25 ロン 勘違いされる
ロンはギルドに帰って来ます
ロンはルドガー老に礼を言って施術所を後にする。
そして再び冒険者ギルドに戻り受付に顔を出す。
朝、ブランシェトを放って出て行ってしまったのでもしかすると、いや、もしかしなくても怒ってるだろう。
このまま家に帰ると多分、後々ろくな事にならない。
「すいません、ミナさん。ブランシェト先生ってギルドにいるのかな?」
「あら、ロンさん。ブランシェトさんはギルドマスター代行として執務室に居ますよ。
あ、そう言えば、グリエロがさっき戻って来て執務室に行ったわね。
何かエルザちゃん引きずって行っちゃったけれど、どうかしたのかしら?」
「あ... そうですか。ありがとうございます。すいません、失礼します。」
そう言って足早にその場を離れて執務室に向かう。何か色々とマズイ感じがするロン。
執務室の扉の前まで来ると、部屋の中から言い争う声が漏れ聞こえてくる。
ロンはここで中に入るのはやぶ蛇だろうなと思うが、意を決してノックをする。
「すいません、ロン・チェイニーです。」
すると間髪入れずにブランシェトの怒声が響く。
「お入りなさい! ロン・チェイニー!」
覚悟を決めて部屋に入る。
部屋の中には剣呑な雰囲気を纏いギルドマスター代行として執務机の向こう側に座っているブランシェトと、その執務机の上に座っているグリエロがいる。
ふと部屋の端を見ると、小さくうずくまるエルザが青い顔をして震えている。
「チェイニー! あなたまた無茶を始めたそうね! ルドガーさんの所に行って暗殺術を学ぶんですって!?」
何やら怪しい伝わり方をしている様だ。どういう伝え方をしたんだグリエロは。そう訝しむロン。
「だから違うって言ってんだろうがブランシェト! ロンが学ぶのは急所だ、暗殺術じゃねえ!」
「同じ事です! ルドガーさんが現役時代何て呼ばれてたか知ってるの!? 」
「ああ、地獄の扉とか死の道だろ。ガキの頃悪さすると、死の道に連れて行かれるとか言ってビビらされたもんだ。
伝説の死神が実在するとわかった時は驚いたもんだぜ。」
「その伝説の暗殺者の所にチェイニーを連れて行ってどうするんです! 」
ロンはおずおずと手を挙げブランシェトに意見する。
「ブランシェト先生、あの、僕は別に暗殺者になろうとしているわけでは無くてですね... 。
それに僕がルドガーさんから学ぶのは暗殺術では無くて、急所と経絡です。拳法家として知っておかなければならない知識だと思いまして。」
そう聞いてブランシェトは少し冷静さを取り戻す。
「急所と経絡... 拳法家として... そうなのね。
そうよね、チェイニーが暗殺術なんて学ぶ筈が無いわよね... 。
ごめんなさい。チェイニーはいつも突拍子も無い事を始めるから... それにここの所、大怪我をして運び込まれるから気が気じゃ無くて。
... ごめんなさいチェイニー、あなたの事は信頼しているわ... ごめんなさい。」
そう言って執務机に肘をついてうな垂れる。
それにルドガーがそう簡単に自分の技を他者に教えるわけがない。ルドガーは自分の過去に犯した過ちを深く後悔し自らの技を封印した。
ロンにその技術の一端でも教えるという事は、ロンの内面をしっかり見据えて信頼しての事だろう。
ルドガー老は目の見えない代わりに感覚が鋭い、ロンの素直で真っ直ぐな性質も見抜いたのだろう。
ブランシェトはそこまで考えて「でもね」と言ってロンを見つめる。
「ルドガーさんも引退されて三十年近く経つの。もう周りにルドガーさんが暗殺者だった事を知る人は少なくなったわ、ようやくあの人にも平穏が訪れたのよ。
あまりルドガーさんに師事してるって周りに知られない様にね。
それに、もうルドガーさんもご高齢だし、あまり無茶な事はさせないであげてね。」
「はい、争い事に巻き込む様な事はしないです。」
「そうね、ありがとう」とブランシェト。何かルドガーについては思う所がある様だ。
そしてグリエロを睨む。
「グリエロ! あなた説明下手過ぎ!
何が、“ ロンがルドガーの爺さん所で技を教わる事になった。一子相伝だぜ、すげえだろ!” よ!
勘違いするわよ! それに一子相伝じゃないわよ、チェイニーはルドガーさんの子供じゃないんですからね! それを言うなら衣鉢相伝です! 馬鹿! 馬鹿者!」
「なんだよ! 俺のせいにするなよ。勝手に勘違いすんじゃねえよ。
なんで俺の言う事はすんなり信用しねえで、ロンの言う事はスッと聞くんだよ!」
「あなたの日頃の行いが悪いからです!」
もう今にも取っ組み合いが始まりそうだ。
このままでは収集がつかないようなので、ロンが恐る恐る口を挟む。
「あの、元はと言えば僕の行動が軽率だったのが悪いんです。
ブランシェト先生どうもすいませんでした。
これからは心配をかけないようにもっと強くなります。」
「それが心配なのよ... 」そう言って頭を抱えるブランシェト。
「でも、グリエロやルドガーさんに教えを乞うのは自分の身を守るためなんですよ。」
それを聞いてますます心配そうな顔になるブランシェト。
「まあ、こう見えてグリエロは有能な戦士だったし、教えるのも上手いから心配はしてないんだけれど... あんまり心配性なのもあなたのためにならないわね。
グリエロ、あなたちゃんとチェイニーの事を鍛えてよ。」
「おう、もとよりそのつもりだ。だからもう少し俺を信用しろ。」
ため息混じりに答えるグリエロ。
そこにおずおずと入ってくるエルザ。
「あのう... 私もグリエロさんに鍛えて貰いたいです。私もチェイニーさんの足手まといにならない様になりたいんです... けど... 。」
ブランシェトとグリエロの言い争いを見てすっかり萎縮してしまっているエルザ。
しかし、当のグリエロは自分で連れて来ていて忘れていた様だ。
「あ、そう言えばお前さんもいたんだったな。
お前さん何か色々とっ散らかった奴だからそう言う所も含めて鍛え直してやらあ。」
それを聞いてエルザは満面の笑顔で元気に返事をする。
「はい! 頑張ります! グリエロさんよろしくお願い申し上げます!」
そのエルザの顔を見て怪訝な顔をするグリエロ。
「お前さんなんで嬉しそうなんだ!? もっと神妙な顔をしろい!」
「エルザちゃん頑張ってね。
グリエロあなたちゃんとエルザちゃんの面倒もみるのよ。変な事教えないでよ。」
訝しい目でみるブランシェトに
グリエロは憮然とした表情を浮かべる。
「だから、ブランシェトお前さん俺の事を何だと思ってんだ!?」
溜息をつくグリエロだが、パンと手を叩いて気持ちを切り替える。
「おっしゃ! ロンにエルザ、お前さん達は今日のところはもう帰れ。
明日からみっちり鍛えてやらあ。
ロン、お前さんは特にきっちり休んどけよ、すぐに無茶すっからな。」
「わかった気をつけるよ。」
そう言ってその場は解散になる。
ロンとエルザは二人揃ってギルドを出る。
最初に口を開いたのはエルザだ。
「あの、チェイニーさん。」
「何?」
「チェイニーさんって、毎朝街を走っているんですよね。
よろしければ私もご一緒してよろしいでしょうか? 一緒に走って鍛えたいんです。」
「構わないよ。じゃあ明日の夜明け前に広場に集合するか。
それじゃ...あ、そうだ。今から僕は子猫亭に飯を食いに行くんだけど、一緒に食う?
体力のつく飯があるんだケド。」
その言葉にエルザの顔は明るく輝く。
「はい! 是非とも!」
「じゃあ、行こうか」とロンとエルザは連れ立って踊る子猫亭向かう。
相変わらず酒場は客の冒険者で一杯だ。二人は人の間を縫って、何とか空いてる場所を見つけて滑り込む。
「おーい! デボラー! いつもの二人前お願いー!」
「はーい!」とデボラは勢いよく返事をしてこちらを一瞥するや、ロンの隣に座るエルザを見て目を輝かせる。
ロンはまたデボラがあらぬ妄想を働かせてるなと思ったが、触れないでおく事にする。
しばらくするとキラーエイプ玉焼きが出て来る。
エルザの顔は赤くなったり青くなったりしているが、相変わらずロンは気がつかない。
そこにデボラがズレた一言を付け加える。
「ロンも隅に置けないわね! しかも二人してキラーエイプだなんて! もう! やあね!」
「おいデボラ、何言ってんだ。...まったく。
あ、そうだ生卵をまた二、三個用意しておいてくれ。」
「はいよ!」と勢いよく答えるデボラ。
エルザは目をぱちくりして、キョトンとする。
「チェイニーさん、生卵をどうするんですか?」
「ああ、毎朝走り込む前に飲んでるんだ。」
「なるほど」と言ってエルザは神妙な面持ちで頷く。
「デボラさん、私にも一つ生卵を下さい。」
「いいわよ!」と言ってデボラはエルザに意味深なウインクをする。何を考えているのだか。
「エルザ無理しなくていいんだぞ。」
「大丈夫です。頑張ります。」
ロンは若干、会話が噛み合って無いかなと思うが、つつがなく食事を済ませてその日は解散となった。
翌日の早朝。ロンは広場の中央で待っていると、通りの向こうから小走りでやって来るエルザが見える。
「おはようございます」と挨拶するエルザは、会話の合間に小さく「ケプ」とか「クプ」などおかしな音を出してる。
ロンは大事を取って軽く街を流す事にする。
しばらく走っていたが、日も昇り周りも明るくなって来たので、まだ街を半周もしていないがギルドに向かう事にする。
ロンはギルドに着いて、振り返るとエルザが居ない。
しばらくするとフラフラと青い顔をしたエルザがやって来る。
エルザはギルドの前に辿り着くや盛大に胃の中の生卵をブチまける。
「おい、エルザ大丈夫か? ゆっくり走ったつもりだったんだが... やっぱり生卵は止めた方が良かったか... 。」
「うえええ。すいません... オロロロロ。」
とりあえず胃の中の物が全部出るまで待ってギルドの中に入る事にする。
いつもお読みいただきありがとうございます。
何というか前途多難ですね。




