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29 ロンはくたびれて、癒されて、学ぶ

ロンは心身ともにクタクタになったのでルドガーの按摩施術所に向かいます。

ロン・チェイニーにとってその一日は非常に濃く、長い一日だった。


朝からエルザと街を走り、エルザは嘔吐し


その後、グリエロに武器術の稽古を受け、エルザはブランシェトに頭を強打され


さらに、昼食の後にエルザが奇警の黒魔導師だと分かり、さらにはシルバーランスこと、名門ランチェスター家の次期当主ルーク・シルヴァーン・ランチェスターの妹である事が発覚し


おまけに、魔鉱石を引き取りに魔窟と化したエルザの家に行き、謎のハーブティーを飲んで卒倒し


とどめに、魔鉱石の破格の鑑定額を聞いて再び卒倒した。


今日は心身共に本当に疲弊した。

思い出してみると、疲弊した原因の大半はエルザがもたらしたモノであるような気がしないでも無いが、まあ、いつもの事でもあるような気もする。


それに急な大金が舞い込んできて思考が現実に追いつかない。


魔鉱石は、ほとんどエルザが見つけ出した様なものなので、ロンは自分の取り分は少なくて良いと言ったのだが、エルザがそれを許さず結局、金貨百枚づつの山分けという事になった。


借金もある事から、この事は大変ありがたい。しばらくは日々の生活もマシにはなるだろう。


ロンは、このエルザとの魔力探知魔鉱石採掘は、上手くやり繰りすれば一攫千金を狙えるものだと考える。


しかし、そうなるとオークの件が片付く迄は魔鉱石の採掘を控えなくてはならないのは痛いなと思う。


そこまで考えてロンは頭を振る。

自分の金儲けのためにエルザを利用するなんてもってのほかだ。

第一に自分は冒険者であり、強さを求めて修行をしている身の上だ。採掘屋ではない。


そんな事をつらつらと考えながら、ロンはルドガー老の施術所に向かって日の傾いた道をとぼとぼ歩いていく。


何を思ったか、ロンは按摩術で癒されようと考えながらルドガーの按摩施術所の扉を開ける。


まぁ、間違ってはいないが。


ギギギと扉を開け中に入る。二、三歩中に入りいると、こちらを振り向きながらニコニコとルドガーが迎え入れてくれる。


「おや。その足音はロンさんかい?」


「そうです、ロンです。ロン・チェイニーです。」


どうして足音だけで分かるのか? あいかわらず不思議な老人だなと思いながらロンはルドガーの元に向かう。


「ルドガー先生、よろしくお願い致します。」


「ハハハ。先生ってのは何だかむず痒いね。普通に呼んどくれよ。」


「はぁ、でも教えを乞う訳ですし... 先生と呼んだ方が、僕の気が引き締まるかなと。」


「そうかね? まあ好きに呼ぶが良いよ。

さあ、こちらへおいで。あなたの身体を診てあげよう。

自らの身体でもって私の技を受け取りなさい。」


ロンは、ハイと頷いて右手を差し出す。

ルドガーはその手を優しく受け取って、何かを探る様に揉み解してゆく。


「ツボと急所っていうのは表裏一体でね。同じ部位でもね、優しく押さえてやればツボになるし、強く押し込んでやれば急所になる。」


そう言ってルドガーはロンの手首の内側と外側の少し上の辺りを優しく押さえる。


「この内手首のツボはシンモン、外側の少し上がガイカンというツボだ。

ロンさんは手を怪我して此処の気の流れが滞っているんだよ。」


「気の流れですか。魔力の流れとはまた違うんですか?」


「そうさね、気の流れ... 魔力より、血の流れと密接に関係があるね。

特に手首は皮膚の浅い所に血が通っていて気の集中する所だからね。此処の気が滞ると、腕が冷えて固まり動きが悪くなるのさ。」


そう言ってルドガーはロンの手首を優しく包んで揉み解していく。

しばらく揉んだあと、上腕の裏の方に片手でをあてがう。


「身体っていうものは、気と筋で密接に繋がっているんだ、気が滞り手首が冷たく固まると、筋が引き攣り反対側の肩の気も滞り炎症を起こしたり痛みを伴うんだよ。」


そしてルドガーは上腕にあてがっている手に力を込める。

鋭い痛みを感じてロンは顔をしかめる。


「すまないね、痛かったかい? 此処もツボであり急所だ。

急所ならワンクン、ツボならショウレキと呼ばれる所だね。

此処に強い力を加えると腕が動かなくなる。しかし、優しい力で押さえてやると腕の麻痺を取り除いてやる事が出来る。」


ロンは「なるほど」と小さく独り言ちる。

ルドガーはそれを聞いてニコリと微笑む。


「そうだよ、このツボを押さえていってやればグリエロさんの腕もちゃんと動くようになるよ。時間はかかるがね。」


「え!? 知っていたんですか?」


ロンは驚いてルドガーに質問する。それと同時に、そうと分かっていて何故グリエロに施術を施していないのだろうとも思う。


「知っているとも。もう五年も前だね。

グリエロさんが遠征先から大怪我をしてウンドに戻って来た時に、一度診ているんだよ。

動かなくなっちまった腕を、骨の位置を元に戻して動くまでは回復させたんだが、グリエロさんは動くんならそれで良いとそこから此処に来なくなっちまった。」


「えぇ? 何故なんです?」


「悔やんでいるんですよ。守るべき者達を守れ無かった事をね。

あれ以来グリエロさんは自分を罰しているんですよ。自分だけ傷を癒しのうのうと生きる事は出来ないとね。」


そこでロンは色々と合点がいった。

グリエロは心と身体に傷を負っているのだ。

孤児達に剣術や冒険者になる為の知識を教えているのも、傷を癒す事なくいるのも、自分の仕事を全う出来なかった自責の念からなのだ。


「しかし、壊すのは簡単だ。急所に強い力を撃ち込んでやれば人体なんて一撃で破壊する事が出来る。

でもね、治すとなると根気がいるよ。施術する方もされる方も。

優しい力で少しずつ緊張を解し、歪みを正して、気の流れを元に戻していってやらなけりゃならない。」


そう言ってルドガーはロンの側頭部を揉み解していく。

ロンはハッと気付いてルドガーに質問する。


「ルドガー先生、そこです、こめかみもツボで急所なんですか?

先日オークのこめかみを肘で打ち抜いて、一撃で倒したんです。」


ロンがそう言うや、ルドガーはニヤリと笑う。


「なるほど肘で打ち抜いたんですか。そこはね、カスミって言う急所だ。強く打ちつけると命も奪う事が出来る急所だよ。

しかし、優しく押さえてやればケンロのツボだ、頭の痛みを和らげ抑える事が出来る。」


そう言ってルドガーはケンロのツボを押さえる。


「ロンさん何か悩みでもあるのかい? ケンロが張ってるよ。」


そう言って笑う。ルドガーはよく笑う男だ。ロンもつられて笑ってしまう。


「いやあ、悩ましい事は多いですね。

それはそうと、こめかみはやっぱり急所だったんですね。そのカスミは強く打ちつけると命も奪えると仰いましたが、一撃のもとに命を奪える部位なんてあるんですね。」


そう言ってロンは自分の手を握りしめて拳を作る。

そんなロンの考えている事を察したのかルドガーは頭を振る。


「まあ、あるにはあるがね。しかし、それは本当に小さな点だ。

ロンさんは拳で敵を攻撃すると言ったね? 拳の様な大きな面では急所に入らないね、急所に入るとすれば指先だ。

もしくは、あなたがオークのカスミを打ち抜いた肘の先とかね。

それくらい急所は狭く小さな点なんだよ。

まあ、例外もありますがね。」


それを聞いてロンは握りしめた自分の拳を見つめる。


「そうなんですね... じゃあ、これからは拳を握っているばかりじゃいけないな。」


そう言って手を広げる。掌をじっと見つめていたロンだが、おもむろに手の形を色々と変えてみる。

人差し指を立ててみたり、親指を立ててみたりと指の形を色々変えてみるが、ため息を吐いて再び掌を眺める。


「う〜ん、難しいな。人差し指で相手を突いたら、逆に自分の指を突き指しそうだ。

指を鍛えるべきか、拳を鋭い形に握る方法を考えるべきか... 。」


「ハハハ、悩ましいね。まぁ、考えれる事全部なさい、突き指したり脱臼したら私が治してあげよう。」


そう言ってルドガーは優しく微笑む。

そしてロンに向き直りとうとうと語り出す。


「ツボ、すなわち経穴は全身三百六十一箇所あり、それら経穴を繋ぐ十四本の線を経絡という。全ての経穴は経絡により繋がっており、ある穴を押せばまた別の穴に影響を及ぼす。

経穴は身体の気の出入り口であり、治癒をもたらす所であり、異常をもたらす所でもある。

ツボと急所は表裏一体である。


ロンさん、努めて学びなさい。

時間も掛かろうし大変な道程だ。でもね、私はロンさんが経穴の表裏を正しく学び、正義のために使ってくれると思っているよ。」


「はい! かならず...。」


そう言ってロンは正しくルドガーの技を学んで行く事を改めて決意する。


「はい、それじゃ銀貨一枚ね。」


そう言ってルドガーは手を差し出す。


「あ、お金取るんですね。」


「ロンさんを治した施術代だよ。」


成る程と、ロンは慌てて懐を探るが今日貰った金貨しか手元にない。


「あ、すいません、金貨でお支払い出来ますか? 細かいのが無くて... 。」


それを聞いたルドガーは大笑いする。


「ハッハッハ! 冗談だよ、ロンさん。

あなたは本当に真面目だねえ。折角、身体をほぐしに来てるんだ、もっと力を抜きなさい。

まだまだ先は長いんだ、ゆっくりじっくりやって行こうじゃないか。」


そう言ってルドガーはロンの背中を押す。


「さあ、今日はこれで終いだ。また明日いらっしゃい。」


「あ、はい。それでは失礼します。」


ロンは成り行きがよくわからず、ぽかんとしながらルドガーの施術所を後にする。


施術所の扉を閉めようとした時に、ルドガーはポツリと「ありがとう」と呟く。


そのままの勢いで扉を閉めてしまったが、ロンも扉に向かい「ありがとうございます」と呟いた。



ロンは思う。

ブランシェトといい、グリエロといい、ルドガーといい、自分は師には恵まれているなと。


明日からまた頑張ろうという思いを胸に、晩飯を食いに踊る子猫亭に向かう。


懐は暖かいが、食べるのはやっぱりキラーエイプだろう。

ロンは色々と学べると良いですね。


いつもお読みいただき誠にありがとうございます。

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