22 ロン 目を覚ますと例の場所
ロンは気がつくと例の部屋にいます。隣にはエルザと...
ロンは白くて殺風景な部屋で目を覚ます。
見知った光景、ギルドの医療室だ。
医療室に居ると言う事は、ベッドの隣でエルザがうつらうつら船を漕いでいる筈だ。
果たして振り向くとエルザはうつらうつら船を漕いでいるが、今回はその隣でブランシェトが憤怒の形相でこちらを睨んでいる。
「お、おはようございますブランシェト先生。」
「おはようございますじゃないわよ! この馬鹿者! 無茶をするなと言ったそばから瀕死の重傷を負って担ぎ込まれるとはどう言う事です!」
「す、すいません! ...あ! そ、そう言えば僕は洞窟に居た様な... どうやってギルドまで戻って来たんでしょう?」
「ギルドの黒魔導師達がバヤデルカ山で異常な魔力の発露を探知したのです。それで慌てて探索隊を派遣したら、魔力探知した場所で貴方達を発見したのです! 毎度毎度、心配ばかりかけて... この... この、大馬鹿者!」
ますます激しくなるブランシェトの怒声に目を覚ますエルザ。
「ふぁ!? あ! チェイニーさん! 目が覚めましたか! よかった〜うわーん!」
既視感のある反応が返って来る。という事は...
部屋の扉が開きドヤドヤとギルドマスターのトム・メイポーサーを始め数人の冒険者が入って来る。もちろんグリエロもいる。
「やあやあ、ロン君この度は大変だったね。」
「ロン、お前さんつくづく運がねえな。」
二人ともブランシェトとエルザの相反する反応を見て苦笑いする。
「笑い事ではないですよ! まったく... チェイニー、あなたは後少し治療が遅れていれば命に関わる大怪我っだったのですよ。
私が秘術と秘薬の限りを尽くしたからこそ、貴方はそのベッドの上でのほほんとして居られるのです!」
「ブランシェト、お前さんロンの事となるとエラく甘いな。いい歳したババアの癖して惚れてんのか?」
そう軽口を叩いたグリエロの頭に小さな雷が落ちる。
「ぐぁ! 何しやがる! 殺す気か!」
「神聖魔法で正き者は滅びません。グリエロ、貴方が邪だから苦痛を伴うのです。
第一、チェイニーは私の子供の様な存在です。親が子を心配するのは当然です。」
グリエロは納得のいかない様な憮然とした面持ちでブランシェトを見るが、彼女は意に介さない。
トムは苦笑いしながらロンの傍らにやって来る。
「病み上がりの所いつも賑やかで済まないね。」
「いえ、それは構わないんですが... やはりオークの件ですか?」
そこでトムは神妙な面持ちになり頷く。
「また、オークと遭遇したんだね。しかも三体も。
エルザくんからは大体の概要は聞いているが、ロン君の見解も聞いてみたい。」
トムは自身の集めた情報とエルザの報告で、ある程度の推量は立てている様だが、現場で得たロンの見解も得たい様だ。
「はい、わかりました。
僕の考えを言うと、カラボス山のオークとバヤデルカ山のオークは仲間であると思います。
そして洞窟に居た目的も同じだと思います。」
「やはり、ロン君もそう思うかい?」
トムはいつになく厳しい表情を見せる。
そしてロンに「それから?」と続きを促す。
「その目的は、魔鉱石の採掘だと思われます。」
「おい、何でまたオーク共がそんなモン欲しがるんだよ。」
グリエロが疑問を口にする。その疑問も尤もだ、オークが鉱石を採掘するなんて話しなんて聞いた事が無い。
グリエロの疑問を受けて、「そこだよ」とトムが話しの続きを引き受ける。
「オーク供は魔鉱石を使って強力な武器や防具を作ろうとしているんだろう。
また我々を出し抜いて、オーク供は何処かで軍隊を作っていると推測している。」
「おい待て、トムよ。またオーク供が徒党を組んで何かおっ始めようってんなら分かるが、自分達で魔鉱石を精製して武器を作るって!? そんなこたぁオークキングが率いていた時でも無かったぜ。」
グリエロはさらに困惑する。魔鉱石の精製自体が高度な技術を要する、ましてやそれで武器を作るなど鍛治師でも上級者の技術が必要だ。
オークの知性では発想そのものが無いだろう。
「そうだ、その通り。したがって今回、秘密裏にオークの軍隊を作り、さらに魔鉱石を使った武器の精製を教えた別の存在がいると俺は考えている。」
「お、おい! そいつは話しが飛躍し過ぎだろ。
珍しいとは言えオークを四体発見しただけだ、そこからオークの軍隊を率いている奴の存在まで考えるってのは、ちょいと行き過ぎなんじゃねえか!?」
「いや、カラボス山では死骸を確認出来なかったが、今回は迅速に現場に到着出来たお陰で、オークの死骸を検分出来た。」
トムの洞窟内での検分で得た見解は次の通り。
オークが軽装であった事。
持っていた道具袋の中に干し肉などの携帯食糧を持っていた事。
さらに地図を持っていた事。
その地図には後から書き加えられた文字と思しきものがあった事。
オークの持っていた武器それぞれに同じ刻印が施されていた事が挙げられた。
「わかるかい? 軽装だという事は、近くに陣を構えているって事だ。そこを拠点にしていくつかの隊を作り、採掘に赴いているんだ。
携帯食を持っていたという事は、狩りをして移動しているって事だし、塩漬けの加工食品を作るって事はそれなりに人数がいるからこそだろう。」
そこでトムは溜息をつき、暗澹たる表情を見せる。
「そして、ここからが本題だ。
奴らは地図を持っていた。これはこの辺りの地理を把握し進軍出来るという事。
それに地図を作りそれを運用できる知恵を与えられているという事。
さらにその地図には文字らしき物が書かれている。普通オークは文字を持たない、より高度な知性を持った者がオークを率いているという事に他ならない。
そして、魔鉱石を使っていない武器とはいえ刻印があるという事は、オークの中に鍛治師がいる。
普通オークに限らず魔物は自分の持つ武器は自作か盗んだ物だ、組織立って武器を作る事など無い。
さらに刻印を施すなど自己顕示をするだけの知性と我欲がある事になる。」
以上の事柄と先日編成した調査隊からの報告を合わせて考えた結果だとトムは言う。
すると後ろに控えている冒険者達の中から一人の男が歩み出て来る。
蓬髪に眼帯と見るからに胡散臭い風体の男だ。
「その調査隊を統括しているアーチャーのエスラン・ディル・プリスキンだ改めて此処にいる皆に報告をさせてくれ。」
「ああ、頼むよエス・ディ。そうそう彼は名前が長いからエス・ディって短縮されて呼ばれているんだよ。」
トムはそう言ってロンとエルザに紹介する。
「あぁ、よろしく。ロンにエルザ今回はお手柄だったな。
... いや、今は悠長に挨拶してる場合じゃないんだよ。話しの腰を折るなトム。
えーとだな... 話しずれぇな。
ウンドの街の周辺にある森の中に数ヶ所、巧妙に隠されているが野営の跡があった。だがこれがオークの物かはわからねぇ。
普通はオークは野営跡を隠したりしねぇからな、それに目眩しの魔法も使ってかなり高度な隠され方をしていた。先ず普通は見つけれねぇ。」
「それは君じゃないと見つけれないぐらいの物かい?」
「そうだ、俺の眼じゃねぇと無理な代物だ。探せばまだあるかもしれねぇな。
普通オークはそんな事しねぇっつーか、出来ねぇわな。トムの話しが当たってるとすりゃあ、後ろで糸引いてる奴がいんだろうな。」
その報告に一同は黙ってしまう。
そこでエルザがおずおずと尋ねる。
「あの、地図に文字らしき物が書かれていると仰っていましたが、文字らしき物って、文字では無いのですか?」
トムは一つ頷いて小さく折り畳まれている地図を取り出して、ロンのベッドの上に広げる。
「そうなんだ、地図のそこかしこに書かれているんだが人語でも無いし、エルフ語でも無いんだ。
でも文字ではあると思うんだ、繰り返し使われている文字もあるし、文章の様な法則性もある。」
ベッドに広げられた地図を見てブランシェトが眉をひそめる。
「これ... 古オルク語ね、文字じゃ無いわ。オークに使わせるなんて悪趣味ね。」
その場に居合わせる者達は一斉にブランシェトをみる。
「どういう事だブランシェト。
オルク語だって?聞いたこと無いな。それに文字じゃ無いってどう言うことなんだい?」
トムが皆が感じた疑問を口にする。
その問いにブランシェトは忌々しそうな表情を浮かべて答える。
「古オルク語ね。オークが堕落したエルフの成れの果てだって言う伝承があるのは知っているでしょう。」
エルフのブランシェトは嫌な伝承ね、と顔をしかめて続ける。
「千年程前にね、そのエルフの成れの果て達が使っていた言葉が記された文献だっていわれる古文書が発見されたのよ。
そこに記されていた言語が古オルク語だったの。」
それを聞いてエルザが首を傾げる。
「そんな話しは聞いた事がありません。
これまで色々なエルフ史に関する書物を読みましたし、オーク誕生譚が語られる古代の叙事詩スノウリも読みましたけど、どこにもそんな記述はありませんでした。」
その言葉を受けてブランシェトは頷く。
「そうね、知らないのも無理は無いわ。その古文書は学会に発表されたけれど、すぐに偽典だと断定されて、そこから百年もしないうちに失伝しているから皆が知らないのも無理はないわね。
私もこの地図を見るまで忘れてたわ。」
エルザはさらにブランシェトに問いかける。
「そもそも何故そんな偽典が発表されたんですか?
それにすぐ失伝したといっても断片すら残って無いなんて... 。」
「正確な事は結局わからず終いだったのだけど、その偽典を作ったのは人族だといわれているわ。千年前当時はまだ人族の文化は未成熟で、エルフ族の権威が大きかったの。」
今は数も減っちゃって権威も無くなっちゃったけどねと自虐的に笑うブランシェト。
「そのエルフ族の権力を疎ましく思った一部の人族が捏造したのがオルク語だったという訳。
叙事詩スノウリをオルク語の発見で権威づけをして、エルフはオークになったという神話を事実であるとして、エルフ族そのものを失墜させようとしたの。」
「なんつう回りくどい事をするんだ人間は。しかし、ブランシェトが文字じゃ無いって言った意味はわかったぜ。」
呆れるグリエロにブランシェトは続ける。
「でも、そんな物が出回って後世に事実として残ってはいけないとエルフと人で徹底的に排除したのよ。だからもう残って無い筈なんだけど。
こんな太古の遺物を引っ張り出してオークに使わせるなんて悪趣味以外のなんでも無いわ。」
そう吐き捨てる様に言うブランシェトにトムは神妙な面持ちで問う。
「しかし、このオルク語の発見から顛末迄を知っているのは千年前の人間とエルフだろう? 今それを使ってどうこう出来る者というとかなり絞られて来るのでは無いかなぁ。」
「そうね、千歳以上のエルフとなるとかなり限られて来るし、そもそも覚えてる者も少ないでしょうね。」
「じゃあ、裏で手ぐすね引いているのはエルフって事になるんでしょうかね?
でも、エルフがエルフ族を貶める様な事をするでしょうか?」
そう疑問を口にするロン。それに一同は同意する。
「そうだね、ロン君の言う通りだ。この事を知っている人族もいないと思われるし、すごく不可解な話しだ。
こうなったら早急に徒党を組むオーク供を見つけ出して退治しよう。そうすれば自ずとこの件の黒幕もわかるだろう。」
そう言ってトムは腕を組んで暫し黙考する。
そして意を決したように前を向く。
「この件は急を要する。僕が直接指揮を執る。
エス・ディ、調査隊を再編成してくれ。君と戦闘が出来る手練れ三人を僕の下に付けたい。
それからブランシェトは僕が居ない間ギルドマスター代行を頼むよ。」
「え!? 私そんなの出来ないわよ! それに指揮を執る貴方が最前線に立ってどうするのよ!? 」
「大丈夫、伝令にはミナがいるから。代行の補佐も彼女に頼むよ。」
「ちょ、ちょっと! ミナちゃんにあまり無茶させないでよ! 」
「大丈夫! ブランシェトがいるから! 」
凄まじい会話の堂々巡りだが、トムは有無を言わせぬ勢いで居合わせた冒険者達に指示を出していく。
「よし! では各々の使命を果たしてくれ! 解散! 」
呆気に取られるブランシェトを尻目にロンとエルザの元にやって来るトム。
そして深々と頭を下げる。
「ありがとう、ロン君にエルザくん。」
突然の事に驚きを隠せないロンにエルザ。
慌てて首を振るロン。
「いえ、そんな。今回オークを発見したのは偶然ですし、何よりまたオークと戦って重症を負っていた僕を救って頂いて... お礼を言わなくてはならないのは僕の方です。」
「いや、生き抜いてくれてありがとう。
君たち二人が生きていてくれてとても嬉しいんだ。よく頑張ってくれた、ありがとう。」
そう言って改めて二人に向き直る。
「俺にとって冒険者ギルドは家族だ。誰も失いたくは無い。
それに今回のオークの件は俺の失態だ。
冒険者ギルドのギルドマスターでありながらオーク達の暗躍を許して、あまつさえ君達を危険に晒してしまった。
本当に申し訳なかった。」
そう言って再び頭を下げる。
「いや、そんな... 。」
ロンは嬉しさで言葉を詰まらせてしまう。
こんな風に思われていたなんて思ってもいなかった。冒険者稼業っていうのはもっと殺伐としているもんだと思っていた。
しかし、考えてみるとグリエロもブランシェトも何かとロンを気に掛けてくれている。
もっと自分も他人も守れるくらい強くならねばと思う。今の自分は弱すぎる。
心配を掛けてばかりだ。
「あの、僕にもまだ何か出来る事がないでしょうか!?」
「ありがとう、ロン君。でも先ずはしっかり身体を癒してくれ。
これからきっと忙しくなるだろうからね。」
そう言ってトムは去って行った。
その後ろ姿を見送るロン。
「もう一度、いや、もっと鍛え直そう。
はっきり言って戦い方を何もわかって無かったよ。グリエロまた助けてくれないか?」
「おう、もう一つ鍛えて上げてやるぜ、任せときな。」
「あの、あの、私も! 鍛えて下さい!」
何を鍛えるのかわかっているのか、エルザも拳を握りしめて決意を秘めた目を見せる。
「よっしゃ! まとめて鍛えてやるぜ。
しっかり付いて来いよ、今度の訓練はきついぜ!」」
そんな熱くなるグリエロの頭を叩くブランシェト。
「だから! チェイニーに無茶をさせるなって言ってるでしょ!
チェイニー! 貴方も先ずは療養です!
手の機能回復術も施さなければならないんですからね!」
医療室に怒号が響き渡る。
いつもありがとうございます。
次回はロンの修行再開です




