31 ランペルのお話し
ランペル・スティルツキンのちょっとしたお話しです。
ウンド冒険者ギルドのギルドマスターの執務室は、地方の冒険者ギルドの首長の執務室とはいえ、他の地域のギルド長や要人が訪れた時に招く応接間も併設されている場所なので、それなりに広い。
しかしブランシェトとロンに加え、十五匹のコボルトが入ると少し手狭になる。
さらにそこに、ミナが人数分のお茶を持って来たので、より執務室が狭くなる。
応接間にひしめき合っているコボルトに、ミナは丁寧にお茶を配り回る。
湯呑みに入ったお茶を見てキョトンとしているコボルト達に、ランペルは「ワンワン」と言って何か喋り掛ける。
するとそれを聞いていたコボルト達は、これまた「ワンワン」といって皆お茶をすすり始める。
ロンはその光景を不思議そうに眺めている。
「コボルトにも言葉があるんだな。」
「ソウデス、コボルトニモ、コトバ、アリマス。
デモ、ニンゲンホド、オオクナイ。
イマモ、ノミモノ、トダケ、イイマシタ。」
「ふ〜ん。それだけで伝わるんだな。」
「ワレラハ、ニオイデ、カンジョウヲ、ツタエマス。
ニオイト、コトバデ、イシヲ、ツタエマス。」
「なるほど」とロンはお茶をすすりながら頷く。
コボルト達はお茶をペロペロと舐めている奴も居れば、上手にすすっている奴も居る。
ぼんやりコボルト達を眺めているロンに、ブランシェトは事情を問いただす。
「チェイニー、ランペルの事も知らない上に、さらにコボルト達を街の中にこっそり連れて来るなんて、何か理由があるの? 何となくでは済まない大問題よ。」
そう聞かれたロンは神妙な面持ちになってブランシェトに向き直る。
「はい。実はランペル達は、ヴァパダルの町までの街道で旅人達を襲っていたんです。」
それを聞いて驚くブランシェト。
「えぇ!? コボルト達が人里に出て人を襲うだなんて... それに、それを率いていたのはランペルなのよね? どう言う事? 」
「いえ、襲うって言うとちょっと語弊があるんですが... 何せ旅人達と一悶着あった理由と言うのが、住処の森を追われたからなんです。」
ロンは、その時の状況をブランシェトに話す。
「なるほど、先に手を出したのは旅人の方なのね。」
そう言ってホッとした顔を見せるブランシェトだが、ランペルに向き直ると困った顔をする。
「でもね、ランペル。あなたがティム・ティット・トットと冒険してたのは三百年前よ。
あなたの事を覚えてる人間なんてもう殆ど居ないわ。食べ物を所望したいからといって突然人前に出て来たら駄目よ。
あなた優しくて控え目な性格のコボルトだけど、顔は怖いんだから。」
それを聞いて「メンボクナイ」とうなだれるランペル。
それを見たロンはランペルを庇う様に続きを話し出す。
「それでですね、コボルト達が殺され森を追われたと言う所に、ちょっとピンときまして。」
それを聞いたブランシェトもロンの言う所の意味する事が分かったようで。
「なるほど、それは不穏な空気を感じるわね。それで森からコボルト達を追いやったのは誰なの?」
「それはまだ聞いてません。」
「はい!?」目を大きく見開いて呆れ顔を見せるブランシェト。ロンは慌てて手を振って言い訳をする。
「あ、いえ。実はここまで人に見つかる事なく来れたのは、その例の旅人達のお陰でして。
その旅人達って言うのが、ヴァパダル舞踏団って言う人達でして、そこの団長のフィリッピーネと言う方に、上手く匿われながら馬車で連れて来て貰ったんです。」
「ヴァパダル舞踏団! フィリッピーネ様!? 」
「ああ、そうです。それで、ずっと一緒に移動してましたので、ランペル達を森から追い出した奴の事を聞くに聞けなくてですね。」
「えぇぇ... チェイニーあなたランペルどころかフィリッピーネ様と一緒に居たの!?」
「はい。フィリッピーネのお陰でギルドまでコボルト達を連れて来れたんです。
...ていうか、フィリッピーネ、様 !? ってそんなに有名なんですか?」
「ちょっと、何言ってるの! ヴァパダル舞踏団って世界一の舞踏団って言われているのよ。
現団長のフィリッピーネ・ヴァウシュって言ったら、大輪の花と称される最高の踊り子なのよ!」
「はあ、そうなんですか。
すいません、そう言うのにどうも、疎いもので。」
ポカンとするロンの元にミナがやって来てそっと耳打ちする。
「ブランシェトさんはヴァパダル舞踏団の創設以来のファンなんですよ。
特に現団長のフィリッピーネさんの大ファンで、彼女の公演はデビューからずっと追いかけてて、もはや崇拝の域に達しているんです... 。」
ロンはブランシェトの以外な一面を知って少し驚く。
「へえ、ブランシェト先生って舞踏なんかも観賞するんですね。
あ、そういや今度ウンドでも公演するって言ってましたよ。」
それを聞いて飛び上がって喜ぶブランシェト。まさに天にも昇らんとする感じだ。
「ええ! そうなの!? それはチケットの予約をしなくては! 」
そう言ってブランシェトは、やにわに執務机の引き出しを開けてゴソゴソと何やら始める。
それを見たミナは少々呆れた面持ちでブランシェトを制する。
「ブランシェトさん、チケットの手配は私がしておきます。
それよりロンさんのお話しの続きを聞きましょう。」
ミナにたしなめられて我に帰るブランシェト。やおらロンとランペルに向き直り、ゴホンと咳払いをして仕切り直す。
「ごめんなさい、ちょっと驚く事が多過ぎて我を忘れて取り乱したわ。
それで、ランペル、あなた達は何者に住処を追われたの?」
ランペルは飲んでいたお茶を来賓席の卓上に置き、一息ついて神妙な面持ちになり話し始めた。
「トツゼンノ、コトデシタ。
ヨルノ、ヤミニ、マギレテ、オソッテキタノハ、オーク、デス。」
ロンを始め、ブランシェトにミナは、やはりオークだったかと懸念していた事が現実として目の前に突きつけられ、身体を強張らせる。
「やはりオークだったか。この時期に、この間で森の中で他種属とは言え魔物を蹂躙する奴はもしやと思ったけれど... 。」
ランペルが言うには、ヴァパダルの町に向かう峠の森の奥深くに一族と慎ましく住んでいたが、ある晩突然オークの集団の襲撃を受けたと言うのだ。
ランペルの一族は、峠の森に四つあるコボルトの氏族の一つで、南の氏族と呼ばれている。ランペルはコボルトにしても長寿の個体で、その一族は氏族としての歴史も長く、四氏族の中で最も大きい集落を持っており、百匹程のコボルトが住んでいた。
峠の森は、コボルトの四氏族が森の東西南北をそれぞれ管理し治めており、この百年程は大きな争いもなく平和な森であったと言う。
しかし百年の平和が仇となり、戦いを経験した事の無いコボルトも多く、オークの襲撃に為すすべも無く敗れてしまい、集落も焼き払われ殆どのコボルトは殺され、残りは奴隷として囚われた。
ランペルはそんな中でオークの追撃から逃れ、なんとか助け出した一族を率いて森から脱出したが、いきなりの襲撃だった為に、取るものも取り敢えず着の身着のままの逃走だった為に食べる物も無く、飢えや怪我で次々に一族のコボルト達は倒れていった。
とうとう飢えと疲労で切羽詰まって街道に出て来て、なり振り構わず助けを求めようとしたが、そこはやはり魔物、相手が人間となれば上手くいく筈も無く争いになってしまった。
そこに現れて、事を収拾してくれたのがロンであったのだ。
「ロン・チェイニーサマニハ、イチゾクヲ、スクッテ、イタダキ、ドノヨウナ、レイヲツクシテモ、ツクシキレマセン。」
そう言ってランペルはロンに向かって深々と頭を下げる、それに続き他のコボルト達も深々と頭を下げる。
「いや、そんな大層な事はしてないよ。頭を上げてくれ。
それに、ランペルの話しだと他の氏族も心配だな。」
そう言って腕を組むロンはブランシェトに向き直る。
「ブランシェト先生、これはオークについての重要な情報だと思います。
トム・メイポーサさんに連絡をした方が良いのではないでしょうか?」
「そうね。すぐにトムに伝令を出すわ。
もしオークが峠の森に集まって来ているとしたら大変な問題よ。
そこからならウンドに侵攻して来てもおかしくないものね。」
そう言ってブランシェトはミナに向かい指示を出す。
「ミナちゃん、すぐにトムに伝言を頼めるかしら。あの子達が何処に居るか追跡出来ているわね。」
「はい、出来ています。すぐに伝令をだします。」
そう言ってミナは速やかに退室する。
本当にミナは何でも出来る優れた人間だなとロンが感心していると、ブランシェトが少々疲れた顔でロンに向き直る。
「ふう。チェイニー、あなた本当にオークと因縁があるわね。
何ですぐにオークにまつわる事件に巻き込まれるのかしら?
... ところで、あなたこれからどうするの?
それにランペルもどうしようかしらね。」
「はい、僕は峠の森に行って他のコボルト達を救出に行きたいと思います。」
それを聞いてブランシェトは目を丸くする。
「何言ってるの!? 森の中にはオークが群れをなしているのよ。
そんな所に行くなんて自殺行為よ!」
ロンは一つ思案をした後、まっすぐ決意のこもった目をブランシェトに向ける。
「僕一人で行くのは流石に危険度が高くて無理だと思います。
なのでパーティを組んで貰おうかと思っています。」
「ええ!? 誰とパーティを組むの? オークの集団と戦えるパーティとなったらそう簡単に募れないわよ。」
「いえ、オークと正面切って戦おうとは思いません。
峠の森に侵入し、隠密行動をしてオークにバレずに秘密裏にコボルトを救い出そうと思います。」
「そんな事出来る人がこのギルドに居るかしら?」
ロンの考えを聞き不安げな表情を見せるブランシェト。
ランペルは只々驚きの表情を見せている。
「大丈夫です。
でも応援を頼む人物はギルドの奴らじゃありません。
隠密行動が出来る人物には当てはあります。
... たぶん大丈夫だと、思います。」
ますます不安げな顔になるブランシェトを尻目に、ロンはランペル達に向かって「安心しろ」と言って執務室を飛び出して行ってしまう。
ロンの去った後、ブランシェトはしばらくランペルと今後のランペル達の身の振り方をどうしようか話し合っていたが、突然顔を上げて絶叫する。
「まさか! チェイニー、あの子ったらあの人の所に行ったんじゃないでしょうね!? 」
さてロンは何処に行くんでしょうね。
ちょっとお久しぶりです。
いつも読んで頂き誠にありがとうございます。




