匂いを嗅ぐような仕草をする。


地面に耳を付け「ふむふむ」と唸っていたルドガーがおもむろに立ち上がると二匹のコボルトはルドガーに向き直る。


「オークと思しき大軍の足音は随分と近づいて来ましたね。音から察するに五里ほど離れているだろうかね。捕虜のコボルトを連れた百匹のオークが此処に到着するのは二刻ほど掛かろうか...

日が暮れる迄には辿り着きそうだが... 」


ルドガーの言葉に頷いたのはランペルである。


「ルドガーサマノ オッシャルトオリ ダトオモイマス。ナントウ ノ ホウガクカラ ジャアクナ ニオイガ イタシマス。

コノ ニオイハ アノトキ カイダ オークノ ニオイニ マチガイナイデス。」


そう言ったランペルの言葉に頷いたのは北の長だ。


「ウム ソウデスナ クサッタ チトニクノ ニオイ ガシマス。」


そう言って三者は南東の方角を見つめる。


ロンはルドガーの元に駆け寄り、不安げに尋ねる。


「先生、もうすぐオーク供が現れるんですね。

...どうしましょう? 」


ロンが不安を口にすると、ルドガーはニンマリと笑う。


「そうですね。まぁ、まだオーク供も来ません。

親睦を深めるために皆で宴会でもしましょう! 」


「はぁ!? 」



ルドガーの鶴の一声でコボルト達はロンの一行を歓迎する宴を催してくれた。


焚き火を囲み、コボルト達が森の中から採ってきた果実や木の実を振る舞う。

宴会の提案者であるルドガーは、焚き火の近くで可笑しな歌を歌いながら不思議な踊りを踊ってコボルト達に拍手喝采を浴びている。


「向こうの畔に鴨が百羽っぱ〜 小鴨も百羽っぱ〜 」


それを遠目に見ているロンは、コボルト達に貰った果実や木の実を両手に握り、呆けた顔をしている。


不意に不安に駆られたロンは居ても立っても居られず、踊るルドガーの元に向かう。


「あの... 先生... こんな時に呑気に宴会なんてしてて良いんですか? 」


それを聞いてルドガーは「ああ、そうだ」と言ってコボルト達を見渡す。


「さて、この中で怪我をしている者や具合の悪い者はいるかな? 」


そう言うと、ルドガーの不思議な踊りに拍手喝采していたコボルト達の中からランペルが出て来きてコボルト達に向かい「わんわん」とルドガーの通訳をする。


すると一匹のコボルトがおずおずと進み出てくる。


「わわん、わん」進み出てきたコボルトがそう言うとランペルが通訳する。


「ヒザガ イタイ ソウデス。」


はたしてそのコボルトは右足を引きずっている。

ルドガーはコボルトのもとに進むと、手探りでコボルトの足をなぞっていく。


「ははぁ、成る程。少々骨格が違いますが人と変わらない筋肉が付いていますね。...ふむ ...ふむ どうやら膝を捻ったようですね。」


ルドガーの呟きをランペルは不安そうな顔で自分の足を見つめるコボルトに通訳している。


「ロンさん、こっちいらっしゃい。

このコボルトさんはね膝の腱を痛めてる。触るとわかるがね、ここの腱が引き攣れてるんだよ。

その時はこのツボだ、インリョウと言ってね膝の内側のここの窪みを指圧してあげると良いんだ。反対側のヨウリョウも押してやるとなお良いんだよ。」


ロンにそう言い聞かせながらコボルトの治療を丁寧にしていく。


「さあ、立ってごらん。応急手当てだから完璧って訳じゃないが、幾らかは楽になってる筈だよ。」


そうルドガーにうながされて施術をして貰ったコボルトは不思議そうな顔をして立ち上がる。


すると、何を思ったかピョンピョン飛び跳ねだした。


「わんわん!」と嬉しそうに吠えるコボルト、脚の具合が良いみたいだ。

すると今まで遠巻きに見ていたコボルトまでも、ゾロゾロとルドガーの周りに集まって来て口々にワンワンと身体の不調を訴え出した。


「ハイハイ、並んで下さいよ。みんな診てあげますよ。」


そう言ってルドガーはコボルト達に囲まれながらニコニコと施術を始める。


取り残されたロンは呆然とその光景を眺めている。そこにグリエロが現れる。その手には何やら酒のような液体の入った木のジョッキが握られている。


「おう、せっかくの宴会なのに難しい顔してやがんな。」


「そりゃそうだろ、これからオーク供の軍勢が攻めて来るっていうのにのんびり酒なんか呑んでらんないよ。」


そう言ってロンはグリエロの持っているジョッキを指差す。


「ん!? これか? こいつはコボルト達が果実で作った発酵酒だな、なかなかイケルぜ。」


ますますロンは呆れた顔を見せグリエロに食ってかかる。


「おいおい、もうすぐ戦だってのに、ほろ酔い気分で大丈夫なのか? またゴブリンの時みたいに昏倒しないでくれよ! 」


「っへ! 酔っちゃいねえよ。逆にロン、お前さんみたいにガチガチに緊張してたら戦うに戦えんぜ。」


そう言ってロンの背中をバンと叩く。

ロンは驚いて飛び上がる。


「な、何するんだよ! 」


「ロンよく見てみろ、ルドガーの爺さんは別にあそこで按摩して遊んでいる訳じゃ無え。

ランペルも上手く使って宴会をおっ始めたのは、コボルト達の緊張を解いて俺たちを受け入れて貰う為だ。これから戦を始めるってのにお互い警戒心があったら共闘出来ねえ。

この戦はこっちが圧倒的に不利だ、上手く立ち回らねえとあっという間にあの世行きだ。」


そう言って腕を組むグリエロ。さらに顎をしゃくってロンに森の方をに意識を向ける様に仕向ける。


「それにな、さっきオークの斥候が様子を見に来ていたぜ。」


それを聞いて驚いたのはロンである。慌てて森の方に向き直ろり様子を伺おうとすると、それをグリエロがたしなめる。


「おおい、森の方を覗きこむんじゃねえ、自然にしてろ。

わかるか? オーク供はもう近くまで進軍して来てるんだ。斥候が来たって事は攻め込む機会をうかがっているのさ。

こうやって宴会をやって油断してる様に見せかけてるのさ。」


「そうか! それで向こうも、油断してる隙をついて攻めて来ようとする訳か。」


「そうだ。逆に相手が油断して攻めて来る様に仕向けてんだよ。

おいロン、相手が油断して勢いよく攻めて来たらどうなると思う? 」


そう問いかけるグリエロにロンはハッとして答える。


「ああ! 先生の罠があるのか! 」


「その通りだ。」


ロンは改めてルドガーの方に向き直る。

ルドガーはのんびりコボルト達に施術をしている。...ように見えている。


しかし、その実は戦の為の準備を着々と進めていたのだ。


「わかったかロン? お前さんもガチガチに固まってねえで、身体をほぐして臨戦体勢でいろ。」


ロンはグリエロを見て黙って頷く。


やはりルドガーもグリエロも一流の戦闘職だ。そうと気取られず戦う体勢を整えている。


ルドガーはコボルト達の身体もほぐして緊張感を取りながら、距離を縮めている。

これから共闘する仲間達だ少しでも打ち解けていた方が良い。


グリエロもそれを理解した上でコボルト達の宴会に参加していたんだろう。酒を飲むのも、相手の食文化を受け入れた方が打ち解けるのが円滑に進み早いからだ。


そして、これがそのまま敵をおびき寄せる罠になっている。


ロンはまた一つ勉強になったなと感心していると、グリエロが果実酒が入ったジョッキをロンに手渡してくる。


「よし、良い顔になってきたな。

まぁ、呑め!宴会だ。楽しまなきゃな! 」



やっぱり、ちょっと不安だ。

いつもお読み頂きありがとうございます。


いよいよオークの軍勢との決戦です。

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