21 ロンの危機を救うのは嵐
オークとの決着がつきます。
果たして最後に立っているのは誰なのでしょう?
眼前で行われている光景は戦いと呼べる様なものでは無い。
一方的な蹂躙といって過言ではないものだった。
ロンは先の戦いで二体のオークを相手どり辛くも勝利を収めたが、もはや満身創痍で戦う力は残っておらず、身を屈めて攻撃に耐えているだけだ。
エルザを逃がす為になんとか踏みとどまっているが、当のエルザは震えて動く事が出来ない。
「どうしよう...... 逃げなきゃ... 駄目! 逃げたらチェイニーさん死んじゃう!」
魔法を使ってロンを助けなくては、そう思うが魔法は一向に発動しない。
エルザは自分の魔力に意識を向ける。
なるほどロンの言った通りだ、自身の中で魔力が不規則に渦巻いている。
さらにその魔力は恐怖や焦燥と言った感情とないまぜになり行き場を失っている。
眼前のロンはオークの持つメイスに打ち据えられ吹き飛ばされる
ロンは硬い地面に這いつくばる。苦悶の表情を浮かべ、それでもなお立ち上がろうとする。
「火でろ...... 。」エルザの魔法は発動しない。
ロンは何とか立ち上がり、両手を顎先まで上げ構えをとる。
迫るオークに向かい拳を打ち込むが速度も威力も無い。
「氷でろ...... 。」魔法は出ない。
今のロンの状態ではオークに有効打は与えられ無い。
それでもロンはオークに突きを放つ、何度も、何度も。
「風でろ...... 。」出ない。
オークはロンの攻撃を煩わしそうに、まるで羽虫を払うかの様に払い除ける。
それだけでロンは大きく仰け反る。
それでもなおロンは突きを放つがオークはその拳にメイスを振り下ろす。
グシャリと嫌な音を立ててロンの拳が潰れる。
「ぐあああ」ロンは右拳を押さえ呻きながら二、三歩後退する。
もはや全身血濡れてどうにか立っているだけの状態のロンを見て、オークは余裕の笑みを浮かべ一歩、二歩と近づいて来る。
勝利を確信し油断して近づくオークのドテッ腹にロンは渾身の蹴りを打ち込む。
油断しているところに思わぬ所からの攻撃を真面に受け、オークは片膝を突きうずくまる。
だが、ロンも片膝を突く。ロンはもう限界だったトドメの攻撃を打ち出せ無い。
「雷でろ...... 。雷...... 。」魔法は発動しない。エルザは腰の力が抜けていくのを感じる。
「魔法でろ...... 。」エルザはその場にヘタリ込んでしまう。じわりとローブが濡れる。
行き場を失った魔力が出て行くのを感じる。
「うぅ... 」ポロポロと涙が零れる。
このままではロンが危ない、不甲斐ない自分の為に死んでしまう。
怒りに満ちた表情でオークがゆるゆると立ち上がる。それなりにダメージを受けている様だがロンの比では無い。
対するロンもなんとか立ち上がるが足下がおぼつかない。
「チェイニーさん... 」何とか彼を救う方法はないのか? エルザはロンに向かって手を伸ばす。もちろん届かない。
このままではエルザは大切な人を失ってしまう。
彼女の唯一の大事なものが失われてしまう。分厚い魔術書も、高価な魔術杖も、希少な光水晶も何もいらない。
ロン・チェイニーが側に居なくては、ロンの側に居られなくては... 。
ロンはなす術なくオークに打ち据えられふっ飛び、エルザの眼前に落ちて来る。
オークはとどめを刺す為にゆっくりと近づいて来る。もうその顔に油断は無い。
もうロンは起き上がれない。低く呻き声を上げるばかりだ。
「チェイニーさん、チェイニーさん。」
そう言ってエルザは這うようにして進みロンの元に辿り着く。
地面に仰けに倒れるロンの血濡れた顔を抱きしめ落涙する。
「エルザ逃げろっていったでしょ」ロンは額に落ちる冷たい雫に気が付いて目を開ける。
ロンは涙に揺れるエルザの目を見つめる。
エルザは涙で揺れるロンの顔を見つめる。
「チェイニーさん... 。私が... 私が守らなきゃ。」
エルザの中で大きな魔力が胎動する。
彼女の中で炎の魔力がうねる。
オークが近づいて来る。
そのオークを睨みつけるエルザ
「チェイニーさんを... 」怒りの眼差しでオークを見つめ呟く。
エルザの中で氷の魔力がうねりを上げる。
オークが眼前に迫り、まさに攻撃せんと武器を振り上げる。
エルザはロンを強く抱きしめ目を瞑る。
エルザの中で風の魔力が、雷の魔力が渦を巻く。
「チェイニーさんを虐めるなぁぁ!」
それはもう魔法と呼べる物なのかは解らなかった。
筆舌しがたい力の奔流とでも言おうか。
まさに嵐だった。
炎と氷が吹き荒れ、風が逆巻き、雷が全てを薙ぎ払った。
オークは一瞬で灰塵と化し、その嵐は洞窟の天井と言わず、壁と言わずあ周りのあらゆる物を飲み込んで破壊し尽くしながら進み、洞窟の中にバヤデルカ山の反対側まで貫く、もう一つ大きな洞窟を作り上げた。
凄まじい轟音と粉塵が収まると目の前には何も無くなっていた。
目を丸くしたのはロンである。今、目の前で起きた事は分かる。しかしそれを頭が理解しようとしなかった。
「なんだ... これは!?」
エルザに顔を抱えられたまま呆然とする。
しかし、ふと頬にエルザの小さな膨らみを感じて我に返る。
そうかエルザの魔法が発動したんだな。
「エルザ。終わったよ、目を覚ませ。」
エルザもエルザで忘我の境に彷徨っているがロンの声に我に返る。
「ハ! チェイニーさん大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと苦しいケド。」
そう言われてエルザはロンの顔を大事そうに抱えている事に気がつき、真っ赤になって手を離す。
「ごごごごめんなさい。」
「いや、エルザのお陰で助かったよ。」
そう言ってロンは上体を起こし胡座をかく。
「しかし凄いじゃないか、あの魔法。エルザもやれば出来るだろ? 僕の言った通りじゃないか。」
辺りを見回し、ようやく自分がオークを魔法で倒したと言う事を理解し、顔をほころばせる。
「はい! 魔法を発動させる事が出来ました! これもチェイニーさんのおかげです! 」
そう言って立ち上がり勢いよくお辞儀をする。
その時に自分が粗相をしている事に気がついて顔を赤らめ、涙目になりモジモジする。
「んー。それで最後だよ。それに僕は見てないよ。」
そう言ってロンは目を瞑って手で顔を覆う。
そのロンの仕草が面白いし、嬉しかった。
「えへ、ぐす。そうです、今日でおしっこチビリは卒業です。」
「あ、そうだ」と言ってエルザは自分の道具袋をガサゴソと漁り出す。
「こんな事もあろうかと、私ちゃんと着替え持って来てるんです! 」
ロンは失禁する前提で冒険に出て来るこの娘は用意がいいのか、単に変わっているだけなのか分からないが、まあ機嫌良くやってんだから何も言うまいと黙って動向を見ておく事にする。
するとエルザは何を思ったか、やおらローブを脱ぎ出して素っ裸になる。
「おいエルザ、こんな所ですっぽんぽんになったら風邪を引くぞ。」
ニコニコしながら得意げにローブを脱いでいたエルザが硬直しみるみる真っ赤になって涙目になる。
ロンは顔だけではなくて全身が真っ赤になるんだなと感心していると、エルザが絶叫する。
「ぎゃぁぁぁ! チェチェチェ、チェイニーさん何見てるんですか! 」
「何って、いきなり脱ぎだすもんだから... 。」
一瞬で緊張が頂点に達したのかエルザは再びやらかす。
「うわーん! もうお嫁に行けないー! 」
「エルザ落ち着け、これはおしっこじゃなくて魔力の放出だ。気に病む事は無い。」
ロンの余計な一言でさらに恐慌状態になるエルザ。
素っ裸で大騒ぎするエルザを見兼ねて、ロンは道具袋から見えている新しいローブを取り出してエルザに渡そうとする。
「ほら、早くローブを着な...」そう言ってエルザに近づくが足がもつれてつんのめる。
ロンはそのままエルザもろともひっくり返る。
「きゃぁぁ! ケダモノー! 」
随分な謂れようだ。
「わかったから早くローブを着ろ。」
そう言ってロンはエルザの頭からローブをかぶせる。
ローブを被せられ大人しくなったエルザは、しばらくローブの中でモゾモゾしていたが、ようやく頭を出してロンを見つめる。
しばらくの沈黙の後。
頬を紅潮させたエルザは何を思ったか
「... 結婚して下さい。」
「はい!?」
「チェイニーさんのせいでお嫁に行けなくなったんです!貰って下さい! 」
「何言ってんだ!? 嫁には行けるだろ。何故そうなる? 」
「乙女の純潔を奪っておいて酷いですー! 」
「えぇ!? ちょっと勝手に奪われないでくれるー!? 」
ロンは色んな意味で気が遠くなってくる。
とうとうエルザの魔法が発動しましたね。
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