26 グリエロの武器術講座
実はグリエロは凄い男だったとわかります
ギルドの中庭にはグリエロとグリエロの小さな生徒達が剣術の訓練をしている。
グリエロはロンとエルザに気がつき、指導をしながら手を挙げる。
「おら、剣に振られてんじゃねえ、腰の位置が高えから不安定になんだ。膝曲げろ!
...おっしゃ、そうだ! いいぞ!
おう、おはようさん。ロンにエルザ。」
「おはようグリエロ。」
「おはようっぷございます、グリエロップさん。」
「お、おう。なんだエルザ、お前さんえらく顔色が悪いが。」
「ああ、朝ちょっと一緒に走って来たんだ、加減して走ったんだけどな... 。」
頭を掻きバツの悪そうな顔をするロンに、なるほどと察するグリエロ。
「はっはーん、それでゲロったんだな。まあいきなりロンに合わせて走るのは無謀だぜ、こいつは街を軽く一周しちまう様な奴だからな。」
「いや、ゆっくり走ったし、距離も短くしてるよ。
多分、出掛けに飲んだ生卵の所為だと思う。」
「なんだ、お前ら生卵を吐く決まりでもあんのか!?」
そう言って苦笑いするグリエロ。
「よし。ロン、お前さんにゃもう一つ重い砂袋を用意した。持てるか?」
そう言って指差す先には、なるほどこれ迄よりも一回り大きな砂袋が用意されている。
ロンは腰を落とし、砂袋を自分の懐に引き寄せ持ち上げる。
「うん、大丈夫みたいだ。」
「よし、じゃあ五往復を目標に摺り足だ。」
「わかった」と摺り足を始めるロン。
それを真剣な表情で見つめるエルザ。
「私もこれをします!」と鼻息荒くエルザが別の一回り小さな砂袋を指差す。
「ん。エルザもやってみるか? お前さんにゃ別の訓練を考えていたんだが... まあ、物は試しだ、やってみるか。」
「はい!」と勢いよく返事をして、エルザは砂袋に駆け寄って持ち上げようとするが、砂袋はビクともしない。
「ふにゅる〜」などと素っ頓狂な声を上げて奮闘するが、砂袋は押しても引いても動かない。
「まあ、そうなるわな... 。... エルザもっと腰を落とせ、砂袋を引き寄せろ。そうだ... 。うん、まあな... 。」
グリエロの指摘も空しく、やはり砂袋はビクともしない。しばらく砂袋と格闘するが、終いにはエルザの方がへたばってしまう。
額に汗を浮かべ息も荒く尻餅をつくエルザ。
恨めしそうに砂袋を見つめ「駄目だ... 動かない」と肩を落としうなだれる。
「エルザ、まあ気を落とすな。駆け出しの黒魔導師ならそれで普通だ。
つーか、お前さん別にドワーフみたいな筋骨隆々な黒魔導師になりたい訳じゃあるめえ。」
それを聞いてエルザは目をぱちくりさせる。
「ドワーフって... え!? という事はチェイニーさん、そんな鍛え方してるんですか!」
「まあそうだな。あいつは早朝から走り込んで、ここで昼まで鍛えて、さらにそこから依頼に出掛けるっていうのを毎日、毎日ずっと続けてんのさ。
故に、俺はあいつの事を修行僧と呼んでいる。」
「すごい」と呟くエルザだが、ふと疑問に思いグリエロに尋ねる。
「じゃあ、チェイニーさんって修行でクタクタになってるのにオークとかと戦ってたんですか?」
「まあ多少の消耗はあっただろうがな。
だが冒険者ってのは余力を残して行動するもんだ。
採取や討伐のために遠征するってのもしょっちゅうだし、洞窟や遺跡の奥では何が起こるかわからねえ。
多少疲弊していても動ける身体ってのを作って置かなけりゃ生き残れ無いわな。
そういう事も織り込んでロンも行動してるだろうよ。」
そんな事を言っているうちに、摺り足を済ませロンが帰って来る。
「ふう、五周終了。以外と行けるもんだな。
まだ行けるよ。もう何周かする?」
「だろ?」「なるほど」とグリエロとエルザは顔を見合わせる。何の事か分からないロンを尻目に二人でウンウン頷き合う。
「まあ、丁度いいや。お前らちょっとこっち来い。」
そう言って訓練用の武器が置いてある一角に向かうグリエロ。
そこで取り出して来たのは杖だ。
「エルザの魔術杖ってのは、これくらいの長さだったか。」
そう言ってエルザの身の丈程の杖を持って構える。
「エルザはそんなに筋力は要らねえ。この杖を振り回せる程度でいいんだ。
お前さん達、魔法使いってのは杖術を軽視しがちだ。魔術学院でも習う筈だが実戦で使ってる奴なんざ殆ど見ねえ。」
「そういや僕も魔術学院に入りたての頃ちょっとやったケド、すぐ講義を受けるの辞めちゃったな。
白魔術師だし要らないと思って。」
「私も。魔法が使えたら物理攻撃いらないと思って... 。」
それを聞いて渋い顔をするグリエロ。
「だろうな。だがな不意に襲われたり、狭い洞窟の中で混戦になった時に身を守ったり、相手と距離を取る為には必要なもんなんだ。
... どら、ロンそこら辺の武器をなんでもいいから使って、俺に攻撃を仕掛けろ。」
「え!? いいのか?」「ああ、殺す気で来い」というやり取りを経てロンが手にしたのは両手剣だ。
ロンは両手で剣を握り上段に構える。
それに対しグリエロは左脚を前に半身に構え、右手で杖の中央を持ち左手で杖の杖先を持つ。
その左手を胸の前まで引き寄せると、ロンからは杖が見えなくなる。
「おら、かかって来い」とロンを挑発するグリエロに向かって剣を振り下ろすロン。
グリエロは素早くロンの剣を持つ両手の間に杖の先を滑り込ませ、引き寄せながら捻る。
ロンの剣はグリエロの後方に飛んで行き、ロン自身は体勢を崩し片膝をつく。
ロンが慌てて顔を上げるや、鼻先に杖の杖尾をピタリと突き付けられる。
ロンは背筋を凍らせる。剣を振り降ろそうと思った途端に、手から剣が離れ体勢を崩した。
そして気がつけば杖を突き付けられていた。
鋭利な刃を持つ鉄の塊である剣に対して、杖などは言い方を変えれば只の棒切れだ。
ロンは自分が圧倒的に有利だと思っていた。
いくら相手がグリエロでも何手かは打ち合えると思っていたが、想像以上だった。
「すごい... 」思わず出た言葉がこれ一言だった。
「ほれ、何ぼさっとしてる。ドンドンかかって来い。」
この後もロンは何度もグリエロに斬り掛かっていったが、ことごとく躱され組み伏せられた。
まるで杖が生き物のようにロンの身体を履いまわり、気がつくと自由を奪われている。
しまいにはロンは汗だくで地に伏せってしまうが、グリエロは涼しい顔だ。呼吸一つ乱れていない。
「な。杖術って言っても馬鹿に出来ねえだろ? 」
これにはエルザも感嘆の声をあげる。
「すごい! まるで魔法みたいです。」
「こりゃ魔法でも何でもなくてな。
相手の力と梃子の原理を利用した明確な術理なんだよ。
自分の力をほとんど使わないから魔法使いでも扱える。
エルザにゃうってつけだろ。」
そう言ってグリエロは持っている杖をエルザに渡す。
「先ずは基本動作からだな。姿勢は二種類、構えは五種類だ。こりゃ簡単だ、直ぐに覚えられる。
そっから基本技が十二種類。
先ずは姿勢と構えだな。」
そう言ってエルザに教授し始める。
グリエロが一つ一つの構えや基本技の型をエルザに身を以って示している。
ロンは思わずグリエロの一つ一つ無駄の無い動きに見惚れてしまっていた。
磨き上げられた技術というものは美しいのだなと気がつく。
「杖の先が杖先っつってな、その反対側が杖尾ってんだ。
立ち方にゃあ立杖と下杖ってのがあってだな... 何だそのへっぴり腰は!? もっと、こう、グッと、わかるか!?
... あぁ!? さっきの?
ありゃ引落っつー構えだ。... ああん!? お前さんがするにゃあ十年早えんだよ! 馬鹿野郎! ... おおい、メソメソすんじゃねえ!」
「音声は聞かない方がいいな。
本当にグリエロの説明は壊滅的だな。よくあれで子供達に教えられるな...。」
ロンは感心していいのか呆れていいのか分からず眺めていると、グリエロが訓練している子供達に向かって声を張る。
「おい!モリーンちょっと来い。」
グリエロはそう言って子供達の中から一人の女の子を呼び出す。
「はぁい。」
子供達の間から出て来たたのは赤毛の巻毛が可愛いらしい十歳くらい女の子だ。その手には魔術杖を持っている。
「よし、背格好も丁度良いな。
おいモリーン、お前さんエルザの相手をしてやれ。
エルザ、こっからは相対訓練だ。
今教えた動作の型を、攻撃側と守備側に別れて確認をしろ。
モリーンは先ずは防御に回ってエルザの攻撃の型を受けてやれ。」
「はい!」と元気よく返事をするモリーン。
「モリーンは将来、黒魔導師になりたいってんで杖術を教えてんだ。
つまりはエルザ、お前さんの後輩だ。しかし杖術の腕は一丁前の先輩だ、しっかり鍛えて貰え。」
「エルザと申します、よろしくお願い致します!」と丁寧に挨拶をするエルザに対して、モリーンも「エルザお姉ちゃん、モリーンよ! 一緒に頑張ろうね!」と可愛く返事をする。
「よっしゃ、型ってのは反復練習あるのみだ、徹底的に身体に叩き込め。」
エルザとモリーンは仲良く「はい!」と返事をして相対訓練を始める。
「エルザお姉ちゃん手はこうだよ。」「はい! ... こう?」「ううん、こうだよ」「こうか!」「ううん... ガンバ!」「ガンバだ!」
... 出来はさて置き二人の相性は良さそうだ。
グリエロもしばらく二人のやりとりを見ていたが、「よっしゃ、その調子だ。」と言ってロンの方へやって来る。
「よし、いよいよロン、お前さんの修行だ。」
そう戯けるグリエロに対して、ロンは妙に感心している。
「グリエロって剣術だけじゃなくて、杖術も出来るんだな。」
「ん? ああ、戦士は武器術の専門職だからな。」
「そうなのか? 」
「そうよ」と言ってグリエロは訓練用の槍を掴んで、鋭く振り回して構えてみせる。
「戦士武芸十七般っつてな、剣、刀、槍、弓、斧とか十七種の武器を全て使えないと戦士職にはつけねえんだよ。
さらには上級に上がるには、剣士やら槍術士やらアーチャーやら基本戦闘職十種の階級も中級上位以上ないといけねえ。」
「ええ!? 戦士になるのって難しいじゃないか。それにグリエロって上級戦士じゃなかったか?」
「そうさな、俺は上の中の戦士だったんだわ、怪我で引退するまではな。大したもんだろ?
まあ、そういう訳で戦士職そのものが珍しい職種なんだよ。お陰で引退後もギルドで教官させて貰ってんだけどな。
今、ここのギルドで上級以上の戦士っつたらトム・メイポーサーぐらいじゃねえか?」
「そうか。グリエロって実は凄いやだったんだな。」
「おうよ、昔はな。もう今は大分鈍っちまってるがな...
おっし、無駄話しはこのくらいで終わりだ。
今日は槍の槍筋でも味わってみるか?
槍の基本動作は、突き、払い、抑えだ。」
そう言って型を見せるグリエロ。
「その中でも突きが最も基本で、最も重要な動作だ。
諸手、片手、繰手の三つだ。」
「三つか。剣より少ないんだな。」
「と、思うだろ。でもな槍は持ち方も、半遣い、過半遣い、石突遣いの三つあるんだよ。
それぞれ間合いが違うからな。
突き三種に、間合い三種だ。以外と厄介だぞ。」
そう言ってグリエロはロンと相対する。
そこから槍の槍筋をロンの身体にひたすら叩き込む修行が始まる。
昼を過ぎる頃には、ロンは痣だらけの身体を汗で濡らして、中庭の真ん中で大の字になっている。
そこに登場するブランシェト。
「チェイニーにエルザちゃん頑張ってる? お昼ご飯持って来たわよ〜。」
と言いながら中庭に入って来て、中庭の真ん中で青痣だらけで大の字になっているロンを見つけて青くなる。
その青くなるブランシェトを見てグリエロも青くなる。
グリエロは、ブランシェトの雷が落ちるかと思われたが、思わぬ救世主が現れる。エルザだ。
「あ! ブランシェトさん。私、グリエロさんに杖術を習ったんですよ。」
そう言ってブランシェトに駆け寄って来るエルザ。
「グリエロさんって凄いんですね、私びっくりしました!
そうだ! 私、グリエロさらに凄い技を習ったんです。」
そう言ってエルザは得意げに杖を構える
「さあ、ブランシェトさん、何処からでも掛かって来て下さい!」
「あら!? そうなの!」と無邪気に微笑み手にしていた魔術杖を構えるブランシェト。
「あ、オイ、ちょっと... 」とグリエロが制止しようとするが時すでに遅し。
ゴツンと鈍い音を立ててエルザの脳天にブランシェトの魔術杖がめり込む。
「キュウ」と鳴くエルザ。
「だだだ、大丈夫!? エルザちゃん!」
大慌てでエルザに駆け寄り治癒魔法を唱えるブランシェト。
呆然とするロンに子供達。
呆れ返るグリエロはエルザに駆け寄り叱り飛ばす。
「おいエルザ、この馬鹿ったれ! ブランシェトはヘルカラクセ流杖術の達人なんだ、いきなり喧嘩売るやつがあるか!」
さらにブランシェトにも向き直る。
「ブランシェト、お前さんもお前さんだ、なに本気でぶっ叩いてんだ! 何百年杖術やってんだ、自分の強さを考えろ!」
オロオロ狼狽えるブランシェト。
「だって、だって、グリエロに凄い技を習ったって言うから、奥義か何かを伝授されたのかと思って...。」
さらに呆れるグリエロ。
「今日から杖術始めた奴が奥義なんか会得出来るわきゃねーだろ!」
目を白黒させながらフラフラと立ち上がるエルザは、グリエロとブランシェトの二人を制して曰く。
「すいません、すいません! 私は大丈夫です。お騒がせ致しました。
でも凄いですね! ブランシェトさんって美人で強くて魔法も出来て尊敬しちゃいます!
私もブランシェトさんみたいな大人の女性になります!」
そう言って手にしている杖を高らかに掲げるエルザ。
「おう... なんか大丈夫そうだな。
いや、ちょっと馬鹿になっちまったのかな?」
不安そうに呟くグリエロ。
「いや、何時もこんなもんだよ、エルザは。」
とロンが返すと、グリエロはロンの肩を叩いてしみじみと呟く。
「お前さんも、なんだかんだ大変だな。心中察するぜ。」
いつも読んで頂いてありがとうございます。
エルザの頭は大丈夫でしょうかね。




