28 ロン 卒倒する
そう言えば魔鉱石の鑑定まだでしたね。
ギルドの中庭での喧しい昼食も終わり、後片付けをしている最中、焦燥感を漂わせたミナが現れる。
「あぁ〜。ブランシェトさん、ここにいらしてたんですね... 探しましたよ〜。」
ギクリとした表情を見せるブランシェト。
「申し訳ありませんが、目を通して頂きたい書類が沢山ありまして... 。本当に申し訳ありません... 。」
「ミナちゃんが謝る事ないのよ! 元はと言えば、自分の仕事を放逐して飛び出して行っちゃったトムのお馬鹿さんが悪いのですから。」
そう言ってげんなりするブランシェト。
その姿を見て苦笑するグリエロ。
「トムの野郎は、頭使う仕事より体を動かしてる方が性に合ってるつってたからな。
奴さん戦士としての戦闘力は一流だが、事務仕事なんてのはちゃんと出来ているもんなのかね? なあミナ? 」
その言葉にがっくり頭をうなだれるミナ。
「いえ、トムさんはギルドマスターとして大変有能な方です。書類仕事も完璧にこなせるのですが、いかんせん飽きっぽくて... 。」
「それって出来ないのと同じよ! 全然有能じゃないわ! 」
「ごめんね、エルザちゃん話しの途中で、また明日ね! 絶対よ! 」そう言ってミナと一緒に去って行く。
取り残された一同もそれぞれ解散という事になった。
ロンはエルザと一緒に中庭の後片付けと掃除をしていて、ふと思い出した。
「そういえば、カラボス山とバヤデルカ山で採掘した魔鉱石ってまだエルザが預かってくれているんだっけ?」
「はい、依頼分は納品して、残りはどうしたらいいか分からなかったので預かってます。」
「ああ、そうか。ごめんな。
この後、エルザの時間が空いているならギルドで鑑定して貰って換金しようか。」
「あ、はい! そうですね。
... ええ! 私の家まで来るんですか!? 」
「ああ、魔鉱石はエルザの家にあるんだろう?」
「そ、それはそうですが...
お、乙女の家にですね、その、殿方を入れるのは... ちょっと... 。」
「でも、カラボス山とバヤデルカ山の分だろ、結構な量があるんじゃないか?
一人で持って来れるのか?」
「いえ、一人では無理かも... 。」
「だろう。ところで、持って帰る時はどうしたんだ?」
「持って帰る時は... あの時はバタバタしてて夜も遅くなっちゃったので、グリエロさんとギルドの職員さん達に運んで頂きまして... 。」
「グリエロは殿方じゃないか。」
「あう... いえ、まあ、そうなんですが...
実は、家の中が少々散らかっていまして... 。
あ、家と言いましてもほとんど魔術工房として使っている様な所で、だから、その、散らかってまして。」
「なんだ、そんな事か、気にするな。冒険者の家なんてもんは大体散らかってるもんだよ。」
「ええ!? ああ... ぐぅ。」
グリエロはおっさんで、チェイニーに見られるのとは訳が違う。と言う言葉が喉元まで出て来たのだが、何故か口から出て来ない。
エルザは何か色々と言い訳を考えたのだが、どれもとてもいいアイデアとは言えず、結局ロンと一緒に家まで魔鉱石を取りに行く羽目になってしまった。
道中エルザは、うぅ、とか、あぁ、とか言葉なのか呻き声なのかわからない音を発しながらロンを家まで案内する。
しばらくすると、簡素ながら立派な家が見えて来る。
「あのう... ここが私の家です... 。」
不承不承といった感じで家の中にロンを案内する。
ロンは家の中を一瞥して絶句する。
玄関を入って直ぐ眼前に飛び込んで来るのは本の山。
床から天井まで積み上げられた魔術書の山、山、山で壁が見えない。それが廊下の奥までずっと続いているのである。まるでダンジョンだ。
その本の隙間をエルザは縫う様にして奥に入って行き、そのままエルザは本の洞窟の闇に消えて行ってしまう。
一人取り残されたロンは進んで良いのか退くべきなのか逡巡していると、奥から声が聞こえる。
「どうぞ〜 チェイニーさん〜 粗末な我が家ですが〜お入り下さい〜 今お茶を淹れますので〜。」
しょうがないので、恐る恐る本の山を擦り抜け奥に進む。
本の山を抜けると、やはり本の山で出来た本の部屋に入る。部屋の中は本と魔術の触媒に使うのであろう見たこともない生き物の尻尾や羽が干からびて散乱しており、足の踏み場が無い。
真ん中にはテーブルが一つだけ置かれており、その上にも幾重にも本が積み重なり、その合間を縫ってサンドワームが這ったような文字がびっしり書かれた紙の束が散らばり、その上には形容し難い色の液体が入った瓶がいくつも置かれている。
もはやこれは乙女の部屋どころか人間の部屋では無い。魔窟だ。魔窟の奥にある妖しげな儀式をする部屋だ。
さらにその魔窟の奥から得体の知れない匂いが漂って来る。
その匂いの正体はすぐに判明する。
その匂いが漂う奥から現れた、エルザの両手に持っている茶色い液体が入った瓶から漂って来るのである。
「どうぞハーブティーです。」
ロンはエルザの差し出すハーブティーの入った瓶と、テーブルに置かれている謎の液体が入った瓶が同じものである事に気づく。
これは辞退した方がよいのではないかと思ったが、ほんのりと頬を赤らめ可愛い笑顔でお茶を差し出すエルザを見ると断れなくなってしまう。
「あ、ありがとう... 」うっかり受け取ってしまったが、飲んでも差し障りが無いか逡巡する。
当のエルザはそのハーブティーと呼ばれた液体を飲んで「ふう、癒される」と呟いている。
それを見て幾分か安心したロンはハーブティーを一口飲んで卒倒する。
どれくらい気を失っていたか、目を開けると目の前にはエルザの心配そうな顔がある。
「ごめん、エルザ。ちょっと足を滑らせてしまった。
ちょっとこの部屋片付けてた方がいいな。
それから、すまない、お茶をこぼしてしまった。」
そう言ってロンは立ち上がる。
「いいんです、お茶、すぐに淹れなおしますね。」
「いや、いいよ、大丈夫、ありがとう。
... ところで、あのお茶って何のお茶なんだ?」
「あのお茶ですか? あれはマンドラゴラを触媒にして... 」
「わかった、ありがとう。
そうだ、魔鉱石はどこかな?」
「おっと、そうでした。」
そう言ってエルザはまた部屋の奥に引っ込む。
しばらくすると、大きなずだ袋を引きずってエルザが戻ってくる。
「ふう、後これが四つあります。」
ロンは内心こんなに採ってたかと驚いたが、これはそこそこ良い値段になるのではないかと少々気持ちが高ぶった。
結局、ずだ袋四つをロンが一人で抱えてギルドに行く事になってしまったが、売り値の事を考えると足取りは軽かった。
それでもギルドに着く頃には汗だくになっていたが。
ギルドの受付に行くと、いつもの通りミナが笑顔で迎えてくれる。
「あら、ロンさんどうしたの? そんな大きな荷物抱えて。」
「ああ、これはこの前採掘した魔鉱石だよ。鑑定して貰いたいんだ。」
「あら、そうなのね。じゃあ、あっちの鑑定台まで持って行ってちょうだいね。」
ギルドに持ち込まれる素材の多くはミナが鑑定して、良し悪しや、真贋を見定める。
依頼がちゃんと遂行されているか判断しないといけないのでギルドの受付係は大体鑑定の出来る人間がやっているのだが、その中でもミナの鑑定眼は確かなもので、受付係として大変優秀な人物といっても過言ではない。
ロンは鑑定台に魔鉱石を広げる。
「あ、そっかそっか。この前の依頼の余剰分ね。確か結構質の良い魔鉱石だったと思うけれど。
沢山あるのね。さて細かい査定額は幾らになるかしら?」
そう言ってミナは片目に拡大鏡を付けて魔鉱石を見つめる。
ミナは一通り魔鉱石を見て、「う〜む」と腕を組む。
「これ、結構どころかかなり質の高い魔鉱石ね。内包されている魔力量がかなり多くて上質ね。
これ、私の一存で値段付けるのはちょっと荷が重いかもね。
... ちょっと待ってて。」
そう言ってギルドの奥に引っ込むミナ。
しばらくすると、別のギルド職員と一緒に戻って来る。
「この子は鉱石や貴石の鑑定の熟練者なの。」
そう言って紹介されたのは、むくつけき顔をした髭もじゃのドワーフだ。
「おう。アッバ・ライゼンだ。よろしくな。」
そう短く挨拶をするなり、黙って鑑定を始める。
かなりじっくりと一つ一つ鑑定していく。
たまに「フム」とか「ウム」とか唸りながら食い入るように魔鉱石を見ている。
「おい、コイツは凄えな。こんな質の高い魔鉱石をこんなに沢山どうやって見つけたんだ?」
そう言ってロン達を訝しい目で睨む。
「ああ、この黒魔導師が魔力探知が出来るんだ。それを利用して属性付加された魔鉱石を見つけ出しったって訳だよ。」
「それにこの黒魔導師の女の子はエルザ・ランチェスターって言ってすごく有名なのよ。」
そう言ってミナも助け船を出す。
「ほう、成る程な。考えたな、魔力探知をそんな事に使うたあな。そりゃ魔力の含有量が多い魔鉱石を見つけられるってもんだ。
それに噂は聞いているぜ、エルザ・ランチェスターな、偉え魔導師なんだってな。
ふむ、それなら納得だ。」
それを聞いてミナが嬉しそうにアッバに尋ねる。
「じゃあアッバさん、この魔鉱石の査定額は、まとめてお幾らになるかしら?」
アッバは腕を組みウムと唸ったあと一拍置いて大声で答える。
「ざっと金貨二百枚ってとこだな!」
「ああ、そっか二百枚な。」
言葉の意味がすっと頭に入って来ないロンは、しばらく二百枚、二百枚と連呼した後、絶叫する。
「はぁ! 二百枚!? 金貨? 二百枚ー!!」
ロン・チェイニー、本日二度目の卒倒。
いつも読んで頂きありがとうございます。
さてロンは驚いて気絶しましたね。
金貨二百枚もあれば一年くらい遊んで暮らせます。




